79 脱出
シャプレーは少し乱暴にムギを瓦礫の横に伏せると、すぐに銃を持ってモーゼスを撃つ。歪んではいるが腕も手もまだ動く。
モーゼスは避けるも、動きが鋭敏でない。
ヒューマンセーブが働いていれば、こんなにあからさまに強化義体をへこませるほどの銃を人には向けないはずだ。もしかして、リモートに切り替わったのではとシャプレーは推測する。機体に慣れないのか、親和性がないのか、完全な素人が操作しているのか。
リモートでも、動きだけAIに任せることができるが、そうすると防御や攻撃力はフルオートやプロの人間には及ばない。
『この野郎!』
向こうは使いこなせないのか混乱しているようで、怒って自分の持っている武器を投げつけ、周りのマシンに攻撃を命じる。完璧な攻撃にはならないが、モーゼスに付いて来た敵のメカが、大型の機関銃を向け撃ってきた。
『撃て!壊してしまえ!!』
モーゼスの中の渡長博士が狂ったように叫んだ。
『こいつらが生き残ったら、全部吐かれる。ここは絶対に渡さない!!』
「!」
もう、外部に通信は行っているのに、まだここを隠せる気でいるのか。
『全て爆破しろ!跡形もなく!!』
『なんだと!?絶対に嫌だ…。ここには全てがある!!』
何か会話がおかしい。
「??」
モーゼスは誰と話しているのか。
ここにはいない、他の者と言い合いをしているようだ。
『だめだ、壊せ!!全部壊すんだ!!!』
『お前はぬくぬくとそこにいたからな。こっちの苦労が分からんのだ。』
『お前こそ!!』
何があったのか分からないが、シャプレーが周囲に応戦している間、元々あった機械や瓦礫の隅でムギは縮こまる。
ムギには強い霊性もサイコスもない。
けれど、アジアラインを一番小さな場所から誰よりもよく見てきた子だ。
アクィラェ最後の小さな巫女。
ムギは星に祈る。
たくさんの星を助けられる力を、と。
銃や爆撃を受けた兵士。
小さくうずくまるナックスとテミン。
ただれた首元で、意識のないままのファイ。
お願い。
扉を開いて。
外にさえ出られれば、援軍が待機している。
天に繋ぐ、命の鍵を。
「?!」
シャプレーが気が付く。
「ムギ!上だ!!」
「?」
「『双竜』の文字がある!」
「へ?双竜??」
「青い漢字で『双竜』と、それから龍の絵が。」
「……!」
パチンと音がする。
月夜の音。
流れるアジアラインの天の川。
いつかの二人が、手を合わせる。
上の鍵は、バングルが近くに来た時に。
横の鍵は、あなたの尻尾にあげましょう。
最初に赤星の倉鍵を掴めなかったから。
懸命にここまで辿り着いて、最後に尻尾だけでも掴んだ、その子たちにあげましょう。
―――
サイコスターが見る、心理の底。
幸せそうな二人。
全てがそうだったらよかったのに。
何かが通過する。
けれど、モーゼスは叫ぶ。
『全て壊せ!!こいつらを瓦礫に埋めてしまえ!!』
その時だ。
「ムギー!!」
「え?」
ムギが降りてきた少し上の空気口から叫ぶのは、服も頭も顔もボロボロの響だった。
「響?!!」
「龍の尾に腕輪を!」
「尻尾?!」
ムギには龍も尻尾も分からない。
響を察知したメカが響の方に狙いを定める。
「響!伏せて!!」
スダン!と砲弾の音がして煙が舞う。この辺りは鉄筋コンクリートだ。
「響っ!!」
シャプレーは敵の方に集中して響を助けられなかった。
「響--!!!」
「だい…丈夫…。」
「へ?」
少し離れた場所だが、響は軍服を着た誰かに支えてもらい無事着地した。
「……」
ムギは心臓が止まるかと思ってしまった。その兵士が他のものも打ち落とす。
「……よかった。」
「……でも尻尾って!?」
騒がしい中でムギは問う。
「台座!!」
「台座?」
「題材の上に!!」
「そこだ!壁正面の!」
シャプレーも叫んだ。
ムギが周りを見渡すと、一見この建物の昔のエレベーター乗り場に見える場所があり、車椅子でも押しやすいようにスイッチが斜めに設置してある。
「その開閉スイッチ!そこに!!」
と同時に全てが揺れる。
「え?地震?」
ドドドドドドドド………と、小さな揺れ。
モーゼスが叫ぶ。
『やめろ!!壊すのはここだけでいい!!!』
