3話 救いの従兄
ユランはフロイデンタール伯爵家の長男であり、リズリーの母方の従兄である。
歳は二十一歳で、クリスティアと同じ第一魔術師団の副団長を努めている。
魔法は七属性に別れていて、一般的には一つしか有していない。しかし、ユランは三つの属性を持っており、それが使いこなせるという秀才だった。
「ほら、貸して? 僕が半分持ってあげるから」
「ユ、ユラン! それは半分じゃないわ……! ユランの方がかなり多いじゃ──」
「これくらい手伝わせてよ。書庫に運ぶんでしょ? 早く行こっか」
それでいて、ユランの琥珀色の瞳や銀髪、顔つきはとても美しく、誰にでも穏やかで優しい。
そんな彼のファンクラブなるものが存在するのだとか。
幼い頃から彼と親しくしているリズリーとしては、ユランの存在は鼻が高かった。
少し前を歩くユランに小走りで追いついたリズリーは、申し訳無さそうに口を開く。
「ありがとう、ユラン。それはそうと、第一魔術師団とは棟が離れてるのに、どうして今日はこっちにいるの? 立場的に忙しいでしょう?」
「うん、少しだけ時間ができたからリズリーに会いに来たんだ。話したいことがあって」
「話……? わざわざ職場で?」
リズリーの生家であるラグナム家と、ユランの生家のフロイデンタール家は、領地は違えど比較的近い場所に位置していた。
そのため幼い頃から互いの家で遊ぶことが多かった。それはリズリーが呪われてからも同じで、忙しい合間を縫って定期的に家に遊びに来てくれていたのだが、職場に会いに来るなんて今までなかったというのに。
(もしかして、というか、もしかしなくても急用なのかしら……?)
「それで話って……?」とリズリーが問いかけると、ユランはそれはもう美しい笑顔で微笑んでみせた。
「明日はさ、リズリーの十八歳の誕生日でしょ?」
「そういえば……そうね」
「だから明日、仕事が終わってから家に行くよ。絶対当日にお祝いの気持ちを伝えたいから、待っててくれる?」
「そんな……いいのに……」
「昔から、誕生日はクリスティアも含めて一緒に祝ってたんだから、遠慮はいらないよ。それに、ここ数年は僕しか祝ってあげられないから……。クリスティア……あんなに仲が良かったのに、どうしてリズリーに呪いを……」
「……っ」
呪いのせいで誰からも誕生日を祝ってもらえないリズリーに同情しているのか、そう言って悲しそうにするユランに、リズリーは物悲しげに微笑んだ。
そして、力強いを瞳でユランを見つめてから、口を開いた。
「でも、私はお姉様のことを信じているわ」
「……クリスティアのことを信じたい気持ちは分かるけれど」
「願望だけじゃないの。そもそもお姉様は術式を描けないんだもの。少なくとも、お姉様一人の行動じゃない。……もしかしたら、誰かに脅されて……」
「逆に誰かを脅して、呪いの術式を描かせたのかもしれないよ?」
「それは…………そうかもしれないけれど、でも」
リズリーはクリスティアを信じていた。
呪いをかけられたあの日の、あのクリスティアの言動を、リズリーは信じたかった。
「ねえ、ユラン」
──そもそも、どうしてユランだけは呪いの影響を受けないのだろう。
リズリーがそのことを疑問に思ったのは、呪われてから直ぐのことだった。そして、約三年前のとある日、リズリーはユランにその疑問をぶつけたことがある。すると。
『僕は自分自身に呪いや精神魔法を跳ね返すような魔法をかけてあるんだ。だからリズリーが呪われても影響がないんだと思う』
そんな説明を受け、確かに、副団長に任命されるような優れた能力を持つユランになら有り得るか、と納得した。
この魔法は自分自身にかけることしかできず、他者にはかけられない。だから役に立てなくてごめんと謝るユランの姿は、何だか懐かしい。
呪いの解呪方法についても探すのを手伝うよと言ってくれたユランには、どれだけ救われただろうか。
「いつも本当にありがとう。私の心が壊れずにいられるのは、ユランのおかげだわ」
「僕は何もしていないよ。……むしろ、僕はもっとリズリーを助けてあげたいんだ。だから、いつでも僕の家においでよ。術式についての書類や文献は可能な限り集めてあげるし、君だけの研究部屋だって既に用意してある。そうしたら、家族や職場の人間ともうあまり関わらなくて済むだろう? 僕たちは貴族で、未婚で異性の家に入るのは流石に体裁が悪いから、リズリーから申請さえしてくれれば明日からは婚約者になれる……どころか、僕はリズリーとならけっ──」
「ごめんね、ユラン。それと、ありがとう」
ユランの言葉を遮ったリズリーの言葉は、心の底からの謝罪と感謝に満ち溢れていた。
(ユランは本当に優しい。だからこそ、こんな優しい人に、これ以上甘えられない)
呪われてからも頻繁に会いに来てくれたユラン。家に来ても良いと行ってくれたのも、プロポーズをしてくれたのだってこれが初めてじゃない。
リズリーには、それがユランの優しさや同情から来ているものだと分かっている。昔からリズリーに対して特に優しかった彼は、きっと妹のように思ってくれているのだろう。
けれど、リズリーはユランの提案を何度も断り続けていた。強がりや虚勢ではなく、兄のように慕うユランに、迷惑をかけたくなかったからだ。
「……そう。じゃあせめて、明日はお祝いさせて。僕はそろそろ任務だから行くね」
「うん、書庫まで運んでくれてありがとう」
「気にしないで。また明日」
少し寂しそうな顔をしたユランにリズリーは手を振って別れてから、書庫の棚に書類を並べていく。
それから、指示された通り、文献を三十冊を持って術式絵師課に戻ると、また雑用を命じられ、嫌味に陰口のオンパレードだった。
──こんな生活を一生続けていくのだろうか。一生人に嫌われて生きていくのだろうか。
そんなふうに考えるたびに、心が折れそうになるのを、リズリーは過去の楽しかった日々を思い出すことで必死に耐え続ける、はずだった。
いつもの変わらない、辛くて悲しくて、寂しい日々が、これからも待っていると思っていたというのに。
「……お前、何で呪われているんだ」
「え……?」
数時間後、自身の運命を大きく変える人物と出会うだなんて。彼との出会いが、自身の未来を大きく照らすことになるだなんて、このときのリズリーには知る由もなかった。
やっと、彼が、来たー!
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