3 子供も大人も同じレベル
「思ったんだけどさ、リモートって言うだけじゃなくてさ、シリウス級のアンドロイドやビーを大型ロボにぶつけた方が早くない?」
ビーは小型の飛行型ロボットだ。
「………」
文化会館が広がる四支誠のラウンジで、言ってはならぬことを言って妄想チームに沈黙を与えるのは、カウス長男の小学生テーミン・シュルタンである。
『戦闘ロボットに人を搭載すべきか』という話し合い、第三弾である。
前回までは、リモートでよくない?という話と的デカすぎない?倒れたら二次被害デカすぎない?という話である。
「…ほら。大型ロボは的が大きいって言ってたじゃん。
だからさ、懐に入り込んで関節部に爆弾とか仕掛けて、そんで離れたらどっかーん!そのままビー自体を爆弾にすることもできるし、SS級アンドロイドなら逃げられるかな。」
「………」
テミンはジェスチャーも使って、必死に説明している。
「自分にまとわりついてるから、ロボも銃は撃てないしソードも使えないし。蚊みたいに叩くしかないけど、多分大型ロボはそんな柔軟性ないし。後ろ側にくっ付いていれば手も届かない。オプションか柔軟性付けないとね。」
「もうそれってさ、遠隔からボーグミサイルでよくない?」
「…………。」
ボーグミサイルとは、ミサイルにロボットが搭載されたというか、ロボットが既にミサイルというか爆弾というか、倫理的にものすごく世の批判を受けた爆弾である。
「だったらビーに爆弾付けても一緒だよ?もう高性能ビーで全部解決!予算も低く済む!」
「トランスフォームが映画並みの速度なら巨大ロボでも勝てるかもね。」
「一応、車サイズならあの域に達する次元まで来てんぞ。強度はなさそうだが。」
「あれ、人乗ってないじゃん。」
どちらにせよリモートでいいことになってしまう。
そんなテミンを見ていることしかできない中、アーツDチームのセオが怒りだした。
「そうじゃない!!」
「へ?!」
「そんなことができたら、空母や基地だって同じだろ?!蜂も入れないほどのセンサーが働いているんだ!」
「ひっ!…でもさ、だから敵側にもシリウスクラスの高性能アンドロイドがいるとして…。ニューロス系のビーの高性能機作れば基地も撒けるよ。」
「そうじゃないんだ!!!」
「わああ!」
「セオ、テミンを怖がらせるなよ。小1だよ?」
大人に怒られて怖いながらも話すテミンを守る大人ファクト先生。
事務局周辺と居心地のいい寮から出ないセオは、チコから言い渡され、準備物搬入出の運搬機械の操作を任されている。ついでに芸能芸術科の生徒たちに受付に座らされてSOSを求めたセオを、みんなで助けに来たのだ。妄想チームはここでお茶しながらダベっているだけだが、休憩と言って引っ張り出した。もう少しで芸術科のキャピキャピした生徒たちと飯を食わされに行くところでピンチであった。
セオにとってはテミンが生意気であろうが、芸術科の生徒と飯に行くより遥かにここは天国であった。
そして、語りだすこの人。
「…違うよ、テミン。
前にも言っただろ?」
そんなラムダに振り向く一同。言いそうなことは分かっている。
「ロマンなんだよ!ロマン!!」
「ロマン?」
「そう…。人が乗るからドラマが生まれるんだよ!」
ラムダは、誰よりも語りたい。
「巨大ロボである必要があるかと同じ!そんなこと200年前からみんな分かってる。巨大ロボって子供の夢のヒーローから始まってるからね。考える方が無粋!」
しかし、テミンはそっと言う。
「って言って、この前見たアニメや映画、どう考えても子供向けじゃなかったよ。…前もそれ言ってたけど、そういう方向性しか向かないから戦争は終わらないんだよ。」
「空想だよ?アニメだよ?」
「効率を考えたらドラマはどこに行くんだ!」
みんな立ち向かう。
しかしテミンは真剣だ。
「そもそもロボットだからって戦闘のドラマでなくてもいいのに。せめてバトル系とかさ。生活の中の発想や精神性から変えていかないと。」
「………。」
