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ZEROミッシングリンクⅧ【8】ZERO MISSING LINK 8  作者: タイニ
第六十八章 タニアのあの日の

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59 一瞬の硬直



その時ラスは、タニアの滝の空気を感じた。

夏場でもひんやりとする森や小川。


思い出す子供の頃。

ファクトとリゲル、幼馴染三人で時折訪れた、西のレプシロン研究所。


懐かしいのに、今こそ鮮明に感じる空気。あれがマイナスイオンというのだろうか。あの、水の粒子が空気になって漂う、緑のタニア。


滝の裾に作られた、そこだけ少しオシャレな、でも先端機能も備えた小さな休憩所。




あの日、そこから1台の車椅子が出されていた。少しだけ水の漂いそうな距離と位置。その車椅子に女の人が座っていた。


「ラス……。見たことないお姉ちゃんがいる…」

ファクトが気が付いて近寄る。

「お姉ちゃん?」

ラスも見てみると、全く動かない女性がいた。非常に顔の整った人だ。しかも髪の毛がなく、頭に手術痕があった。そして、とてもきれいな目をして瞬きもしない。


子供の目には大人に見えるけれど、タニア研究所で若手のリート博士よりも若いことはなんとなく分かる。

「お姉さん、誰?中学生?高校生?大学生?」

ファクトがしゃがんで話しかけてもその女性は、大きな目をどこかに向けたまま瞬きもしないし、話すこともしない。


「…違うよ、ファクト。ここはSR社の土地だし、お客さんでもなさそうだし…。

あ、そうか!ヒューマノイドじゃない?」

「アンドロイド?」

え?という顔でファクトはその女の人の顔を覗き込んだ。



そこに見える、なんの世界も映していないような………紫と青緑の、惑星のような瞳。



ラスは気分が弾む。

「すごいね…。こんなに人間みたいに作れるんだ。マイマーオもすごいけど、それ以上だね!」

マイマーオはSR社の宣伝用のメカニックで、研究所見学などで案内をしてくれる機体だ。一見すると人間と区別がつかない。

「……?」

でも、ファクトはよく分からなくて、もう一度その女性のような、少女のような人を覗き込む。


「ラス…。この人はヒューマノイドじゃないよ。人間だよ。」

「…え?」

もう一度女性の顔を見るが、生きているのにどこも見ていないような顔。

「……。」

ラスはこの女の人が人間であってほしくなかった。本能が何かを避ける。


「…ファクト、何言ってるんだよ。この人、生きてないよ。試動前段階だと思うけど…」

不要に触れたりはしないけれど、開いた目のままの女性の顔の手前で手を振っても何の反応もない。


ラスはファクトとリゲルに付いて大房に行った時、路地裏でクスリでイってしまった顔の人を見たことがある。ジャミナイが近付くなと言って、大房で遊ぶ時に危ない人の見分け方や行ってはいけない場所、してはいけないことを教えてくれた。目が大きく見開いているのに、どこも見ていないのだ。その時見た人は体がピクピクしていたけれど。普通の人はそうはならないだろう。


大房が嫌いな理由はそれもあるが、この少女はそんな顔……それよりさらに意思のないような…抜け殻のような、そんな顔していた。



「……」

そう言われてもファクトの中では理解ができない。

この女性はどう考えても…人間だ。


「…ねえ、お姉さん。」

人間ではないのかと思ったファクトは、女性の膝に手を置いて話しかける。

「大丈夫?」

女性から返事はない。けれど一瞬瞳孔が大きくなり、そして元の目に戻ったような気がした。

「お姉ちゃん、死んじゃわないよね?病気なの?」

「……」

もう、ラスはどうしようもないという顔で友人を見る。


ファクトは駆けだすと休憩所のひざ掛けを持って来て、そのお姉さんに掛けた。いくら初夏でも山の空気は冷える。

「お姉ちゃん、元気出して。

元気になったら遊んであげるからさ。」

「…ファクト。」

メカニックならすごいが、ラスはこれが人間と言われると何か気分が悪い。中身がないじゃないか。人間だと思いたくない。そんな人がニューロス研究の中にいてほしくない。それは何か怖いことに思えたから。

「ラスもだぞ。」

「何が?」

「お姉ちゃんが元気になったら遊ぶんだってば。」

「え?俺も?」

「そうだよ。」

「やだけど。」

「ヤだとかない!タロウと散歩するんだよ!絶対!犬好きそうだし。」

「あーもう、分かったよ。」

何でこの友人は、人の好みまで勝手に決めつけるのかと思いながらも返事はしておく。


ファクトは満足そうに、でも心配そうにお姉さんの肩をポンポンと叩く。そこにトイレに行っていた女性職員が駆けてきた。


「あー!サジェラ、ごめんね。あ、ファクト、ラス!」

「サジェラ?お姉さん、この人はアンドロイド?」

「………」

職員のお姉さんは仕方ないように笑う。


「大切な、………ただの女の子だよ。」

それを聴きながら、三人と車椅子の一人はタニアの滝の中から外の世界を眺めた。




―――




バキン!と世界が弾ける。



ラスは思い出す。


あの時の目………

あの、惑星のような紫と青緑の目。


あの、意思のない、人間のような少女は………



人間だったんだ。




やっと思い出す。


いや、やっと一致した。

あの女性は、車椅子の人は、チコ・ミルクだったんだ。



「………総長が?」

あんな、誰にもしてほしくなかったような、人形のような眼。


みんなが適応できるわけでない、ニューロス化。

その中で、とくに多くの中心実験の対象になり、生き残ったのはただの少女だった。


そして、ニューロスヒューマノイドの被験に吸われていった数えきれない命。



信じられない顔をしているラスに、チコはひるまない。

「ラス、どこも見なくていい。大きな答えもいい。少なくともファクトに被験の意志はない!それが今出せる答えだ!」

「っ!?」


ラスは戸惑う。

ここで多くの話はしていない。でも、ベージン社は混濁の世界を作ろうとし、対するSR社は理性的に社会性を持ちながらも触れてはいけない場所に触れてきた訳だ。どっちを信じれば、いや、どっちをよしとすればいいのか。


