64 藻屑になっても
※人体に関する残酷な表現があります。苦手な方は飛ばしてください。
「………妻や子の遺体は回収さえされなかった……」
何か爆心の近くにいたのか、建物と共に燃えてしまったのか。後日遺品が並べられた場に、子供のデバイスだけが残っていた。国全体の混乱が大きく、あまりにひどい遺体は検証すらされなかった。
ダン!と、カウスの横にハンドガンを打ち込む。
カウスは少し目を揺らした。
「スカウトは嬉しいですが……
でも、お断りします。」
「!」
「天道は曲げられません。
子供たちのためにも。」
その瞬間、カウスの周りに浮遊型のメカが4機飛ぶ。
メカは倒れている兵には反応しないのか、それらは互いにうまく味方を避け攻撃を仕掛けるも全ては避けきれず、とどめまで刺していなかった兵が攻撃を食らい、ウゴっと反応するのが見えた。
カウスも上手く避けあっという間に3機を落とす。が、その隙に男がカウスの懐に入ってきて、蹴りを食らわした。
「ぐっ!」
と一瞬ひるんだようでも、カウスはすぐに足で叩きつけ、ほぼ同時にもう1機にも腕に入っていたガンで墜とす。
間髪入れずに数回男に蹴りを入れ、ショットガンを両ももに数発打ち込んだ。先の打撃で左ももは肉身と分かったからだ。何発かはガードを突き抜けたのだろう。
「うがあっ!」
残った腕と機械の一本の足で反撃するも、胸と腹を打撃され抑えられる。
「なんでだ?!」
カウスは肉身、男は強化サイボーグ。なぜこんなに簡単に負けるのだ。
「知りません。懐に入って来るから悪いんです。」
もう、カウスの強さと速さと、理想通りに体を動かせるセンスは天賦としか言いようがない。
同時に近くで大きな爆発も起きる。
「っ!」
中型の1機が自爆したのだ。動けなかった数人が被害にあうも、どうすることもできない。
現在分かっていることは、最近ギュグニーは兵士に自爆はさせない。あまりに疑心や恨み多過ぎて、捨て駒になるような部隊以外、仲間を巻き込む可能性が多いからだ。捨て駒扱いの部隊もそれが分かっているので、可能なら出動後にそれを外させることが多い。けれど外しきれない物があったのか。
男はまだカウスに噛みつく。
「お前には自分の意志があると思ったが、周り同じくただの駒だったんだな!」
「ウチはもう既に家族で確認し合っています。何があっても、その時行くべき歴史の天命を貫くと。」
「年端も行かない子供にか?」
「私でなく、息子から言ってきたんです。ほら、何と言うかリビングに正座させられて……『お父さんはなっていない。いちいちあれこれ言わないで、全部姫様優先で』と。」
「子供に何が分かる!!」
「……私も30年以上前に同じ決意をして、今も同じです。父も、兄たちも……」
「……」
男は黙る。
「ま、私も思春期に反抗心もあって、いろいろこじれたんですけど……結局戻ってきました。反抗している間はどやされると思ったのにあまり相手にもされなくて。同じように内部反乱軍っぽいのでも作ろうと思ったんですけど、うまくいかなくてちょっと空しかったですね。あ、兄に蹴りは食らったんですけどそれっきりです。
でも自分、思春期ってかわいくないですか?」
「……。」
男はものすごく嫌そうな目でカウスを見る。思春期というか反抗期というか。いや、言わないであろう。
「真面目な話……
天啓が見えるんです。」
急に真摯になって、カウスは拳を胸にそえる。
「もちろん盲目でなにかに従うほど純朴ではありませんが、自分の理性とも重なったので。」
「……」
拘束したところで、数人が戻って来た。
「カウス!」
「重傷者がいる。気を付けろ。まだバッキングしていない。」
「分かった。…でもまあ……最悪だな。」
「……」
「モーゼスの類型か、試作品のようなのもたくさん出てきた。」
「人間もいる。子供もな……」
誰もが瞬時黙る。
「…まさに灯台下暗しか……」
ここにも……
ここにも『ギュグニー』があったのだ。
河漢の地下の地下に、そう、多くの人間やそれに模する残骸や拘束があったのだ。
その人間たちがアンタレスや河漢でさらわれたのか、どこかから連れてこられたのか分からない。もしかしたら生体実験で生み出されたのかもしれない。臓器を作ろうとしたのか、人間を造ろうとしたのかたくさんの奇形体もあった。
