表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ZEROミッシングリンクⅧ【8】ZERO MISSING LINK 8  作者: タイニ
第七十章 あなたと私

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

78/88

77 心頭滅却すれば火もまた涼し。熱いけど。



「ファクト…」

シリウスの唇が近付き……


「好きなの…ずっと……」


全てを受け入れようとするその瞬間……


「ごめん」


と、シリウスには小さく聞こえ、

「え?」

と反応した時には既にシリウスの体は宙に浮いていた。


しかも、ぐぼっと目が歪み、ファクトはシリウスの目に親指を、こめかみを他の指と手の平で抑え、胴体を足で蹴り上げ頭上に飛ばしたのだ。

「ぅああっ!!!」

と、驚きのままシリウスはズダーーーン!!!と、横になったファクトの頭上の壁に吹っ飛ぶ。


ファクトは、スタっと体を起こして構える。

「…シリウス…。ごめんね。」


「……」

体勢だけファクトの方を向くと、少し抉られた目が、信じられないものでも見るように見開いた。


少しドキリとするファクト。でも、もう自分を揺るがせない。


「……ファクト…」

「いや、ほんと、ごめん。でもダメだ、やっぱり。」

「…ファクト…どうして……」

シリウスは反撃することもなく、呆然とファクトを見ている。


そして、泣く機能があるのかないのか。

感性と連動しているのかどうなのか。


潰れた眉間から、さめざめと涙が落ちる。



シリウスの歪んだ顔は、瞬きもしないが涙を止めることもしない。


「ここまで来たら……もう意地だし。」

先、モーゼスにも同じことをしてしまった。もう、無敵になるしかない。人間だろうが、ヒューマノイドだろうが女性はシャットアウトである。あちこち誰かに揺らいでいる時点で、自分には一人の女性を受け入れる資格がない、とそう思うしかない。


思うのだ。妄想チームに根拠はない。




しかし、しばらくしてシリウスは動き出す。

「………………」


歪んだ目のままに、ファクトにまた近付き腕を掴んだ。

「うっっ」

やっぱり力では敵わない。また乗りかかられそうになり、顎を抑えられる。



「…諦めたらいい。今だけだから―――」

「う゛っ……」


が、ファクトは一瞬パン!と、小さな電気だまりを爆ぜさせた。そしてシリウスの手元が緩んだ隙に、組み技で位置を逆転して地面に押さえ込む。

けれど、当たり前だがすぐにまた押さえ込まれそうになる。どうにか立ち上がり、側頭部に思いっきり蹴りを食らわした。


ガンっ!!とシリウスが床に叩きつけられる。

人間のような感触。ただ、もしかしてこっちが怪我をしないように、何かモードを切り替えているのかもしれない。

けれど、シリウスはファクトに掛かってきた。少しもみ合い、回した肘がシリウスの顔にヒットする。


一息するように間を置いて、シリウスは不安定なまま立ち上がろうとするも、そのまま地面をスライドし、ファクトの足元を取る。今度はファクトがまた床に傾き、加減はされるがそれでも衝撃はきた。

「うぐっ!」

頭はカバーされたが、シリウスの方が圧倒的に力があり、また手首を取られる。

「シリウス!やめろ!」

これは無理やりであると言いたいが、頭が回らない。

「ファクト、どうして?!あなたとなら!」

「シリウス!!」

と、叫んだと同時に、ファクトは叫ぶ。間髪入れない。いれたら迷う。

少しまた爆ぜさせゆるんだ隙に、


「ライ……」

「らい?」

「……デーンーーーーー!!!!!」

と、大きく閃光を散らした。


あの、妄想チームで決められた名前に捻りがない必殺技。あいつらに言っていやりたい。ダサいだけでなく、ランデーンは言いにくい。「やあ!」で十分である。しかし、妄想チームの領分は守った。


ダーーーーーン!!!!!

とシリウスの周りに、ものすごい閃光と音が光った。


電子機器が最も弱いものは電気でもある。電気のくせに。ファクトの周りにもバジバチ音と閃光が続いていて、体が浮く感覚がした。多分、これは電気を生み出す技なのではなく、誘導しているのだと思うのだが、この地下のどこにこんなに電気があるのか。


「……」

焦げた匂いがして、一瞬自分も死んだかと思ったのに、死にそうになっていたのは近くに倒れ込んだシリウスだった。頭片面が少しチリヂリになって、顔が一部焼けている。そっと半身を起こすと、服は半分燃えていて、同じように焦げた手で落ちた服を胸までたくし上げた。


