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ZEROミッシングリンクⅧ【8】ZERO MISSING LINK 8  作者: タイニ
第六十九章 掴んだこの手

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66 抱きしめた体、取れなかった手


レサトのイメージも付けたしました。

いつものイラストデイズさんで▼

https://illust.daysneo.com/works/985e8ffd4c522ee35be206a00bb5a65a.html


前髪はある予定でしたが、前髪キャラが多かったので、これでいいかなと。ぜひご訪問ください!




これは何なんだ?!


と思う、ものすごい衝撃。体ではない、心に来る大きな衝撃。



眩しすぎる光が去った後に、ファクトの視界に一つの世界がガン!と現れる。


一瞬、たった一瞬なのに、明確に見える誰かの世界。

それが迫ってくるように見え、自分に迫りバン!と弾けてすぐに次の世界が来る。


またサーっと迫ってバンと弾け、同じようにたくさんの世界が垣間見える。


見えるものは何?


誰かの日常?

自分の横で弾ける大きすぎる火花。

ライトが飛び交う素晴らしいスポット?

どこかの天の川?

追われた荒野?



駄目だ!ここに飲み込まれたらいけない。

心地よいものも、何とも言えない痛みも、耐えることのできないあふれる涙もある。


でも、これは自分には受けとめきれない。少なくとも今じゃない。


ファクトはゆっくり目を閉じる。

ここに乗るな。乗ったら抱えきれない。


閉じようと思っても閉じられない視界に、ファクトは冷静に助けを求める。

天に聞く。これを超えられる人の元にと。



それは誰?


自分の中の高ぶる気持ちを沈め、見出した人、


宇宙の人―――



彼女は宇宙を抱いていたから…

この小さな地球で起こることも……

もしかしたら、あの細い腕でも……抱えきれるかもしれない。



腕?


宇宙の人は誰だっけ?



ヘアゴムをひばり結びで結んだ―――

ホワイトゴールドの優しい指輪。


あの、骨と皮だけの…折れそうなほど、細い腕。




真っ白い世界。なぜかそこがラボだと分かるのだけれど、少し先に女性が向こうを向いて立っている。

肩下までの明るい色合いの髪。どこかの民族を着た、優し気な佇まい。


あなたは何を見ているの?

少しだけ、自分を助けてほしい。


そう思うと、全く違う意識層にいたと思った女性が――

頭にルバを被りながらも、ゆっくり振り返ってファクトを見る。


同じように世界がスーッと迫り、そしてガン!と衝撃が来て、

全ては固定された一つの世界になった。



ファクトはまたドット画のミニファーコックになっていた。

多分、無意識下で自分以外の者になったのだろう。







あれ?と気が付く。


ここは第3ラボ?

けれどなぜ宇宙の人がここにいるのだ。

第3ラボやあのユラス大陸荒野のラボには強力な結界が張っている。外からの霊は入れないはずだ。


なぜ?


彼女が心配気に見ているものは?



ファクトは彼女の意識に近付く。あまり近寄るのは怖い。ルバの中を見ようとすると……いつもその中には宇宙しかなくなってしまうから。今は、その女性をずっと見ていたいのに。


けれど、いつの間にかファクトの視界は彼女と同化する。





そして分かった。


彼女が見ていたものは、特殊なストレッチャーで虚ろなチコ。まだ少し幼いはずなのに、今のチコよりずっと大人っぽく見えるのは……そう生きざる負えなかった環境のせいか。



その前で、沈むように呻く、


まだ若い、サダルメリク。



「なんでなんだ……。そこまで俺に当て付けをするのか?なんで起きないんだ!」


機械のように、意識を取り戻さない、目の前の人間。


「悪かった…悪かった……」

サダルは項垂れているけれど、ファクトには分かる。チコは別に、サダルのせいだとは思っていない。今更だし、どこにも意識がないのだ。





それをどうしようもなく見つめる違う次元にいる女性の霊。

見ているだけで、何もすることができない。




でも、宇宙の人は、もう1つの世界も見ていた。

それは、サダルメリクの周りでうろちょろする、小さな子供。


おぼつかない動きで、あっちに行ったりこっちに来たり。




「にーた?だいじょうぶよ。」


「にいに?」


全然大丈夫でない兄に、ギュッと掴まる。よく見るとその子供は亡霊で、目はくりぬかれた空洞のように丸い。


「にーた。だいじょうぶ。だいじょーぶ。」

そう言って掴まる兄の体に、たくさんのヘドロのような、溶岩のような真っ黒な全てが流れていく。





上を見ると、天井から流れている訳でもない。

でも、溶岩のように蠢いては覆っていく、たくさんのどす黒いモヤ。



『……あなたなのね。』


宇宙の人は堪らず言った。

『あなただったのね……。』



「にいに、だいじょうぶ。ロボットがいっぱいあったら、がったいしてつよいの。悪いのいない。」



サダルはどちらにも気が付かないけれど……宇宙の人はサダルの後ろまで近付いてい行く。



『……お兄ちゃんを助けてあげたかったのね。


でもね、あなたがそうしようとすればするほど…お兄ちゃんは苦しくなってしまうの。』


小さな亡霊は分からなくて、キョトンとしながらも、あっちこっち駆けて、手を出してきた宇宙の人を避けるようにまたお兄ちゃんにつかまる。兄を助けているつもりで、兄を盾にして怖い女の亡霊から逃げているだけだ。




その子をスッと抱きあげようとするのに、一生懸命兄につかまって離れない。


宇宙の人は……そんな子供をそのまま抱き止める。


『でもね、だめだよ。……だめなの。』

体をうずめ、ギュッと抱きしめる。


「…?」


兄と引き離されると思った幼子は、抵抗しようとしたが、柔らかい布が頬をかすめ、見慣れたルバの存在に気が付き、覆われた顔をそっと覗き込んだ。



その人は泣いていた。


知らない人なのに―――、

顔は見えないのだけれど知らない人。


そんな知らない人なのに、宇宙の人の涙が誰かに似ていると思ったのか……



子供はその人の涙を拭おうとして、頬に触れると……



たくさんのヘドロと共に……

二人はパチンっと消えた。







視界が俯瞰(ふかん)になる。


チコの目線?



