52 眠り
どれだけの時間が経ったのか分からない。
テミンは自分の体が随分冷えてきたことを感じた。実は一部に水溜まりがあったので、はまって靴ごと足が濡れている。ここでは蒸れることもなくただ冷たい。水は油っぽい匂いがした。
軽装で降りてしまったナックスも服が濡れていた。眠り込んで丸まって脱がせられないので服をナイフで切って脱がせ、持って来た自分のパーカーを掛けていた。ギリギリ光の当たる場所で小用をして、またナックスの横に座り込む。
この時間はいつまで続くのだろうか。
呼吸と共にゆっくり動くナックスの背中だけが今の命だ。
「…お前、連合国のメカ?」
時々来るムカデに声をかけるも、何も言わずにサワサワ去って行く。
もう外は夜だろうか。次の日?
「……………」
はじめてテミンは、もう救われないような不安に陥った。
一度だけ全体を見回ったが、天井の空洞以外は道がない。幾つか通気口はあったが、ガッシリ固まっていた。
不安になったテミンは座り込んで思いを巡らせた。
お母さんと、お父さんと、それからターボ君みたいに腰の座った性格の弟、ジルバを思い出す。
お母さんの実家のおばあちゃん。
オミクロン国家アルマーズの大叔父や大叔母、親戚。ベガスの友達たち。
それから四支誠の先生。いつも面倒を見てくれるセンターの先生、ウヌク先生に、ラムダやファクトやリゲル、ファイやライ。
ムギ姉ちゃんに………チコ様に………
………太郎君。
太郎君はもう死なないだろうか。
まだ猪と鹿の写真を撮っていない。
思いっきり走った南海広場や、学校のグラウンド、四支誠の文化会館。
お父さんとお母さんが、たくさんの人の前でシュルタンのナイフを捧げ忠誠を誓ったあの時を思い出す。
たくさんの人がいて、今までで知らなかった空気、そして世界。たくさん拍手が起きて、少しくすぐったくて、大人たちに守られていた気分。お父さんの腕の中。
あまり記憶にないけれど、その時の空気だけは覚えていた。
お父さんとお母さんはケンカばかりしていたけれど、一致してチコ様を守ろうとしていたことだけは知っている。
ナイフを掲げ……戸惑うだけでなく、
チコ様が本当は泣きそうだったことも知っている。
その心までは分からないけれど。
でも…………
グローブにも水が入ってしまったので、自分の裸の手を擦り合わせて温かくしてから、ナックスの首元に入れて再度体温があるか確認する。
「……?」
が、先まで温かかった首元の体温が下がっていた。
「…ナックス?ナックス??」
このまま寝せて休ませた方がいいのか、起こした方がいいのか。体温が下がると亡くなる可能性があると知っているわけではなかった。ただ、とても寒いので温かったら安心するというだけ。
「……ナックス…」
起こそうとするが、無理をさせるのもいけない気がする。自分も動いた方がいいのか、じっとして力を温存した方かいいのか。テミンも歯が震えている。
訳の分からない大人に翻弄され、気温も上下する地下の長い経路を歩き続けた小学生一年生の体力はここまでだった。
「……神様……」
自分の膝に顔をうずめては小さな声で祈る。
「……数千年の荒野を共に歩いた、天地を司る天の主よ……」
ユラスの荒野で人と共に何万年も彷徨うしかなかった神。
「…お願いです。僕にはあなたがいますが……ナックスはただお母さんに会いたいんです……」
美術教室でナックスは、親なる神なんて知らないと言っていた。「ぜんちぜんのうって何?ぜったいのせいしつって何?ラスボスみたいなの?」「邪皇帝より強いの?聖騎士より?」とも。ナックスの神はゲームであった。
「……だか…ら……」
テミンは自覚をしていないが、だんだん声がなくなる。
……お願いです。
天にも地にも余すことなく臨在される神よ。
人の魂にも心にも、その身全てに臨在される神よ………
僕は天に行っても怖くありません。おじいちゃんやおじさんたちもいるし……
僕と違って、おじさんたちは緑の目をしているそうです……
僕も緑がよかったな……チコ様が緑の目が好きだから………
テミンの目は母似の少しだけグレーが混じった濃いブラウンだ。
子の髪の毛一本たりとも、見失わないあなたが……
ナックスの心身を地上に引き上げて下さい…………
ひどく冷たい。
ひどく冷える足先。そして手。
靴と靴下を脱いだ方がいいのか。でもゴミや瓦礫ばかりで何が落ちているか分からないこの場所。
1時間近く河漢の地下を歩いた後の参事。
二人はそのまま眠り込んでしまった。
***
一方地上組のファクトとタフルクたちは、ほぼ目下なのにまだ地下に入っていなかった。
篠崎さんから送られた情報で光の経路の侵入口は確定している。けれど、やはり外部勢力があったのだ。
「うげっ!!」
地上でバイクから降りたとたんに、大型バイクほどの人型のメカニック2機から攻撃を受ける。亜流なのか不完全なままなのか、完成されていないが頑丈ではある。
「東アジアの型じゃないだろ!」
リゲルが叫ぶ。
「なんでこんなのがいるんだ?!」
これだけ警備を強化していたのに、東アジアにない機体だ。
近距離にいる響たちの方にも連絡は入れるが、向こうも何かあったのか。モニターを確認する余裕もなかった。
リゲルが首を持って行かれそうになる。
「リゲル!」
しかしバジン!とリゲルがサイコスで弾き、その間に態勢を整え腰のダストガンで関節部に打ち込んだ。
はずみで地面に倒れるが、ユラス軍人のタフルクがメカの上からレーザーで一気に両断した。ただ、レーザーの危険なところは周囲にも被害が出る。リゲルが縮みあがっていた。
「……なんなんだ?」
タフクルが呟く。
おそらくヒューマンセーブのせいだろう。致命的な攻撃はしてこない。でも、なぜこんなにメカが?そして、人はいないのか。訓練されている兵の場合、人間の方が危険だ。攻撃に躊躇しない場合もあるし、メカの様に人間か機械か分析する時間なく攻撃を仕掛ける場合がある。メカにはヒューマンセーブのために、一瞬ロスタイムがあるのだ。
そして………人間の攻撃を受けていたのは、響やガジェたちの方であった。
ガジン!と何かが弾かれる。軍用車が1台爆弾の攻撃を受け、ガジェはひとまず響を建物脇に隠した。
「ガジェ!」
「しっ」
ガジェは響を黙らせる。一人、東アジア軍人も血だらけで横たわっていた。
派手な爆撃や銃撃戦に入らないのはここは市内だという認識がまだあるのか、作戦上なのか。
ガジェが出て行こうとした途端……上から現れた兵に蹴りを入れられ、腕を刺される。
「あ゛っ!」
「ガジェ!!」
起き上がろうとした瞬間もう一度頭を蹴らる。
「!!?」
叫びそうになった口を、正面から塞がれる響。
「…んぅ…」
「響さん!!」
離れた所にいる人員が気が付くが、響は力が抜けてしまう。
「…?」
急に重くなった体に、気を失ったのか?と、兵士が響の顔を確認しようとして……
その兵も倒れた。
●ナイフを掲げて誓ったあの時
『ZEROミッシングリンクⅠ』60 終身誓願
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