50 光の経路
ファクトに見えるこの光は、サイコスと同じでどう起動できるのかも、いつまで見えるのかも分からない。でも、テニアを見付けた時のように曖昧ではいけないのだ。
河漢のこの地下で、正確に急速に、各所のメンバーにも伝わるように位置を絞り込まないといけない。
「シリウス!」
「シリウス!!」
今までで一番強くシリウスを呼ぶ。
数秒間を置き、女性らしく、でも落ち着いたいつもの声が聴こえた。
『…何?人の話には乗らないのに、自分のことには随分強引なんだね…。』
「あー!もう何怒ってるんだ?俺だけの話じゃないだろ?」
『…………』
「分かった、分かった。ごめん!」
横でリゲルが変な顔で見ている。
『ファクトも結局はただのそこらの学生ね。』
そこらの学生なんだけど……と思うが、今それを言っても悪手にしかならないであろう。
「テミンの位置が確定できた。多分やり方はいろいろあるんだと思うけど、アースビジョンマップの方眼広げて。俺の位置分かるよね。」
頭のいい人なら別の方法もあるかもしれないが、ファクトには今はこの方法しか思い浮かばない。ビジョンマップは道路やナビなどに視界に合わせて広がる地図と案内板だ。
その中でもアーススクウェアマップは立体の中にまで対応する。普通のマップが地上を基準に地平に開かれているのとは違い、アースマップは直線で球を描かず地球そのものを線とマスで割っている。つまり、地下のマップに落とされていない位置まで網羅できる。
「河漢艾葉、中心地………、これ、俺のデバイス番号。」
今、示すシリアルはファクトの個人のものだ。支給のデバイスだと、一般人であるファクトが特別なことをしてほしい時、東アジアの許可を取る必要があるので時間がもったいない。本当は個人デバイスでは一部機能、一部地域しか働かないが、このデバイスはSR社家族用の特別な仕様が入っている。おそらく繋がっているだろうシリウスが、この網を突破できないか賭けてみたのだ。
……数秒後。
やはり当たりである。
「シリウス!すごい!」
『……』
デバイスが投影する河漢全風景に、罫線が、マス目が一気に入って行く。投影の種類次第で目の前に広げることもできる。
一旦上空を見渡し、地下に目線を変えた。
霊性が画面に投影するように願う。
ビジョンを拡大すると、霊性の光がディスプレイに付いてこないので、なるべく画面を動かさないように点を付けていく。ファクトの今いる座標からの、面の位置は正確だ。でも、最低3点立体を取らないと位置が確定されない。普通だったら面だけ取ればいいが、地下が深いため艾葉では縦もいる。
「霊性の光も画面について来てくれたら簡単なのに……。どうしたものか…」
「お前が移動して他の角度数点から位置を取ればいいんじゃね。」
リゲルが冷静に答える。簡単に言えば、立体のマス目に霊性でファクトが見ている光の一点を書き出していくだけの話だ。アナログな方法だが。
「あ!そうか。」
そして、安全のためタフルクとバイクで他のビルや地上に移動して、ひとまず他に3点から位置を取った。まだ見えている光の道も指でなぞって新しいレイヤーに入れておく。
幾つかの角度から点や線を取っておくと、後はAIが立体の位置を確定してくれる。
昔は面の座標さえ、罫線などを追って数字やアルファベットを入力しなければならなかったらしいが、今はブラインドタッチで割り出したい位置を指定するだけでいい。
ファクトは見目が動かないようにまず拡大しない地図に光の位置の点を付け、その後その中に見えた光まで行き、いくつかの角度から指で座標を確定した。少しずれているかもしれないが、おおよその位置ではあるだろう。
これでいいのか分からないが、一応AIが迷いなく一点の座標を示しているので大丈夫だと思うことにした。
そして、すぐそばの響たちの居る地点に連絡する。
「ガジェさん、響さん!おそらくテミンはここにいる可能性があります。」
『ファクト!?』
まだ光は消えていない。
集中すると、イオニアたちの居る地点にさらに白っぽい光が見える。それはカウスに見えていた黄色とシルバーの片方。霊性や電気を発現する時の白い光とはまた違うものだ。
「イオニアたちの居るところに他にもオミクロン兵がいますか?」
『さあ、どうだろ。今河漢に入ってるのは、ナオスかオミクロンが多いとは思うけど。』
ガジェも新規のみんなの出身地までは知らない。けれどこの光はオミクロンに関わるものだと予想できる。
ファクトは、目を凝らせばさらに多くのものが見えて来そうだったが、多くに紛れてしまってはいけない。今は一番大きく光る、先の光に集中した。
「もしこの霊道がオミクロンに関わる何かを指しているのなら………テミンはこの地点です。」
実際の公安共有地図にファクトが描いたものが反映され、子供のいる場所の可能性が特定された。もちろん数値でも公表される。
「すごい地下だな………。」
「この建物の最下層よりさらに下です……」
ものすごく下でもないが、ナックスの伯父たちが見付かった場所から考えるとそれなりに下だ。穴の経路がどこかで垂直になっていたら、釘や鉄筋の突起など出ていたら……と身震いする。空気はあるのか。
「…………」
