83 向こう側に
「誰かいます。向こう側に。」
「?!」
イオニアの言葉に驚いた軍人が人を呼ぶ。
この先は元の持ち主たちのプライベート空間だ。キッチンや寝室以外にコントロールルームもあった。
「……」
イオニアは無言で前に進む。
何もない壁の前に、手をかざす高さの何もない台がある。
「サルガス、前のロディアさんのバングル……。鍵だったよな。持ってるか?」
少し後ろにいたサルガスが、サイドバックからバングルを出す。何かの時のことを思いこの期間は携帯していた。小恥ずかしいのではめてはいない。
「……赤く光ってる……」
イオニアには見える。赤い光が。
「え?ほんとか?」
これがジェイが視た光かとイオニアが顔を上げると、サルガス自身が弱く、青く、光っていた。
自分にも霊光が見えると戸惑って辺りを見ると、壁にも赤い龍が浮き上がっていた。
「……赤龍?……」
「サルガス。」
「?」
なんだという顔でサルガスが見る。
「妄想チームになるんだ。」
「?」
「ラムダやファクトならこの状況をどう乗り越えるか。」
「は?」
この後に及んで遂におかしくなったのか。地下で空気が足りなかったのか、よっぽど怖い思いをしたのか。
あの、ギリギリ身許がバレないレベルで勝手に人を評価したクルバトノートの制作者たち。それが今重要だと?
「お前もゲームくらいしたことあるだろ。」
「あるが?」
百十数年前から、ゲームは男子なら誰もが通る登竜門だ。RPG、アクション、シューティングなど一通り経験はあるはず。
「だったら謎を解くしかない。」
「は?」
「想像するんだ。」
イオニアは壁を示す。
「そこに、赤龍がいる。」
「は?」
もう「は?」しかない。
こんな時、妄想チーム強キャラ筆頭クルバトやファクトがいてくれたらと思う。適キャラたちがいるのに、なぜこんなファンタジーをあえて自分たちが。
けれど迷ってはいけない。天の道は今の世をひっくり返す道なので、今の世に信じられない道を通過するのだ。恥ずかしくとも。
「そして、いかにもな台がある。」
「あるな。」
なくはない。
「想像するんだ!人は考える葦だ!!」
「………」
「向こうで誰かが呼んでいる。」
「そうなのか?」
「かざせ!そのバングルを!!」
「……」
現実主義のイオニアらしからぬファンタジー。
でもそんな感じの台なので、東アジア軍が見守る中、サルガスはバングルを置いてみる。
「………」
みんなが固唾を呑むも何も起こらない。
思わず軍人が真剣に聞いてしまう。
「それで次は?」
「………。」
次なんてないイオニア。ちょっと恥ずかしい。
「………」
でも、今度はサルガスが思う。
ロディアさんたちは西から来た。
ベガスにいる女たちはみんな西から来たのだ。
ロディア、響、ムギにチコも。
なら、自分たちはどこから来たのだろう。
やけに兄弟扱いされる自分とファクト。ヴァーゴはおまけだが、議長のサダルメリクまで。
黒い髪、黒や茶系の目。ミザルの故郷はフォーマルハウトのさらに向こうだ。
青龍はもともとはフォーマルハウト側のマフィア。
サダルはどこから来たのか。
西だ。
しかも、西のユラスの頭目。
では、『バイラ』はどこから来たのか。先祖返りのバイラ。
銀の狼が西に駆ける。
白い虎がそれを受け止め、青き龍が長い距離を受け継ぐ。
自分たちは東から来たのだ。
きっと、いつかの誰かが。何かを託されて。
ハウトは東洋全域を表す。
「……東の……ハウト……」
サルガスが何気なくそうつぶやいた時だった。
また霊光が瞬き、縦に光る。
言った本人にはほとんど分からないが、イオニアや同行した軍人たちが周りを見渡し驚いている。
「?!!」
「え?!」
周りが驚くことにサルガスも驚く。
そして先のように、ドアの仕組みに合わせて線光が走る。今度は誰もが可視できる機械の光だ。
シュンッと空間を走る音。
幾つかのロックが解除される。
「?!」
スーと開く多重のドア。
コントロール本部にいる東アジアが操作しなくても、壁が開錠していく。
「まじか……」
信じられない顔で見るしかないし、他の人員も数人こちらに集まって来た。完全に開くまで少し下がって状況を見る一同。
ここも3重扉か。
おそらく最後のドアが目の前にくるが、それ以上は開かない。軍隊軍隊の世界だったのに、ロマンスを通り越してファンタジーな世界に動揺しまくるも、ここまで来たら覚悟するしかない。
