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ZEROミッシングリンクⅧ【8】ZERO MISSING LINK 8  作者: タイニ
第七十章 あなたと私

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85 さらに上階に



「大丈夫。響さん、こっち行けそう。」

「……もうだめ。…レサト君、一人で行って……」

半泣きな響の腕を引っ張り、地下入口の階段を上がって来た二人。レサトの方が体が大きいのに、スルスル狭い道を抜けていく。


昔の大企業が手掛けた旧市場通りの方が建物が強いのではないかと思い、そちらに抜けてきたのが正解だった。あちこち崩れてはいるが、建物そのものは崩壊していない。


「響さん、俺一人で帰ったら絶対締められるから。」

「……そんなこと絶対ないよ。運が良ければここで待ってたら後で助けが来るかもしれないし。」

「もう少し頑張って。出口が明確になったら助けを呼ぶから。」

今、曖昧に知らせても助ける側も混乱する。


この辺は建物の導線に従って普通に出口を見付けた方がいいだろう。



「……レサト君。」

「はい?」

「……このまま藤湾にいるの?」

とぼとぼ歩きながら響が心配気に聞いた。

「それはどういう?」

「ほとんどユラスに帰ってないんだよね?」

「……あ、はい。まあ………」

少し沈黙が続く。



ユラス首都、レサトが家族親族を失くした場所だ。

「トイレによく行くのも昔から?」

生まれつき?とは聞かない。


「………」

父たちを亡くしてからしばらく腸炎のようになり、ユラスでまともに授業に出られなくなった。


レサトがまだ幼かった頃。

家族を失ったショックだけでなく、内戦になってから子供にも隠せなくなったユラス旧貴族の家門争いは、子供たちの心を確実に蝕んでいた。外部だけでなく、身内も敵。親族たちが議長夫人を邪険にし、ユラス社会ではあまり強そうに見えないレサトの母と数人だけが静かにその抑圧に耐えていた。

この前まで敬われていた人が、そうしていた大人たちに今度は野次を受けていたのだ。


たくさんの大人たちに説教を受け指導され、同級生たちにもあれこれ言われ、初めは誰を信じたらいいのか分からなかった。母が間違っているのだとも思ったし、チコ議長夫人に嫌悪を感じたりもした。一旦は保守貴族を信じたものの、あんなに簡単に忠誠を変える大人もまともな生き物にみえなかった。子供たちも苛立っていて、結局人は疑心だらけで、少しバランスが崩れればどうせ争うものなんだと理解した。


つまり、誰もかれも良く思えなかった。




響がレサトの顔を覗き込むように見る。


「……レサト君?」

「……」

「ごめんね。聞いちゃだめだった?」

「あ、レサトでいいですよ。だめではないけど……」


だめではないけれど、時々不安にはなる。




いつだったか、あの頃はまだ小さな小学生。


疎開先の裕福な子供が通う学校で、レサトはいつも教室に行かず、少し遠い別校舎のトイレの前に座っていた。



そんな時、先生に呼ばれた母が首都から飛んで来たのだ。


母は授業に行かない自分を見て、少しだけ信じられないというような顔をした後、少しして泣き出した。そして、ギュッとレサトを抱きしめて言った。


『ごめん。……ごめんね。気が付けなくて……。体のことも、気持ちのことも。』

『………?』

『レサト、行こう。』

抱きしめる腕が強まる。

『……』


『アジアに行こう……』




そうして出会ったのがカーフや今の藤湾学生、それからサダルの後ろ盾を実質失くしたチコだった。近くで見るのは初めてで、初見は正直あまりいい気持ちにはならなかった。


けれど、時々チコに会って分かったのは、傀儡扱いされていたチコよりも、優秀で温厚と言われていた同い年のカプルコルニー家嫡男の方が、よっぽどヤバい目をしているということであった。


一見厳しく見えてもチコは基本、優しいさざ波のような目をしている。

しかしあいつはだめだ。子供のくせに隙あればいつでも戦場に行こうとする目だ。


それが分かって以来、人間見た目と行動と中身がいつも同じでないと知り、楽しく観察している。


そしてやはり安全な場所は心身によかったのか。成長するにつれて腹痛は改善し、今はほぼ完治。でも今も、トイレにすぐ行けると思うと安心する。


戦火が飛び交っていた頃は、トイレなんてあってないようなものだった。時には物陰でするしかなくそれすら嫌だったのに、熱帯地域だと頻繁に腹を壊し、潜伏していたらトイレなど行けない、漏らしても敵がいたらそのまま逃げるしかない、助けが来たらそのまま助けられるしかない、という話を聞いた時には自分は贅沢だとやっと思えた。



