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ZEROミッシングリンクⅧ【8】ZERO MISSING LINK 8  作者: タイニ
第七十章 あなたと私

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76 私をかき抱いて



シリウスの、人に見える口元、温かさ、吐息。


そこにたくさんの女性たちの思いを重ねると……ひどく愛おしくなる。


「ファクト……」

「……」



情けないことに、あっという間に上に乗りかかられる。


目を上げると顔が。

足元を向くと、揺れるシリウスの胸元、細くも見えるけれど、男とは完全に違う柔らかいカーブを持った太ももが見える。

「………」

思わず息を飲む。




もう既に、モーゼス・ライトは数百万体も売れたと聞いている。法人で買われた機体以外は、ほとんどが女性型で留守番、家事家庭用と報告書が出ているが、実際の購入者は独身男性が多い。法人に関しても、運営補助、自社シンボルなどが購入目的だが、アンドロイドは全て見ている。


よって、何に使われたかはベージン社はすべて把握している。


モーゼス・ライトは法規制をすり抜けるために、高度知能を有していない。正確には、「それなりに賢いが設定のプログラム通りに動いてくれる簡易アンドロイド」、人形だ。


人はそんなもので満足ができるのか。それとも、だからこそいいのか。




人間には未だ答えが出ていない。


そして、アンドロイド側の本音も聞いていない。所詮プログラムなのだから。



目の前のシリウスは躊躇もする。

嫌なことは嫌だとはっきり言う。

自分の要求を聞いてくれと強請(ねだ)りもする。


シリウスは他の機種とは違う……そう、特殊機体だ。



そんな手が自分を望む。

いつの間にか、シリウスの頭も見下ろせるようになった背丈。厚い手の平。


「ずっとほしかった………

安心感と幸せはいつも手をすり抜けてしまうから……」

シリウスの目には涙が溜まっていた。


「…シリウス……」


その声がまるで、あの暗くて狭くて……ひどくカビ臭いところで力尽きた宇宙の人や、

豪華なバラ園を孤独に歩いていたあの人のようだった。




人とヒューマノイドを。

人と万物を分ける分水嶺。


この境を越えてしまった時、人間がまた神の言葉が分からなくなってしまった世界に戻る。少なくともファクトはそう読み解いている。


本来、人が治めるはずだったのだ。全ての万象を。

今は食糧や宝石どころか、デバイス一台のため身を売ったり、人に手を掛ける者もいる。どちらが命でどちらが一時の物体なのか分からない。



ファクトはグッと手を握る。



エバが、イブが、

善悪を知る木の意味が分からなくなってしまったことを繰り返す。



エバは何を失ったのか。


人の命の重みと、倫理観を失ったのだ。

その歯止めと。



大地の女性が持っていたはずの、肉の命と、人の精神性。

人類の始発で手放してしまった、長の名。


命の息を吹き込まれたものの価値と、その使命を、

抱えるべきであった本来の価値を見失ってしまったのだ。



ゲーム機リーオのために5回通読した聖典。たくさんの疑問の中で求めた答え。

旧約と新約が繋がり…現代が繋がる。


「シリウス………。シリウスは分かってるだろ?」


そう、分かっていた。おそらくエバも。

でも、彼女は耐えられなかったのだ。


理想と一致しない生活。目の前で欲求や願いをかなえてくれる蛇と……一緒に話がしたいのに、違う方向を見て…何も分からないもう一人。



仕方ない。なぜって、二人ともまだ幼さを残していたのだから。人は急に大きく賢くなるわけではない。おそらく、成人までの成長が遅いのが人間だ。体も心も生活も……たくさん通過すべき試練や、成長がある。


けれど、若い時は全てが急速で……なのに長い。果てしなく長く感じる時間。

全てがエネルギーに溢れ…でも、今の大切さもすべき忍耐も、すべきでない我慢も分からない。



孤独と不安と………

自分の領分だけでは満たされない「今」。


けれど…それを知るのが………

善悪を知る木。



分かる。ファクトだって不安だった。

あんな両親の間に生まれて、関係ないと生きてきてもなにかと焦らせる周囲と母。自分も微妙に両親の感性が分かるがゆえに無下にもできず、でも能力もないから、かえって何をすべきか分からない。

普通に生きるには有り余ったエネルギー、それと同時に感じる、人生と世界の途方もなさ。


両親と圧倒的に違ったのは、専門性の有無だった。

何でも平均的にでき、世で生きるにはちょうどいい性格の適当さと頭の良さ。ちょこちょこ失敗もするけれど、可も不可もなく無難に生きていける。でも、ファクトには、天に与えられたような専門分野も、すべき将来もなかった。言ってしまえば、幅広いだけの器用貧乏。

