53 頼りあるリアーズ
ラスとファイのいる場所。
行き止まりの場所で信じられない行動をしたのは篠崎さんであった。
テミンを探しに地下に降り、もう通路がないと思ったら、壁に手を当てていた篠崎さんが急に壁を燃焼レーザーで焼き切ろうとしている。
「は?何?やめて!!」
もし向こう側に人がいたらどうするのだ。余計に道が塞がったら?この騒動でまた変な人たちが来たら?
「左右に下がりなさい!」
しかし篠崎さんは一言命令し、躊躇することなくレーザーを一周させ、鎌みたいなもので壁を引っかける。
そして、ダダダダダッと今度は別のレーザーを打ち込んで少し下がり、釜でそのまま手前に引いた。するとコンクリートの壁がダン!と手前に倒れる。
「……」
することが荒すぎて声もない。
「ここ、鉄筋も何も入ってなかったから。行きましょ。」
こんな瓦礫の上を通るのかと、ファイは絶望的だ。粉塵を吸わないようにマスクもしているが、効き目があるのかないのか。
けれど、その先に薄っすらと光る白熱灯の世界を見る。
何の疑いもなくファイは駆け出した。
「……テミン!」
「ファイさん!危険だ!!」
その声を聞くこともなく駆け寄り……ふんわりと光る揺らぐ空間を少し進んだ先に………
壁際に……誰かがいたのだ。
「テミン!!」
顔が見えていたわけではない。でも、ファイはテミンだと思い急いで駆け寄った。
「テミン!テミン!!」
人だ。子供だ。声をかけても返事がない。
「テミン?…テミン!テミン!……」
返事がないのでボーガンを腕から外し、ゆっくりと怖々頭を持ち上げる………
「テミン!」
頭のフードを取ると柔らかい亜麻色の髪。やはりテミンであった。ファイの中で感じたことのない、安堵と複雑な思い。
ならと、その横。
「ナックス?」
シートを掛けられて、死んでいたらと心臓が縮む。
そっと、顔を見ると……やはりナックスだ。篠崎さんはシリウスから届いた子供の位置情報で、この壁横ではないとは知っていた。ファクトの示した位置はかなり正確であったのだ。ただ、この壁横に他の誰かいたら問題だが一応手前に引いた。
「ファイさん、動かさないで!」
ラスが冷静に間に入る。子供の顔色と呼吸を確認しようとして、肌が冷たいのにゾクッとし、平静を装い顔に横からライトを照らした。唇が紫で顔色が白い。
「篠崎さん!早く!」
ラスが呼ぶと、篠崎さんは4人の元まで来てリュックを降ろし一旦子供の生存を確認した。
「…どうしよう…、どうしよう……」
死んでいたらとファイは気が気でない。
「大丈夫。生きてるよ。」
「…うそ……」
もう、世界の何もかも信じられない。
「ラス君、私のカバンにマットと電気毛布があるから下にマットを敷いてから毛布を広げて。それからファイと一緒に2人の服の濡れているものは脱がせてゆっくり毛布に寝かせて。なるべく安静にしたまま。」
「あ、はい!」
ラスが言われた通り作業している間に、篠崎さんは周囲を見渡して急に動き出した。
そして、ガズン!とまた何か狩って来る。
「…いっ!」
もう泣きたいのか何なのか分からないラスとファイ。篠崎さんが狩った物は、先のムカデと同機体だ。ザクっと棒で串刺しにされて横に置かれる。やめてほしい。
「リアーズ~。服脱がせられない~」
体を動かすのも怖く、思ったようにいかない。靴と靴下はどうにか脱がせたが、足先が冷たかった。
「凍傷だったらどうしよう…。手足がなくなっちゃう……」
「凍傷でしょうね。」
「っ!!」
「今は小さな環境を変える以外できることはないよ。」
ラスが仕方なくフォローし、動いて少し暖かくなっていた自分の手を、しばらくの間その冷たい足先に添えた。
篠崎さんがナイフを投げる。
「服はそれで切って。」
「こっちの子の方は最初から脱いでいます。ズボンは濡れていないし下に起毛の小さい布団を敷いています。」
ラスがテミンの濡れているズボンを脱がせ、もう一枚起毛の薄い布団を被せる。篠崎さんが状況を確認し、二人を毛布の中に入れて、体の数か所に毛布の測定器を付け、寝袋の様にチャックを絞める。そして子供の状況をAIに教えた。現在の体温より極温かいくらいの温度から機械が調整して温めてくれる。
「酸素マスクも付けた方がいいですか?」
この空間には酸素があるので、それぞれが持って来た酸素にチューブとマスクを着けてオートで流す。大人用しかなかったが、大丈夫であろう。
「そのムカデは?」
「もし毛布とかの電気が切れたら、私でもいいけどこの子で充電しようと思って。」
「…それって……」
「大丈夫。この子は爆破機能もないし、逆探もさせないから。ただの単純機種。ほら、壊れちゃった。でも賢いムカデもいるから気を付けてね。」
「……」
「…天災でもない限り、子供たちはしばらく動かなさない方がいいかな。」
「天災があるの…?」
もうやめてほしいファイ。
「さあ?」
「…………」
生きた心地のしないファイであった。ラスは疲れ切って少しある段差に座り込む。
しかし、そんな猶予も許さない。
突然数機の、しかもヒューマノイドも含むメカに囲まれたのだ。
「ひいー!もうやだー!!」
『お前は?』
始めは攻撃することもなく、一機がファイを指して尋ねている。
「え?私?」
