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ZEROミッシングリンクⅧ【8】ZERO MISSING LINK 8  作者: タイニ
第六十六章 モーゼスの包囲網

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40 一体どこに?



テミンたちが薄暗い場所を少し上がっていくと、まだ地下だとは思うがさらに明るい場所に出てきた。


あちこち見渡すと、人もそれなりにいる。

呆けたままテミンが辺りを見渡すと、ホームレスなのか住民なのか、点々と数人が床に座っていてこちらに声をかけてきたり、ボーと眺めていたりした。所々小便くさい。


「おい小僧!そのリュックをよこせ。この金と交換してやる!」

少し離れた場所のじいさんがテミンとナックスに怒鳴った。

「えっ?」

テミンが戸惑っていると、ナックスのおじさんが引っ張る。

「あんなん金かどうかも分からない。ほっとけ。」


「……おじさん、ここの人たちは移動しないの?」

小1でもベガス構築と河漢事業の大枠は習っているテミン。

「…うるせえなあ。アンタレス市(あいつら)、俺らがいなくなったところで、ここの土地無料で奪っていこうとしてんだからな。ここはババアのババアのババアのババアの代から70年近く俺らが住んでんだ。」

「……でも…」

「歴史だって勝者が土地持ってくだろ?住み着いたら俺らは勝者なんだよ。黙っとけ。」

「……」

テミンは変な顔になってしまう。



この前講義で、ティティナータの都市スラムは、独裁的だった数代前の首相が首都を見栄え良くすると言い出し、スラムの住人を郊外に追い出すか工事の担い手として雇って改革したと知ったばかりである。


テミンも時々ムギに付いて大学の歴史の講義に出ているのだ。


しかも首都再建の途上で、労働者やその家族たちが万単位で衰弱死や事故死したそうな。万とはもちろん人数の話だ。噂の域だが噂になるほどの事はあったらしい。

もちろん雀の涙ほどの給料で労災なんて名目上しかない上に、約束だった住居もあてがって貰えないか貰っても家賃が高い。その上、修理が必要なほど最悪な住宅なのに、先進地域のシステムだと管理費までとられる。エレベーターがある建物も階段しか使えない。住民もバカバカしくて修理しなくても気にもしなかったり。そもそもティティナータは、海外経験があったり外資に関わる金持ち以外、正常な住宅環境というものを知らない。

まともな建造物もないスラムから、少々大型で新築なのにボロ建造物に住み着く新たなスラムになりそうだったそうな。ミニ河漢である。


もちろん小1が聞くには早すぎる内容で、テミンは部分的にしか理解していない。


ティティナータがこの状態から立ち直るには、敬虔な新教徒だった前々首相が現われ政権を勝ち取り、やっと連合国寄りになり、東アジアと協力態勢に入り始めた西アジアの支援を助言も含め受け入れるようになってからであった。



なお、オリガン大陸はもっとすごく、スラムどころか裕福層の国民さえも人扱いもされていない国がいくつかあったという。先進地域から来たの彼らがいなければ国が崩れる事さえ分からない人間が、国を治めていたなんてこともある。裕福層も裕福層で、自分たち以外の国民には労働としてしか関心がなかった。まだ数十年前の話だ。





ユラスの首都復興が信じられない速さで進んだのは、ユラス教による聖典観の統一性と、東洋文化の八徳の浸透、人の子も学校に行かせるという、戦時中さえも教育を捨てなかったユラス文化の基準の高さがあったからだ。


全員が理性勢力でない限り時代が変わってきたとはいえ、重要なのは何年住んでいるかよりも、力があるかないか。理性勢力が独裁勢力より力があるという状態をギリギリで勝ち取り、保ってきたのが天の軍配だ。

本当は、その理性勢力側の人間性がもっと崇高であったら、もっともっと早く人間は世界を取り戻せていたのだが、思想の方向性以外は独裁勢力と変わらない部分も多かった。彼らも内に蛇の毒を嬉々として吸いこみ、内輪争いや強奪、姦淫に溺れたのだ。何千年も。


神はそこから手綱を握れない。




天は白い駒がなくとも、その汚れた駒からどうにか天に繋がる一点を探り見付け、白だと弁明し黒に持っていかれないように泣いて訴え、時に強気に、自由主義を立ててきたのだ。たとえ灰色の歩兵(ポーン)とキングしか残らなくとも。



でも、この時代。

理性勢力に変われない国や政権は、時代に淘汰されることもテミンは感覚で知っている。


世界を分断する最後の壁が撤去された時……時代と人間は混沌と混乱と共に、精査され、分別されていくのだ。



もう何千年も、神は警告とヒントを出してきた。


犯してはならない。

天を敬いなさい、他者を愛しなさいと。








本当に自分のペースでスタスタ歩いていくおじさん。

「…………」

おじさん、どっちにしろここは危ないから取り壊しだよ、とは言えない。言ったら速攻で怒られるであろう。




そして、ある曲がり角まで来ると、

「…着いた……」

と、ナックスが最後の力でつぶやいた。


さらに少し狭まったところに入ってさらに進むと、無理やり建て付けた扉があり、住まいらしき入り口が現われる。一間ほど開けて上から吊るした布の奥に、やつれたおばさんが横になっていた。


