17話 無くした居場所は、自分で作るの
自身の言葉にハッと我に返ったリズリーは、周りから注がれる視線にたじろいだ。
(私……褒められて調子に乗っているのかもしれない。少し術式が人より得意だからって、あまり役に立てないかもしれない)
それでも、リズリーはルカから視線を逸らすことはなかった。
何を考えているか分からないルカに怯んでしまいそうになりながらも、この思いだけは言葉にしなければと、そう思ったから。
「私……この三年間、本当に苦しかったです、辛かった、です……っ、けれど、ルカ様と出会って、私の世界は一変しました」
リズリーの呪いは解けていない。屋敷を出れば、また嫌悪されるのだろう。そんなことは、リズリーにだって分かっていた。
それでも、この二日間で、どれだけ救われただろう。
当たり前のように返ってくる挨拶に、誰かと一緒に摂る食事、誕生日になった瞬間におめでとうと言ってもらえて、笑顔を向けてもらえる。
それに、術式を褒めてもらえたのは、術式絵師として認めてもらえた気がして、リズリーにとって何より嬉しいことだった。
ユランとはまた違った、ルカたちとの関わり合いに、リズリーの心の傷が少しずつ癒え始めているのは、確かだった。
「呪われた私だけれど、私の術式や、その知識が、もしお役に立てるならば、ここで働かせてください……! お願い致します……! どうか、少しでもいいから……お役に立たせてください……!!」
深く腰を折って頭を下げれば、視界の端にルカの手が映る。
拳になっているそれは、スッとリズリーの視界から消えると、ルカに「頭を上げろ」と言われたのでおずおずと顔を上げる。
するとそこには、片目を細め、まるで愛おしいものを見るように微笑んで、握手を求めるように手を伸ばすルカの姿があった。
「むしろ、俺から頼みたいくらいだ」
「えっ……それじゃあ……」
「術式絵師課には休職届けを出してあるから、正式な手続きは取れないが……リズリーは今日から俺たちの仲間だ。よろしく頼む」
「……っ、ありがとうございます……!」
ルカからそんなふうに言われてリズリーは確かに嬉しいのに、心のどこかに影がさした。
(でも……やっぱり、私なんかじゃろくに役に立てないかもしれない……)
この三年間のせいで自信がなくなっているリズリーは、すぐにそう考えてしまう。けれど。
ルカのその決断に異議を唱えるものはおらず、ジグルドや他の団員も両手を上げて喜んでいるその姿に、リズリーは頑張らなければと固く決意した。
そうして、リズリーは臨時という形で第二魔術師団づきの術式絵師になることが決まったのだった。
「リズリー様、おめでとうございます……!」
「シルビア、ありがとう! それと、個人的に術式は教えるから、安心してね」
「宜しいんですか……!? リズリー様〜! 大好きです〜!!」
ぎゅっと抱き合うリズリーとシルビア。そこに加わろうとしたジグルドを無言で締め上げるルカ。相変わらずのジグルドとルカのやりとりに笑う団員たち。
穏やかな空気に、リズリーは幸せそうにくしゃりと笑ってみせた。
◇◇◇
同日の夜。夕食を摂ったリズリーは、ルカに呼び出されて執務室に来ていた。
すると早速、今朝、部下に運ばせると言っていた呪いにまつわる書をルカに手渡された。しかし、本題はどうやらそれではないらしい。
臨時とはいえ第二魔術師団の団員になるので、給与や休暇などの書面を交わすためである
当初、リズリーは衣食住を保障してもらった上にここまでしてもらうわけにはいかないと拒否したが、ルカが「リズリーの能力にはそれくらいの価値があるし、働くものに対価や休暇を与えるのは当たり前」と言うものだから、有難く頂戴することにした。
「……リズリー、実は呼び出した理由はこれだけじゃなくてな。一度これを試したいんだが」
「はい。……これは、なんの術式でしょう?」
ルカがほら、と言って見せてくれた魔法紙には術式が描かれているが、リズリーにも見たことがないものだった。
「これは、一応解呪の術式だ」
「…………! 一応……ですか?」
「ああ。本来呪いの解呪には、その呪い本来の術式を完全に理解する必要があるが、術者に呪いの術式を教えてもらうか、時間をかけて呪いの術式を導き出すしかない。しかし、今はどちらも叶っていないだろう?」
「はい、そうですね」
「そこで、これだ」
──ルカ曰く、この術式は弱い精神系の呪いに効く解呪の術式らしい。過去にルカが作り上げたようだ。
自分を敢えて呪い、使用したことで効果は保証されているのだとか。
「流石に解呪できないとまずいからな。期限付きの弱い呪いでしか試したことがない。三年間呪いが持続し、かつ周りに影響するような強力な呪いには効かないかもしれないが、試してみる価値はあるだろうと思ってな」
「そういうことなんですね……。是非、お願いします……!」
基本的に解呪の術式には、術者にも、受ける側にもデメリットのようなものはないらしいので、ほんの少しでも可能性があるならと、リズリーは頭を下げた。
「分かった。なら術式を展開する。リズリーはリラックスしていろ」
「はい」
(どうか、呪いが解けてくれますように……!)
