31話 ミリアムたちとの愉快な日々
ミリアムの呪いを解いてから、一週間が経った朝のこと。
数日前、名ばかりであることは隠し、婚約者として紹介されたリズリーは、すっかりミリアムと仲良くなった。
そんなリズリーは、突然部屋にやってきたミリアムに驚きながらも、抱きついて来た彼女を優しく抱きとめた。
「リズリーお姉様! 今日は私がお姉様が着るドレスを選んで宜しいですか?」
「ええ、それはもちろん! ……けれど、体調はもう大丈夫?」
「はい! 平気ですわ! 明日からは短時間の外出なら始めても良いってお医者様が言っていましたし!」
五年もの間眠っていたせいで体力は低下していたものの、もうすっかり元気になったミリアム。艶々とした髪の毛を靡かせながら、その場でグルグル回るミリアムの姿に、リズリーは慈しむような笑みを浮かべた。
(ミリアム様元気になって本当に良かった。それに、呪われた直前のことも忘れていて良かった……嫌な記憶をわざわざ覚えている必要はないもの)
とはいえ、何も分からないのは混乱するだろうと、五年間眠っていたことと、呪いが掛けられていたことはルカから説明したらしい。
その話をすんなり受け入れたミリアムは、なんて明るくて、強い子なのだろう。リズリーがそんな感想を持ったのは記憶に新しかった。
「それじゃあ、ミリアムちゃんお願いね。自分に何が似合うか、私には分からなくて……」
「はい! あ、そういえば!」
本来五年もの間寝たきりだった場合、一週間程度で体が回復することはない。
ルカ曰く、身長や顔つきなどの成長がほとんど止まっていたことから、体の老化や筋力の低下もほとんどなかったのではないか、ということらしい。まあ、全ては呪いの謎と言うやつである。
そのため、現在ミリアムは十七歳だが、呪われたときの十二歳のときとほぼ同じ見た目をしている。
「お姉様、お兄様が何着でも新しくドレスを買ってやるって言ったのに、申し訳ないからってちょっとしか作らせていないんですって! だめですわよ~! お兄様だって、お姉様には色んなドレスを着てオシャレしてほしいと思ってるはずですもの!」
というのも、実はリズリーの部屋──客室に初めから準備されていた数多くのドレスは、ミリアムの呪いが解けた際に直ぐ着られるよう、準備されていたものだったのだ。
そのときはミリアム用のドレスしか準備がなかったため、ルカの指示で急いでこの部屋に移したらしい。
(結局、遠慮はしたものの、三日後には新しいドレスを沢山送ってくださったのよね。あれは本当に申し訳なかったな……)
今考えれば、ミリアム用のものをいつまでも他人のリズリーに着せる訳にはいかなかったというところだろうが。
謎が解けたリズリーは、ふふと笑みを零した。
「あっ、そうだわ! リズリーお姉様!」
「ん? なぁに?」
しかし、次のミリアムの言葉によって、リズリーの表情は一転することになる。
「折角だからお洒落をして、お兄様に会いに行きましょう!? だって婚約者なんだもの! それにほら、お兄様ってリズリーお姉様のことが大好きだから、とっても喜んでくれると思いますの!」
「えっ……!? 何を言って……っ!?」
「妹だから分かりますの! お兄様がリズリーお姉様を見る目は、大好きだって気持ちで溢れていますわ!」というミリアムへの説得は届かずあれよあれよとミリアムに着せ替えさせられたリズリー。
途中から我慢ならなくなったシルビアにも普段より気合を入れて髪を結われたり、化粧をされたりしたリズリーは、まだ朝だと言うのに疲労困憊だ。
ただ、ミリアムがもっと仲良くなりたいからと、「ミリアムと呼んでくださいまし!」と言ってくれたことは本当に嬉しくて、リズリーは彼女の言葉に甘えてミリアムちゃんと呼ぶことにしたのだった。
(つ、疲れた……けれど、ミリアムちゃんもシルビアも楽しそうだから……まあ、良いかしら)
ミリアムは魔術師時代のシルビアのことも知っているそうで、その当時のシルビアの話を聞かせてもらっては笑みが零れる。反対にシルビアからは幼い頃のミリアムの話を聞かせてもらい、それはとても楽しい時間だったのだけれど。
「本当に……この姿で入るの?」
光沢のあるクリーム色のドレス。金の糸で刺繍が施されていているそれは、とても繊細で上品なものだ。
普段はハーフアップをしている髪型はアップスタイルにされており、髪飾りもドレスに合わせた上品なもの。
そんな姿で、ルカやジグルドたちがいる研究室の扉の前で佇むリズリーは、不安げに眉尻を下げた。
「もちろんですわ! お姉様はとっても優秀な術式絵師様だけれど、お兄様の愛しの婚約者でもあるのですから! とびっきりの可愛い姿を見せて、お兄様をドキドキさせちゃいましょう?」
「あはは…ルカ様は……ドキドキとかしないと思うけれど」
なんて言ったって名ばかりだし……とは、リズリーは口に出さなかったけれど。
(それにしても、こんなに着飾るのはいつぶりかしら。呪われる前は何度か社交に参加していたから……着る機会があったけれど)
公爵邸でお世話になってから日々質のいいドレスを着させてもらっていたものの、ここまで着飾った姿になるのは初めてだった。
というのも、リズリーは呪いのことがあるので外出はしないし、友達も居ない。多忙なユランとも中々会えていない状況だ。
術式絵師として仕事もしているし、名ばかりの婚約者なので社交界にも出ないリズリーが、屋敷と研究塔の行き来のためにここまで着飾る必要はなかったからだ。
(でも、確かにお洒落をすると気分が上がるわね。それに、ミリアムちゃんもシルビアも喜んでくれたのも嬉しいわ)
今日仕事が休みの立場で、お洒落をして職場──研究棟に行くことには若干抵抗はあるけれど、まあ、そこは皆の邪魔をしなければ許されるだろうか。
(ルカ様たち含め、皆良い人たちばかりだものね)
少しだけ挨拶をして、直ぐに立ち去れば良い。邪魔にだけはならないように配慮して、ルカに挨拶さえすれば、ミリアムも満足するはずだ。
(ルカ様……今の私の姿を見て、どんな反応をなさるのかしら。もしも、綺麗だと言ってくださったら、嬉しいけれど……って、何を考えているの、私は!)
名ばかりの婚約者相手にそんなことを望むなんてお門違いだ。それに、もし言ってくれたとしたら、それはルカの優しさゆえだろう。
「お姉様、お姉様ったら!」
「ハッ……な、なぁに?」
「そろそろ入りましょう?」
「そ、そうね。入りましょうか」
ぼんやりと考え込んでいた思考にムチを打ち、リズリーはミリアムと共に研究室に足を踏み入れる。
ミリアムの呪いを解いたあの日から、使用人はもちろん、団員たちにも感謝や尊敬の眼差しをあまりに向けられてきたので、そこの入りづらさもあったものの、一番初めの嫌われる恐怖に比べれば何のそのだ。
「あっ、ルカ様、失礼いたします」
すると、すぐさま視界に入ったルカに挨拶をしたのだけれど。
「……! リズリー、か?」
手に持つ資料を派手に落とし、頬をぶわりと赤く染めたルカに、リズリーは目を見開いた。