業務空間でなければ、おそらく違法に増築された抜け穴か何かか。誰かが何かの使用目的のために完成させたものか、放置されたものなのか、どこに続くのかも分からない。
『生死は確認できるか?』
「…………」
それを言われてもファクトは答えられない。
光の発現は今までは全員存命者だ。
でも、これまでの他のサイコスや霊性の経験から見れば、様々な力は遺品や屍、去った人々の思念にさえ反応していたことになる。
「…生きていると………願うしかありません…。」
『…はあ…』
もし生きていても、ライトのバッテリーが切れた壊れた時点で暗闇だ。落下の衝撃でライトを掴んでいるかも分からない。手元にあっても混乱するであろう。まだ小さな子供だ。パニックで心身に致命的なショックを受ける可能性もある。着地点が安全な場所なら気を失っていた方がいい場合もある。
『でもここは到着までの通路がない可能性がある。』
通話先の男性が困っているようだった。
子供がどういう状態でいるのか、内部がどういう素材で状態なのか分からないまま、例えば壁を爆破して道を作るわけにはいかない。ただでさえ弱い地下地盤。逃げ場さえなくなる。
「あの、もう一つサイコスで出た表示に切り替えて下さい。これが何なのか分かりませんが、通路らしきものが出ています。」
先のテミンまで刻まれた光の道を示す。
「ここが始点で、テミンらしい場所まで続くのが見えました。長い光なんですけど。」
『光?』
「自分、霊性が見えるので、それかと。」
『そんな曖昧な情報なのか?!他の霊性師は?君はアーツだろ?学生か?』
驚いているが、向こうで誰かが間に入って説明しているようだ。おそらく響であろう。
『そこにいる軍人は?』
「私です。」
横でタフルクが自分の所属を表示する。河漢は初めてだが、優秀な兵である。
『…分かった。なんにしても今はある情報にすがるしかない。地下にいるユラス軍に連絡する。』
通話先の東アジアが呆れているが仕方ない。しかも本来はアーツでも20歳になるまでは河漢警備の仕事に就けないのだ。ファクトはあくまでもアーツの河漢指導、準警備である。なのに同年代リゲルと艾葉まで入ってしまった。素直にお礼を言っておくしかない。
「ありがとうございます。」
一旦通信を切ると、リゲルと顔を見合わせ、自分たちも「はあ…」と息を吐いた。今、自分の力でできることはここまでだ。
「ファクト、この後どうする?一旦響さんたちの所に行くか?」
響たちのいるところは、この位置からはほぼ眼下ですくそばだ。
リゲルが聞くも、同時に連絡が入る。
『ファクト~!どうしてあっちこっち移動するわけ?!!』
「…?」
誰だ?としか思わないファクト。でも着信に出てしまった。
「え?誰?」
『篠崎です!』
この忙しい時に何だ。
『今、私も艾葉なんだけど。勝手に来たのに、あっちこっち動いたら見付かるでしょ?』
「……今、それどころじゃないんだけど。捕まったとしても東アジアだよ。捕まっときなよ。」
『いやです!どこにいるの?』
なお、篠崎さんと一緒にいるファイとラスは今喋らないようにと銃を向けられていた。この二人のデバイスも電源を切らせている。それでも位置特定はできるが、テミンの様に主体的捜索をしなければ見つかることもあるまい。
篠崎さん側は楽しそうだ。
『どこだっていいし。』
「よくありません!」
『…あー。そうだ!篠崎さんって、機体のベースはSクラス?』
「どう思う?」
『今、そういうのいいよ…』
「むかつくいい方しないで。広告塔ロボットでもないのに、自分の階級言います?」
もともと潜伏員として作られたのに言うわけがない。ただ、A以上ではあるだろう。
『それはギュグニーの頃の事情だろ?メンカルか知らないけど。そんなこと言ってると、また東アジアに拘束されるよ。』
「またギュグニーは嫌だわ!あんなベージンのご用達!」
…?!
電話先で聞いていて、ビビるファイとラス。ヤバいと言われている名前が出てきてしまった。
篠崎さんはやはりギュグニー関連。もしかしてこのまま処刑か、それともどこかに拉致か。ファイは少し目が潤んでしまうが、そんなファイを見て篠崎さんが銃口で涙を優しく拭いてくれる。
「ぃぃっ…」
そして、笑顔でまた「し~っ!」と黙らせた。
実際はギュグニーのご用達がベージンなのだが。ベージンが市場と資源製造の足場にされ一部技術を買わされている状態だ。
「なら東アジアのために功績を立てないと!私に何かできる事ある?」
『この座標に行ける?』
うーんと目を凝らすしぐさをする。
「……どうかな…」
『道がない場所に経路があって、把握していない空間もある。そこにベガスの子供がいるかもしれないんだ。』
通話はスピーカーにはなっていないので、ファイとラスには篠崎さんの会話しか分からない。ラスが今だと所在を訴えて叫ぼうとするが、尋常でないスピードで口を防がれた。でも、篠崎さんは何事もないように、当たり前だが息切れ一つせず話している。
『子供の状況も分からないけど、とにかく助けてあげてほしい。』
「………私も、河漢の事情までは詳しく知らないかな。所属が違うから。」
篠崎さんは、きれいな中央区要員であった。
「出回ってるの見付けたら………吐かせられるかな……」
『……何それ。』
篠崎さんはかわいく言う。
「河漢にいるネズミを捕まえればいいだけ!」
『え?』




