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11話 師団長と副師団長


 それからリズリーは部屋に戻ると、軽く湯浴みを済ませてからベッドに横になった。

 日付を超える時間──しかも仕事終わりで、今日は頭がパンクしそうになるほど様々なことがあったというのに、新しい環境だからか、明日に希望を持っているからなのか、目を瞑ってもなかなか眠りにつけないでいた。


「今日はほんとに、色んなことがあったな……」


 呪いが効かないルカに出会い、呪いを解けるかもしれないと言われ、彼の屋敷に世話になることになって、まさかの婚約者になる約束までするだなんて。


 我ながら凄い一日だったとリズリーは思いながら、触り心地のよいシーツの上でごろんと寝返りを打つ。


「まず明日は、婚約誓約書にサインして、それから……」


 リズリーの実家には、ルカから手紙を書いてくれることになった。リズリーからの手紙では読んでもらえない可能性を考慮したためだ。

 その手紙には婚約することと、公爵邸で暮らすことを記載するらしい。


(悪評のせいで、今まで縁談の話がなかったから、両親はどんな反応をするのかしら……公爵家の当主と婚約して屋敷にご厄介にまでなるんだから、きっと厄介払い出来て良かったと思うんでしょうね)


 職場にも、ルカから手紙を書いてくれるらしい。

 リズリーの足では屋敷からの通勤は大変で、毎日ルカに転移魔法を使ってもらうわけにもいかないため、一旦休職扱いにしてほしいという旨を伝えるつもりなのだけれど。


(私からそんな手紙を書いたら、内容を捻じ曲げられて退職扱いになりそうだもの。……ルカ様ならばそんなことはしないだろうから、感謝しかないわね)


 そして、ユランに対しては明日リズリー自ら手紙を書くつもりだ。


 仮初めの婚約者であることを隠すのはもちろん、対呪いの結界についても、公爵家に関わることなので、書かない方が良いだろう。


(誕生日に会いに来てくれるって言ってくれてたのにごめんなさいということと、呪いが解けるかもしれないということは書かないとね)


