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ZEROミッシングリンクⅧ【8】ZERO MISSING LINK 8  作者: タイニ
第七十章 あなたと私

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81 最後の門答



「何を言っているの?正気?」


河漢艾葉が見下ろせるガラス張りの廃墟のビル。辺りは既に夜だ。

そこに来ていたミザルは、自分を連れて来たアンドロイドの問いにバカバカしいと返した。


「ミザル様、あなたはもう少し今の自分の立場をお考えになった方がいい。」

「すぐにファクトに会わせてちょうだい。」

「あの子は今行けない下層にいます。」

「…ここは立ち入り禁止でしょう!こんな揺れる場所で!」

「だから、立場を考えた方がいいと言っているのです。彼は自分で地下に向かいました。私たちが責められるいわれはありません。」


この場所は揺れが緩和される耐震装置のある建物の場所だが、それでも振動は来ている。


「……そんな事関係ないでしょ。一市民の安全を確保するのもアンドロイドの仕事ではなくて?」

「我々は連合国家でも、国際規約のアンドロイドでもありませんので、その義務は発生しません。」

「とにかく、ファクトに会わせてちょうだい。」

「……さあ、あなた次第です。」



アンドロイドは口だけ笑って言う。

「あなたたちが奪った、シェダルコードを返してください。」

「…奪った?」

「もともと我々の物です。」

「あの子が奪われたものは誰が返すの?そもそも今、彼が持っているコードは全く刷新されたものだから。」



「……チココードでも、バナスキーのコードでもいいです。


ジグレイトでもな。

彼らはもともとギュグニーの子供たちだ。』


中年女性だと思っていたアンドロイドは男の口調になっていた。




『それが嫌なら、シャプレーか………

シリウスコードだ。』


それは大元の、最終コード。



「………」


『ミザル、何か言ったらどうだ。』



「誰?」



『誰でもいい。私は私だ。』

「……あ、そう。だんだん贅沢になっていくのね。渡せるわけがない。」

それは自由世界の引導を、ニューロスの世界において引き渡してしまうということだ。


『なら話は決裂か?

博士の息子を瓦礫に埋めることもできるがな。』

ミザルは顔をしかめる。

「どうかしてるの?サッサとファクトを渡しなさい!」

『命乞いもしないとは高慢な女だな。そんなお腹で自分も無事だと思うのか?』

「ギュグニーが負けたって知っているでしょ?そんなことをしたらあんたたちだって立場がないのに!!」

『まさにそうだ。我々は四面楚歌だ。

だからもうなんだっていいんだよ。今まであいつらに頭を下げて来た。あとはやれそうなことをするまでだ。』


『3つ数える。それまでに答えを選ぶがいい。』

「…やめて!」


『3』


『2…』


「待って!待って!!お願い。お願いがあるの!!」


『いいぞ、聞こう。あの頃にそうしていればよかったものを。』

焦りだしたミザルを見て満足そうだ。


あの頃?……目星は付いていたが、もしかして亡命したミクライか。


「ポラリスに確認させて。」

『……』

その名を聞いて、女の姿をした男は嫌そうな顔をする。完全に男の顔だ。部下や同僚たちがのし上がっていくのが許せない顔。


『話したらあの男は息子を捨てるだろう。』

どんなに子供が大切でも、世界と天秤に掛けたりはしない。ポラリスはそういう男だ。


「でも、コードは私だけでは解除できない。私が説得するから!」

お腹を片手で抑えながら、ひどく焦るミザル。



手放せるわけなんてない。


少し大きくなってからは、最低限の環境とお金だけ与えて、ほとんど放置してきたような息子。


すっかり生意気になってしまったけれど、初めて触った柔らかい手。何とも言えないフニフニした温かい匂い。自分が抱きしめただけじゃない。ディスクに俯いて唸っていると、「おかーさん、だいじょうぶ」と、いつもそっと抱きしめてくれた、かわいい抱擁。不器用に用意してくれた、お皿に食材を乗せただけのご飯。こぼしてかえって大変だった、お茶の差し入れ。


自分は鬱陶しい親だって知っている。


息子はもう知らない場所にいるけれど、言い合いをしてもケンカをしても、時々報告の電話が来るだけで、肩の力が抜けた。



でも…


でも………




アンドロイドがミザルを現実に引き戻す。

『……いいだろう。その代わり、通話は聴かせてもらう。』


ミザルはそっと、デバイスを鳴らす。



『…ミザルか?』

ポラリスの声が響く。マンションにいないとこが知られているのだろう。焦った声がする。


『待ってろ。』

「待つ?」


すると少しして、信じられないことに建物の外部から音がする。スペーシアはヘリやジェット機のような音はしないため、大きな窓の方を見てやっと分かる。

東アジア小型スペーシアに乗ったポラリスだった。


『何もしない。入ってもいいか?!』


「夫が入ってもいいかと聞いているけど…」

『ポラリスと、ここまで連れてくる付き人だけならな。』

男は考える。二人してこのビルに沈んだらいいと。


それを伝えると、スペーシアのドアが開き、グレー迷彩の軍服を着た者とポラリスがバイクに乗ってこちらに近付いてくる。入り口がないため、軍服の者が離れた場所からガラスの端にジーとレーザー当てガン!とランチャーを撃ち込んだ。