『ラボは潰さないでくれ!!』
「……」
急に焦りだしたモーゼスにシャプレーは一発大きく蹴りを入れた。
またガン!!と音がしたのは、叩きつけられたモーゼスの音だけでなく、何度も砲弾を浴び、歪んだ天井が先の揺れで一部大きく崩れたのだ。横で、またガジャン!と音がする。コンクリートだけでなく一部剥がれた天上素材が落ちてきたのだ。
「ムギーー!!」
響との間に壁ができる。
天上がまだ揺らぐ。これはもう、この空間規模ではない。艾葉自体が揺らいでいた。天井を見ると、きしんでまた落ちそうだ。
もうムギは迷わない。
ムギは壁際まで走り、そして腕だけ出してバングルを掲げた。
と同時に落ちてきた大きな天井がムギの腕に落ちる。
「あがっ!!」
「ムギ!!!」
シャプレーが呼ぶもムギに届かない。
そして、それでも開かない。
シェルターのドアは。
咄嗟に出した左腕がおかしい。痛い。
でも、ムギは思い出す。
あの鍵を。合言葉のような詩を。
『西のカーティン』と。
と、同時にだ。
霊性が高い者にはみな分かった。
何かの光がたくさんの線のように空間を駆けたのだ。
青い光。それと同時に赤い光も反対側からも走っていく。
それがムギの掲げたバングルの場所から、ドアの構造を伝ってシェルター全体を一気に青い光となって駆け抜けた。
この空間以外でもそれが分かる。
イオニアたちのいる階層。そこではイオニアも、そして同行していたユラス兵バイジーにも分かった。
シェルター内部で待機していた東アジア軍、サイテックス軍人が叫ぶ。
「長官、開きます!」
「は?」
「全部通過しました。ロック解除です。シェルター側面が開きます!」
「開けれれるのか?!」
「はい!進めていいでしょうか。」
「今、シェルター外部にいる者に連絡する!!開けてくれ!」
ガガガガガガが……と、音がする。
シェルター外周りの一部が、埋められたり他の構造物で覆ってあったからだ。
けれど、市や河漢行政などで固めた構造よりも、昔のシェルターの合金の方が圧倒的に強かった。
ドア操作自体はおそらく音がしないが、上部と同じようにジーーーーーーとわざと開閉の音が付けられていた。
「マジか……」
唖然としてしまうイオニア。
出来る限りシェルター側面から離れるように言われ、待機していた一同は目の前のことが信じられない。まだ半日もたっていない事なのに、もう何年もここに閉じ込められていたように思えた。
「………天国の扉だったらどうしよう……」
一人が不安そうに言ってしまう。地震のようなものも来るし、もうだめかと思ったのだ。
「これ以上不吉なことを言わないでくれ。」
場所によって仕組みが違うらしいが、現在開けている三か所の扉の中では、イオニアたちのいる場所が最も大きく、三重扉の上に、なんと最内部はさらに4重構造になっていた。
まだ深さ自体は地下層だが、埃臭い地下構内でなく、きれいに整備されたシェルター室内構造物が見えてくる。
そして東アジアの合図で、一気にシェルター側から人が入って来た。
「……」
信じられない顔でそれを見るのは、ガイシャスチームとしてベガスに赴任してきた女性兵マーベック。
「……ほんとに?……」
テミンたちが乗っている簡易ワゴンや負傷兵たちを見てホッとする。ただただホッとする……。
「マーベック補佐官!顔がだらしない!」
ガイシャスもすぐに入って来た。
「少佐……。…でも……でも………」
「まだ地下中にいる者もいる。一旦、民間人と負傷者を運べ。全員引き上げろ。」
イオニアは現実感のない気持ちで、新設されたようにきれいな内部構造に切り替わるシェルターに、自分の足で踏みだした。
「イオニア!」
シェルター内部ではサルガスも待っていた。
「サルガス……」
少ない光を十数人で分け合っていた先までの暗闇。
シェルター構内の光は、昼間のように明るかった。
やっと脱出です。
数時間の話に長々かけてすみません。もしかしてこの辺りは大規模に変えてしまうかもしれませんが、一旦このままゴールに向かいます。
少し待って読むと自分でも分からない文章が多いので、時間をおいて直します( ・_・)っ
短縮版では半分以下に圧縮されます!




