62 地下の地下の小さな再会
「この下だよね?」
公安関係のAIに聞くのは響。
多くの人間たちが地下3階層より下にいるらしく、響とムギも吹き抜けの下層からさらに下に降りてきたがそこに入れない。
「はあ、どうしよう。どこか入るにしても、遠回りになるのかな。」
「お姉ちゃん。」
とその時、後ろから声がする。
「?」
響とムギが振り返ると久々の面会。
「響さん、姉ちゃん久しぶり!」
ムギの弟、トゥルスであった。
同じぐらい小柄でみんなに双子だと言われるほど似ていたのに、急に自分だけ背が伸び始めた生意気な弟であった。最近時長とベガスを行き来している。
「トゥルス!なんでここに?避難命令は??」
「…友達が親に黙って買った隠してたメカ運びたいって言うから手伝ってて…」
「は?!こんな時に??何考えてるの!?」
拾ったアナログメカをジャンク屋で買った部品を組み合わせた物だ。オートで避難させればいいのだが、警戒態勢の河漢でメカが勝手に動いていれば壊されるか没収されると思ったそうな。横の方でそのお友達が縮こまって申し訳なさそうにしていた。
「………全く何してんの?」
もう何年も前から通信を介さないアナログメカが河漢には時々漂っていた。クズもすぐに誰かに回収されてしまうが、アナログプラモ型のような機種が落ちていて1か月放置されていたので、みんなで改造して遊んでいたらしい。
「危ないとか思わないの?」
「……」
ここは河漢。子供たちに危険を危険とも思わず勧める輩は多いし、ここらでうろちょろしているマシンは今まで子供たちには何もしなかったらしい。…多分としか言えないが。
「……」
ムギが信じられない顔で弟を見ている。言葉がない。
「身勝手なことしたら住民権剥奪だよ?」
「えー!許して!!姉ちゃんも言うこと聞かないじゃん!!」
まあ、幼少期から河漢が住まいでみんなと遊んできたトゥルスには少し酷かもしれない。移民は多少の規制があったが、良くも悪くもいろんな子と仲が良かったのだろう。背丈は大人でも、中身はまだ大人になりかけだ。
「でもさ、姉ちゃん。この下層階に行きたいんだろ?」
「…うん。」
「僕、行き方知ってる。」
「え?」
なにせトゥルスは幼少期を河漢で過ごしている。子供たちだけが知っている様々な通路があるそうな。時々見かけるミニメカがその道を通っていたらしい。
「…でも、大柄の人は越えられないかも。僕も数年前までは行けたんだけど途中から無理だった。響さんでもギリギリかも。」
「!」
響とムギは目を合わせる。
「姉ちゃん、僕も行く?」
トゥルスも護身程度なら武器が扱える。
「いい、危ないから。友達を見ててあげて。」
トゥルスとその友人に警察に繋げて避難するように言い、二人は動き出した。
***
そして地下まで下りて来たムギと響。
「…すごい。本当にこんな道があるんだ……。」
途中まで案内をしながら荷物を持って来たトゥルス。荷物を数回に分けて降ろし、どうにか最後に響が通って、ムギが下で折り畳みの医療バックと2つの大型リュックに入れ替えた。実のところを言えば、途中であまりも狭くムギでも壁などに沿って埃をかぶるくらいギリギリの隙間。響は通れなかったので、レーザーでコンクリートを崩し破壊している。
「すげー姉ちゃんだ……」
今度はトゥルスが呆れ顔だ。
「爆破すると他も崩れるし、何か来るかもしれないからね。」
「これだけいろんなところで爆破されてると分かんないんじゃない?」
響が言うも相手も位置情報は残しているだろうから、他の一派や連合側も爆破作業をしていないと紛れ混むことは無理であろう。
トゥルスは心配そうな顔でそんな姉たちを見送ったばかりだ。
下まで降りた二人は驚く。
埃っぽいという以外は寂れてもいないまともな通路があったからだ。ライトで照らす部分しか見えなくとも、想像以上に広い。何かが床を伝ったような跡いくつかあるが、砂埃や雨風がある地上よりはずっとましに見える。
「なんだろ?ミニコマかな?」
下や上を見回し、ムギは響を見て驚いた。
「響!顔と腕が切れてる。」
「あ、無理やり体を押し込んだから…」
「消毒だけはしておいて。河漢はきれいじゃないから。」