女性たちが多く、妊娠している者もいた。遺伝子的に明確な父親がいるのかいないのかも分からない。意志のある者もいれば、地上にいるアンドロイドより生きた目をしていない者もいて、内外共に疾病を抱えているものが多い。
規模は小さいが、ギュグニーで見付けた施設と似ていた。
それを見たものには、身内を失った戦場をとは違った絶望感があった。
人間性そのものを喪失してしまったような。
かつてのソドムで、ゴモラで、人は欲求のままに見境なく性を犯した。
最初に他者を、身近な者を犯し、自分より見目が美しい天使が自分のものになると思い込み、霊を犯し、そして他の生きるものにさえ。
そうして、少しずつ警告の弁を無くしていく。
慣れてしまうのだ。
良心や、見分を。人と物との境界を。
物質的にだけでなく、精神的にも。
そうするうちに、自分は自分に思えても、霊性は全く違うもので染められている。
数千年そんなことを重ねて、人はもう分別がない。自分は清いと思っていても、どこもかつては隣人を犯してきた。後は、もう、どの言葉に乗るかだ。
世の常か、
箱舟か。
そして他人を巻き込んでいく。
親も師も、今の世も間違っていると。
そう、ある意味それは正しい。まだすべてが正常に機能しているものなどないのだから。
そして自然体で生きろと。それも理屈は正しい。自然とはそもそも神の営みなのだから。ただ、それぞれの分限があるとは思わないだろう。それほど人間は曇ってしまったのだから。
だんだん言葉の分別が混乱してきて、人は天が最初に与えた意味を見失っていく。
壮大であり、時に誰よりも自分に寄り添ってくれるものが世界だと。それも正しい。だから分からなくなる。
天は本当のそれを見出した時、たった一人でも歩んで行ける強さを教える。
天にも地にも怨みはなく、憂いも越える、世界の全てが透過された、くっきりとした光景。
けれど、ソドムは、ゴモラは……人を咥え込んでいく。孤独を越える前に、苦しむ者を掴むのだ。
弱虫だと、時に、あなたは特別だと。あなたは他とは違うと、あなたにはできるはずだと。
***
モーゼスなのか、ミクライ博士なのか。美しい白銀は押さえ込んだチコに問う。
「さあチコ、アセンブルスコードを渡すんだ。」
「……」
「それでここは解放してやる。少なくとも10秒やる。それだけあればラス君を逃がせるだろ。可能な限りの他の命も助けてやる。」
「……断るに決まっているだろ…」
「……」
「そもそも私には誰かのコードに関して何の権利もない。証言だけでも取りたいのか?」
「…お前には嘘も方便という知恵がないのか?ここで頷くだけでもいいのに。」
「アセンブルスだったら私の言葉に頷くとでも思ったのか?」
「お前の盲目な忠犬だろ。」
「忠誠と周りが見えないことは違う。」
「盲目だと思ったが?」
アセンブルスはチコに就く時に、命を捧げることを約束している。
「目が見えないことと、天啓が見えないことは違うだろ。私そのものでなく、天に捧げた忠誠だ。」
「……」
「チコ。ラス君や………他の人間はどうするんだ?艾葉なところで、ベガスの市民や観光客が死んだら、もう後戻りもできないだろうな。移民事業なんてすぐ泡に帰す。」
「……いい。艾葉にいる限り、運命共同体だ。皆一緒にギュグニーの瓦礫になってもらう。」
「…は?市民も巻き込んでか?アンタレスとユラスは違うんだ。こんな雑踏とした街で、どんなことがあっても変わらぬ意思を持つみたいな至高な精神があると思うのか?情報のままに怒り狂って、混乱して分離して、全部だめになるだけだ!」
「……いいです!」
そこに、叫んだのはラスだった。
「もういいです!藻屑になります!!」
「?!」
「どうせ世の中、どんな被害があってもみんな自分のことでなければすぐ忘れてしまいます!!残った人で頑張ってください!!」
半分やけくそだが、ラスが分かったのは元総長が、ファクトたちが、自分が思っていたよりも何かもっと大きな次元で動いていたということだ。いつも真っ直ぐだったミザルやポラリスを思い出す。今更だけれど、親と同じように尽くしてくれた尊敬する博士たちの足枷にはなりたくない。
ラスは他の人よりは、ファクトの両親の生き様を見て育って来たのだ。彼らがただ生活や会社のためだけに働いて来たのではないことも知っている。
それを見て、チコの目が決意を示す。
「よし!ラス、伏せろ!!」
と、チコが言った瞬間だった。また何か大きな音がしたとたんに、ラスの後ろで大鎌のような物が振られた。




