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ZEROミッシングリンクⅧ【8】ZERO MISSING LINK 8  作者: タイニ
第七十章 あなたと私

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84 戦友?それとも、



誰かが使ってはいたのか。

暗い地下の通路。車一台しか通れないような狭い道の一部には埃がなかった。


一機と一人。平坦な道になるも、先までは背中に傷がつくほど物がごてごてしていた。


「グっ」

腕ごと胸元をハーネスで締められ、どうにか出した片手で首元を押さえるも、窒息しそうだ。


少し格闘した後、片腕片足を瓦礫に潰されたシャプレーはさらに痛手を食らい、一部機械が丸出しになったモーゼスに引きずられていた。モーゼスはSR社商品に劣るとはいえ、それでもSクラスの上位機体だ。今のシャプレーにはあまりに不利。ここまで引きずられたら、普通の人間だったら既に体がダメになっているか死んでいただろう。



『お前がいなければよかったのに……』

先まで無言だったモーゼスが何かつぶやいている。また何かが切り替わったのか。何度か不安定に様子が変わっている。



『お前がいなければニューロス世界は我々の物だった………』


『お前とサダルと……ポラリス。マーカーもだな。』


『荷重でなければ、北斗だってユラスに帰ろうとしたはずだ。』



「?」

母の事だ。荷重、子供である自分がいなければ、もっと自由だったということか。


『少なくとも、東アジアは離れただろう……』

そうつぶやかれるも、シャプレーは知っている。母北斗はどんなことがあっても絶対にアンタレスにしがみ付いたであろう。たとえ引きずられて故郷に返されそうになっても、がむしゃらに手を伸ばし、指の皮1枚でもアンタレスの冷たい住まいにへばりついていたに違いない。

子供にしても、自分がいなければ、なかなか授からなければ、どんな手を使ってもカノープスの血を残したであろう。




モーゼスはもう少しだけ歩いて何かのドアを開けると、止まってシャプレーを床にガンっと投げ捨てた。



着いた場所に電灯が灯される。大きな電灯でも空間が広いらしく全ては照らせられない。けれど分かる。少し天井が高くなった場所。でも底は知れない。


大きな円錐形の水貯めがある空間だ。水貯めは深く暗く底が見えない。



こんな地下に貯水池が。

臭いもする。


雨水か上水か下水も分からないが、まともに機能していないせいでひどく濁った空気が漂っていた。



『シャプレー、ここを見ろ。随分物騒な場所だろ?』

モーゼスはシャプレーの頭を地下のさらに下の貯水池が見える場所に押し付ける。


『底のない、光もない、無限の暗闇の恐怖。』



『私がギュグニーで味わった屈辱と恐怖をお前が思い知るがいい……』

そして、自分より大きいシャプレーの体を持ち上げる。


『ただでは殺さん。底のない底がどれほど恐怖かお前は知るまい。』


モーゼスの今の中身はおそらく渡長やミクライ辺りだろうが、味わったも何も、自分からギュグニーに行ったのだ。片腹痛いが、こうなった相手に正論は通じない。


シャプレーはどうにか唯一残った片足を近くの手摺に引っ掛け動く反動を作ろうとするも、その足を掴まれねじられる。

「くっ」

足自体痛くはないが、体に響く。

『はは、楽しいな!これまでどこでも小童のお前の下にしかなれなかった。お前が死んだらアジアはさぞ慌てるだろうな。SRに後継者はいるのか?生活部門は知らんが、ニューロスやメカニックは気持ちよく分離するだろうな!

どうせ人間など資本と権力欲にまみれた傀儡ばかりだ。独裁だろうが自由だろうが足元をも失って落ちていく。ギュグニーだろうがアジアだろうが同じだ。私はよく知っている。』

「……っ」


『大丈夫だ。私も後で死んでやる。

こんなことをして長生きできると思うほど馬鹿じゃない。でも、腐った奴らが呻くのを見てからだ。その後の責任など生き残った奴らで好きにするがいい。』



そう言ってモーゼスはシャプレーをさらに強く掴み、水貯めの中心に投げ込もうとするも、動きがおかしい。優秀なパイロットでない者が扱っているからか。機械部分に『北斗』が働いているからか。


けれど、どうにか身を動かす。シャプレーを上手く持ち上げられないので、また引きずるように上げ、手摺の高さまで上げて下に落とす。水面に届く前に、サイドの降下階段手摺に叩きつけられそうになるが、シャプレーは片足で弾いた。手摺の衝撃は受けないも、着地点はない。


