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23話 術式絵師の戦い方


(……どうして侵入者が……!)


 ルカの腕の中からリズリーは三人の侵入者を見やる。

 服装からして、軍などの機関に属した者たちではなく、おそらく殺し屋の類だろう。


「……ハァ、今日は厄日だな」


 深夜の寝静まった頃ではなく、まだ屋敷の明かりがついているうちに襲撃してくるあたり、それ程有能ではないのかもしれないが、人生で初めての経験に、リズリーの心臓は嫌な音を立てた。


「お前がルカ・アウグストだな! この場で死んでもらう! ……お前たち、さっさと済ませるぞ!」

「俺に指示すんなよ!!」

「俺にもだ! 勝手にやらせてもらう! 女は傷つけんなよ!!」


(……!?)


 どうやら、侵入者の口ぶりからして、標的はルカらしい。筆頭魔術師であるルカを狙うなんて、通常ならば命知らずだというのに。


(それに、私を傷付けるなって、どういうこと……っ?)


 統率がなされていないものの、三人の侵入者はタイミングを合わせたように術式が描かれた魔法紙を取り出す。

 リズリーは未だルカに抱きしめられたまま、侵入者を観察するように見つめる彼に不安げな視線を向けた。


「心配しなくていい。直ぐに処理する」

「ルカ様……けれど……!」


 その時、抱きしめられていた腕を解かれ、ルカの背後に隠すように庇われたリズリーは、侵入者たちに聞こえないように小さな声で問いかけた。


「もうあまり、魔力量が残っていないのでは……っ」

「………………問題ない」

「間が……間があるじゃないですか……」

「…………問題ない」


 どうやら、ルカは意見を変えるつもりはないらしい。

 自信満々というよりは、強がっているように見えたリズリーは、自分に出来ることはないかと必死に頭を働かせるのだけれど。


「……っ、リズリー! しゃがんでおけ!!」

「きゃあ……っ」


 思考を遮るように、侵入者の一人が攻撃魔法を向けてくる。

 ルカは手持ちの術式で防御壁を作るものの、範囲が限定的で、あまりに小さな防御壁だ。

 ルカの戦闘シーンを見たことはなかったものの、彼が普段使う高火力で巧みな術式を知っていて、それを使いこなせる魔力量を逆算できたリズリーは、額に汗をかいた。


(魔法が不完全な形で発動しているわ……! 術式に対して魔力が足りていないのね……!)


 ルカは普段膨大な魔力量を有しているので、その魔力量に合わせた高火力の術式を数多く所持している。

 もちろん、魔力が減ってきたときのことも考えて、少量の魔力でも使用できる術式も保険を兼ねて多少は持っているものの、おそらく討伐任務の際に使用してしまったのだろう。


(相手は三人、攻撃魔法の威力やバリエーションから見て、それほど強くはないわ)


 けれど、討伐終わりで魔力がほとんどない上、完全な形で発動する術式もなく、リズリーを庇いながら戦うルカは、苦戦を強いられていた。


「……っ、クソ……ッ」

「こいつあんまり強くねぇぞ!!! さっさとやってまえ!!」


 ルカが本調子ならば、リズリーは邪魔になるだけだからと直ぐに退室しただろう。

 第二魔術師団の研究塔がかなり近いならば、ジグルドたちに助けを求めるために、走っていたかもしれない。


 だが、今のルカには、助けが来るまで持つ保証はなかった。


(嘆いていても意味はないわ……それなら私ができることは何なのか、考えなきゃ。どうやったら、ルカ様の役に立てる……? 何をしたら、ルカ様を助けられる……? 私にできることといえば──あれしか、ないわよね)


