87 忘れられた狼
私は入り込む。
彼らの部屋に。
長い通路、ただ続くラボの壁。
ねえ、ファクト。知ってる?
あなたが生まれた時、みんなが目を丸くしたの。
子供よりも仕事の人だと思っていたミザルが、壊れ物にでも触れるように、あまりにもあまりにもあなたを優しく抱きしめたから。
ただの物質ばかりに囲まれた無機質なラボが、一気にお日様の下の野原のようになったんだよ。
人体や機械ばかり見ていた人たちが、考えなしにあちこち走って机の下や戸棚から出てくるあなたを追いかけざる負えなくて。時々サンクリームやボディークリームを全部ぶちまけて、体にも部屋にも塗りたくってみんなを困らせて。
鬱陶しがってた博士たちも、急に頭でブリッジしたり延々と廊下でおかしなでんぐり返しをしたり、変な顔や動きをするから、こんなの生体工学にないって機械よりもおもしろがっていた。
だからね。いつか生まされるだろうモーゼスがかわいそうだと思ったの。
彼らが謳うのは自由と解放だけれど、実際に住むのは一人の内向きな思想の中に囲われた小さな部屋の中。
きっとその時のミザルには分かっていた。
彼女は物質を支配できる立場にいたから。何が喜びか知ってしまったから、全ての万物を、日の当たる優しい場所に持って行ってあげたいって、そう思ってた。
だからシリウス開発もあきらめきれなかった。
北斗は技術の完成で、
シリウスは体系の完成だったから、そこまでもっていかないといけない。
私たちが鉱物として長い時を耐えられるのは、きっといつか人間が見付けてくれると知っているから。彼らの輝く生活に連結されて役立っていくのだと感じられるから。
だから数万、数億、数光年の地層の闇に耐えて、小さなルビーやサファイアの原石になるんだよ。
そしてそっと、愛し合うどこかの小さな二人の胸元や指を優しく飾りたかった。
知ってる?
私たち万物と万象はみんな、全てが連結されているから、そうやって誰かの愛や幸せを感じていたいの。
熱く、でも優しく抱き合う二人や、その間から生まれた愛しいあなたの、そんなみんなの輪に居たくて。
その連結された部分から、全てが流れて来て、あなたが幸せなことも感じられるから。
忍び込んだ研究所で見付けたあの人は、とっても楽天的で全然物おじしなくて、私の大切な人に似ていたから、きっとミザルのことも大切にしてくれる。
だから、深い深い深層で、私は彼にお願いをしたの。
あなたの目の前にいるそのすてきな女性を、ちょっと気難しくて普通の人には手に負えないような女性に見えるけれど、
大丈夫。
根の深い深い場所で、大切なことを知っている人だから――――――
ずっと大切にしてあげてねって。
でも、ミザル。
あなたの息子のことで私は少し言いたいの。
ファクト、あなたはいつも余計なことをするのね。
全てを終えて、私はそこを去ろうと思ったのに、
あなたは私の手に指輪を戻してしまった。
もうそれは捨ててしまった物だから。
もう私の指には合わないものだから。
なのに、あなたは私の腕にひばり結びでまた着けてしまって。
どうにか外そうとしたのに、もう私の腕は動かなくて、
それを外すことができなかったの――――
***
アンタレスの夜が明ける。
それはギュグニーの新しい1日目でもある。
世界は知るだろう。ギュグニーの全てが解放されたのだと。
艾葉にはその後、それ以上の大きな地震はなかった。
誰がどこで、どう夜明けから目を覚ますのか。
狼は駆けてくる。
東の地から。
●あなたのひばり結び
『ZEROミッシングリンク』
これで『ZEROミッシングリンクⅧ』は完結になります。
物語自体も、大きな部分は終わりました。あともう少し続きます。
あまりにたくさんの登場人物と場面が出て来たため、混乱状態だと思いますが、講談社×未来創造さんの「NOVELDAYS」にて、ストーリー版として、閑話や雑談を省いた短いものを掲載しています。こちらでは登場人物ページにて、キャラクターイメージ画も載っています。
▶https://novel.daysneo.com/works/cbd56f63b432d1ad5b7a9858fb59b82d.html
その内、なろうさんでも登場人物をやエピソードを圧縮した短縮版も掲載しようかと思います。おそらく、この『Ⅷ』は1/4以下に圧縮されるかと…。80話以上なのに、後半は半日の出来事なんですね!(泣)なら最初からそうしろという感じですみません!自己満足です。どうせなら細部まで書いてしまおうと……
ここまで来たら『Ⅹ』までいきたかったのですが、次で終了です。
『ZEROミッシングリンクⅨ【9】』、近々アップしますので、もう少しお付き合いください。
続きはこちらに▶https://ncode.syosetu.com/n5663jf/