自分を邪険にした人間にも二通りいると知った。

大人たちのすることに全く疑問を思わない人間。大人が「彼は南中央の子だ」と鞭打てば、そうしてもいいと思っている人間。


それから、周囲に逆らえなかったり、自分のように何が正なのか分からず悩んでいる人間。



けれど、もうひとつ、タイプがいるとも知った。

脅されても銃を向けられても、誰かを庇ってくれる人間。


感動なんてしなかった。頭がおかしいのかと思った。一緒に撃たれるだけだと。




でも、知らず知らずのうちに、そんな人たちに囲まれて。自分の世界は広がっていく。 


人は簡単に他人を嫌悪できるんだと思っていた世界は、世界の一部でしかなかったと知った。




いろんなことを知り、聞いて、小さかった頃の自分の傷が薄らいでいく。

ユラスの子供たちも、もしかしたら自分のように迷ってさまよって苦しんでいただけなのかもと今なら思える。


アジアでも人はギスギスしていたけれど、ここ最近それも大きく変わった。あれこれあるにはあるけれど、今までのような息苦しさはない。





サレトを心配そうに見ていた響が、今度は自分が不安そうな顔をしている。


レサトには少しだけ分かった。

先、瓦礫が崩れた時、シャプレーやムギのいた側の方が瓦礫がひどかった。敏感な響なら何か思ったのかもしれない。


でも、今はそれは口にしないことにした。きっとお互いそうであろう。

とにかく、まず自分たちがここを出なければならない。自分の知っている階段に急ぐ。




地下からのエスカレーターを歩いていくと、大きなフロアに抜けた。


「響さん…、外だよ。」

「うそ……」

もう外が真っ暗で分からないが、ここは1階だった。


ただ、このフロアはシャッターが全て締まり、外が見渡せない。各所にあるガラスはあまりにも大きいので、壊すには難しく危険だ。

この階から出られるか、上階に行った方がいいか。おそらく上の階の窓にシャッターはないので、二人は吹抜け上階まで移動することにした。


動かない埃だらけのエスカレーターを登ったところで咄嗟に響が動く。

「レサト!伏せて。」

サッと身を引かせた。


「響さん?」

「しっ。誰かいる。あんまりよくない……」

「……?」

響はそこまで霊性は強くなかったが、今、過敏になっている上に、これまでの生活で知らず知らず能力が高まっていた。


「レサト、危険かも。たくさん人を殺してきた人の匂いがする……」

「?!」



人間だ。しかも生きている。

もし特殊部隊などの兵士だったら敵わない。


少し待つと、音のない音の気配がする。


上だ!


3階の吹き抜けからそのまま人が飛び降りてき来た。


サッと避けるも、ナイフを振られる。

一般人と新兵だと思われたのか、銃は撃ってこないが、おそらく響も河漢の人間ではないと分かったのだろう。軍関係者かと悟り人質にする気か。

もう一振りされガードするも、完全に力負けをして床に叩きつけられ、さらにダンと蹴られ数メートル下がった。

「ぐっ!」

「レサト!!」

響は、全く接触のなかった人間に関しては、近くで目を合わせないとDPサイコスに引っ張っていけない。


その兵士が今度は響を見る。一般人を人質に取れば話は速い。


が、レサトがサイコスを爆ぜさせた。


バンっと男の方に火花が飛び、突然の光に驚く。

「くっ!」

その隙に響は男の懐に入ろうとした。


しかし男の方が動きが早かった。ガン!とナイフの柄で響の頭を殴った。

「あっ!」

と、響は少し丸まり、登ってきたエスカレーターを数段落ちていく。



その瞬間レサトが起き上がって、もう一発食らわせ銃を取るも、一気に近距離に入られて銃を落とされ、反対に銃を向けられた。


「なんだお前、その面白いの。バンって爆ぜたやつ。お前ニューロスじゃないだろ?ユラスのガキか?」

男が初めて喋る。

「俺にもそれができるか?」

興味を持ったのか。

「……さあ。訓練でできる場合もある。」

「まじか。お前教えてくれないか?

強くなりたいんだ。誰よりも。」



その時男が降りて来た上3階から、ガジャーーーンと何かが割れるすごい音がした。


「?!」

男は驚いてレサトを始末しようとするも、いつ来たのかというような俊足でもう一人誰かが間に入った。



敵か、味方か。


東アジアの戦闘服が一瞬見えるが、違和感があった。





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