38 赤龍、曽祖母の遺品
ロディアの伯母が、青い龍が彫り埋められた石細工の宝石箱をあちこち眺めた。
箱には鍵が掛かっており、鍵が見付からず開けることができないのでそのままにしていた物だ。東アジアは全ての物をスキャンして、渡せるものをくれたのでとくに問題になるものではないであろう。
「何が入ってるのかな…。ロディア、おばあ様の忘備録……中身覚えてる?」
「あ、伯母様。遺品整理と聞いたので、何か必要になるかもと思い持ってきました。」
ロディアは鞄の中から、先日預かった漢字の多く書かれた本を取り出した。
「中身は見た?」
「漢字が多くて分からなくて……。パラパラ見てから前半の方を少し。」
「はは。アジア地域で漢字も少し違うし、漢字が分かってても、ちょっと難しい表記で古典っぽく書かれてる部分も多いし、私も一部は読めないから。おばあ様も見られると恥ずかしいから、こんなふうに書いたのかな。」
何事かとムギやリーブラも宝石箱を見に来た。ムギがキレイな宝石箱に感嘆の表情をしている。
「わあ!」
「ムギ、こういうの好きなの?」
リーブラ、ムギは艶やかな宝石や貴金属などには関心がないと思っていたので意外だ。キラキラならむしろ合金のナイフでも磨いていそうである。
「うちのおばあちゃんが喜びそう……。あと、お花とかかわいいのなら、妹たちが欲しそうだから…。こういうのって、どこで売ってるんですか?」
「………」
家族に何か買ってあげたいムギなのであった。
「あら、渋いの好きなんだね。……今度そういうお店に行きましょうか?」
「ホントですか!」
伯母さんは笑いながら本を受け取ると、説明を受けたページの最後、美しい草書で書かれたページを広げた。
そこに宝石箱と同じ、簡略した青い龍が描かれている。
「ほんと、同じだ。なんかあるんですかね。」
リーブラが覗き込んだ。
「鍵があるといいのにね………」
「父が言うには、返された物は書物や宝石、衣服やその装飾品が殆どということでしたけれど。鍵……没収された方にあったのかな……」
「タイトゥアにも連絡してみる?」
西アジアの実家だ。
「…………」
しかし、そこで呆然としてしまったのは、隅っこで空気になっていたジェイである。
「…あの…」
小さな声で言っても、小忙しい周囲は誰も反応しない。
「………」
気が付いてもらえないので、女性たちに思い切って言ってみた。
「あの!聞いてください!!」
「?!」
「はい?」
隅っこからいきなり大きな声がして驚いてしまう。しかも存在さえ認識されていたかも分からない。
「………どうしたの?ジェイ……」
「あの……。あの…、あの………。その………
その本の青いマークから青い光の線が出てます!!」
「光?」
「線?」
ジェイの場所からは絵の詳細はよく見えない。
「それで………あの…多分………」
今度は宝石箱の方を指す。
「………宝石箱に繋がっています。」
「へ?」
懐かしいあの感じ。
そう、『前村工機』で感じた光と…………同じ質。
ただ、前村さんの話は機密事項なので、ここでは言えない。
リーブラとムギが、何々?と本と宝石箱をあちこち眺めるが何も見えない。
「まさか………」
ロディアはその見開きの文章の書かれた方のページをデバイスでスキャンした。達筆すぎる文字。すると、その文字が解析されて現代文として翻訳され出てきた。
『東から私を迎えに来たあなたと、西から来た私。
ここだから一緒になることができたのでしょう。
あなたの大好きなワラビーの家で。
もっと西から風を寄せましょうか。
そしたら二人で言いましょう。「西のカーティン」と。』
「……なにこれ?」
「恋人?家族?」
「ウチのことだからなんかの組織?」
「カーティン?なんで?」
