74 ファクトの反撃
「?!」
予想外だったのか、そうでなかったのか。
おそらくモーゼスは、あらゆる可能性を推測してはいたであろう。
けれど、ドバン!!と、ファクトの放ったハンドランチャーを真正面から受ける。
眉間で。
ムギのホログラムを砕き、そしてモーゼスも頭の部分から弾かれた。
大破はしないが体が大きく反り、受けた弾丸が後ろの方にも弾かれ大きな音がする。ファクトも一瞬身を縮める。
「……ファ……」
と、モーゼスが呼んだところで、
「ライデーーーン!!!!!」
とさらにファクトは放った。大きな衝撃を。
バジジジジジジジジジジっ!!!と、音と閃光がし空間が弾ける。
「いぃっ!」
ファクトも手に熱さと痛みを感じた。
全てが静まると、膝立ちで体勢を立て直し、もう一度モーゼスに銃を向けた。
「……」
少し動きが止まっているが、モーゼスの決定打になっているかは分からない。
けれど言う。ファクトははっきりと。
「ルール違反だ。」
近代に現存する人間に成り代わろうとすることは。
「……なぜ。惹かれないの?ファクトは……」
「そんなはっきり悪めいたことされたらふつう思うし。だめじゃん。」
罠っぽ過ぎる。
「でも、ここで心を明確にすればいい。この子への思いを。」
「お姉さん、……モーゼスなの?それとも『トレミー』?」
「?!」
もしくは、全ての集合体か。
「今はそんな時じゃないよ。」
あまりにたくさんのことが一日で起こって混乱するが、今重要なことを心の中で精査する。
額下にくぼみができたモーゼスが静かに続ける。
「この子をあなたのものにすればいい。……一人でできないことも、誰かとなら道が開ける。真理……だろ?」
「………」
何か違和感を感じるが、ファクトは構えたまま表情を変えない。
本当は内心めっちゃ動揺して、いろいろ揺らいでいたのだけれど、それは顔に出さないことにする。
イオニアよ、ありがとう。おそらくイオニアの事例だが、アンドロイドは人を惑わすと知らされなかったら、もう少し迷ってしまってたいだろう。今ですら、頭の中は正直パニック状態だ。危ないと聴かされているとことと、自分がその場に実際直面するのでは感覚が全く違う。思った以上に今の自分の立場が把握できない。でも、知らされたお陰で再考はできた。
彼らは誰かに成り代わろうとしている。アンドロイドそのものに惹かれない人間に対して。モーゼスが人の詳細まで知っているのは、おそらくニューロス機体が霊性と連想できるように、思考経路も連動できるのだろう。
そしてモーゼスが話さないので、今度はファクトが話を繋いだ。
「その動機はどこに?」
「動機?」
「『トレミー』さん。獣道が開いた時のことを思い出すんだ。」
「………獣道?」
『トレミー』と言われたことを、モーゼスは否定しない。
「あの道は、誰かの未来を願ったから開けたんだよ。自分以外の誰かのために。」
「……」
「……理由のない所に力は働かないよ。
世界はそういうふうにできているから。」
「……」
モーゼスは少し歪んでしまった顔で何かを考える。
そんな時だ。
空間にピ―――――ンと張った音のような、感覚のような物を感じる。
「?!」
突然、モーゼスの雰囲気が変わった。そして、一瞬でファクトの懐を取り、胸倉から抱え上げる。
「うっ」
足が浮いた。
ファクトには分かる。今までのモーゼスじゃない。他の何かだ。
『貴様ら、貴様らが勝手なことをしなければ、ここはずっと我々の砦でいられたのに…っ』
「?!!」
主体が違う?まさか違う者が入ったのか、それとも今までとは違う何かに操作されているのか。
「くぅっ…」
先までのモーゼスと力の入れ方が違う。高性能純メカニックが力システム機能的に完全解除ということはあり得ないと思うが、対するものの力の入れ方や勢いに女性的感覚を感じない。
『いい事を教えてやろうか?』
「…っぅ」
『お前のためにおめでたい人間が迎えに来てくれた。』
「…?っ」
ファクトの息切れに関係なく、おそらく……男は喋る。
『心星ミザルだ。』
「っ?」
『お前の母親がな、この地下にいる。』
…は?
声は出せないが、自分の中の全てが一瞬止まった。
『普段は賢い判断をする女なのに、大きなお腹を抱えてお前を助けに来た。女の気持ちはよく分からんな。』
なんのつもりだ?と聞きたいが話せない。
「…くっぅ」
『お前がここに沈むか、あの女をここに沈めるか。』
「……っ」
『あの女がな、私の誘いを断ってあのクソな東アジアとSR社に残ったんだ……。とぼけた男の手を取ってな。』
……?!
『私が最初に誘った時は、男なんて今はいいし、結婚も今はしないとか言っていたのに……。私をバカにしやがった……。それでお腹に子供を抱えてのろのろ研究をして、結局産休までしてあらゆることを遅らせやがって。』
子供?自分のことを言っているのか?