「ナックス!」

「おばあちゃん!!」

「うわあああん!」

よっぽど怖かったのか、その枕元に行って崩れるように泣き出した。

「なんだ?またあの地下が怖かったのか?情けないな。」

そう言われてもっと泣くが、力がないのかおばあさんは頭と手だけ動かして孫の頭を撫でている。意外だったのは、おばあさんが思った以上に若かったことだ。大往生でご臨終で死にそうなのかと思ったら、まだ髪も黒々している。考えてみたら、テミンのおばあちゃんたちもまだまだ若い。

なら病気だろうか。忍びない。


「……この子は?」

「あ、こんにちは。美術教室でお友達のテミンといいます。」

テミンは丁寧に頭を下げる。

「ナックスが怖がっているのでお供しました。」

「フンっ。情けないなナックス。菓子を食え。」


「……」

目の前に付きつけれらるが、全くもって食べたくない。そこら辺に埋もれていて既に開封されたスナックを袋ごと出される。おじさんもつまんだので、匂いを嗅いで一つだけ、嫌な顔を見せずテミンはそれを口にした。


族長一族として交渉や開拓、領土見回りの際、たとえ自分の文化に合わなくても、その好意を受け入れるように教育されている。見極めはいるが、その人にとっては財産を売って準備してくれたご馳走という場合もあるからだ。もてなしそのものだけでなく、心や情もいただくのだ。


腹は壊すかもしれないが、毒が入っていることはないであろう。外にネズミやゴキブリも多いので、毒が生成されていないことを願うばかりである。

「ありがとうございます………」

「もっと食え!」

スナックが少し湿気っている。

「…はい……」


「……おばあちゃん、こっちのお菓子の方がおいしいよ。」

そこにナックスがリュックから袋を取り出し、助け舟を出してくれる。純粋にナックスもサクサクのお菓子が食べたいだけある。


「……おばあちゃん死ぬの?」

「?!」

遠慮もなく聞いてくる孫。でも、泣きそうだ。

「腰が痛いだけだ。死ぬわけないだろ。」

「ほんと?お母さんのところに行こうよ……。ここは怖いよ。トイレも楽だしきれいだよ。」

「前みたいに、お前がこっちに住めばいいだろ?」

「………」

ナックスは、分かりやすく顔をしかめた。


「孫はお前一人だろ。言うこと聞いてばあさんに孝行しろ。」

おじさんはめちゃくちゃなことを言ってくる。


「…うん…。」

「お前しか孫はいないから、母さんがベガスで金儲けしている間、こっちで俺が面倒見てやる。どうせ父親もいないだろ。」

「…お父さん…。うっ…」

「だいたいあいつも本当の父親なんだか。まあどうせ死んだしな。お前の母親も大概だ。」

「…ぅ…」

ナックスが泣きそうなことをおじさんは平気で羅列する。子供たちは父親を疑われていることには気付けないが、大して面倒を見てくれなかった父親でもそう言われると悲しい。そんな父でもナックスはお父さんに会いたかった。



「ほら、ここに住め。」

「お母さんと交渉してやる。」

「……でも、学校行かないと…。美術教室楽しいし……サッカーも始めたんだ……」

サッカーはまだみんなに追いつくのが難しいしが、美術教室の女の先生は優しくて大好きだ。お母さんにもキレイな家にいてほしい。

「タンバリンとカスタネットとトライアングルが終わって、リコーダーも始めたんだよ…。」

「はあ?お前、豊かさと物質に焦がれて家族を捨てる気か?もう帰るな。」

「そうだぞ、ナックス。学校なら私が文字を教えてやる。『あ』は難しいから『い、う、く、し』から覚えろ。」

「う、ううぅ…」

「ここにいた方が、サッサと商売を覚えられるぞ。ジャンクの小間使いを紹介してやる。」


「…………」

ちょっとテミンの中の常識にないおじさんばあさんの勢いと家庭観で、テミンは困ってしまった。




***




一方、ベガス四支誠。


「ナックスがいない?!」

「電話にも出なくて……」

「え?」

視察団体がスタッフに案内されている一番後ろにいたウヌクが、先生の一人に耳打ちされて驚く。


「ナックスのお母さんが、南海か藤湾を一緒に見学しようって早く退勤されてきたんですけどいなくて…。」

ナックスは昼食後帰宅という扱いになっていたが、母としては違うらしい。しかも、今日は幼稚部以外は基本午前中で解散した。後は家庭の管理になる。

「それで他の子にも聞いて、テミンに聞いてみようと思ったら………テミンもいなくて…」

「は?」

「お母さんが位置を調べてくれたら、ナックスの方は河漢らしいんだけど……」

「河漢?」

文化会館でスタッフたちが静かに騒いでいる。


「テミンのかばんは多分会館のロッカーの中です。デバイスもそこに。」

開けないとカバンまでは分からないが、デバイスの音はロッカーで鳴っている。

「今、会館と周囲の建物も一通り見たのですがやっぱりいないです。警備に伝えます?」

「まって、電話回すから。」

「テミンが四支誠にいたら余計な心配をかけるかと思って、まだ親御さんには伝えていないです。」

「分かった。」

早急性がない場合、位置情報を確認したりロッカーを開けるにはまず親の確認がいる。ウヌクは視察を他のスタッフに任せるか、自分が席を外すか考えて一旦四至誠に警備で入っているアギスに連絡をした。テミンの場合、サラサにも必要なことを確認した方がいい。



そして数分後、アギスから返答がきた。



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