ザボン!と水柱を高く上げ、臭く真っ暗な水面に消えていった。





『ははは……』


それを眺めて、モーゼスの中にいる男が笑う。


ギュグニーでは官位持ちに逆らえなかった。無能な男どもに無能扱いされ続けた。それはまだいい。

でも一番の屈辱は、これまた無能な科学者に自分の席を譲らねばならぬ時だった。政治や組織運営は分野ではない。でも研究では東アジア、つまり世界の最高位クラスにあった自分が、寂れた研究所の寂れた頭のくせに世の中を知らず知ろうともぜず、己が優秀だと思い込んでいる者たちに、これまで積み重ねてきたノートを譲られければならなかった時だ。人生で一番の最悪さであった。


生涯の血肉を注いだ研究。捕まったら人生が終わる覚悟で持ち出した情報。自分が温めた『北斗』の、モーゼスの基。


ギュグニーでは権威が変わる度に、誰かが研究所のトップに着く度に、それを人形の方がマシな(やから)どもに渡さねばならなかった。



『……はは。そういう意味ではお前はできる男だった。あんなクソども、東アジアなら助手にもなれない奴らなのに……』



というところで、


モーゼスはガンっ!と手摺に叩きつけられる。


『な?!』

もう一発食らうも、持ち直してすぐに気が付く。



他のアンドロイドの頭を握ったままそれを武器にする女。


シリウスだった。



どこかでひと悶着してきたのか、ファクトにやられた以上に人工皮膚が取れ機械部が出ていた。


シリウスはそのまま水に飛び込もうとするも、モーゼスがハーネスで足を止められた。遠心の勢いのまま貯水槽に叩きつけられそうになるが、ジジっとハーネスを焼き切った。


しかしモーゼスも食いつく。


まだ水位のない階段で押し合う二人。

モーゼスはシリウスを直接ハッキングしようとする。

「このっ!」

しかし、言葉も表情もなく人間さを半分失ったシリウスは、それでもモーゼスより強かった。


顔の前にホログラムが現われたと思ったら、それはモーゼスの核心部に向かう。ジジジジっと電気が通り、モーゼスは抵抗するもシリウスは逸らさせない。しばらくしてモーゼスはその場に崩れた。そんなモーゼスを片腕で持ち上げ、水に落ちないよう上部床に思いっきり投げ上げる。



そして、まだ体にくっ付いていたじゃまな衣服を全部取ると、きれいなフォームで濁ったような水面にそのまま飛び込んだ。



まるで青い、澄んだ海にでも飛び込むように。







―――最初のあの日、


私は向かった。人類の円卓に―――



『会議に行く準備はできたか?』

シャプレーがそっと手を出しエスコートをしてくれる。

『ええ』



彼の手は安心する。彼が健康で幸せであることがうれしい。



『私たちは同志?同僚?戦友?家族?親子?それとも他に?』


彼は無表情のまま少し考えこんだ。ほんの一瞬。

そしてゆっくり答える


『しばらくは戦友だ。』




でも、私たちは親子でしょ?


助けてあげたいの。ずっとずっと、あなたに暗闇を歩かせたから。



きっとこれからも、そんな日が続くでしょう。

私がいない日もあるでしょう。

でもいつも、いつもあなたの周りには、私がいるって忘れないでほしい―――






ガガガガガガーーーーーと何かを感じる。



それはサイコスの音?



違う、実体の世界の機械の音。電波が届かないここは、独自の回線に頼るしかない。消えそうな位置情報に頼って探り当てた体。


ひどいヘデロにまみれて、それでも浮き上がってくる男の体。


もう女性と分からないシリウスの腕がガガ―――と上に伸びる。



機械部の内部の内部まで腐敗した水が入り、停止しそうになるもどうにか昇降階段部の水面までシリウスはシャプレーを引き上げた。そしてシリウスもガズっと自ら身を持ち上げる。



人間の形を模していないシリウスは、それでも急いでシャプレーが飲んだ水を吐かせた。腕ごと胸周りを圧迫していたハーネスを切り、もう一度水を吐かせる。落ちる時に構えたのか、あまり水は飲んでいないようだった。


そして、モーゼスのところまで戻ってシャプレーの手足にはめ変えられるアタッチメントか確認するも、それはあきらめた。シャプレーが取り付けている最新の型は、体側のインプラントがアタッチメントを自動調整できるが、それでも合いそうにない。

商品としてのアンドロイドには一定の規格があるが、このモーゼスはそれに当てはまらなかった。初期規格のままだ。


ここの水を飲んで、あちこちにある傷や粘膜に細菌が入っていたらだめかもしれない。彼は人間だ。お互いヘデロだらけの体。出来ることは限られている。




シリウスは近くにいるだろうスピカや他のアンドロイドの到着を待った。




危機なのか、終わりなのか。


今流れる時間は、不思議な時間であった。











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