バジン!!と、特殊強化ガラスにヒビが入り、もう数発打ち込むと粉々に砕ける。


「あ、ミザルが臨月なんだ!もっとそっとやってくれ!!」

ポラリスが軍人に怒っている。そしてその窓からビルに移ろうとするも、アンドロイドが遮った。


『待て、降りていいのはポラリスだけだ。護衛は外で待っていろ。』

ポラリスは窓脇に降ろされ、風で吹き飛ばされない位置までバイクで行くと護衛はスーと窓を離れ、上空に待機する。



「ミザル……」

「ポラリス!ファクト、ファクトが!!」


「ああ、分かっている。」

お腹が出ているので、ポラリスは軽くミザルを抱きしめた。

ここは地下のように電波が途切れていない。電源をオフにさせられていたが、既に東アジアが解析して遠隔電源を入れ話は聞いていた。



普段頼りなさそうなポラリスに、気の強いミザルが泣きすがるように何かを話していているのを、苦々しく眺めているアンドロイド。

囁くように顔を寄せ、何かを話している二人。



「……帰ろう、ミザル。ここはこんなお腹で長くいる場所じゃない。」

「でも、ファクトが…ファクトが!」


「ミザル。みんなで一緒に帰ろう。」

「……」


「私たちの方向は、ずっと変わらないよ。いいか?」

「…………」

ミザルはそっと頷く。



『おい、お前たち。いい加減にしろ。』

少しは声を拾っているが、二人の会話は明確には掴めない。ただ、大したことを話してはいないというのは分かる。しょせん女など危機では助けを求めるだけの存在だ。




渡長(となが)博士か?」

ポラリスが聞く。


『………。さあ、私は私だ。』


「これを。」

ポラリスが出したのは、鉛筆のような形の細い銀の棒、簡易コンピューターだ。簡易といっても、膨大なシステムを有している。



『中身は本物か?』


「さあ。」


『先に一次ロックを渡せ。チココードでいい。それと、データでも送れ。』

コードは本人を離れるだけでも8段階のロック解除が必要だ。


『それだけくれたら、お前の息子は助けてやる。』


『まずはデータで寄こせ。』


そう言われて二人はグッと抱きしめ合う。

ポラリスはミザルの背中から。ミザルは回された腕を。



『…さあ』


『さあ!』




すると、ポラリスの持っていたPCが動き出し、この周辺に一気にホログラムが現われた。単品で扱うPCではないが、周囲のメカと連動したり、簡単な操作はできる。



ダーーーーーと、空間に文字が示されていく。

それが本物か、偽物かなんて分からない。



けれど、一部明確なもの。


それはモーゼスのコードであった。



『?!!』

驚くアンドロイド。


「お前ら初めから!!」



SR社は既にモーゼスコードを解読していた。




――だってそれは、『私』だから――


と、誰かの声が聞こえる。





「渡長博士、状況がどうであれ、我々はコードは渡せない。そんなことは分かっていただろ。」

「……それは……誰かの命でもあるから。」

ミザルも同意する。



それに彼らは完全なものなど望んでいない。得られないと知っているから。

連合国側のトップが()()()()という、言質がほしいのだ。



SR社とベージン社には大きな違いがある。


両方とも『北斗』チップを根本の基盤にしているが、SR社にはシリウス以外にもたくさんの独立コードがある。スピカとカペラもシリウスを受け継いで入るが、本人そのものとはとは別個だ。同じイヌ科でも狼と犬、キツネくらい違う。下手をしたらゾウや馬、麒麟など様々な哺乳類くらい違う。



でも、ベージンは全てが『モーゼス』である。

全てがネコ科のネコ属のように。


別れていても、全てがモーゼスを起としているのだ。ペットのミックスほどに枝分かれはまだ浅い場所だ。篠崎さんのように一見個別体にみえる者も、ギュグニーの同じ場所で同じ基盤を元に書き込みの違いだけで枝分かれして作られれいる。コードの根元まで変えられる技術やバリエーション力がなかったからだ。そういう個体があっても、性能が著しく落ちる。



つまり、一つ握れば一気に持っていける。



『まさか!』

しまったと思うが、まだアンドロイドの個体まで制御は掛けられていない。




ダン!と、バイクで外から見守っていた軍人が入って来る。

アンドロイドはその軍人に銃を向けるが、速攻で弾かれた。


『クソ!』

と、言うもその軍人はあまりに動きが早い。この回まで乗り上げたギュグニー側の車から、もう一台アンドロイドが出てくるが、そのアンドロイドが仕掛けた攻撃よりも早く懐に入り、ガズン!と手で物理的に床に叩きつける。アンドロイドがどうにか軍人のメットだけ握ってガッと外させると、アッシュグレイにエメラルド髪が空に舞った。


ナンシーズに並ぶ護衛アンドロイド、ヒューイであった。



そして、先ヒューイが割った窓から、スペーシアの軍人たちが入って来て応戦する。一番体の大きい者がもう一人の兵と博士二人を守る。



男のようなアンドロイドは連合側に取り囲まれるも、

『だが遅い!もう遅いんだ!!ここは沈む!!』

と叫び続けた。


しかし、

『いや、やめてくれ!ここは崩さないでくれ!!』

『こんなもの残すな!!』

『だめだ!ここにしかないものもあるんだ!!』

と、一人で何か言い合っている。


「…?」

見ているしかないミザルとポラリス。


しかしガタっと、足元が大きく揺れた。また地響きがする。




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