7 親の愛だけでなくもう一つの
しばらく登場していませんが第1弾ベイドの妻の名前が修正しきれていませんでした。
×シア→○ソアです。
タウの妻イータと同じく、大房民のお姉さん的な存在です。しっかり者で、イータより気が強い。半産休育児休暇中。
今まで世間に隠れて生きてきたのに、なぜ自分が標的にされているのか。
よく見ると、壁際のユラスの怖い人たちも自分たちを見ている。
それに夫婦生活の話までして、考えたら自分近くの席はおそらくほぼ童貞メンバーである。結婚しなかったら自分も仲間だったのに申し訳ない気がしてきた。いたたまれない。
「なんか…、
なんでしょうね。一時気が合ったというのはあります…。」
あの頃なぜか、リーブラとの関係が一気に進んでしまった。もちろん、結婚するまで童貞だったしお互いそうで、初めての時はあれでよかったのか、今もどうなのか正直分からない。
「だったら、これから余計に自分の予想だにしない差異も出てくるだろうな。」
「………。」
サダルが無表情で言うが、既に相違だらけである。
ファクトに高校の頃のリーブラの写真を見せてもらった時は驚愕した。超ロングルーズソックスにミニスカである。「俺やリゲルも一緒に写っててごめん」といいながら送ってくれた写真は今もデバイスに入っている。ジェイが学生の頃、絶対に近付かなかったタイプであった。構われることもなければ際立って嫌われることもなく、彼女たちの意識下にすらジェイは入らなかったであろう。
「まあ、彼女は誰と結婚しても、霊性さえ合えば概ねうまくやっているけると思うが。
いい人を捕まえたな。」
「…はあ。」
ジェイも根本はいいので、あまり熱々の情熱を求めないなら悪い相手ではないがサダルはそれは口にしなかった。
ジェイとしては、夫婦の話も夫婦の性の話も避けたい。そういう話は苦手だった。親がそういう関係と考えるのも嫌である。嫌いではないが親自体が苦手だ。
それを見通したようにサダルは言った。
「世界で唯一共有できない愛はなんだと思う?」
「…男女愛?」
みんな少し考えるが、神学を受けているので一応それは分かる。
「そうだ。宗教的に言えば夫婦の愛だな。性関係は本来その一点だけだ。だから親になっても続く。」
「……」
いつかきっと、自分もリーブラも親になるが、そこと性愛は繋げたくない。性愛ではなく夫婦の愛と言っているが同じことでもあろう。
なのにサダルは続ける。
「それは親になっても変わらない。」
サダルは何人かの顔を見て、最後、少し離れた席で楽しそうに誰かと話しているファクトを見た。
「………」
あいつがなんだろうとジェイは思う。相変わらずリーブラ同様能天気そうだ。
「…ファクトが親の夫婦関係に寛大なのはなんでだと思う?」
そういえば、奴は親が人前でキスをしていても抱き合っていても平気だ。ユラス人も平気だが、ジェイなら親がそんなことをしていたら嫌悪するしやめさせるだろう。
サダルはファクトを眺めて続きを話す。
「…親からある程度の確立した愛を貰っていると、子供は何かしら肯定感を得るんだ。」
「なるほど。」
そこは妄想チーム陰キャも分かる。一般論でもそうだ。心星家はきっと親が肯定的だったのであろう、というがめっちゃ肯定的である。とくに父。
「それから…。
子には、親から子に捧ぐ親子の愛情だけでなく、親が見せる夫婦の愛も必要だ。」
「……?」
「親から子のへの愛だけでなく……夫婦同士の愛情?」
そこは盲点だった妄想チームだが、正に先話したファクト父の事だろう。
最初は意味が分からなかったが、なんとなく分かる。ファクトやタウを見ていると、きっとそうなんだろうなと思う。親の夫婦関係がよかったのだ。ユラス人の自分や妻への肯定感はそこにあるのだろうし、親への尊敬心もそれに由来するのだろう。同じ徳目は家庭学にもアジアにもあるが、目に見える形で現れているのはユラス人だ。…と、ポラリスも。
