63 カウスとの門答
「何でこんなことに…」
民間人の中で最も重症だったファイを見て、響は唖然とする。
まさかファイとは思わなかったのだ。
「そもそも何でファイがここに……」
簡易プロテクターがあったものの、背中上部、首から頭部下にかけて部分部分やけどを負っている。うずくまった姿勢のまま、無意識で小さくゼイゼイと息をしている。こちらの呼びかけには一切反応しない。
響は、混迷するファイと2名人の重症者の意識を飛ばし、体に温和な霊性を送っておいた。
周りでは、持って来た鎮痛剤や麻酔パッドを、響の処方と軍と同行していたアンドロイドAIの指示で投薬していく。車両に乗っていたものや手持ちでは数が足りなかったため、軽度の者はそのままでいたのだ。もしかしてヒビが入っているかもという何とも言えないラインの者も、足は大丈夫で歩けることができれば耐えていたのだ。
「重傷者に関しては何とも…」
骨折に関しては応急としては既に十分であったが、やけどは響も十分なことはできない。ここで対応できない科学熱傷ではないと願うだけだ。腕までの新しい手袋を付けながら響は考える。ある分の水を掛けて、特殊な保護シートを張っておく以外できない。
熱源が液体のように広がるものではなく、衝撃で飛び散った粉塵などによる火傷と傷であったことはまだ良かったと言えるのか。テミンの乗っていた防弾のレスキュー車が盾になり、爆弾破片が脈など傷付けることもなかった。
ナックスはうずくまってしくしく泣いているので、少しムギが抱いているとすぐ寝てしまった。
東アジア軍がマップを見ながら考える。
「問題はここから上階に上がれないことだ。地上に出ないことには対応のしようがない。」
「私たちが下りて来た道を拡大するとか?」
響が言うもあまりに地形が取れていないし、構造も分からない。
「『前村工機』に向かいましょう。」
「!」
「!?」
突然加わる少女の声。ムギだ。
「ここから距離的には横上です。」
「『前村工機』?」
響が不思議に思うも、周りはもっと驚いている。
「?」
なぜムギが知っているのだ。
「そこは地下三階層まで上がれば地上まで吹き抜けの商店街があります。地上に上がるにしてもすぐに上がれないにしても…『前村工機』自体が元々シェルターです。」
「……。」
みな驚きで無言になる。
実は先、ロディアたちとジェイを詰め、その上にムギはさらに別口で脅して『前村工機』の構造を聞き出したのである。ジェイは発見当日の現場と後にカーティンおじさんが引き継ぎ作業をしたとなどという大まかな話しか知らないが、大きなワラビーのコレクションルームで、上部に2、3トン級のワラビーが2機は出入りできる大きさの出入り口があることは知っている。当時は、こんな漫画みたいな設備が本当にあるんだと驚いた。
そして話し出す東アジア軍。
「………シェルターでもあそこは上からしか入ることができない。」
地上に上がれるなら、もうそのままアンタレスの提携病院に向かった方がいい。でも、横にしか行けないのだ。上下できても地下構造内だ。下手をしたらまた出口を探すだけの迷子になる。
「今から怪我人を抱え、地下経由で艾葉を離れるのは手間過ぎます。」
ムギは冷静に、凛として説明する。
「あんなに大きな施設に入口が上部しかないなんてありえません。あまりにドアを無計画に設置するとも思えません。祖父母世代の遺物です。この整備された通路でなく、旧商店街とその管理施設、後々に便利に動けそうな出入り口の位置の想定をして、使えるドアを探しましょう。出来る限り、前村工機寄りに移動して下さい。」
そうだとも思うが、シェルター内部から調査してもいくつかあった出入り口の向こう側は地層であった。掘ってどこかと繋げるつもりだったのか。どのみち他の地下構造と繋がっていても扉が開かない。調査はしていたが、そこまでまだこの件に手間を割けず中途半端になっていた。