 力強く目を見開いたリズリーの瞳には覚悟が宿る。


 それからリズリーは急いで立ち上がると、ルカの背後から抜け出して、少し距離のあるテーブルまで走り出した。


「……っ!? リズリー……! 待て……!! 何を──」


 ルカの前に出たことで、侵入者がルカに向かって放った魔法の一部が、リズリーの頬を掠める。

 それでもリズリーは臆することなくテーブルまで到着すると、その上に置かれた魔法ペンと魔法紙を素早く手に取った。


「ルカ様……! 私は術式絵師として、貴方を守りたいです……!」

「……っ」


 ルカはそんなリズリーの言動の意味を理解したらしい。

「無茶をして……」と呟いてから、リズリーの前に行って防御壁を張り直す。魔法の流れ弾が当たる可能性を考慮しての行動だった。


「それならそうと、動くなら一言言え……!!」

「申し訳ありません……! 居ても立っても居られなくて……! けれど、もうすぐです……!」


 ルカに守ってもらいながら、リズリーはスラスラとペンを滑らせる。


 それは、ルカが認めてくれた、凄いと褒めてくれた、リズリーが生み出した術式。


 術式絵師の仕事が楽になることはもちろん、それほど魔力量が多くないものでも、ある程度の魔法が使えるようになる、奇跡の術式だった。


「ルカ様、描けました……!! 是非使ってください……!」

「分かった! お前は少し離れていろ!」

「はい……! ルカ様のお邪魔にならないところに避難しますので、頑張ってください……!」


 相手の強さと、ルカの戦闘経験から鑑みて、おそらくこれで心配はないだろう。

 術式が描き終わればリズリーは魔力のない足手まといなので、早々にこの部屋から出ようと思うのだけれど。


(扉が塞がれてしまっているわね、どうしようかしら)


 先程テーブルへと移動したときに侵入者も室内で移動したようで、彼らの奥に廊下へ出る扉がある。

 そこから抜け出せないとなると、残りの脱出方法は──。


「ルカ様……! 人質にされてもルカ様のご迷惑になりますので、私は別室に参ります……! ご武運を……!」

「別室? ……って、ちょっと待てリズリー!!」


 リズリーはルカの静止を無視すると、侵入者たちが派手に割った窓ガラスからバルコニーへと飛び出した。


 執務室の右隣の部屋にもバルコニーが付いており、柵と柵の隙間は約五十センチだ。


「……こ、この隙間なら……何とか……二階から落ちたら……ううん、考えるのはやめましょう」


 リズリーは覚悟を決めると、ドレスを結んで身動きを取りやすくしてから、息を整える。

 そして、意を決して拙い動きで柵を乗り越えた。


「〜〜っ! 怖かった……」


 何とかこれでルカの迷惑にならずに済むだろう。


 リズリーはほっと胸をなで下ろしてから、カーテンに閉ざされた窓に手を掛けた。


「もし窓が開いたら、廊下に出ることができて、使用人たちに侵入者のことや執務室では戦闘が行われていることを伝えられるのだけれど、そんなに上手くは……って、開いたわ」


 カーテンの越しに室内に明かりがついていないことから、窓を開けたままなんていささか無用心だとリズリーは思う。

 しかし、今はそんなことを考えている場合ではないので、リズリーはそっと室内に足を踏み入れたのだけれど。


「失礼します……早く廊下に出ないと……って、きゃあっ」


 ──そのとき、ヒュルリと突風が吹き荒れる。


 まだ窓は開いていたので室内に風が入り込み、カーテンがふわりと舞い上がった。


 リズリーが強風に驚いて目を瞑り、その瞼を再び開けたのは、見事な満月の光が室内を照らしたときだった。


「えっ──」


 動揺を孕んだ、か細い声が漏れる。


 同時にリズリーは、少し冷静になったからなのか、今自身が足を踏み入れている事実に、顔を青ざめさせた。


 執務室の隣──絶対に入るなとルカに強く念押しされた、秘密の部屋だったことを、たった今理解したからだ。



「女の子……?」



 月明かりに照らされた、部屋の端にあるベッドに視線を向けたままのリズリーは、そうぽつりと呟いた。

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