戦中のユラスで園児時代を過ごし、たくさんの親族を失ったテミンゆえに、これ以上誰も何も言えない。
「だから、女性が覇権を握る時代に移るんだよ。もう、それで数千数万年戦争してるし。男だけの世界じゃ戦争終わらないよ。
それに女性の世界は汚いって言うけど、男の顕示欲と嫉妬はもの凄いっておじさんが言ってた。」
「うおおっ!」
どこのおっさんだ、そんなことを小1に吹き込むのは!とみんなビビる……が、大人たちの会話を横で聞いていただけである。何せ男の顕示欲は先進国家を堕落させ、なおかつギュグニーを作るくらいだ。
「そんでもって、女の方がすぐロマンチックにしたがるとか言ってたけど、男の方がロマンが大事なの?男のロマンと女のロマンは違うの?ロマンが大事なの?」
ここだけ、何も知らない子供の顔で聞いてくるから困る。
「うっ!」
本当に、どこのおっさんが吹き込んだのかと思う。そんな話。
「…男と女では…あくまで一般論な話だが、ロマンの種類が違うんだ…。」
ジリは語る。
「種類?」
「女は愛されるシチュエーションとトキメキを求めるが、男は技や強さに究極を求めるんだ…。」
「ロマンチックとロマンは別物なの?」
「カウスとーちゃんだって、そうだろ?」
「お父さんは、ママとの時間が一番大事だって言ってた。ママが望むなら定時勤めの会社に行くってさ。」
「……………。」
一同、絶対に無理だと思う。
「お父さんはお母さんが最強だって言ってた。ママはチコ様より大変だって。ママに最終的に責任を持つのは自分だからだってさ。でも、男は自分と違う人間であるママを愛せて一人前だって。
ケンカして負けた日に言ってた。」
「…………」
なんか負けたカウスにさらに負けた気がするので、誰も何も言わない。リアルなロマンについては語りたくないのである。
そして、武将一家なのにどこからの血筋なのかアーティストに生まれてしまったテミンは語る。
「でも分かるよ、ラムダ先生。
人間は最高の美なんだ。その肢体に恋い焦がれるから人は人をかたどるんだ。人間型ロボは万人に受けるんだよね。犬や猫型もそう。人間が好きなものが中心になるんだ。だから大きな機械よりも、女性型のシリウスが完成形になるんだよ。」
「………」
何、この1年生とまたドン引きしてしまう。あっているかどうかは別として、人の感性を分析するとは。まあ分かる。ここにいるメンバーも女性は嫌いじゃないし、きれいな子がいると時々思わず見てしまう。むしろ人体の美を探せと考えていると、赤面してしまうだろう。だって、芸術って裸が多過ぎる。
「そうそう。空想世界だからね!見た目もトキメクものでないと!」
ロボロボしたロボの方が好きなファクトであるが、その言葉には同調する。はっきり言って一番好きなロボはコマちゃんと細部作業ロボや工業ロボであるがそれは言わない。トキメキは人を動かすのだ。メカが人に似ているというだけで、人の視線はそちらに向く。部分でもいい、動作でもいい。人と同じことをしているというだけで心が湧く。
人は人間に似た物を好むのだ。
愛するにしても、憎むにしても、人が対象だ。
「今日もシリウスいるとよかったのにね。」
タイが残念そうだ。
「…あれ?テミンの友達?」
「?」
会話を聞いているだけだったリゲルが向こうから見ている子供に気が付く。
「ほら、あっち。」
テミンより少し背の低い男の子や友達たち数人がラウンジの外に立っている。大人が多くて声を掛けにくいのか。
「ナックス!」
「ナックス?」
「美術教室の河漢の子。友達になったの。フォルナックスって言うんだって。それでナックス!」
「ああ!ケンカした子ね!」
どうやらケンカが友情を生むを体現したようである。さすがシュルタンが誇る長男。これでオミクロン従兄弟たちにも堂々と顔向けできるであろう。
アーツメンバーはテミンに残った間食やジュースを全部持たせ見送った。
***
一方、その日の夕方の会議前のアーツのミーティングは、妄想チームと小1テミンとの会話と大して変わらないレベルであった。
「は?なんだと?ロー。もう一度言ってみろ。」
苛立つチコ。
