表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ZEROミッシングリンクⅧ【8】ZERO MISSING LINK 8  作者: タイニ
第六十九章 掴んだこの手

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/88

67 あの日のあなたに




ファクトは流されそうになり、必死に掴まる。


ヘドロなのかモヤなのか。黒が渦巻く星が見える。地球より遥かに遥かに大きな惑星。


でも、その中にある世界は、人の規模は、地球と同じだ。

地球は今、宇宙の全てより遥かに大きな濁流を抱えている。




―――だめ、そこはあなたの行くところじゃない――


引きずられそうになって、誰かが止める。


「でも、行かないと」

『どこに?そんな体で?』

自分はドット画のファーコックだ。


「いいよ、この方が。きっと彼らも自分に気が付かない。」

『だめ、だめだよ。彼らにはそんなのは関係ない。あの濁流は…引きずり込めれば何でもいい。』

「でも――、そこにもきっと人がいるのに……」



赤黒く渦巻くモヤも、見目美しい全てもある。そこにも人がいるのではなく、それ自体が人なのだけれど。


そこで待つ誰かを、助けに行かないとと思う。



『だめ。あなたが行くべき場所じゃない』

見なくてもいい世界がたくさんある。


人間たちの驚愕、醜態、残酷さ、我欲、悲しみ、嘲り、無関心、痛み。



『正面から向かってはだめ。飲み込まれてしまう。』

彼らはいい人であろうが悪い人であろうが、こちらの言葉は聴こえない。各々の常識の中で生きているから。



ファクトの目線の先の、向こうの世界で日常が展開している。


会社に行く人、朝ご飯を食べる人。窓際の植物に水をあげる人。

でも、誰も気が付かない。それ以外の世界に。




『あの年老いた蛇より――賢くなくてはだめ。』


と、声がして―――


ファクトはバッと掴む。

瞬時に自分の姿が人になり、その語り掛ける声を掴んだ。




『っ?!』

驚くその人。


「やった!」

やっと、やっと捕まえたと思う。



危険かと思ったが、少しだけ周囲の流れに身を任せたのだ。保険は絶対的な信頼だ。定期的に墓参りもしてお供えもしているから、多分ご先祖様が守ってくれているだろうということで。多分。

絶対といいながら多分を付け加えて。



正直毎回一方的に見せられる世界に、ファクトは苛立ちを感じていた。たとえ他人の意識下でも、共有層もあるならどこかで繋がっているはずだ。いい加減見せられるだけでは嫌である。


響やシェダルのように、時々反応する誰かのように、自分も何かできるはず。


そう思って、流れていきそうな誰かの腕を掴んだ。

腕があったわけではない。


けれど、「逃がさない。絶対に掴まないと」と強い意思で思い、現実世界に相応する反射神経で手を出した瞬間、その誰かの腕を掴んでいたのだ。





バチン!と、また弾ける。でも優しく。




一瞬で広がった青空の大地。



花園?



どこかで見たばら園?藤湾のビルの屋上庭園?時長の苺畑?