でも違う。みんな言っていた。確かにミザルは当時妊娠出産でできないことは多かっただろうが、母は早々と復帰したと聞いている。助手のチュラがそう言っていたのだ。博士はもう少し休めばいいと。
それとも、出産前後の数か月数週間がもったいなく感じるほど、当時の状況が切迫していたのか。
『あの女は私をバカにしやがった!!そうだろ?』
もうファクトにも分かる。
内情は分からないが、『北斗』やシリウス開発前後、何人かの人間たちが東アジアを裏切った。これは会社や国の問題で終わらない。自由圏への裏切りでもあった。
でもそんな昔の親世代の事情に、何を言っているのかと思う。
それを20年も経って、息子に言うのか。
ユラスもゲスいと思ったが、SR社の方がゲスゲスではないか。やめてほしい。
個人的に昔のミザルにふられたということではないのか。それをどうしろと。息子に言わないでほしい。もしかしてミザルと抜け出せば、もっと大きな『シリウス』の根幹を持って逃走できると思ったのかもしれない。人類にさらに大きな犯罪を犯すよりよかったではないか。
ただこれを、個人的一事情と捉えるのか、世界的一大事と捉えるのか、一企業の社内の一事情と捉えるのか。ファクトの考えるべき視点はそこだ。
内容は一事情だが、結果は一大事である。
そんなことであれこれ世界を振り回し、自由圏の世界経済の一部になろうとしているとは、世界のモーゼスの中心機関が狂っているとしかいえない。リコールでは済まされない。
『ミザルは直ぐ感情的に狂う、女の塊のような女だ!!俺の研究を採用しなかったくせに、後でしれッと使う蛇のような!!』
……。
母が研究を盗んだといいたいのか?
そのことに関しては何も分からない。でも、母は何かの時に感情的になるが、大枠としては冷めていて感情の起伏は乏しい。乏しいといいうのか、冷徹だ。それに、寝ることも家に帰ることもできないほど研究に打ち込んできたのだ。ファクトが4、5年生頃までは、それなりに面倒を見てはくれたけれど。
でも、最終的に優先したのは仕事だ。
研究者である以上に、ミザルは責任者でもあった。重すぎる荷を抱えて、あらゆる命を抱え、世界の動向を抱え、チコが危篤になった頃は研究者の位置を越えてユラスの情勢さえ抱えていた。サダルが捕虜から帰還する気配もなくチコが死亡していたら、ベガス構築も後退し、またユラスに戦火が起こっていたかもしれない。
それでも母が気を病んでいた時期を責めるのだろうか。
誰が母を責められるのか。
息子としても、一市民としても、そんなことはできない。
自分の知らないあらゆる事情があるのかもしれないけれど……この男と……母の見ていた視点は違い過ぎる。
『この!!』
持ち上げられたままガツガツと、首元を揺さぶられる。
「グはっあ!」
このまま数回されたら首にくるかもしれない。力では無理だ。敵わない。
……はあ……
頭がままならなくなったところで――――
―――ファクトはサイコスに入る。
今ファクトに出来ることは、今の自分にはできることは少ないと認めて、自分以外の誰かに頼ることだ。
数回振られて体を横に持っていかれ、壁に頭を押し付けられたところで気が遠のきそうになる。
……シリウス。
シリウスっ!
呼んでも返事がない。心理層と実体層の合間のような場所で、我を忘れるように必死に求める。
体が痛い。まだ自分の痛みが分かる。
どうしたら……
そう思って、全ての神経を集中させた。死ぬかもしれない。でもここで死なずに、証言も含めてできる限りの帰還をしたい。
地上に。
北斗!!
ファクトは呼ぶ。
シリウスの根に向かって。
薔薇園を歩いた、実存するその女性に。
ニューロスの起源を。一番最初に植えた根を。
世界を憂いたその人を。
天意に沿い、人に沿う、天敬を持ったニューロスの根本を。
『あ゛っ?!』
その時、実体の世界でモーゼスの動きが固まった。
『うう……っ』
「!!」
ファクトはどうにか気を取り戻し、直ぐに世界をこちらに切り替える。そして、ふらつく頭のまま反動をつけて揺らぐモーゼスを両足で蹴って倒した。
ファクトは首を抑えて少し息切れするも、体はもう一度先手放してしまったハンドガンに向かい構える。
「……う゛っ、あ、あ、はあ、はあ、はあ…っ」
声が出ない中で、北斗さん…ありがとう、と感謝をした。もしかして……根の部分のヒューマンセーブが働いたのか。『北斗』チップは多くの最新機器の根になっている。ギュグニーのニューロスもそうだ。それにオリジナルモーゼスはベージンとはいえ、一度自由圏を、その検査を通過している。
けれどまたモーゼスが動き出す。
上手く動けないのか、何かを切り替えているのか。どうしたら……と一旦身を引く。
が、そんなモーゼスに一発、大きな蹴りが入った。
「え?!」
ファクトが瞬きする暇もないほどであった。ガズン!!!と、今度はモーゼスが盛大に壁に打ち付けられる。
サッと着地し、きれいに構える肢体。
「お待たせしました。ファクト!」
「??!」
「シリウス?!」
モーゼスに見慣れてしまうと、本当に倉鍵を歩く、きれいなお姉さん枠の一般人にしか見えないような……シリウスであった。