ひどい罪悪感と、それでも湧き上がる何か、扇動心。



「…………」


けれど今は、先人に学ぶ。




『心頭滅却すれば火もまた涼し』

前も使った気がするが、この一文に限る。


自分が開発した『ライデーン』よりよっぽど戦いにふさわしい。



今目の前のアンドロイドたちの目的は人間を落とすことだ。その主権をかっさらう事。たとえアンドロイド自身にその自覚はなくとも。

エバが手放したものを、人間以外が奪ったように。


なりふり構っていられないのだろう。ファクトはバイトや平社員のようなものだが、今、あらゆる立ち位置が全ての中核と繋がっている。


倉鍵、蟹目、大房、河漢、ベガス。

東アジア、SR社、正道教、ユラス。親戚とはいえ、族長家系。

DPサイコス。

学生と社会人、子供たち。教師と生徒。


一気に網に掛けられる。




心を制するしかないのだ。

まず、シリウスの中には北斗さんがいる。自分の母親以上世代である。それがたとえ分解された要素としてでも。しかも、自分の父世代やそれ以上のたくさんの妻たちをも抱えている。


はい、もうこの時点で自分の心を萎える方に持っていくしかない。


ちょっと雰囲気に飲まれたい思いもなくはなかったが、自分の人生全体を見る。ここで決めてはならないと。ゲンナリするしかないではないか。おじさんたちに申し訳なさすぎる。テニアのおじさんになんと言うのだ。



シリウス単体で見れば、藤湾大にもいそうな学生で通じそうだが、恐ろしい蛇でもあるのだ。最新であるからこその、デジタル化した世界に出力(おと)された、最も古い蛇。


あれこれ思いながら、自分を律する。

要するに、今は言い訳をしてでもこの場を乗り切る。





片や、未だ信じられない顔でファクトを見つめているシリウス。


「……あ…」

シリウスのこんな姿でも、女性を扇動的だと思ってしまう自分がいたからだ。男とは現金なものである。でも、目を逸らさず自分の来ていたパーカをその肩に掛けた。


「シリウスっ?……」

自分から技を仕掛けたのに思わず駆け寄って。


『ファクト…』

「あ!ごめん、ホントごめん!」

さすがに人の姿をした者に対して心が痛む。

「……痛い?」


「…痛い……」

「えっ?マジ?」

「……」


「……わけないよ。」

「…あ、え?ほんと?……よかった……。

その…よくはないんだけどね…ごめん……」


その後のシリウスの音声は口からではなく他の場所からした。

『バカだよね…、あなたがそうしたのだから、早くここを逃げればいいのに…』

と、すると亡霊のようにシリウスはガッと姿勢を正し立ち上がった。ひどく機械的に。

「っぃい!」

怯えるもシリウスはもう何もしない。


そしてファクトを見て冷たく言う。

『もしかして、バカ高い機体をぶっ壊して、今度はいくら借金を背負うんだろうって心配してる?』

「え?借金……」

それは困る。1億7千万どころではないだろう。シリウスの機体1台は一体いくらするのか。空母並みというウワサがあるも、ある情報によると総合的には値段の計算ができないほどらしい。こうなると、値段以上に恐ろしいのはそれだけの人の期待、労働や研究含む、時間と価値を一瞬で壊してしまったことだ。プライスレスで許してもらえないだろうか。



『…大丈夫。このくらいでは根幹部分は壊れないし…大元はここだけではないから……。

でも、この…この機体で……私たちは……。


赤ちゃんのあなたを見て……年老いて、いつか土に帰っていくいくあなたを………』





シリウスが、ミザルの中で見た胎動。


胎動は聴くだけじゃない。見て触れて感じる、温かい不思議な感触。

プログラムは何でも数字に置き換えるけれど、命は記号じゃない。こんなに小さくても命って触ることができるんだって分かった、あの時のミザルの気持ち。


世界の構成は全部数字に置き換えられるのに、計算が追い付かないほどの躍動。



科学者たちが心血を注いでも完璧なものは作れないのに、自動で物質を、命を作っていく不思議な人体。


神の設計図。




全てが流れていく。




___ 





「ラスーーーー!!タロウに餌やった~?」


「これ以上あげちゃだめだってさ。」

「なんでー?もっとあげたいよーー。」



これは誰の記憶?誰の声?


空気に散り注ぐ、冷たい水。




タニアの滝で――

初めて見た、バカみたいに能天気な男の子。




そしてこれは過去?未来?


でもこれも、全部流れる。




きれいな結婚指輪だった。


もうそんなものも要らないと思ったけれど…

彼はそれをはめようとしてうまくいかないから、左の手にひばり結びではめてくれた。



知ってる?


その時涙が出たんだよ。それは捨てたものだったのに。


全ての思い出と共に。


受け取ってよかったのか、放り投げたらよかったのかなんて分からない。でも、彼は…ずれ落ちる腕に、それを自分のヘアゴムできちんと結んでくれたから…


私の腕は動かなかったから……

この身から外せなかったんだよ……。





「……シリウス?」


それ以上は何も言わないけれど………、少し涙目のままのシリウス。

シリウスは、スーと横を向く。


『…あっち……』

「あっち?」

何?と、思ったとたん、シリウスは壊れて少し肌が見えたままの胸元をぐっと上げて、ザンっと壊れた上の大きな排気口に飛び乗った。

そしてそのままどこかに去って行く。


「シリウス?!」


置いていかれたファクトは唖然としてしまうも、またどこかで大きな音がする。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