アンタレス郊外の寺の……生い茂る緑の苔。




そして―――見たこともない、でも懐かしい、

ユラスの乾いた荒野に、ところどころ咲く、白や黄色い花―――


バッと、3メートルほどの間を開けて向かい合った、茶色い髪の少女。




「誰?あなたは?」

急に自分の世界に入って来た男に、少女は驚いていた。

「誰?お姉さんが、俺に呼びかけたんだよ。」


「…私が?それに……あなたの方がお兄さんでしょ?」

「そう?」

「そうだよ。」

「俺はそうは思わないけれど。」

「変なことを言うんだね。」


「…俺、ファクト。名前は?」

「……ファクト?それは事実の事?それとも空を飛ぶ鳥?」

「どっちでもないよ。アンタレスの大学生だよ。」



「大学生?ならファクトの方がやっぱりお兄さんだよ。私はジライフの中学生だもの。」


「!」

ファクトはその少女をもう一度よく見てハッとし、慌てて聞いてみた。


「もしかしてこれからどこかに行くの?どこか遠くに?中学校はどうするの?」

「……行くって知ってるの?学校は通信教育になるかな。少し不安だけれど、父や母たちのお仕事を手伝いたくて。兄も一緒に行くんだよ。」



「でももう、君はその遠くに来ているんだよ。」

「…?」

「だってここはジライフじゃない。」

そして、その、もっともっと遠くに行ってしまう。



未来の君は。



「…………」

少女は怪訝な顔でファクトを見る。これから行くと言っているのに。



「ジライフってよく知らないけど西洋の小さな国だよね。周辺国は近代国家だし、自然ももっとなだらかで暖かくて。多分こんな大きな荒野はないよ。」

ファクトはここが霊か意識下の世界で、この少女は曖昧な世界にいるのだと分かった。



ここはユラス大陸の北だ。広大な自然の丘。遠くに点々と建物はあれど、街は見えない。

乾いた風。



「君の名前は?」

「……?私?」


その子は少し俯いて考え、もう一度ファクトを見る。



ファクトは確信した。


明るい茶色の髪。優し気な少女。親の仕事に共に従事しようとする、大人びた子供。

知っていて当てはまるのは2人。



チコの母は三姉妹。兄はいない。ならこの子は――――

「あなたの名は、バナスキー。」


その子は顔を上げる。

「バナスキー?

違う、そんな人知らない…。」


「……そうだよ。違う名もあるかもしれない。

でも、バナスキーという名で出会った、バナスキーさんの人生もあるから。」



ファクトは胸が痛む。

だって知っている。この子はこの荒野で、この後に大虐殺を目にするのだ。

みんな死んでしまう。



そして、その後の人生は、戦場ではない場所ですら、もっと多くの暴力と死を見る。


誰も思わなかっただろう。

ユラスと北方国の中間。ヴェネレ国家も隣する、世界が見守っていた中立国。いい加減な価値観に陥った前時代ですら守られてきた人道国家。唯一残されてきた中道と人道の不可侵権と呼ばれた国だった。


そこに侵略の手が入るなど。




「……」

涙が出てくる。


「お兄さんどうしたの?」

この少女の未来を汚したくなかった。心が憂うことを見せたくなかった。


知らない少女なのに、親戚でも親でもないのに、涙が止まらない。これが親の気持ちなのだろうか。我が子もいないのに、変にベガスや河漢で子守などしてきてしまったせいだろうか。


耳の中に、子供たちの掛け声が響く。広場で楽しく遊ぶ声。隅っこで自分だけに甘えて手を繋いでくる、小さな手の平。

好き勝手に生きてきただけなのに、自分の中でいらない情が生まれてしまっている。今はいらない情。


どんな子供にも、孤独な場所で一人泣いてほしくなかった。




「……行かないでほしい。」


「……?どこに?」

「オキオルに……」

「オキオル?…どうしてお兄さんがそんな事を?」


「……」


この世界は揺らぎがあって固定されていないけれど、ファクトは知っている。

現実は変えられない。こんなふうに世界を行ったり来たり出来ない。前にしか進まない。


みんな死んでしまったのだ。そしてこの子は生き残る。


たくさんの死を見て、いつか自分すら見失ってしまう。



目の前にいるこの子も、記憶の残像であって、本当は全ての時を経験した彼女なのだろう。




少女が小さなハンドタオルでそっと涙を拭ってくれた。


「大丈夫。その先に出会う、命もあるから。」

「…?」

突然少女が脈絡もなく言うので少し驚く。


「大丈夫…。そうして…お兄さんも、みんなも生まれたでしょ。」

「…うん、え?」


「絶望の地で愛も何も知らなかったのに、涙を流した一組のつがいも。

必死で逃げた地で生まれた、混血の子たちも……

紫の瞳も、小さなサラマンダーも………」

「…ああ………」


よく分からないけれど、納得してしまう。




ファクトは涙を拭って少女と向かい合う。

「バナスキーさんも、俺を呼んだんだろ?」

「私が?私はバナスキーじゃないよ。」

「…俺は君の本当の名前も知っているよ。でも、バナスキーさんが何か望んでいたんだ。」

「……?」


考えてみても分からないという顔をしている。そうだろう。きっと分からない。

それはこの今を失った、未来の君だから。



「なら今の君の願いは?」


「………私の?」

少女は考える。


「……戦争終結交渉の仕事をする人たちを助けたいかな…。世界は大統領とかが動かしているんだと思うけれど………、裏ではね、もっと多くの人たちが動いているの。うちの両親もそう。それから草の根みたいな小さなことまでしている人たちもいる。

