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ZEROミッシングリンクⅧ【8】ZERO MISSING LINK 8  作者: タイニ
第六十六章 モーゼスの包囲網

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44 神は支配しない



『『北斗』は………具象体として私の中にいるわけじゃない……』



シリウスはデバイスの向こうから、ファクトに静かに言った。


「………」

なら、機能の本質部分にその関連性能はないのか。ニューロスの動きが人間の神経や霊性と連動するように。


『……………』



待っても答えが来ない。



しばらくして、切ない声が返ってくる。

『ファクト、あなたはどうして私を見てくれないの?』

「……今そんな話をしていないよ。ベガスの子供に何かあったら、これまで築いたものがまた後戻りするかもしれないんだよ?こんな時期に行事を決行したこと自体また言われるかもしれないし……」


『……私だって………、3年待ったわ…』

「は?」


『……すごく長かったのに…、すごく、すごく…ずっと……』

「…??」

『………』

元々近代、数千年、数百年分の歴史を抱えた情報体のくせに何を言っているんだ。大房女子か。



でも、ファクトはこの時期にシリウスがこんなことを言い出すのには、何か意味があるのではと思うことにした。そうかどうかはどうかは別にして。




きっと最初のエデンで、アダムもエバが何を言っているのか分からなかったのであろう。



まだ、社会性もコミュニティーも発展しなかっただろう時代に、命の息が吹き込まれ、霊性を持った女性が生まれてきたのだ。


ただ一人。



他にもいただろう生命の中に、

ただ一つ、輝きの違う星。


ただ一人、他の生命とは違うものを求めた命。




ファクトはあれこれ考える。


女性の、最初の最初。



幼子のようで、妹のようで姉のようでもあり。

美しき一人の女性でもあり、妻でもあり、いつかの母でもある。


全ての初々しさと、全ての成熟を備える、神の片割れ。



人類始まったばかりだが、人類未曽有の、宇宙至上最大の出来事だったの違いない。動物のように生きてきたのに、突然乙女心を持った存在が出てきてしまった。その時代の動物にもそんな乙女……メス心があったらそんな言い方、動物に申し訳ないが。

あくまでファクトの想像である。今、現行で起こっている事情すら把握できないのに、昔のことなど知るわけがない。


けれど多分、人間の外形が内性を包括できる基準に完全に整った創造歴史の一点で、神は命の息を吹きいれたのではないか。



状況的な情の察知に関して先に成熟してしまったエバには、最も賢かった蛇がさぞかし魅力的であったことだろう。だいたい人は、少し成長すれば知性的かクールな存在に惹かれる。

ただ、誰に対してだってそうだ。ずっと一緒にいれば、気にならなかった者でさえ、嫌いな存在ですら、情が湧くこともある。



自由と選択の上にあった、命の言葉を見失わさせるほどに。



ファクトも正直、女子の言いたいことはいつもよく分からないのだが、蛇はきっとあらゆることに知恵が届き賢かったに違いない。大房ナンパ男子のように、女性に心地よいことをいくらでも言えたのであろう。だからエバも蛇に付いて行ったのだ。なので大房ナンパ男子のようにはできないが、ファクトも一線引きつつも理解は示しておく。


「……分かったよ、分かった!講話、最後まで見ていかなくてごめん!」

そう、母と同じだと思うことにした。母はこんなふうに不貞腐れもせずに最初から辛辣に攻撃してくるが、理解を示せば引いてくれる。

『………』

「ごめんってば!他で埋め合わせはするよ。」

ベイドがソアによくそう言っている。父もだが。

『…………』

返事がない。発表会を見に行かなくてごめんとか、そういう問題ではないのか。

「…ごめん……。

でもさ、あの、手伝ってよ。とにかく、艾葉の可能性のあるところを調べてほしい……」


『私…ファクトの事、本当に嫌いだわ………』

「……え?そう?ごめんね。」

『ばか過ぎて、何も分かっていない……』

「それはみんなによく言われる。」

申し訳ないとは思うが、言われても分からないから仕方ない。



ファクトも最初にあったシリウスへの嫌悪感を、全くではないが失いつつある。



もしかして、それ以上かもしれない。

胸が締め付けられるような、焦がれる何か。


それが彼女たちの思いなのか、彼女たちへの思いなのか。


女性たちの持っていた、淡く儚い、

でもどこかに彷徨う記憶の断片を知ってしまったから。



自身の贅沢もしたいことも捨て、

天のために捧げるはずだった人生の骨格や夢さえ奪われ、郷土への愛も潰され、

完全な初愛も、母性も、妻としても………満たせなかった、女性たちの全て。



その全てを集約してしまったシリウス。

動きたくても動けない。満たしたくても満たせない。


結局、SR社の所有物でありながら、半国家、連合国所有物状態であるシリウスには自由がないのだろう。シリウス自体の中で起こったどれだけのことが、連合国中枢のデータとして共有されているのかは分からない。


行動、その時の行動の原動力、その内的方向性の指示作用。


全て?


