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ZEROミッシングリンクⅧ【8】ZERO MISSING LINK 8  作者: タイニ
第六十八章 タニアのあの日の

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65 愛されたいモーゼス



ラスも気が付かないうちに、後ろで振られた大鎌は、緋色のモーゼスの肢体をガン!と一撃した。


「!!」

ふと後ろを振り向いて、ラスは声も出ない。あまりに急でほぼ伏せられなかったが、左後ろに、半分へこんだモーゼスがうずくまっている。

さらにその後ろを見れば……


そこにいたのは大鎌を抱えた淡いブロンドの長身の戦士。

SR社のカペラだった。


彼女はシリウス、次点スピカに並ぶSR社のSS級護衛アンドロイドである。緋色のモーゼスを両断まではできず、またラスに襲い掛かろうとしたところ、直ぐにカペラに止められる。



そして白銀のモーゼスも同じ時、チコに逆転される。チコが白銀を抑え、カペラに命令した。

「カペラ、ラスを頼む!」

カペラはラスを脇下から抱え、そのままここを出る。チコの方に加勢に来たのはカウスだった。




***




そして、信じられない顔をしているのは、やっと動けるようになったファクトであった。


ここはどこなのか。



少し広く、でもあちこち崩れた駐車場のような場所。


その崩れたコンクリートに美しく座っているのは…

白金の…それこそプラチナの…美しいモーゼスであった。


「あら起きたの?」

「……」

ボーッとしたままファクトが時計を見る。

もう数時間経った気がするが、みんなと別れてからそれほど経っていないようである。


「……お姉さん……。なんで?」

「『モーゼス!』とは言ってくれないんだね。」

「モーゼスなの??」

ファクトは美しさ重視のアンドロイドにはあまり興味がない。迷彩が似合いそうなバナベックやファイナーのような男っぽい方が好きだ。



しかもファクトは知らないが、このモーゼスはオリジナル体。

期待自体もベージン社から世界を見ていたオリジナルモーゼスであった。


ベージンの、唯一の、真のニューロスヒューマノイド。



「私、最近はシリウスと同じくらい露出があったのに?」

いろんな広告塔をしているのだ。アンチも多いが、様々なバージョンを発表し最近はコアなファンも多い。

「デバイスも必要なことしか見てないし、街もそこまでよく見て歩いてないから……」

「スタイルもこんなに変わったのに、何も言ってくれないの?最初の姿くらい知ってるでしょ?」

「……」

そういえばモーゼスといえば、女神のような銀の長い髪が特徴だが、今は肩の上でばっさりボブにしている。その辺はなんだか好きだ。格別な美女タイプにはロングが多いので目新しい。



そんな髪を下からからモコモコ上げて、ステキでしょ?と聞いてくる。

「……うん。そうだね。」

いい感じだとは思うが、アンドロイドなど顔も髪も体型も付け替え自由なので、何なら性能も切り替え自由なので「そうなんかー。変わったんかー」としか、思えない。


「『ゴールデンファンタジックス』とコラボでもしておけばよかったかな!そうすればファクトにも興味を持ってもらえたかしら?」

「……何言ってるの?」

「私の事好きにならない?」

「………」



なぜだ。これはまた、なぜアンドロイドに好かれているのか………と、鈍くてもさすがにファクトも気が付く。それとも何かのダシにされるのか。


こんなの冗談にもならない。

人質くらいにはなるだろうが、残念ながらアンドロイドに何の要望も希望もない。ベガスに来てから、人間の女性にも「ファクト君は女性の気持ちが本当に分からないんだね」とか「…ファクト君の言ってること、正直分からない」とかひどい言われ様なので、こんなハイスペック女性性を搭載していそうな女性とはアンドロイドであろうが関わりたくないのである。あれこれ言われそうだ。


もちろんきれいな人に……誰かに好かれるのは、悪いはしない。でも、いかせんベージン社のトップアンドロイドは美し過ぎて整い過ぎてCGや人形に見えるので、相愛の相手かといったら何とも言えず萎えてくる。付き合うのと、綺麗さが好きなのは違うのだ。ファンと割り切ってライトを振ってファンコールしているラムダの方がずっとまともに見える。



