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13話 第三者のほうが気付くこともある


「リ、リズリー様……そろそろ、そろそろ一旦休憩しませんか……!?」


 ──そう、シルビアが言いづらそうに提案したのは、彼女がリズリーに術式の描き方を乞うてから約二時間が経った頃だった。


「えっ……だってまだ火魔法と土魔法、それと防御魔法と遠視魔法の術式しか教えていないわよ? それも、どれも基本の術のものばかりだし……ここから付与や応用の技、他にも沢山──」

「も、申し訳ありませんがリズリー様!! 私の頭ではそんなに一気に覚えらない上に、直ぐに術式の構造を理解できず……。これ以上は頭が爆発しそうなので、どうぞ続きは別日にしていただきたく存じます……!!」

「え……そ、そう?」


 泣きそうな顔をしてしがみついてくるシルビアに、リズリーは一旦ソファに深く腰掛けた。


(まあ……シルビアったら、もしかして私が疲れているかもしれないと気を使ってくれたのかな)


 術式を描く、もしくは術式に対して議論するなど、術式に纏わることに関しては、リズリーは無類の集中力を誇る。

 それに、人に教えることで自身の知識の定着にも繋がり、もしかしたらそこで新たな発見があるかもと思うだけで胸が踊ってしまい、疲れなんて感じなかった。 


(ああ、術式ってなんて素晴らしいんでしょう! 本当に楽しかった……!)


 だから、本当はもっとシルビアに術式を教えたかったのだけれど、彼女の気遣いには感謝して然るべきだろう。


「さ、さあ、リズリー様! お茶をお入れしましたから、どうぞ! ゆっくり、ゆっくり休んでください!」

「ありがとう、シルビア。……って、あら? 何だかシルビア疲れているように見えるけれど、大丈夫……?」


 目の前のシルビアは、まるで疲労困憊というような表情である。

 術式絵師を目指しているとはいえ、いきなりいくつもの術式を長時間習ったのだ。疲れるのは当たり前なのだが、どうやら術式に関してだけは体力馬鹿なリズリーには、その感覚は良く分からなかったらしい。


 とはいえ、リズリーには人を思いやる気持ちは十二分に備わっている。


 この部屋は今二人きりなので、疲れているならば少しは座ってはどうかとシルビアに提案すれば、彼女は悩んだものの、おずおずと隣に腰を下ろした。


「申し訳ありませんが失礼いたします……」

「ええ、もちろん。あっ、そうだわ! 紅茶も飲むかしら? 私が入れてあげるわね」

「いやいやいやいやいや! 流石にそれをさせてしまうと私のクビが飛びます! こう、スパンッ! と!」

「ふふ、シルビアったら面白いわね」


 首に手をやって変な顔をするものだから、リズリーはついつい笑ってしまう。


「あながち冗談ではないのですが、笑っていただけて良かったです……!!」と嬉しげに言ったシルビアだったが、「って、ちょっとお待ち下さい……!?」と自身にツッコんだのは、テーブルの端にまとめておいた、先程リズリーが描いた術式を視界に捉え、ようやくそれを理解できたからだった。


 そんなシルビアは再び立ち上がると、興奮した様子で目をキラキラと輝かせる。


「リズリー様が天才術式絵師だと呼ばれていることは存じておりましたが……まさか、こんな──」

「あ……そうよね。過去にはそんなふうに呼ばれていたけれど、私の術式は他者と比べても大差ない──」

「……はい!? 何でそうなるんですか!! リズリー様はですね──」


 ──コンコン。

 その時、シルビアの声を遮ったのは控えめなノックの音だった。


「い、良いところだったのに……! リズリー様、対応して参りますので少々お待ち下さいね!!」

「え、ええ」


(ふふ。シルビアったら、私が落ち込まないようにフォローを入れようとしてくれたのね。優しいなぁ……)


 呪われてからというもの、リズリーは数多くの罵倒を受けた。人間性に関しても然り、職場での僅かな休憩中に描いた術式に対してもだ。


(術式の構造が汚いとかミスが多いとか、これじゃあ術の効果が薄いとか……色々言われたっけ……自分では、中々の出来だと思ってるんだけどなぁ)


 呪われる前までは褒めちぎられた術式も、今や罵倒の嵐だ。


 最初は、呪いの効果で酷いことを言われているだけで、自身の術式を描く腕が落ちたわけではないと思おうとしていたが、それが三年も続くと、正直なところ分からなくなってくる。


 だから、リズリーは自分が描く術式に対して、あまり自信を持てなくなってしまっていた。


──私の術式を描く腕は、落ちてしまったのだろうか。


「リズリー様、ただいま戻りました。実はシェフがリズリー様に食べられないものなどないか聞きたかったようでして」

「……! あっ、えっと、何でも食べられると伝えてもらっていい?」


 そんなことを考え始めてしまっていたリズリーだったが、シルビアに呼ばれてハッと我に返ると、彼女の質問に言葉を返す。そうして、シルビアがシェフに伝言し、再びリズリーの近くまで戻ってきた時だった。

 

「ねぇ、シルビア……! 研究室って見ることはできるかしら? 皆さんの邪魔は絶対にしないから……! もちろん、ダメなら良いんだけど……」


 秘密保持の関係で入室が許可できないならば、遠目に眺めるだけでも構わない。もし手伝いをさせてもらえるならば、雑用でも何でもしたい。

 そう思って、リズリーはダメもとでお願いしたのだけれど、シルビアから返ってきた言葉は意外なものだった。

 

 「貴重な資料は基本的に書庫にあるはずですから、問題ないかと! では早速行きますか?」 

「ええ! ありがとうシルビア……!」


  そうして自室を出たリズリーの足は非常に軽やかだ。

そして、そろそろ研究棟への渡り廊下に差し掛かるというところで、何やら資料を手に持ったバートンの姿が視界に入った。


(研究棟の方向に資料を運んでいるのね。もしかして行先は研究室かしら?)


そう考えたリズリーは、バートンに「研究室に行くならば私が運びましょうか?」と声を掛けると。


「おお、なんとありがたい。こちらは旦那様が忘れてしまったものでして、旦那様に直接渡してくださると助かります。よろしくお願いいたします」

「こ、こちらこそ。その……信頼してくれて、ありがとう」

 

 ふわりとほほ笑むバートン。リズリーは善意がそのままの形で受け入れてもらえたことへの喜びを覚えつつ、バートンから受け取った資料を手に歩き出す。


 すると、直後シルビアの口から放たれた言葉に、リズリーは口をあんぐりと開けてしまうのだった。


「旦那様きっと、バートンよりもリズリー様が届けてくださる方が喜ばれると思いますよ!」

「……え。…………え!?」

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