『お前たちは、VEGAかベガスアーツの人間か?』
「えー!!違います、違います!!なんですかそれ!!」
直ぐに踏み絵を踏むファイ。
もしベガス構築を阻もうとしている勢力なら、アンタレス市民アーツから潰そうとでも思っているのか。アンタレス市民に何かあれば、ユラスやベガスへの十分な揺すり材料にはなる。ただ、ファイにはそんな高度な考えはない。ただ自分がかわいいのである。友も売らないし、魂も売らない意気込みだが、意気込みと行動は違う。思いだけでどうにかなるなら、世界は既に平和であったはずである。よって、行動はそうはいかない。
しかし、そんなファイを分かっていないラスは聞いてしまう。
「ファイさんは、アーツじゃないんですか?」
「黙ってて!一般人です!!」
こんな時に普通に質問するなと睨む。てか、お前らこそなんなんだ!と本当はメカに言ってやりたい。ここは東アジアなのに。
『お前は?』
今度、アンドロイドは篠崎さんに質問の向きを変えた。他のアンドロイドからすると、篠崎さんは変な存在だ。ギュグニーに登録もされるし共通部分もあるのに、本体のあらゆるものがおかしい。改ざんされているのか。
「…私のことが分からないなんて、どこのお上りさん?」
『……』
男性アンドロイドは混乱している。
実は東アジアは、篠崎さんのギュグニーのシステムや情報を全部消していない。
篠崎さんは、連合軍中枢、シリウス中枢に入った、稀に見る希少で優秀なスパイアンドロイドなのである。
ギュグニーの見ている世界の篠崎さんは。
「もうギュグニーはないの。」
『………?』
「だからこっちで遊びましょう。私と。」
『っ!!』
キれた男性型アンドロイドが、急に篠崎さんに襲い掛かる。
「!?」
しかも、単車ほどの小型の物は、人間4人の元にも襲い掛かって来た。ヒューマンセーブのない単純機種か。
「うそ!」
ファイは咄嗟にボーガンを手に持ち構え、焦点も会わないまま連打で一機に打ち込んだ。
「え?!」
ラスは急すぎて過ぎて身動きが取れないが、ファイの矢はほとんど勢い技でも数発相手に当たった。壊れはしなくとも動作が遅れる。横を向くと、瞬時に篠崎さんも他の機種を仕留めるが、今度は篠崎さんがヒューマノイドに襲い掛かられた。守るもの4人でこれだけの至近距離だとやりようがない。
「っく!」
と、篠崎さんが唸った瞬間。
またガズン!と、今度は篠崎さんに乗りかかった機体が飛んだ。
「??!」
ラスがどうにもできなくて、その方を見て唖然とする。
…兵士…?
目の前にはフル装備の軍人がいて、人間なのかアンドロイドなのかも分からない。
ただ、無敵そうな感じはする。中ボス……ここで終わりか……
絶望で死にそうだった時だ。
「ファイ!!」
その後ろから、警備員か警官のような格好の男が出てきた。
「イオニア!」
ファイが思わず立ち上がる。
「イオニア!!」
イオニアと呼ばれる男が駆け寄ってくると、
「わああああん!!」
と、遂にファイは大声で泣きだした。
「大丈夫だ。」
イオニアは片手で抱いて肩を叩きファイを落ち着かせた。
「…なんでファイが?」
「…ん?」
イオニアはラスと目が合い、疑問だらけだ。なぜ一般人が?逃げ回っている艾葉の住民には見えない。
「……」
助けだと分かったのか、ラスも力が抜けてしまった。
そして一瞬イオニアも硬直する。
「っ?!」
最初は荷物だと思った、並んでいる銀のシートの小さな二つのふくらみ。
「…テミン……?」
イオニアは真っ青な顔になった。
「大丈夫です。生きています。保温シートです。」
「…え?」
まだ座り込んでいる篠崎さんが言うと、イオニアも力なく座り込む。
「………よかった…」
遺体かと思ったのだ。
「心臓に悪すぎる…」
「でしょ?私も心臓が何個あっても足りないって経験を初めてしたよ……」
イオニアに会って、口が回るようになったファイ。スペイシアに乗ってユラスに行った時より死ぬかと思ってしまった。
「……」
その騒動で目を覚ましたのは………
「………んん?……」
ナックスだった。
しばらく外部の騒めきを聞き、それからむくっと起き上がった。
「…ファイ…先生……?」
「あ、ナックス!!」
ファイは講師や教員ではないが、仕事で四支誠に来たついでに教室の手伝いをしていたので先生と言われている。
「…ここ…は?お家?教室?」
「わあああん!!」
また泣き出すファイ。もう涙腺がおかしくなっている。
「……おしっこしたい。」
「立ち上がれるか?」
傍から見たら人間なのか何なのか分からない兵士が、優しく子供に聞いた。
「…もしかして、ここまだ河漢?」
子供も、軍人を見慣れているのか動揺していないようだ。この期間、とにかくベガスと河漢には軍人や警備が多かったからだろう。
「大丈夫だ。まだ河漢だけどちゃんと帰れるよ。一緒にお家に帰ろう。迎えに来たから。」
その軍人に頼まれ、イオニアが子供を端の方に連れていく。
「テミンの方の様子を見よう。」
攻撃を仕掛けた機体を拘束していた一人が作業を終え、テミンの元に来にきてヘッドアーマーを外した。おそらくユラス人の顔だ。
「……テミン」
ファイは先の青白い顔と紫の唇を思い出し、やっぱりダメでしたとなったらどうしようかと思い、ただ無事を祈った。