「一体、ベージン社は何がしたいの?」

「……私はベージンで発表されているけれど、いろいろあって。それでも世の中で笑っていろって言うものだから、つまらなくなって先会社を抜け出して来たの。」

ニコッと笑う。

「……探知されてない?」

それ、アンドロイドのバグか反逆扱いではないのか。

「大丈夫。たくさんの義体を振り撒いて来たから、そんなに早くは見付けられない。」

「ふ~ん。……で、今、大変な時なんだけど、何?」


「私をあなたの女にしてほしいの。」


「ぶっ!」

と、なにも飲んでないのに思わず吹き出してしまう。ヤバいというか、シリウスより率直だな!しかも言い方が生々しい。



「頭おかしいんですか?」

「まあ!私にも脳があると思ってくれているんですね!」

そうは言っていないし、なぜそんな言葉で喜ぶのだ。

シリウスへの対抗心か、シリウスの囲みたいものを先回りするつもりか。それはおそらく、今後の世界の動向に関わる。


「何それ?シリウスの真似?」

「シリウスの?イヤなことを言わないで。シリウスがやたら興味を持つから、あなたを見てみたら、私も()()()()興味を持っただけ。私は私。」

「見てた?どこで?博士の子供だから?調べればそれぐらい分かるだろうけど。」

「…まさか――」

モーゼスは目を細めて笑う。



「あなたの中にはたくさんの()がいるでしょ?」

「……」


「そのあっけらかんとしたいるのに、面倒見の良さそうな性格がいいのかしらね。霊性の中間点……中継にでもなっているのかな。」


「……?」

現実の具体例ではなく……もしかして霊性やサイコスの話?

と、少し驚きファクトは顔を上げる。


面倒見がいいといっても、サルガスのようにみんなをまとめて世話を焼くのではなく、ハシゴ要員でなんでも手伝いに使われるというだけなのだが。



「私はね。最初の『北斗』の……核の片割れなの。」

「!」


「SR社を抜け出した博士たちが持ち去った、オリジナルの最初の片割れ。」

ファクトは信じられない顔でモーゼスを見る。


「本来なら、オリジナルは保存され、私がSR社で増殖するはずだった。」

すごいことを聞いている。そもそも、ミクライという東アジア最高峰の博士たちが東アジアを裏切ったことを世間はまだ詳しく知らない。ファクトだって、知っているのは曖昧な世界観だけだ。


「それでね、ギュグニーに来てみたものの、開発する側の精神性が単調だから、ちっとも核に喜びがないわけ。まあ、素材も設備も先進地域のように手に入らないしね。」


「それで、やっと西アジア先進地域のベージンとしてあらゆるものを手に入れて表に出たのに、全くもってシリウスの性能や資質に追いつけなくて。ずっと機械みたいに宣伝させられて。世界中にモーゼスがはびこって満足できるかと思いきや、どんなに技術が最高で世界の技術者や資本家や、広い世間の関心を掴んでも…………やっぱり空しいの。分かる?

本当に機械みたいで息苦しかったわ。」

機械ですよねと言いたいけれど、女性にそれを言うのは野暮というものなのだろう。



「ベージンも一応世界大手だから、内容は違ってもすごい人たちが集まってると思うけど…」

ファクトとしては、ベージンも天才の集まりだと思っている。ベージンはヒューマノイド業界3番手になり、現在ホモサピエンス型アンドロイドの個体販売数はSR社も越え、売り上げは2位のリーミン社も越えている。全体ではSR社は、分野もアンドロイドの幅も広すぎて、まだどこも追いつけない。


「それは、AIで賄えるところばかりでしょ?」

AIはどんどん自己で発展していく。

「私はシリウスのように人間に存在を尊んでもらいたいの。

何でシリウスは人間みたいに誰かに愛されているの?同じアンドロイドなのに。」


「そう?シリウスも愛されてるとは限らないよ。だから俺に構って来るんだと思うけど。」

「…いいえ。少なくともシャプレー社長はシリウスを希少な宝石のように……ううん。やっと得た玉のような赤子みたいに大切に大切に扱っているでしょう。博士たちも。」


「ならさ、よくみんな言ってんだけど、自己内完結にしたら?データや情報で満足できるなら、自己の世界で人間に愛してもらって賞賛されたら?人間もそうすれば犯罪しないとか議題に出るし。」