当たり前だが、この時代はまだ婚活おじさんは産まれていないだろうし、ヴェネレで生きるつもりもそこで結婚する気もなかった。大人たちにヴェネレ進出の目標はあったかもしれないが、まだアジアにいた時代。カーティン家の存在すら知らなかったであろう。
「………」
そんな女性陣を眺めながら、それ、恋文かプレゼントじゃん?とジェイは思う。
なにせジェイは知っている。赤龍のロディア曽祖母と、サルガス曽祖父が仕えた青龍河漢地域のボスが恋仲だったのだ。
「…………」
しかし前村工機の話はできないし、なおかつサダルを怒らせ、普通人でいたいサルガスも受け入れを拒否した『何とか・ウエスト・ストーリー』。言えるわけがないし、どう切り出していいかも分からない。恋の話など出来る性分もない。
でも言っておく。
「それ、本が鍵になってるんじゃないですか?」
この前は赤いバングルが『前村工機』上門の鍵になっていたのだ。
「これ?」
ロディアが本を近付けてみても、マークを合わせてみても何も起こらない。
「なんだろうね……。違うのかな?」
「これじゃない?二人で言いましょうってあるもん。『西のカーティン』。二人じゃないけどさ。」
ムギがデバイスの訳を指した。
そこでロディアが言ってみる。
「『西のカーティン』」
その時、パアーーーーー!と光が指した。
「っ!」
開いた!?
ジェイが目がくらむような明かりに目を覆う。その光は眩しくはないけれど、ジェイには輝いて見えた。見えない者と見える者がいるのか、みんな反応が違う。
そしてジェイには聞こえた。カチャっと何かが回転した音が。
「開いたよ!」
「え?」
ロディアが石細工のツルツルした蓋に触れゆっくり上げると、本当だ、宝石箱が開いたのだ。
「!」
「っ!」
みんな注目する。
そっと覗く箱の中。
そこに入っていた物は……ロディアがサルガスにあげた物と同じ、少し幅のある銀色のバングルだった。
「これ…サルガスさんにあげた物と同じ………」
ロディアが少し眺めてから手に取った。
「まさか片側があったなんて…」
「多分………一緒。でも細いから女性用かな………」
伯母さんも受け取って透かして眺める。
「………カップリングのアクセサリーってこと?」
知らない人たちの中で、勇気を振り絞るのはジェイ。
「でも、サルガスがはめてた方は、赤く光ってました。」
「…赤く?」
「向こうには『ピジョン・ブラッド』が埋め込まれているって言ってました。」
「ピジョン・ブラッド?」
伯母さんが考えながら答える。
「最高級ルビーのことだね。」
「……」
さすが商売人一族。あの時大房民は、サダルのルビーという言葉がなければ、ピジョン・ブラッドが何のことかすら分からなかったのに。ブラッドとか、ファクトの好きな系の新しいゲームかと思ってしまう。響きがいいから覚えていただけだ。
さらに伯母さんは推測した。
「ビジョン・ブラッドが埋まっていた方が赤い光……。
なら青いこっちは、『ロイヤルブルー』が入ってるかも。」
「ロイヤルブルー?」
「ブルーサファイアの最高級品。」
「え!」
数日前にベガスに来て大した説明もなくそんなことまで推測してしまうとは……。ピジョン・ブラッドの対になりそうな対象が直ぐに予想できるとは。龍家恐ろしい。商売人恐ろしい………と、ジェイは萎縮してしまった。
そして伯母さん、ここまで当てる。
「……この本が宝石箱の鍵で……、もしかして赤い腕輪も鍵だったの?」
「…え?
そうです。」
秘密を思わず答えてしまった。
「……」
それ以外反応はなかったが、みんな何とも言えない気持ちでそのバングルを眺めた。
●ピジョン・ブラッドの腕輪
『ZEROミッシングリンクⅣ』24話 昔の金持ちが議長を怒らす。
https://ncode.syosetu.com/n0646ho/26




