15話 第二魔術師団、驚くことなかれ
部下たちに背中を向けていたルカは、リズリーのそんな発言にくるりと振り向く。
そこには彼女の言う通り、こちらをニヤけた顔で見つめてくるものが多数だ。
中には、「うわぁ、なんか団長がイチャイチャしてる」と言う者、「あれが婚約者殿なのか……可愛いな」とリズリーに目を奪われている者、「リア充は研究の失敗時に一緒に爆発すればいい」とジト目を向けるものなど、様々な感情でこちらを見つめる魔術師たちがいた。
「お前たち……余所見する暇があったら仕事をしろ仕事を。サボるなら魔物の餌にするぞ。特にジグルド」
「こっわ〜自分なんてリズリーちゃんとのイチャイチャ見せつけてきたくせに横暴じゃねぇ? なあ、お前ら?」
「「そうだそうだ!!」」
(お、思っていたよりも和気あいあいとしているのね)
ジグルドに賛同する魔術師たちに、睨みつけるルカ。
自身に対して嫌悪の眼差しは一切なく、リズリーはホッと胸を撫で下ろすと同時に、和やかな雰囲気につい笑みが溢れた。
「ふふ……あははっ」
「……何が面白いんだ、リズリー」
「も、申し訳ありません……! 何だか皆さんのやりとりについ、笑ってしまいました……っ、ふふっ」
「…………そうか」
「あ、お前ら今のルカの顔見てみ? 俺の婚約者の笑顔可愛い〜って思ってる顔だぞあれは」
「ジグルド、よほど死にたいらしいな。魔物の餌になる前に俺の魔法で──」
「……ふふっ、あはははっ……」
緊張の糸が切れたからだろうか。何に対してもリズリーは笑ってしまう。
ここまで賑やかな空間の中に入れるなんてここ三年間は無く、笑いの基準がおかしくなっているのかもしれないが、自分の意志で笑いが止まらなかった。
「……ふふ、あー……だめです、何だか笑いが止まらなくて……」
「笑い過ぎだ、阿呆」
両手で口元を抑えるリズリーの頭に、ルカの手が振ってくる。
コツン、と触れるか触れないか程度に小突かれ、リズリーの体はピシャリと固まったのだった。
「……? 済まない、痛かったか」
「えっ、あっ、いえっ、そう、ではなく……!」
ルカの手が触れたことによって、先程頬に触れられたことを思い出したリズリーの顔はこれ以上なく真っ赤に染まる。
今思えば、婚約者とはいえ、人前であんなふうに触れられて、どうして笑っていられたんだろう。
(い、今更ながら恥ずかしさが……!!)
笑顔から一転して羞恥に染まるリズリーだったが、そんな彼女を心配したのか、ルカがじっと見つめてくる。
そんなルカの瞳を目にしたリズリーは、向けられた視線の優しさに、何だかまた顔が赤くなった気がした。
それからルカは事態を収拾し、忘れ物を届けてくれたリズリーに感謝の言葉を告げると、良い機会だと団員たちに紹介してくれた。
事前にリズリーが婚約者になること、屋敷に暮らすことは伝えてあったらしく話はスムーズで、団員たちの態度は概ね良好だ。
もちろん、ジグルド以外には名ばかりの婚約者だとは伝えていないらしい。
呪いについても大まかには伝えてあるらしく、皆リズリーに対して同情や励ましの言葉を掛けてくれる。
団員たちはリズリーが術式絵師であることや、いくつかある悪評は知っているらしいのだが、ルカがそれは呪いによるものだと事前に説明してくれたことで、誤解は生まずに済みそうだ。
特に副団長のジグルドは明るくて話しやすく、団員たちとの仲を積極的に取り持ってくれたので、リズリーは思いの外早く団員たちと打ち解けることができ、シルビアと手を取り合って喜んだ。
とはいえ、リズリーは侯爵令嬢なので、皆に『リズリー様』と呼ばれ、少し距離を感じていた。何より、名ばかりの婚約者で公爵邸にお世話になっている身で、そんなふうに呼んでもらうのは申し訳なかった。
だから、リズリーが「気軽に呼んでください。是非仲良くしてください」と伝え、団員たちもその方がありがたいと言ってくれて、一気に親密度が増した気がした。
「よし、話は一旦終いだ。お前たちは仕事に戻れ。今日中に報告するものがいくつかあっただろ。資料に添付する術式も間違えるなよ」
「「了解でーす!」」
ルカの言葉に、団員たちはデスクやフラスコや試験管、魔力計測器などの研究機器の前に戻っていく。
すると、改めて研究施設内をきょろきょろと見ているリズリーに、ルカは近付いてくるとじっと見下ろした。
「興味があるなら見て行って構わないが」
「……! 本当ですか? けれど部外者の私が見てはいけないものもあるのでは……」
「そういうものは奥の部屋や書庫に置いてあるから問題ない。術式絵師のお前なら、おそらく興味が惹かれるものもあるだろう」
「ありがとうございます、ルカ様……!」
許可をすれば、リズリーは早速団員たちの邪魔にならないように部屋を見て回っていた。どうやら、呪いに関することだけでなく、魔物を倒したときのデータや、新魔法の検証データなど、少しでも術式に関わるものには釘付けらしい。
ルカはそんなリズリーに一瞥を送ってから自身も仕事をしようかと思っていたのだが、シルビアに呼ばれたので足を止めた。
「どうした」
「じ、実はですね……先程リズリー様に術式を教えていただいたのですが……これを見ていただきたく。因みに、この他の術式も……」
「これは……術式が描かれた魔法紙か。大した魔法の術式ではないようだが──!?」
リズリーに内緒で、彼女が描いた術式をこっそりと持ち運び、それをルカに見せたシルビア。
一見すれば何の変哲もない術式だというのに、ルカはそれを見て目を見開いた。
「これを、リズリーが……? 天才だとは聞いていたが……これは……天才どころでは……」
ルカは手元にある術式からリズリーへと視線を移す。
これは一度リズリーの話を聞いてみたいと思い、何やら団員と話している彼女の元へ向かった……のだけれど、その時に聞こえてきたリズリーの声に、ルカは目だけではなく口をあんぐりと開けることになった。
そしてそれは、ルカだけでなくその場にいるリズリー以外の人間にも伝染するのだった。
「申し訳ありません。ちらっと見えたので居ても立ってもいられず……。今描いていらっしゃる術式ですが、一箇所ミスがあるようで……。このままだと術の効果が半減しますから、ここにはγを入れて──。それと、この付与の部分なんですが、隣り合う記号が反発しないようにαに入れ替えた方が──あ、それともし、この魔法の使用回数や威力をより増やすのであれば──それと、これって個人用の術式ですよね? 誰が使ってもある程度同じ出力になるような方法も──……って、すみません……! 調子に乗って口出しし過ぎました……! 戯言だと思って忘れてください、って……あれ? 皆さん、どうかされましたか……? そんなに驚いた顔をして……」