愛が二重に注がれている。
「自分が親から受けるには手遅れの場合もあるが…」
と言うサダルに「まさにウチです」と思う何人か。親は不仲だったり、無関心だったり、家では会話もしないし、ベカスに来たことを1年ぐらい話してもいなかったメンバーもいる。
「まあ、ああいう見本があるから、そういう価値観もあるんだなと見ておいた方がいい。」
「……」
ムカつくがファクトが恵まれているのは確かだ。
「でも、もう少し奥さんをきちんと掴まえておいた方がいいぞ。」
また話を振られてジェイは戸惑う。
「……そうですか?」
「当たり前だろ。サルガスの例を見ているだろ。」
「…?」
クルバトは分かる。環境が変わってその人の霊性が高まると、一気に魅力が外に溢れてくるのだ。元ギャルといっても、誰にでも境がなく明るくて性格もいいリーブラならそういうこともあるだろう。サルガスは昔からモテなくもなかったが、陽烏のようなエリート美女にまでモテるタイプではなかった。そもそも縁がない。
しかも陽烏の周りには既に国際的規模の正道教やユラスのエリートがいるのにだ。今でもみんな思うのだが、なぜ陽烏はユラス人エリートどもとつるまないのか。
しかも、『傾国防止マニュアル』において全てが閉ざされているが、元々はナンパ大好き大房民の渦中である。いくらリーブラがみんなの妹ポジションでも危険は危険だ。
それに考えて見れば、ここで変わったのはサルガスだけではない。小太りラムダですら腹筋が割れたというのに。
「自分の性格そのままに過ごせる気楽な相手もいいと思うが、夫婦も少しずつ変革していくことが…」
とまで言ってサダルは少し考える。
「…こう言った方が分かりやすいか?夫婦関係もレベルを上げていかなければいけない。誰も時間と共に変わっていくからな。人も環境そのものも時代と共に押し上げられる。」
「レベル!!」
子供の頃から親しんだ言葉に一気に親近感が沸く妄想チーム。自分たちに気を遣ってくれるとは!夫婦とか今のところ縁もないが。
「新婚中はいいかもしれないが、現実に生活を回していかないといけないし、それぞれの仕事もある。先も言ったように生活の変化で一気に関係が変わってしまうこともある。子供が生まれれば生まれた分だけ、他人格も抱えることになる。」
「………。」
妊娠子育て親族付き合い、全部にレベルアップが必要ではないか…。
サダルは子供の頃、
突然家族になった『緑の目の子』の存在で、苦手だった母がもっと苦手になった。
何でこんなに男性にアプローチされているのに母が再婚しないのかと理解できなかった。夫は数日一緒にいただけの存在だったのに。自分の面倒も見れない母の代わりに、緑の子もどうせ自分が面倒を見るのだ。
戦争の多いユラスでは再婚はそれなりにあることだ。何に操を立てていたのかと思う。
でも、サダルは知らなかった。
この時点で母は、夫婦の永遠を誓う正道教に改宗していたのだ。
正確にはナオス族長でありユラス教の頂点であるサダルの祖父が、正道教を受け入れユラスを大変革する前後、そのもとで育っていた。
母サーライに自覚はなかったが、彼女の中で愛は唯一であり永遠だった。
現実的で具体的な愛が何なのかは、おそらく知らずにこの世から去ってしまったが。
そして、サーライも本当は、この地で自分を支えてくれる片割れがほしかったのだ。子供のサダルには言わなかったが、自分の弱さを痛感していたから。
崇高だと思う精神性を優先して、族長直系という爆弾を抱えたまま地に足の付かない生活し、本当に消えてしまった母。それが間違いだとは今は思わないが、それでも母に怯えなくていい生活をさせてあげたかったと思う。
サダルはまた質問をする。
「ベガスに来て……来たこと自体が既に大きな変化だが、自分の中で何かすごく超えたことがあるだろ?」
「…?」
なんだ?とジェイは考える。
あの時戻って来たことだろうか?
