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ZEROミッシングリンクⅧ【8】ZERO MISSING LINK 8  作者: タイニ
第六十九章 掴んだこの手

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72 二双の思惑



どこかの地下―――


スラっと背の高い白金のモーゼスが、少し幼い少女を描き出す。


いつの間にか戻っている肉感。

DP(深層心理)層から覚めているのか。



「?!!」

光あふれるあまりの光景に、ファクトは固まってしまった。


こんな地下のどこにそんなものがあるのか。

服が半分未生成のままの、突然その場に生まれたように浮遊する、ポニーの髪を垂らした細い目の少女。


ムギだった。


光が眩しくホログラムを作り出し、ムギは今気が付いたようにそっとファクトに振り向く。



「………」

唖然としてしまう。


と、同時に、モーゼスの本体も目が少しだけ明るい茶色に変わり、そして短い髪も一気に茶色になっていく。表情も大きな目で高い鼻筋の顔から、少しだけ細い目の小さな鼻の顔になる。


「ここで背は変えられないけれど……私はこの子にもなれる―――」

今までのいい加減な性格から、急に奥妙な雰囲気を醸し出した。


「気になるのでしょ?この子が。」

「………」


なぜそれをニューロスが?


「私はこの子にもなれるし――、この子を囲うことだってできる。」

「…。」

ファクトは怯む。


「この子を手に入れるお手伝いもできるし……この子を破滅させることだってできる。」

「はあ!?」


「そんなことしたら、ベージンだってギュグニーだっておしまいだろ!」

「関係ないわ。どうせ私はシリウスにもなれない。」

「………」

「投げやりになってるの。分かる?」

「そういう所がシリウスになれないんだろ?」

そもそも許可のない実在人物の立体化、ホログラム化は多くの場合違法になる。


「シリウスだって、好きにしようと思うこともあるでしょうに。

彼女がそうするとみな心配気に注目して、私が同じことをしようとするとただ機械がいかれただけだと思うみたい……」



そう、モーゼスは賢いのだろう。自分の置かれた位置を分かっている。プログラムなのに感じ取っているのだ。人間の持っている空気を。入力されていない心の世界まで。



モーゼスとシリウス。

その差は何なのか。


結局取り囲うスタッフの差と、その最初の起源であろう。

精神にある軸が違う。



たくさんの女性たちが、命を越えて社会システムの根本を守ろうとした、全て。


それがシリウスだ。



「さあ、この少女を選びなさい。目の前に映るこの子の手を握れば、あなたはこの子を得ることができる。」



光の少女が目の前にいて、真っ直ぐにこちらを向き、手を差し出す。


正直……

ほしいと思う。


モーゼスの言うことはあまりにもそのままでチンケでバカバカしいが、自分がひどく動揺しているのが分かる。



ドキドキ胸が鳴る。

そして熱い。



この子の足取(あしど)りを知って、いつもどこかに行ってしまう姿を追いかけて、守ってあげたいと思う。


自分を見て「ウゲッ」といった顔も、

間違えて自分の背中に押し付けた柔らかい顔も、

いろんな道具を使うせいで、癖がついてしまった少し指が曲がった手も、

全部愛おしいと思う。


「………」




決定打はこれだった。


突然言ったのだ。その少女がムギの顔とムギの声で、



『ファクト』


と。




***




「ハカッ!」

と、むせて一気に起き上がったのは、女性兵マーベックに支えられた響だった。


「響さん!?」

「はっ、はっ、は………」

数回息切れをして、一気に起き上がる。


「響さん!」

「中佐!シャプレー社長からの連絡は?!」

イオニアたちが驚くも、響は一番に東アジア軍中佐に聞いた。


「スピカから来ている。今、割り出して他の陣営に確認中だ。」

「到達地点は描けていますが?」

「大丈夫だ。」

「よかった…!」

響はホッとする。


響はあれから心理層の中で様々な視点を垣間見、シャプレーと連携しファクトが使った方法に似た方式でそれぞれのポイントを描き出す。そして、過去と現在を両方見ている意識層もあるので、彼らに現在通行可能な地下の道を辿らせたのだ。彼らの中でも、正確性を残したい技術者たちに。


そしてギュグニーを越えたい、越えさせたいと願った魂と同じ、この河漢を超えたいと思った魂と共に。



淀んだ水路が流れ埃の舞う河漢ではなく、次の世代はきれいな教室、きれいな机で過ごさせたいと思った過去の誰か。


一歩引けばあまりにつまらない人間(かん)の抗争やどうでもいい痴情ではなく、もっと広い世界を見せてあげたいと思った、西から来た赤い龍の女。

百年を超えるそんな商売に切りを付けたかった、東の青龍。



彼らが切り開けそうで、アンタレスの波に打ち消されたあの頃。


それでもどこかに道はあったのか。

か細い、一滴の水しか通らないような隙間だけでも、



それは獣道に似ている。


響を導いたのは、生きている誰かなのか、かつてどこかで亡くなった亡霊なのか。


サイコスなのか、霊性なのか。





実体世界の方は現在組んでいる陣営ごとに、既にそれぞれ『前村工機』側に移動していた。個人で動いている人間は分からないが、現在地下下層に住民を見付けて移動中のグループが現在3つある。