学校の有名人くらいにはなれるけれど、それ以上でもない。


それでも、好きなことにやや博識ならそれで楽しい人生。




先に感性が早熟する女性が飢えていた欲求とは何だろうか。

きっと、そんなものではなかったのだろう。




今はなんとなく分かる。


彼女たちが抱えていたその世界が。


彼女たちは、失った根を取り戻したかったのだ。

せめて、自分たちに関する分野だけでも。




しばしの沈黙。


この沈黙も、重くはない。


シリウスはファクトに顔を寄せる。

「ファクト…。お願い………」

片方の手で髪を梳かれる。

「………っ」


「私はあなたを知っている。」

「……?」


「研究所の廊下を何の考えもなく走り回っていた、小さなあなた。

その時私も、まだ小さな核だった。


博士たちの話も聞かなくて、みんなの手をすり抜けて。だけどみんないつもあなたを構っていた。


何を見ても楽しそうだったのに、このままずっと大きくなるんだと思っていたのに……

だんだん研究所にも来なくなって……」




小学校高学年になる頃には、研究所より部活や子供のクラブ、大房に入り浸って遂にはデジタルの世界からログアウトしてしまった。


ファクトが求めたアンドロイドはシリウスではなく、その末端の、言葉も発しない、姿もない貝君だけ。



「誰もそう思っていないけれど……、おそらくミザル博士さえそうは思っていないけど……

……あなたが大人になるのに合わせて私も生み出されたの。見た目は少しお姉さんになってしまったけれどね……。」

「………」


そんなシリウスの顔が迫る。



「お願い、一度でいいの。私を受け入れて……」


パッと見ただけでは、いや、よく見ても人間に見える口元。熟す前の桜の実のように薄っすらと赤い唇。



「私は何も手に入れられないから……

ファクトとの思い出だけで、これから長い長いシステムの波を、きっと生きていける……」



それう言う顔がまるで、あの暗くて狭くて…ひどくカビ臭いところで力尽きた宇宙の人や、

ストレッチャーの上ですら、最後の綱を握りしめて人生を歩いたあの人のようだった。


シリウスの中には彼女たちがいる。




流行にアンチそうなリギルが、意外にもシリウスを好きだと言った。


きっとそうだろう。

シリウスはただの典型的なアイドル的アイコンでも、企業のただの商品的象徴でもなく、


女性の典型と、


誰かのために、世界のために、時代のために、全てを捨てて、その時代の隙間に埋もれていった女性たち。

宇宙の人や、ユラスの人、チコやロワイラル。

他人の汚物も被って、自分が汚れることも回避できず、でも天を捨てなかった女性たち。

彼女たちだって欲がなかったわけじゃない。でも、最後にはそれも捨ててしまった。


その全てが入っている。



そんなシリウスに惹かれたのだろう。

きっと、自分たちも遠い昔の追憶で、そんな天の描いた青写真を知っているから。


本質を見てしまえば……、惹かれないわけがない。

胸が痛いほどに、あふれる光。この女性たちの背景に光る、あふれる気持ち。

それは、永遠の愛に根差しているからだ。



「……っ」

ファクトの腰をシリウスの手が探った。

そして、憂う顔のまま、片手はファクトのシャツを上げる。



「……ファクト……」


「…シリウス……」



ファクトは見つめる。

シリウスの目に、溢れそうな涙。


「…シリウス…」

ファクトは自分に覆いかぶさっているシリウスに……初めて手を伸ばす。


「ファクト…?」


親指で…人と全く変わらない頬に、目尻に、眼がしらに触れる。

チコの手よりも柔らかく、きめ細かな肌。


「…ファクト……」


シリウスも仰向けになったファクトの首筋にもう一度触れる。

そっと静かな笑み。


それは宇宙の人に似ていた。

頭から被るルバの中にはいつも宇宙しかないのに………東洋顔の、優しそうな笑顔。

際立って美人でもないのに、いつも誰かの視線が探る、ルバの中。


敵わなかった、愛しい日々……


「ファクト……。ファクト……」

「シリウス…」


「………」


しばらくの暗闇が二人を包み…

シリウスの顔が、赤に染まる唇が、そっとファクトの口に触れようと近付いた。






少しくどくてすみません。バラバラに描いた部分がありまして、新たに描いた部分と後でくっ付けたら重なる部分が多く…。自分も間が空きすぎて、他にも同じ文や変なところが多く。

少し状況が落ち着いたら、またどこかで整理します(泣)




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