お互い擦り傷がないか見て、処置が終わるとそれぞれリュックを背負ってカバンを持ち動き出す。
「でも……」
いくらか通りを変えて進むと広い道に出た。ナビに誘導されながらムギは不思議に思う。この通路はマッピングにない。
通路は分からないが、人間が大勢いる場所の位置確定はできる。新たなマッピングのためにムギはいくつかの小さな機械を放ち、通れる道があるか確定を急いだ。
「ねえ、響。おかしくない?」
「……かもね…。」
少なくともこの空間は最近のものでもなく、東アジアの地図にないことになる。今二人が見ているのは、軍や公安の最も機密どの高い地図。地図は年をさかのぼることもでき、未使用の建物、未通過の道も載っているはずである。そこにこんな整った地下道が載っていないなんて。既に1トン車両が通れる広さだ。時々交差のための広い道まである。なのに年度表示や位置確認などの標識もない。
ただ東アジアがアンテナやビーを入れたためか、電波は届いていた。
「うちのビーも狩られてるかも…」
ムギが走らせたメカが2匹反応の反応がなかった。
「はあ、はぁ……」
ここで響はミスをしてしまった。ムギのペースに合わせていたら、思った以上に疲れてしまったのだ。
「響、ごめんね…。」
大きなバックをムギが持つ。
「はあ…。少しジムも休んでたから……」
一応ジムは続けているし、浄水と点滴以外の荷物は重くないがムギのようには走れない。響は持久力はあっても、筋力や瞬発力や運動能力がいまいちなため、敵を警戒しながらも段差や曲がり角を流れるように進んで行くムギに追いついていくのは大変であった。
その時である。
「誰だ?」
少し先に光が見え、男性の声が聞こえた。
「?!」
「っ!」
端に寄ってムギが響を庇う。
向こうは姿を見せない。
「誰だ?民間人か?」
……東アジア軍だ。
ムギが呟き、公安の印をデバイスで知らせ前に出る。
「公安関係者1名と民間人1名です!」
「……」
印を受け取った向こうも、他に人がいるのか誰かと会話をしてから、銃を構えたままゆっくり前に出た。
「ムギ?!」
兵の後ろにいた男が思わず叫んだ。
「え?」
「…!?イオニアさん?」
「イオニア…さん??」
響も驚いている。
響は思わずバッと駆け出しそうになるが、ムギにもアジア軍人にも止められた。
「響、ダメ!この間にも数か所横道があるから慎重にっ。」
空気口など含むと、まだ何があるのか分からない。
そして、ゆっくり近付くと正にイオニアであった。
「ムギ。……響さんも、なんで……」
キョトンと眺める響は、服も肌もボロボロ。髪は手ぐしで直しているが、きれいとは言えない。でも、瞳は凛としていつもいつも、きれいな人。イオニアはじっと見つめて、心の底から安堵した。
東アジア軍人も通話で何か確認している。
その後、ムギと東アジアが何か話をし、ムギの通ってきたルートデータを確認してからまた響のところに来た。イオニアたちも地上に出られないままらしい。
『響さん、無茶しないで下さい。』
軍のデバイスから誰かが話しかける。
「……すみません…」
『すみませんじゃないです!命の保証はできませんから!』
「………はい、分かっています。」
『分かっているならしないで下さい!ムギさんもです!』
「あ、すみません!」
『屍で帰って来たら、永遠に怨みますよ!!』
「海羽さんと賭けてもいいですよ。私が帰ってくるか。海羽さんが帰ってこないに掛けたら、絶対に帰れます。」
海羽さんは通話先の部署の、宝くじなど部署で一番買っているのに通番分300円しか当たらない万年賭けに弱い年配女性である。
『いい加減にしてください!!ダメです!この前、海羽さん初10万円当たりました!!!喜び過ぎて宴会で使い尽くしました!!』
「え?それはだめかも………」
『響さん!』
響の知り合いならサイコス関係のはずだが、なぜかムギも叱られた。そういえばサイコスに関しては響も一応公安関係者である。
トゥルスたちは地上で東アジア軍と合流できたらしい。取り敢えずホッとする。
「あ、そうだ。そんな場合じゃない!」
響は動き出す。
「…?」
「怪我人…いますよね?」
「あ、はい。」
「行きましょう。応急処置を確認します。」
「!」
怪我人はかなりいる。みんな顔を見合わせた。