ただ、問題もある。

意識層が必ずしも実態に沿ったものを描いているとは限らない。


それに、まともな道があるのかということと、前村工機の手前が完全に壁だった場合、それが壊せるのか。



それと共に、シェルターの扉が開くかだ。




***




そして、目星のある下層階まで来たムギは、目的のものが分からなくて迷っていた。

どこかにシリンダーの役割をする物があるはず。



少し辺りを見渡していると、何かの音と声がしたため、銃を構えサッと身を伏せる。


ギュグニーか、先からうろついている地下のメカニックか。

一番厄介なのは、人間の兵士だ。なんだかんだ言って、ムギは訓練された人間と直で対峙したことはない。熟練兵が本気で襲ってきたら、最も恐ろしい敵だ。


それに、たとえ正当防衛でもこの時代に万が一人間を殺めるようなことがあれば、もうカストルたちの願いを果たすことはできないであろう。結婚するにしてもしないにしても、タイイー議長との話が出ている。




向こうの方では、何かガヤガヤする中で複数のものが動いていた。玄人とは思えない鈍い動き。兵ではないのか。



そして、目を見張る。


信じられない光景を見たのだ。



何か話す男たち。

「急げ!」

「それは捨てましょう……」

「黙れ!すべて運ぶ。軽いものばかりだ!!お前も走れないのか!」


数人の人間。子供か女性のように見える者もいて、髪を引っ張られている。

「なぜ全部出払っているんだ!この野郎!」

運搬機や兵力、車のことか。



「……まさか……」

嘘だと言ってほしい風景。


こんな存在さえ知られていなかった、知っていてもアジア軍すら節穴だった深い地下に、

東アジア外相、アルゲニブがいたのだ。



アルゲニブ。


友好と見せかけて、ユラスとアジアの国交をあれこれ邪魔をした者。

チコの体を触り、煌めく瞳の目にやたら執着していた男。


なぜ彼がこんなところに?


少し遠くで、向こうはおそらくムギの存在に気が付いていない。



でも、こんなところにいるということは……

連れてこられたか、ここに関わっていたということだ。


そして、目のいいムギには分かった。こんなゴキブリも逃げそうな地下に似合わない、儚くきれいな人間がいる。でもぎこちなく歩き、ヒューマノイドとも思えそうな人。


もしかして……この地下にワラビーの倉庫があったように、ここにも何かがあったのか。



ムギは既に知っている。

ギュグニーでいくつかのラボが見付かっていることを。ここ昨今のことはまだ知らないが、シェダルほどのサイボーグが造れる場所があると。


アルゲニブの嗜好と重ねる。

こんな時にこんな場所まで見に来た何か。




……許せない……。



……絶対に許さない。



あの男が、様々な物資を止め、そして横に流した。

確実な証拠がなかったので何もできなかったが、北やギュグニーを煽り、もしくは彼らと組んで襲撃させたり不正をさせたのだ。彼らに。



ムギは遠距離でも届く銃を構える。


この位置からも届く、女性も使える物。



彼らは動いているがまともに進まない。

3、40メートルほど先の、少しずつ離れていく集団。



ムギは目を閉じる。


あまりにもいろいろな思いが交差する。

この位置から撃ったら向こうに何かない限り、ムギはアルゲニブに当てることはできるであろう。

殺すかもしれないし、何かを打ち砕くだけかもしれない。


でも、何か確証のない者を、無抵抗な者を撃つのは敵であっても罪だ。




ムギは問う。




神様……


祈っているのか、許可を求めているのか、それとも止めてほしいのか分からない。



誰に?


誰かに。




でも、何十年もこざかしく逃げ回った男だ。ここで仕留めたい。

確実な罪はないが、このまま逃げ切られたらまた何をするか分からない。ただのいい加減な男ではない。賢いから、こんな自由にセイガで好き勝手生きてこられたのだ。



本来なら恐ろしいほど真っ暗で、恐ろしいほど静かな深い地下に、一方は騒がしさが広がり、一方は水滴の音も聞こえそうなほどの静寂がある。



ここは少し冷えるのに、銃を握る手に、汗がにじむ。



ムギは銃を構えたままの姿勢で……強い意思で……目を開いた。






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