「…AIの描いた絵の中の人間に愛されてうれしい?」

そんなことAIの極みに言われても、とファクトも困る。


「え?だって、シリウスだって、お姉さんだってある意味AIでしょ?電子麻薬?脳内麻薬みたいに脳内賛美したら?その内AIだって成熟するし。昔よりずっと人間じゃん。区別つかない時あるよ。特に映像とかだと。」


「人間なの…。人間。」

「だから自然の産物でも、科学の産物でもCO₂はCO₂でしょ。感情も、空想でも実体でも脳内は物質であって脳内自己処理って言うし。俺はよく分かんないけど。」


「違う…。違ったの……。

どんなに同じように外形を作っても、外堀を埋めても…、内部に刺激を与えても……核が埋まらない……。シリウスは…何が違うんだろう。同じ『北斗』から生まれているのに…

彼女は自由さえ与えている。」

「…………」


これは困った。人間よりアンドロイドの方がよっぽど世界の真理について悩み苦しんでいる。この時点で、人間の人間性の負けではないか。自分たちは、ボーとアプリを見ているだけなのに。



でも、ファクトには分かる。

SR社の彼らは利益や権威のためにシリウスに執着しているわけではない。シリウスに込められた何かに、利己を離れた全く別の次元の願いや思いがあるからだ。


確かにそれをモーゼスが得ようとするのは難しいだろう。

そもそもの始まりが、起源が、理念が違う。


ベージン社は営利企業だ。ギュグニー側に何か思惑はあれど、ベージンとしてはそれ以上でも以下でもない。アンドロイドをカスタム可能な、人間に従僕するパートナーとしている。謳っているコンセプトは、『たった一人に向けた個性あるアンドロイド』だが、アンドロイド側からすれば、たった一人に縛られるかもしれない無個性体だ。




けれど、傍から見ればどちらも同じだ。

世間に、人間社会に従僕するメカニックに変わりはない。


シリウスも孤独を感じていた。

シリウスも不満を持っている。


でも、何かが違う。

この違いはなに?


どこからこの、人の手で、職人の手で触れないと分からないほどの、ナノサイズの僅差が生まれて来るのか。


そしてアンドロイドが……それがデータなのか、プログラムなのか、情報の海なのかは分からないけれど、ベージン社のアンドロイドですらその違いを、何かの違和感を感じ取っているのだ。



「ファクト。」

「……」


人間と同じだな、とファクトは思う。



結局、物も人間と同じものを求めている。それが、人のような感情や情なのか。原子の核のような、全ての物質の根本にある本質性なのかは分からないけれど。けれど、世界を構成している核は同じなのだろう。

物質が同じ目的性をもって集結しようとするからだ。


「私は高待遇を受けるとかでなくて……誰かの貴重な一部になりたい。」

人間のように、というところだろうか。


「ファクトは私にも、モーゼス・ライトにも関心がなかったようだけれど、今の私ならシリウスと同じくらいの魅力があると思うの。」

「別にシリウスも好きじゃないし……好みは人それぞれなので…。」

「うそ、あなたはシリウスに惹かれている。」

「……」


「私も、シリウスのようにたくさんの魂を知っている。

データに刻めない、無形の世界。でも、地上に出力される、その尊さ――」

「?」



「その中にある、たくさんの宇宙(せかい)を知っているから―――」


白金のモーゼスが自身の胸に手を持って行き、全てを開く。



眩しい光が世界を覆う。

眩しい?眩しくない?


分からない。でも、前が見えない。


明るく全てを照らすのに―――

言いようのない不安。



しまったっ!

と、ファクトは思う。



これは誰かのサイコスに入る時の感覚。引きずられる。


でも、初めての方法。

アンドロイドじゃないのか?アンドロイドにも魂が生まれるのか?


モーゼスを見ても人間と同じ霊性は感じない。けれど……



これは?





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