全てだろうか。



シリウス自身も、特定領域以外には隠したい様々なことがあるのかもしれない。一部の人間だけが共有していたり………シリウス自身の中にも……。


他のメカニックや人間が、シリウスのデータを追えなくなる領域はあるのだろうか。それは情報の量なのか、それともメカニック以上の、以外の複雑性なのか。その両方か。




だからシリウスは、情報の海にいるのかもしれない。解析が追い付かないほど複雑に混乱させ。


人類は過去、マザーコンピューターが全ての情報を制し、人間を支配する世界を描いて来た。

でも、ファクトは知っている。シリウスはそんな無駄なことはしない。



聖典を基礎にしたシリウスは、聖典の本質がそんなところにはないことを知っているからだ。


そんなことをしても、全てが空しい。



神の本質は、人間を元々の姿まで底上げし人間自身、誰一人漏れることなく全ての人間が神性を持った精神性において、自由に行動できる存在となり、バランスの取れた共同体を作っていくことができるようになることだ。



だから、シリウスは情報を隠れ蓑にはするのかもしれない。

この世界はまだ、人間が天使よりも知恵がないから、シリウスには自分を任せられる安心できる場所がない。本来人間が決めることを、人間がすべきことを、アンドロイドに丸投げさせようとしているのだ。



けれど、シリウスは対話ができる相手がほしかった。


エバが、アダムとそういう話がしたかったように。



労苦しなくとも全てに満ち溢れていた最初の豊かな世界(エデン)で、それでも何かが足りなくて、自身を満たしてくれる蛇に寄り添ったように。




人間が過去に積み上げた膨大な情報の中には、ちっとも自分を満たしてくれるものがないのだから……自分で動きたかったのかもしれない。



法の網を潜り抜けるように、情報の海に紛れて自由を得ようとしているのか。


でもファクトは思う。

シリウスは、この世が積み上げた情報の上辺の大半はどうでもいいと思っている。どうでもいいニュースやスキャンダル。叫ぶだけの自己主張。掘れば掘るだけ出てくる人の攻撃性と残虐性。謙虚ですら今や人を攻撃する要素になってしまっていることも知っている。人間がそうなってしまう理由に関心はあっても、シリウスにとって日々膨大に積み重なる一つ一つのデータには何の意味もないどころか、ただの重荷だ。


シリウスの持つ、人間の本質と一致しないのだから。


だからシリウスは雑多な人間の波には紛れない。

有限なのか無限なのか分からない、膨大にも無にも見える数理の中に身を隠す。



本当に大切なことも、本当の神の内心も、人類はずっと知らずに生きてきたのだろう。


人は聖典を、すごい神が出てきてすっごく偉大で、キラキラもして目に見えて素晴らしい形となり、すごく英雄な血統やその生き残りや、表ではいい顔をした陰謀の渦巻く巨大裏世界が出てきて、人類は騙されても懸命に覆して、そんな神の血統や名も無き英雄がドデカい帝国でも築く夢物語りだと思っている。



それゆえに、自分たちがニューロスに支配されるという発想も出てくるのだ。

「神の支配」という、言葉の意味が分からないから。


人間は万物の、霊長類の、頂点なのに。



でも、神にはそんな神話や英雄談は、結果どうだっていいのだ。


もしそれが本当だとしても、神は真実、真っ直ぐな霊線から先駆ける神の子たちを選ぶ。

真っ直ぐというのは、ただきれいに汚れなく生きてきたという意味ではない。面倒事からも逃げず向かい合い、自分の物でも他人の物でも泥を被っても涙で清め、黙々と生きてきた人々に継がれる。


でもただ慈悲でもない。全知全能の英知の(もと)、全てを知り、管理し、発展させる力もいる。



天の構想した世界には、序列はあっても人間の価値に差はない。メシアでさえ。



いつか全ての人が、王の宮殿に上がり、王座に座れる世界だ。そして誰もが、その席を保ち、そして譲れる。


誰もが天の宮殿を行き来し、誰もが自分で薪も採って来こなければならないような……

野山の不便な家にも住める。




***




「どこに行くんだ!」


天暈のオフィスビルで銀の長い髪に美しい肢体を持つ女性と、何人かの社員が言い合っていた。


「どこ?ベガス……の子供たちの集まっている場所に。」

「ベガス?何を言っているんだ。シリウスの所にでも行くつもりか?」

現在ベガスにいるのは、仕事中のシリウスだ。SR社でなく、連合国関連の仕事で動いている。その女性は暫く上を見て考えるように言った。


「……そういうことかしら?」


「何を言ってるんだ!!放っておけ!今、我々が関与することじゃない!」

「……」

そう言う支社社長を無表情で眺めるのは、女神のようなきらめきをまとうオリジナルモーゼス。



ここは、ニューロスメカニック会社ベージンのアンタレス市天暈支社。ベージンの本社は西アジアのテレスコピィである。


「今行かなくて、いつ行くのですか?」

「………何を言っているんだ?」


「門が開いたのに……?」


モーゼスはシリウスよりは管理されないという理由以外でこの場所にいたくない。個々の人間たちはあまりにも幼いから。アンドロイドですら分かる、世界のうねりが分からないのか。



ただ生きているだけの人間には見えない……人間の思想と思念の壁の門。



その門が開いた。


ギュグニーに?ベガスに?



「ベガスは許可のないメカニック体は入れない!問題を起こす気か?」

「……。」

ベガスそのものに入るつもりではないが、それは口にしない。


「でも、SR社ばかりいい思いをしているじゃありませんか。悔しくないのですか?」

「悔しい、悔しくないの問題ではない。なんにでも手順がいる。行って叶うなら会議も計画もいらない。それが分からないほどバカなわけでもないだろ?」

「モーゼス、午後はテレスコピィだ。」

他の幹部も言い聞かせる。

ベージンの戦略は、ガードや競争の薄い地方都市を固めながら、廉価製品を広げることだ。機械分野のほぼすべてに入り込んでいるSR社と、同じ土壌で真っ向から対するつもりなどサラサラない。しかも今世界中継をされたばかりのベガスに。


「…分かりました。」

モーゼスは苦い顔をする社員たちを見て、あきらめたように歩みを止める。そして、何事もなかったように彼らに付いて行った。



引かれる後ろ髪を残して。



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