「えー。俺、これ終わったら、カフェしようかなって。」
「は??クソなのか?」
現在、大房民を中心としたアーツメンバーが、総合会議の一角に集まっている。
「だってチコさん。もう、驚きの売り上げ!夏のイベント会場は儲かるって聞いてたけど、まさかここまでとは!俺の運営していたカフェの1か月分を1日で儲けたんすよ!!!コンビニや他のカフェもこんなにあるのに!」
ローはアホだが、自分でカフェ運営できるくらいの頭脳は持っていた。出来る人間を引っ張ってこればいいのである。これだけ儲かると数字がジャラジャラ上がって楽しくて仕方なかったのだろう。この期間、連続ボーナスステージだ。
「だから何だ!お前は許さん。」
「はー?!!なんで常若はよくて俺らはだめなんすか!!!」
「常若は初めから町おこしの意味も含めて呼んでいるからな。」
「差別っす!!!」
「お前らみたいに運動神経に全振りしたような奴らがなんでカフェをするんだ!アホか??」
「差別ーーー!!!」
「偏見ーーーー!!!」
大房民お得意の差別で反撃する。
「そもそもお前ら揃ってバカだろ?」
「初めから決めつけないで下さい!そういうことしか言えないんすか?!!」
「なんでですか?未来の希望の芽を摘んでうれしいんすか??何の老害ですか!!」
「チコさんにバカ扱いされたくないんだけど!」
しかし冷静に返す。
「もうベガスでこんな大きなイベントするわけないだろ。今回がピークだ!」
それは許せない。
「はあああ???これがきっかけでしょうが!!!!!来年もドカンとやります!!!!!」
「お前らあれだけイベントも仕事も嫌だとか言ってたくせに…。」
「俺は経営なんてしないので、一括りにしない下さい。」
フイシンが怒るがチコには関係ない。一括りである。
呆れた心を抑えつつ、チコは話し出す。
「それにな、今お前らを集めたのはそれだけじゃない…」
「え?なんかサービスしてくれるの?」
「ナンパするな!!!」
めっちゃくちゃ怒るチコと、一瞬反応のない大房民。
「え?…」
「……ナンパ?」
「ナンパなんてしていませんが?」
「ユラス人が網の目のように点在する場所で、ユラス人かもしれない人もいるのにナンパすると思います?」
「チコさん、妄想癖直した方がいいよ?」
「『傾国防止マニュア』勉強し直してください。」
「俺らが3年の締めくくりになりそうな行事に、そんなこと注意しないわけないじゃないっすか。」
陽キャたちを中心に疑問を呈しまくっている。妄想チームは、なぜ俺たちまで巻き込まれるのかと疑問だ。
「はああ?『どこの学校?』って聞きまくってたんだろ??」
「………」
そんなのは、常若雰囲気イケメンどもも聞いている。挨拶や会話のきっかけに過ぎないのだが、なぜ自分たちだけが叱られるのか。おそらく警備やスタッフの章を持っているからだろう。興味があるのか向こうから話しかけられることもあるし、前後の雰囲気でそういう会話になることもある。ただ、いくら大房民でもそこまでがめつくない。状況くらい察する。
「チコさんもすぐに『どこの部隊?挨拶行こうか?』とか言ってるじゃないっすか!」
怒るキファだが、直ぐに返される。
「お前はただ上司と師の指示に従え。キファに発言権はない!誰の言うことも聞かないと報告を受けているが?」
「そんな話はしてません。八つ当たりしないで下さい!!」
「お前らがセクハラしないかハラハラして見てんだよ!!!」
「セクハラって、自分のパワハラ自覚してます??」
チコのこめかみに少し青筋が立つ。
「暇なんすか?河漢にでも行って下さい!」
「昼は行かせてもらえないんだよっ」
「やっぱり八つ当たりっすね!アセンブルスさんに交渉に行きましょう!!」
「黙れキファ。アセンは今いない。」
そこで平民ファイが、爪に美容オイルを塗りながら止めた。
「はー。みっともないし、うるさい。周りに丸聞こえですよ。」
よく見ると、全体の最終会合の他のメンバーも集まりだしているし、広い会場なのになぜかみんなこちらに寄って聞いていた。