──しかし、リズリーの願いは虚しく、ルカの目から見たリズリーの禍々しい呪いのオーラは消えることはなかった。
やはり予想通り、この術式では効かないらしい。
「……済まないな」
申し訳無さそうに謝罪を口にするルカに、リズリーは立ち上がると、胸の前で手をパタパタと振った。
「いえ……! お気になさらないでください……! むしろ試してくださってありがとうございます。あの、一つお願いがあるのですが、その術式を見せていただいても……?」
「ああ、構わん。好きにしろ」
先程はパッとしか見れなかったので、魔法紙をルカから受け取ると、リズリーは注意深く見ていく。
解呪の術式なんて初めて見たが、大きくは普通の魔法の術式と変わらず、記号も新たに使われているものはなかったので、これならなんとか──。
「……なるほど、この配列がこうで……だから精神系に……解呪の威力を高めるにはここを、こうして、……うん、なるほど」
「……待て。まさか、もう解呪の術式を理解したのか。どころか──」
「ルカ様、この術式ですが、私なりに改善点が見つかりました。あと改善方法も……って、あら? ルカ様? どうされましたか、頭を抱えて……もしや私、何か気分を害することを……申し訳ありません……!」
「……いや、分かったつもりでいたが、やはり俺の婚約者殿はとんでもない能力を持っているんだと思ってな」
またしても褒められてしまい、リズリーは謙遜を口にしながらも体がむず痒くなる。
(ルカ様って淡々と褒めてくださるから、なんだかこう、余計に……体がぐわ〜ってなるのよね)
……と、一度ルカのことは置いておいて。
解呪の大まかな構造は理解できたし、これなら他の解呪の術式も理解できるはずだ。
リズリーはそんなことを考えていると、その時ハッと、とあることが頭に浮かんだのだった。
同時にルカも何かを考えており、二人は同時にバチッと目が合うと、数秒瞳が絡み合った。
「あの、ルカ様。一つ提案があるのですが……」
「……俺もだ。もしかしたら、同じことを考えているかもしれない」
「それって……」
「リズリーが呪いや解呪の術式を学べば、案外早く呪いが解けるんじゃないかと思ってな」
「……! そ、その……偉そうかもしれませんが、私も同じようなことを考えていました……! 私がどこまで出来るかは分かりませんが、少しは皆さんの呪いの研究に貢献できるかも、と……!」
エメラルドグリーンの瞳をキラキラと輝かせながら、リズリーは興奮気味に前のめりになる。
その姿にルカは、ぷっと噴くように笑うと、どこか呆れたように、それでいて優しそうに言ってみせた。
「自分が呪われて大変だというのに、第二魔術師団に貢献できるかも、か」
「あっ、申し訳ありません……! まずは自分のことをどうにかしなければならないのに……!」
「……ははっ。謝らなくていい。お前みたいに、愚かなほどのお人よしは珍しいなと思っただけだ」
(……!? う、嘘! 声を出して、笑っていらっしゃるわ……!?)
薄っすら笑みを浮かべることはあっても、ここまで大きな口を開いて笑ったルカを見たのは初めてだ。
何故だか、そんなルカの笑顔を見ていると、ほっこりするような──けれど、どこか心臓の鼓動が速くなるような、味わったことのない感覚をリズリーは覚えた。
(この気持ちは一体……?)
けれど、リズリーがその感情について深く考えることはなかった。
今はただ、初めて見る無邪気に笑ったルカを、自身の目に焼き付けたいと、そう思ったから。