私はその一角になりたい。」


「……」


ファクトは思わずひるむ。アンタレスにいた時、立派な科学者や経営者になりたい、平和のための政治や環境保護がしたいという人はいても、具体的にそんなことを言う子供はいなかった。


「ふーん。すごいな……。」

「……そうかな?どこでも何か役立つように、今、看護や助産の勉強もしてるの。」

「……」

ジライフとは一体どういう国なのだ。外交官拉致事件で調べたが、元人本国家の色合いを残した、西洋の中では近代化しきれずお堅く廃れた国だというだけだ。なぜ、こんな子が育つのだ。


「他には?」

「他?」

「もっと、小さなことは?何ていうか、バナスキーさん自身の、胸の中の夢、未来。」

ファクトが自分の小さな胸を叩き、彼女のもっと小さな胸を指すと、先よりさらに考え込んでいる。


「んー。…それから………。お母さんになりたい。」

「!」

ちょっと慎ましく、かわいい夢だなと安心する。


「………命を残したいの。」

「………」

「こんな世の中だけど……、私はお父さんとお母さんみたいな夫婦になりたくて……そんな家族を作りたいから。」

また大人びたことを言うので少しドキリとしたが、やっと幼い子供のように笑う。




安心と共に、なぜそんな彼女がオキオルに行ってしまったのか、他の道はなかったのかと天を憂う。



彼女をもっと知りたいと強く願うと、一瞬、その全ての世界が見えた。



彼女の両親は多忙で、それぞれ出張も多かった。けれどリモートでもいつも祈り合い、記念日に家族が揃った時は抱き合ってまた祈りあう。



両親がソファーで寄り添い合って座ったまま寝てしまい………兄が毛布を持って来て掛ける。


しーッというけれど、一緒に寝たくて間にいたくて無理やり毛布に入り、兄にため息をつかせる。

少し起きた父が、娘も一緒に抱えてまた寝てしまう。



家族勉強会に、家族会議。

オキオル行きも家族でじっくり話し合った。



まるで西洋古典の中の、良き古き時代の、典型的な良心的一家のような家庭。






「バナスキーさん。」

「………私はバナスキーじゃないよ。」


「…バナスキーさん、願いを言って。」



「今なら聞けそうだから。」

こんなに精神が、心が近い。


「ちゃんと未来に伝えるから。」



ユラス大陸のラボのベッドの上で、麻痺だった叔父たちのように皮膚と皮だけで寝ていた彼女に?


苦しい。

彼女のその夢は、もう未来の彼女に託せない。


でも、何か代案もあるかもしれないから。



「……子供。子供が欲しいの………」

「…っ」

またそれを言う彼女。


「私は、大切な人との、子供を残したいの。」


少し照れくさそうだ。



そして急に、少しだけ大人のようになる。

表情が?姿が?ほんの少しだけ。垣間見たように。



「私の夫になる人に伝えて。大丈夫。子供はできるから。あなたがほしいと。


脳機能が失われて、体が衰弱しているけれど、後は正常だから。


大丈夫。



きっと、未来は。続いていくから――」




ファクトは瞬時、気を奪われた思いになるが、また先のように少女に返した。

「…うん。」



それは難しいかもしれない。

そう思っても……ファクトは言えない。()()彼女はとくに願わないのに、聞き出しているのは自分だ。


「そっか…」

それ以外何を言えるだろう。

「伝えるよ。」

ファクトは笑う。




でも……世界が急に動き出す。



「あ、待って!」

このままではいけない。現実に戻った時に、何か(しるし)がほしい。


あなたと話した自分への証明と、あなたの辿った人生の証。


「何か目印を―――」


全てが動き移ろうとする。




「証―――」

という自分の声に、

「教室の――――」

と、答えようとするバナスキー。



でも、全てが流れる。



自分以外の全てが。急激に、濁流のように。


縦に。自分が沈んでいるのか、世界が上に上がっているのか。





許せない、許せない―――



どこかで響く、女たちの声。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