バックにギュグニーと、そして東アジア。

倫理観を国規模で手放し自堕落していくかつての多くの帝国と、非常に律され知的に見えるが一点を間違え神の体裁を受け雷に打たれた堅固な大帝国。

全ての規約から解放された自由と、原則に沿った自由。

似ているようで、全く相反する二つの自由の砦。


動こうと後ろを見ると、緋色のモーゼスが何ともない顔で自分に銃を突き付けていた。銃などなくとも自分を制することはできる。動くなと言うサインであろう。



まだ髪の毛を掴まれたチコに、白銀は顔を近付ける。

そして耳たぶを噛んだ。


人間のような歯。チコの耳に血がにじむ。

「っ!」

「やっぱり血の味って分からないわ?成分はデータ通りだと思うんだけど。」

不快だがチコは何も言わない。

「ねえ、かわいいチコ。聞いてほしいの。噛みちぎらなかっただけ感謝して。」

「……」


「あなた、あの時………」

薄っすらと笑う。


「サダルメルクを見捨てたんでしょ?」


「…っ?!」

突然の話にあまりに驚く。

「はは!図星?それでユラスから逃げようとしたの?それともサダルメリクから?」


「??」

チコは理解できない。あの時、サダルを見捨てた……



それは自分と少しの人、もしかして知っているかもしれない……サダルとだけの話だ。

だって、ほんの数人の身内にしか話していないのだから。なぜこんな他社のアンドロイドが?




そう、あの日。カフラーが死んだ日。


数人の同志を失った日。


サダルが捕虜になっただろう日、最後の脱出の時。

人も見分けられないほどの爆音と粉塵。数機いた東アジア支給のアンドロイドも潰されていた。



チコの脳裏にあの日の二人の手が思い浮かぶ。



小型飛行軍用機、スペイシアに懸命に伸ばした手。

そして、地上からサダルが伸ばした手。



あの日、チコが手を掴めば………サダルは6年も捕虜になることはなかったのだ。いや、下手をしたら捕虜どころか死んでいたのかもしれないほどの襲撃。



でも、お互いの手は……


絡まることはなかった。



収容もできなかった仲間たちの遺体。

自分たちの乗る軍用機に回収された保冷機。


どうしてこれを回収して、人を連れて帰れないの?

自分の中に苦しさと疑いが交差していたのか。


昔、ずっと前。ハッサーレで、ラボで……もう済んだことなのに胸がきしむ。

自分に物を見るような目を向けていた医師であり博士、サダルメリク。彼を恨んでいたのか?それとも恐れていたのか。


周囲に響く騒々しさが一瞬静まる。


そして忘れられない事が起きる。

自身の体が固まったのだ。ニューロス部分が硬直。

「?!!」


スペイシアから差し出した手が、指が、サダルを引き上げることはなかった。


ゴーーーという防音と、あちこちの爆音と共に一瞬だけサダルが戸惑う顔が見えた。



「っ!?」

は!とチコは我に返る。


そして次の瞬間に、サダルのいた地上の建物が撃破された。


!!


全てが轟音に崩れる。



手を、掴めなかった?


身体の異常が先?精神的拒否が先?



先も何もない。


拒絶したのか?潜在的な心が。自分の心の奥底はこんなに醜かったの?こんな時にさえ?こんな時だからこそ?



スペイシアも数か所穴が開き、それでも撤収のために飛ぶ。

操縦士もケガを負い、完全自動運転に切り替わったスペイシアが退避の道を選んだ。もう一度下車しようとし、

「チコ様!」

と、一人の負傷兵に止められる。

「サダルは?!!」

「数人一緒に付いています。信じるしかありません!!」


「でも!」

「チコ様!!」

血まみれの兵士に握られたチコの腕も血にまみれていた。


一緒にいた兵士の意志は固まっていた。足場が崩れた時点で、もうサダルが助かるのかは分からない。

でも、今ここで東アジアと繋がる二人の統治者を亡くすわけにはいかない。政治的にまだオミクロンとも連携が完全に取れない中でアジアとの足掛かりを失ったら、ナオスを中心としたユラスはまた過去にの閉鎖時代に戻ってしまう。


「……アセン……」

チコを庇った負傷兵アセンブルスは、チコを引き留める力があるのが不思議なほど血まみれだった。頭部が焼け、一部陥没している。そしてそのままズサッとチコに倒れ込んだ。

チコは、またハッとしてアセンの応急処置に移った。もう、アセンも助からないかもしれない。


そこに伝心が伝わる。

『チコ様、私たちを盾にしても……生き残って下さい。』


「………アセン!」

あの後、アセンブルスがあの状態でなければ、現場に戻っていたかもしれなかった。




………でも、それをなぜモーゼスが?





1話使っているけれど、回想部分は各々の中で瞬間で終わっています。

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