試用期間の筋トレやメニューに耐えられなくて、人が24時間いる生活に耐えられなくて逃げて。
そして以前の自分だったら絶対しないことをした。
みっともなくても、情けなくても、屈辱的でも、タウのような人間に凄まれても、頭を下げてもう一度ここに来た。そして本当にみっともなくみんなの前で泣いてしまい空気も最悪だったのに、ベガスに残った。
「勝利はいつも格好いいばかりではない。涙や鼻水の味しか覚えていないこともある。」
「……」
「高らかに笑い、誰かの没落をみることが勝利でもない。神が何に勝利を見るかは…渦中の人間には分からないものだ。」
「ここの講義で奇跡の原理についての話は聞くだろ。」
聖典で言う、海が割れたり、弱い選民が強い敵を圧勝する話だ。何度も聞いた気がする。
「ジェイが結婚できたのも、大きな何かを一気に乗り越えるか、積み重なった何かが溢れてそれがここで現実の形に体現されたからだよ。大きな祝福は一つの山を超えたものがないと成されないんだ。」
「……」
あの時はジェイにとって、もう死んでもいい、死にたい、死にそう、…いや自分を貶める世界が滅んでほしい、恥過ぎてここにいる全員ぶっ殺したいというような境地であった。心が狭いので全てを反省していたわけではない。半分やけくそであった。
ふと、リーブラたちの方を見ると、さすがの陽キャ集団も何を話しているのかとこっちを見ている。リーブラと目が合うと手を振ってくれているので、会釈をしておいた。
「ある意味、分不相応な妻を貰っているな。」
「………」
自分の結婚は奇跡という事か。
けっこうひどいことを言われているが、否定する材料がない。自覚しているし、みんなも思っているだろう。コンビニからの事件がなければ、今の自分もリーブラもいなかった。
結婚を先に持ち掛けたのも、自分が「それもいいな」と一言漏らした時に「でしょ?」っと言ってくれたのもリーブラだ。
自分の両親に彼女を紹介する気もなく、結婚の挨拶にすら行く気もなかったような世間知らずな男なのに、見捨てもしなかった。今考えればけっこうひどい。正直、他のメンバーを見ていると、リーブラ相手に自分を『男』と言ってしまうのも恥ずかしい。みんな普通に挨拶には行っている。
「はー!奇跡の結婚ですね!すごい!なんか感動する!」
分不相応と言われているのに、奇跡だと銘打って感動しているのはラムダ。久々に大会議に来ることができた一番のコミュ障セオは、チッと舌打ちをしている。なぜ他人のこんな話を聞くのだ。
「奇跡も運も徳の積立制でもあるからな。血縁と先祖の分と自分の分。手元の大きな物を使ってしまったと思って、小さくてもいいからまた何か積み立てて行くように。」
「……」
それはヤバい。ジェイが積んた徳など一回で使い切るであろう。これは霊性の話だ。
クルバトが聞いてみる。
「ウチ、年末募金もしない家庭なんですが血縁以外で頂ける孝徳ってないんですか?」
「国や民族や地域や組織、友人間もあるが、影響できる場所が違う。まず、自分が積むんだな。自分が天の運を使えるキャッシュカードと認識されないと、先祖の孝徳も自分に降りてこない。」
「はあ、なるほど。」
無線のようにパスコードがあって連結されているかが重要なのだ。
「よく話し合って、彼女が望んでいることも汲み取ってあげるように。」
「…はい。」
ジェイはコクンと素直に頷いた。
一話で終わらせるつもりが、収まらなくて反省…。
●死にそうだったジェイ
『ZEROミッシングリンクⅠ』31話 勇気
https://ncode.syosetu.com/n1641he/33/
●母サーライと緑の目の子
『ZEROミッシングリンクⅠ』60話 たったひとり、この世界に
https://ncode.syosetu.com/n0646ho/61/
●なぜか大房民サルガスがモテる
『ZEROミッシングリンクⅡ』77話 鋼の男
https://ncode.syosetu.com/n8525hg/79/