「待ってくれ。そもそも側面のドアはすべて閉鎖されている。物理的に壊すのか?」
もしドアがあればない部分よりは破壊しやすいかもしれない。
けれど、ドアにはドア自体が複雑な鍵のようになっている構造のものあり、かなり頑丈である。軍事施設やラボなど貴重品倉庫、機械や生体取り扱いの施設によく使われていている物で、機密資材情報含む盗難防止の他に、危険ガスやウイルスの漏洩、爆破による被害を小さく留める意図などがある。
「響、これを視て。」
「これ?」
ムギは腰に付けていた小さなカバンから出したアクセサリーを差し出した。
「これは…?」
みなが注目したり覗き込む中、数人の者には分かった。
バングルだ。
しかも、以前のワラビー事件でサルガスがロディアに貰ったものと似た物だった。
***
一方、チコと引き離されたユラス軍は、とんでもない所に来ていた。
さらにその地下、『前村工機』の下にまさにとんでもなく異様な設備があったのだ。
先にそこに入ったのは、チコの護衛陣と連携を取りやすいその他のユラス軍人。
カウスはここでギュグニーとみられる軍人と対峙し、その間に全員を先に進ませた。周りに数名倒れている。
「カウス・シュルタン。ご主人様とギュグニーにいるんじゃなったのか?」
「はは、ベガスが軌道に乗ってくれたおかげで、軍事規模が大きくなり空路が開けてスペイシアやガイズも飛べるようになりましたからね。往復であっという間です。」
ガイズは超高速軍用機だ。
「まさにアジア侵略だな。世間が知ったらどう思うのか!!」
「知ってるから叩かれてたんじゃないですか。ま、別に侵略しないけど。」
「お前がそうでも、皆がそうでもあるまい。」
「侵略じゃなくて、普通に友好や同盟でいいじゃないですか。連合に何が不満が?」
いくらユラスが強いとはいえ、東アジアも広く強い。アンタレスで不穏な動きがあったら同等の軍事規模都市が他2つ、大きな規模の施設が地方に数か所はあるので大戦になるであろうし、西アジアも東に加勢するであろう。
カウスに対する男は過去、西方地方軍にいてサダルの元から離れた一人だ。別によく知る間柄ではないが、カウスは一部世界で有名人である。カウスは構えたまま、相手は腕を寛げた。
「カウス・シュルタン。少し話そう。」
「……」
「列国が仲良くしようなんて、お花畑な世界を離れてこっちに来たらどうだ?」
「拗らせてる政権にですか?アジアで知ったんですけど、ギュグニーとかって『万年拗らせ組』って言われてるんですけど。」
妄想チームが言っていることである。
「……」
そこには反応しない。したら負けである。
「強化しないか?体が恐ろしいほど動くぞ。」
話を切り替える。カウスはニューロス界隈で誰もが手を出したかった一人だ。けれど答えは決まっている。
「いやっす。」
「君も自然派なのか?超過激派も今回動いている。おかげ面倒なことは全部そいつらが負ってくれそうだな。こっちはアジアほどルールがなくて楽しいぞ。」
超過激派とは反高機能メカニックや反AI派で、高機能インフラに頼りながら高度なAI技術で、毎回過激な運動をしているネット界の人気者たちの総称である。彼らも拗らせ組と言われながら、妄想チームからも時々厚い支持を得ている。都合の悪いことや負わせられる責務は全て彼らに投げてしまえばいい。
ただ、彼らもうまく反撃してくるので時に脅威だが、難しいことはアジア政府の話にしてしまうであろう。お互い自由権政府が一番攻撃しやすく、世論にも乗せやすい。
「今より強くなれるぞ。」
「いやです。肉の体で生きていけるうちは、生身の肌で妻と感じるのが最高なのでお断りします。」
「………」
それでも彼は冷静に語り掛ける。
「権力狂いのうっとおしい古参保守のナオスより上に行ける。こっちは忠義より下剋上の世界だからな。奴らの犬のままは嫌だろ?」
