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42話 代償契約

 

 代償契約は拘束力が強い契約魔法であり、一般的には殆ど使われない。

 というのも、代償契約を交わされた者は、細かい部分は契約内容によるものの、基本的には術者が負うはずだった罰を負わなければならないというおぞましい魔法だからだ。そしてもう一つ、この契約には一つ大きな()が存在するからだ。


「確かに、洗脳魔法を掛けられたクリスティアお姉様は、ユランが代償契約を結ぶと言ったら従うでしょう。問題は何の代償なのか……ということですが、まさか……」

「……ああ」


 呪いについて豊富な知識を得たリズリーには、手に取るように分かった。


「たとえ呪いを解くことができたとしても、呪い返しを、ユランではなくクリスティアお姉様が受けることになる……」

「……おそらく、その為だろうな」


 呪い返しとは、その呪いが解呪されたときに術者に苦痛が跳ね返るものだ。最悪の場合は術者は死ぬとされているが、これに関しては残念なことに殆ど文献が残されていなかったため、詳細は分からなかった。


「そんな……っ、どうして、そんな酷いことを……っ」


 自身が呪われた事実も然ることながら、どうしてクリスティアにそんな酷いことをするのだろう。

 今まで、リズリーはもちろん、クリスティアもユランとは仲が良かったというのに。


「呪いを解いたらお姉様が死ぬかもしれない……なんて、そんなの、もうどうしたら良いの……っ」


 ドレスを掴むリズリーの拳が、小刻みにふるふると震える。

 すると、ルカはそんなリズリーの頭にぽんと手をやった。


「………………リズリー、辛いのは百も承知だが、少しだけ冷静になれ」

「……っ」

「確かに状況は良くはないが、お前なら知っているはずだ。代償契約を解除する方法を」

「……!」


 ルカにそう言われ、リズリーはハッとして目を見開く。

 絶望的な状況に冷静さを失っていたけれど、ルカの落ち着いた声がけにより、頭の中がクリアになっていった。


「この代償契約は第三者が一切介入できない代わりに、双方に破棄をする権利があります。……つまり、クリスティアお姉様が望めば、破棄をすることは可能です」

「それなら、一番にしなければならないことは何だ?」

「お姉様が自分の意思で代償契約を破棄できるよう、洗脳魔法を解くこと、です」

「……そのとおりだ。そして洗脳魔法といえど、それを打ち消す術式を描くことはリズリーには容易いだろう?」


 洗脳魔法には膨大な魔力がいる。その洗脳を第三者が無理矢理解く場合、より多くの魔力を要するのだ。

 だから、第三者が洗脳魔法を解くなんてことは、一般的にはできないとされているけれど。


 リズリーの目の前にいるのは、国一番の実力者で、稀代の大天才と呼ばれる筆頭魔術師──ルカ・アウグスト。


「俺が必ずクリスティア嬢の洗脳魔法を解く。そうしたら代償契約を本人に破棄させよう。それからはリズリー、お前の出番だ」

「……!」

「リズリーの呪いが資料から抜き取られたものならば、俺はその呪いの術式を記憶している。だから、ミリアムの呪いを解けたリズリーならば、自分自身で解呪の術式も描けるはずだ」

「……っ、はい……! 私、やってみます……! 本当に、ありがとうございます……っ、ありがとうございます、ルカ様……っ」


 リズリーの瞳には涙が浮かび、それは頬と顎を伝ってテーブルを濡らす。


 ユランが犯人であることへの悲しみが無くなったわけでもないし、今の話は全てうまく行く保証なんてない。

 けれど、明確に見えた道筋は、確実にリズリーの心に希望をもたらし、その涙は希望の涙だった。



 それからリズリーはポロポロと溢れてくる涙を拭うと、冷静に思考を働かせつつ、ルカに話しかけた。


「まずは私が洗脳魔法を解く術式を描きます。そしてその次は、洗脳魔法を解くために、直接お姉様に接触しなくてはなりません」

「ああ、そうだな」

「ちょうど一ヶ月後、討伐任務の祝勝パーティーが開かれます。ルカ様も参加された、竜を討伐したときのものです。……討伐任務に参加していたお姉様とユランも参加するはずです」

「なるほど。俺にもその招待状が来ているから、そこで接触を図れば良いんだな?」


 確認してくるルカに、リズリーは「それはそうなのですが……」と煮え切らない態度を見せる。


 ルカが「どうした?」と問いかければ、リズリーは覚悟を込めて口を開いた。


「ルカ様の婚約者として、私もその祝勝パーティーに参加させていただけませんか?」

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