 急ぎ連絡が必要なのは、大体その程度だろうか。


「それにしても、今日は良い一日だったなぁ……ユラン以外と普通に話せるなんて……」


 ルカ、バートン、シルビア以外の屋敷の人間ともいくつか言葉を交わしたリズリーは、幸せそうに笑みを零す。


 とはいえ、屋敷に世話になる身として寝坊をするわけにはいかない。

 だから早く眠らなければと思うのに、脳裏に浮かぶルカたちの姿に幸福感に包まれたリズリーは、眠りに入るまでかなり時間を要したのだった。



 ◇◇◇



 ──同時刻。


 婚約誓約書や、昨夜するはずだった執務書類をテーブルに並べたルカは、積み上がった書類の多さにため息をつく。


 そのとき、深夜にもかかわらず扉から聞こえるノックの音に、ルカは扉の方にそろりと視線を寄越した。


「よう、ルカ。さっき部下が言ってたんだけどよ、お前えらく可愛い子を屋敷に連れ込んでたらしいじゃねぇか。誰だよ? お前のこれか?」


 遠慮なしに執務室に入り、小指を立ててニヤリと笑った男は、第二魔術師団の副団長のジグルド。サーシャ伯爵根の次男坊である。

 あまり饒舌ではなく、公爵としても多忙なルカの代わりに団員たちを日々まとめてくれている右腕のような存在だ。

 くすんだ赤髪の美形で、やや女癖が悪いところだけはたまに瑕なのだけれど。


「……って、んなわけねぇか。女に興味ねぇし、仕事に研究にって毎日忙しいお前が──」

「………………」

「え、マジかよ? マジなのか? ほんとに? いやーマジか。なんつー弄りがいのある話題だよ。詳しく話せ詳しく」

「俺は何も言ってないだろうが」


 テーブルを挟んで楽しそうに口元に弧を描くジグルドに、ルカは筆を持っていた手を止めて冷たい瞳を送る。

 しかし、かれこれ数年の付き合いになるジグルドには、ルカのそんな瞳など効果はないらしい。


「否定しないことが答えだろ。あと、その顔。なんかある顔だな。吐け、おらおらおら」

「……おい、やめろ。話すからやめろくっつくな」


 テーブル越しに首に腕を回してくるジグルドをルカは冷たく睨むと「おーこわっ」と、全く怖くなさそうに言ってジグルドは手を離す。

 入室時から変わらずニマニマと頬を綻ばせているジグルドに、ルカは変に誤解されるくらいならば話したほうが得策だろうと、今日の出来事を全て吐露することにしたのだった。



「へぇ〜なるほどな。つまりルカが連れてきた女の子は呪われてて、それを解くために屋敷で面倒を見ると。んで、何でもするっつーから、名ばかりの婚約者になってもらうと」


 ソファに座って楽しそうに話すジグルドに、ルカは鬱陶しいという感情を隠すことなく、コクリと頷いた。


「そうだ。ジグルドにしては珍しく理解が早いな。頭でも打ったか」

「ひっでぇ。んなこと言ってると女の扱い教えてやんねぇぞ?」

「むしろ結構だ」


 間髪入れずに拒否するルカに、ジグルドは大きく口を開けて「あははっ」と笑って見せる。


 しかし、ルカが渦中の人物の名前──リズリー・ラグナムであることを伝えると、笑っていたジグルドは真顔になってピシャリと体を硬直させた。


「それって、昔は天才術式絵師って言われてた、あの……」

「そうだ。現在ではその術式は実は姉が描いたもので、リズリーは手柄を泥棒する最低な人間だと噂されている。その他にも数多の悪評があるな」

「名前や噂は聞いたことがあったが……まさかその子とはなぁ。……でもあれか、呪いのせいでそんな悪評が広まったってことか?」

「ああ、間違いない」


 またしても間髪入れずに答えるルカだったが、ジグルドは片眉をひそめる。


「……なあ、それは断言出来なくねぇか? もしかしたら、本当にそのリズリーちゃんは悪い子で、だから恨まれて呪われた可能性だってあるだろ?」

「………………」


 ジグルドの言葉にルカは一瞬、言葉が詰まる。


 確かに、ジグルドの発言はあり得るものだったから。


 ──リズリーは、何故呪われたのかという質問に対して口を噤んだ。おそらく何かしらのトラブルに巻き込まれたのなら、迷わずに話すことが出来るだろう。

 リズリーが言いづらそうにしていた時点で、誰かから故意に呪われたのだということは想像に容易かった。


(それなら、誰に呪われたのか。何故、呪われたのか)


 そう考えるものの、リズリーの生い立ちや人間関係を詳しく知らないルカには、明確な答えなんて出やしなかった。

 その代わりにジグルドと同じ考えで、呪われるほど誰かに恨まれている──つまり、リズリーが悪評の通りの人間で、だから恨みを買って呪われたと考えた瞬間もあった。けれど。


「……いや、それはない」

「……単純に友としての疑問だ。何で言い切れる?」

「…………辛いのに、何度も、泣きそうなのを我慢していた。嫌われると分かっているのに、人助けをして……こんな無愛想な俺のことを優しいと言ったから」

「……へぇ」

「それに、数年前──。いや、何でもない。忘れろ」


 それからルカは、「おい〜ちゃんと言えよ〜」とくっついているジグルドを引き剥がして、再び筆を手に取った。


 もう日付を超えたのだ、少しでも眠るために、時間が惜しい。


「ま、どっちにしろ、ルカがリズリーちゃんのこと良い子っていうなら、俺はそれを信じるけどよ。お前、人を見る目はあるしな。俺を副団長にするくらいだし」

「煩い、黙れ、軟派野郎」

「マジ辛辣! 俺には良いけど、リズリーちゃんには優しくしろよな〜」


 へらっと笑ったジグルドは立ち上がると、そろそろお暇しようと、ドアノブに手をかける。

 そして、くるりと振り返ると「それとさ」と少し落ち着いた言葉で呟いた。


「呪い、早く解いてやろうな」

「ああ」

「けどお前、無理すんなよな〜んじゃ、おやすみ」


 ──バタン。


 そんなジグルドの言葉を最後に再び執務室に一人きりになったルカは、おもむろに立ち上がる。


 そして執務室の窓際まで歩いて行くと、冷たいガラスにぺたりと手のひらを当てて、夜空を見つめた。


(何故、泣くのを我慢しているリズリーの顔がこんなにも頭にこびりつくんだろう。……チッ、調子が狂う)


 雑念を取り払うべく小さく首を横に振ったルカは、鋭い目をスッと細めた。



「呪いは絶対に解いてやる。……呪いは許さない。…………絶対に──」


 それからルカは、カーテンを少し乱雑に閉めると、再度執務テーブルに腰を下ろす。

 そんなルカの淡紫色の瞳には、力強い執念のようなものが宿っていた。

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