「お断りします。」
カウスは三度言い切った。
「……。あいつらが内戦を助長しているのを黙って見ているのか?」
「まあ、何がマシかってくらいの違いかもしれませんが、ギュグニーよりはマシです。腐ってもユラスやアジアでは意見ぐらい言えますからね。政府の悪口も。」
カウス。正に初期、カストルにもサダルに逆らって兄や父に殴られてはいるが、少なくともユラスでは殺されはしない。
「そんなものギュグニーでも仕える顔だけしていればいいだろ?」
男は簡単に言うも、よほど狡猾でない限り、ギュグニーでの長い人生をそんな二面性をもって生きていくことは普通では無理である。ただの義務や詐欺ではない。普通の顔で家族や親戚、隣人や仲間すら牢獄や死刑台への道に密告、処罰していくこともあるのだ。それも、存在自体が無かったことにされたり普通の病死などにされてしまう。それに統計自体取れないが、支配国家の自殺はとんでもなく多かった。
「残念ながらウチ、見た目も性格もかわいらしい姫様に仕えさせていただいているんで、不満はありません。しょーもない主君に仕えて命を捧げたご先祖様に顔向けできないくらいです。」
カウスはサラッという。
「…………」
主にユラス全族長ナオス族に仕える形で生きてきた、家長ユラスの七男オミクロンの先祖たちは、時に歴史の中で長兄族や同族の当主が愚かで馬鹿であっても、罪と共に命を捧げて歴史に消えて行った者も多い。説得しても聞かない、知恵が足りない。そうであっても全てに忠臣を捧げてきた。
病弱であったり疾病を抱えた当主やその子供に仕えても、命を掛けて守ってきた者もオミクロン高位家系に多かった。
「お前は不満はないのか?」
「不満も好きなので!」
「…………」
イヤな相手である。
「……というか、うちの上司は私が不満なようですが。」
「嫌われているのか?ならこっちに来たらいい。」
「いやです。あんなものが見付かったら、ギュグニーもベージンも終わりでしょう。まっ、アジアも大概でしょうが。」
「……。」
男は苦々しい態度になる。
「ならカウス・シュルタン。知っているのか?お前の大事な者がこの艾葉にいると。」
「……」
今度はカウスが黙る。
「もう分かるだろ?」
「………」
「妻か…子供か……。どっちだと思う?」
カウスは反応しない。
「テーミン・シュルタンだよ。」
「…………」
「割り出しに時間が掛かったがお前の子でびっくりしたよ。単機能のくせにうちのムカデがよくやった。まさか自分から乗り込んでくるとはな。」
「連合側が保護してるだろうと安心でもしているのか?」
男は愉快そうだ。
「まあしてはいるんだが、ここごと全部崩せば終わりだからな。」
「っ!」
ガウスが反応すると、男は銃を向ける。
「いいか。俺がするんじゃない。そういうことをここの管理人や偉いさんたちがするんだよ。アジアとかもいるかな。
……何も言わないのか?」
「……。」
「私は偉いさんや科学者の金や権力や功績などどうでもいいが、前時代突入にユラスを200年遅らせた古参保守どもに一泡吹かせたくて。
そんなんだから、あいつらをギリギリさせられるサダルは嫌いじゃなかったんだが、いきなり改宗しやがったからな。古参は後回しにしてゆっくり世代交代を待てばいいと言い出しやがった。あいつらの道理のない愚鈍さで同僚たちも死んだのに……」
思い出して歯を噛みしめている。
「だから、自分で強い軍を作ってやりたかったんだ。似た者を集めて好きに動かせる部隊をな。セイガの偉いさんたちの泣き所も握れる部隊だ。」
「………」
「奴らは口だけ立派で、首都攻撃の際すぐに逃げたんだ。自分の親族は事前情報でギリギリで逃がしたのに、同じように上層部で戦っているのにうちの家族は………妻や子の遺体は回収さえされなかった……」
ダン!
と、カウスの横にハンドガンを打ち込む。
カウスは少し目を揺らした。