目の先の壁に、最初の時のようにまた手をかざす台があったので、サルガスはもう一度バングルをかざした。
するとやはり、全く何もないように見えるフラットな壁が動く。また開く、多重の構成。
1トントラックの作業車が出入りできるほどの扉。
その先に、イオニアにとっては先までいた場所のような瓦礫だらけの地下構造が見えた。
「……開いた…」
「本当なのか?」
軍人たちがビーを準備し、突入の準備をしている。
しかし、その向こうでもっと信じられない顔でイオニアたちを見ていたのは………
もちろんファクトであった。
「!!」
「ファクト!!」
「ファクト!」
駆け付けようとするイオニアを一旦軍が止め、周囲を確認する。
ファクトはシェルター側の人間と同じように驚き、でも信じられなくて呆気に取られている。
「え?イオニア?……ほんと?」
瓦礫側で独り言のようにつぶやく。
霊性の動きを感じて、少し待っていたところに光が走ったのだ。ただ、ファクトは先の閃光の後に他の扉が開錠したことを知らないので、何が起こるか見ていただけだ。
「……扉、開いたの?このまま外に行ける?」
気が動転している。先まで人が生きるか死ぬかの世界で行ったり来たりしていたのに、想像以上に複雑なシェルターだったのに、まるでホームルームでクラスメイトにでも会うようなこの普通さ。
「え?ほんと外?」
ここは外といえば外だが、まだ消化器官のように体内……にあたる地下内ではある。
「ファクト!!」
もう生きているなら誰でも何でもいい。OKが出たとたんイオニアは軍より先に前に出て、思わず抱いてしまう。
「うお!イオニア!!でも待って!!」
薄い簡易シーツに包んでいるのが人だと気が付いたイオニアもバッと離れる。でも体が小さい。まだ子供がいたのか。
「毛布を取っていいか?」
担架を準備し待機していたユラス軍人がシーツを少し取ると、垂れた頭の髪の横から出る肩に違和感があるのに気が付いた。
「なんだ?」
「右腕が切断されています。」
「え?」
「!?」
周りが焦る。
「シャプレー社長がいたので応急処置はされています。」
「ムギです。」
冷静に言うファクトに周囲が驚いた。サルガスがショックを受けるも、数十分前まで一緒にいたイオニアはもっとショックを受けていた。
軍人たちがファクトの背からそっと少女を降ろすと、髪を掻き分けた中に蒼白の見知った顔が出てきて、誰もが青くなる。
担架を稼働し急いでシェルター内部に移す。担架に乗り込んだ兵が、ムギに様々な機械を付けていた。その間にこの周辺を明るく照らし、メカニックも含めた大勢で地下やシェルター外壁の写真や動画を撮っていた。
「シャプレー社長は?」
「……モーゼスに引きずられて向こうに。」
瓦礫の向こう側の通路を指さす。
「モーゼスに?」
「大丈夫だと言っていました。自分にはムギを任せると。」
引きずられた内容にもよるが、あまりいい事ではない。モーゼスコードを取ったにしても、全てが一気に変わるわけではないのだ。それに、やはりまだ振動が来ている。今、シェルターから離れるのは賢明ではないだろう。
ファクトはこの扉が開いてから、これまであったことがもう遠い過去のことのように冷静だった。一見淡々と状況を説明している。
「ミツファさんは?!」
「藤湾学生のレサトと移動しています。通路が潰されない限り外には出られるかと思います。」
正直、大丈夫とはもう言えない。助かっていますようにと祈ることしかない。
自分のライトが消えれば暗闇だった場所から、競技場のナイター照明のように照らされた世界。自分の背中から離れたムギの感触、数歩歩けば生存の可能性が一気に増えるシェルターが見えるここ。
何もかもかひどく現実で、ひどく眩しかった。
一通り説明を終えるとシェルター内に移動を促される。
何もかもが現実に見えない。
でも、進んで行けば、足元は少しずつ整備された床になる。
大きな扉だけで3重とはいえ、シェルターの扉が想像以上に厚くて驚く。
そして……
気が抜けたのか、力が尽きたのか。
ファクトは最後の最後、安全圏まで自分の足で歩いていき………
火傷をした手の痛みを激しく感じ始めるのに、痛みが消えていくような遠のくような気もしながら判断が付かなくなる。
そして、また大き目の振動が起こっているのを感じながら、その場に膝から倒れた。
みんなの声を聞きながら、もうその先の記憶はない。