項垂れるサダルの元に誰かが来た。



「サダル。」

父ポラリスだった。


「先会議で決定した。チコは私の異動で一緒にタニアに連れていく。」

サダルはげっそりと顔を上げる。

「…タニア?」


「そう、タニアだ。いないところでの決定ですまんな。休息しよう。少し長い休暇を。

…タニアに……一緒に行くか?」

「……」


あれから1年。


ここで働き出して1年。

もう何も意見のなかったサダルは静かに首を横に振った。






――――






「北斗………、気分はどうだ?」

自分の横にいるのは夫ではない。



病巣に着いてからも、夫はいつも知らないどこかにいる。多分、他の女性と。



「………大丈夫です。」

男は動くのもダルそうな北斗の手を握ろうとするが………彼女はそろそろと手を引いた。

「…………」



間の悪い会話。男は話し出す。

「カノープス家を出ないか?」

「……」

北斗は何も答えない。


「いつまであんな男の元にいる気なんだ……」

「それでも夫で…私がここの残ることを…決めました。あの子の父親です。」



男は何か言いたそうに、でもグッと我慢する。



「……寵愛を得なくとも、いつか追い出されても……何か持って帰らなければなりません。

(かすみ)一つ持って帰れないのなら……この敷地の草の根を掴んでも……ここにしがみ付くつもりです。」



こんな腐った場所に咲く草の、腐ってしまった根さえも?

こんな家にあったものなど何もいらないと、そんな崇高な意思を持っていると思ったのに、木の根どころか空気にしがみ付いてでも出て行きたくないらしい。



けれど、彼女のことを卑しいとは思わない。




男は「どこに何を持って帰るのか?」と聞きたいが、この女性の言うことはいつも同じだ。


天に。未来に。





こんな芯の強い女性を見たのは初めてだった。年下なのに、誰もよりも世界を知っていそうな目をしていた。研究しか知らなかった男なのに、見下していた女たちなのに、初めて胸に疼くものがあった。



普通の女性だったらこんな生活、どんなに崇高な意思を抱いて来ても、結婚して3カ月後に間違いと気が付き、1年後には逃げていただろう。もし残っても、もっても3年後に爆発、7年後には気力も精も尽きている。そして東アジアを怨み、この地を怨み、助けてもくれなかったユラスを怨み、天を怨んでいただろう。


いい。それでよいのだ。

少なくともここは捨ててしまえばいい。自分の国でも家でもないのだ。


今戻れば、まだユラスにも居場所は作れるであろう。




若いのに少し出てきた白髪を思うと……どれほど憔悴して生きてきたのかと思う。

白に近い淡い髪の毛の中の、でも明らかな白髪。



けれど、誰よりも世界を知っていそうなその大老な顔は、憔悴から来るものだけではない。


本当にこの女性は、数千年の時を抱いて来たのだ。



ユラスを越え、その山脈も越え、ヴェネレの荒野を何千年も歩いた天と共にいた。




「北斗……。君にはすまなかったと思う。一緒に出よう、ここを。子供も連れて行けばいい。」


それでも北斗は静かに首を横に振った。

「我が子もここを離れないでしょう。ヴェネレが、新約の時代が、この地に天上を作れなかった今、天敬を受けた私たちがそれを成さなければなりません……」


戦争のない時代はもちろん、バランスのある社会。

現在世界で最も大きい経済都市の、最も名の知れた企業の懐に入ったのだ。



「……」

自身の膝の上に置かれた拳をギュッと握った男は、しばらくして話し出した。

「東アジアも、正道教も、SR社も所詮欲に塗られ、顕示欲に染まった自由主義と資本家の塊に過ぎない……。社長もだめだ……。あまりにも……」



……下賤な男だと言ってしまいたいが、それでも目の前の北斗の夫であり、子供の父親だ。時々非常に誠実な顔で挨拶のように教会に顔を出し、こんな霊性の見える時代にあっちこっちで女を抱いた手で、牧師たちと握手を交わす。


男は、牧師たちでさえ汚らわしいと思う。

カストルたちには見えているはずだ。その汚いカノープスの手が。

なのに、カノープスを切らないと判断し、東アジアを説得したのはカストルだ。彼に敬意はあるが、自分が従う人ではないと心に渦巻く。


『今、経済面で自由圏を守れるのはそれでもあの男だ。カノープスは自由圏の全ての紐を持っている』とカストルは戯言を言い、一人の女性の人生を縛ってしまった。カストルの言うことも全てが分からない訳ではない。でも他の方法もあるはずだ。もっといい方法が。



その妻は遠く離れた場所に住む親族の犯した罪で、優れた頭脳を持ちながらも事業一つさせてもらえず、人との交友も築き上げることができず、若い一時代を失った。


ひどい不条理だと思う。

それでも自分が受け入れた妻なのに。


「……あまりにも……」


やはり手を握って、このラボを抜け出したかったが……、侍女が静かにドアの近くで控えているので…そっと部屋を出た。




その男はその後、『北斗』のコピーを持ち出してここを去った―――




パキンと割れる。



その全てが。





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