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ZEROミッシングリンクⅧ【8】ZERO MISSING LINK 8  作者: タイニ
第六十五章 シリウスは臨む、空と地に

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34 分水嶺



「さて、私は何のために作られたでしょう?」


楽しそうに聴くシリウスに……、人々は戸惑う。




ネット上でも様々なサイトでコメントが並んでいく。

『人間に成り代わる』

『先生』

『なんのだよ。』

『僕の』

『ズバリ。マザーコンピューター』

『レトロ漫画過ぎるwwwww』

『明日がしんどい。もう滅ぼして』

『女王様』

『俺の嫁』

『○○○の代わり』

『ヤメレ』

『今日、皇帝いないな』

『自分の代わり。お金下さい』

『俺の分も生きてくれ』

『リッターさーん。中継に一瞬でも入ったら教えて下さい!』


と、そんなコメント欄を、今日もベガス病院横のブースでのんびりリギルは眺めていた。ここで人のいない時は、過去動画を整理している。

だめだと言われたものをただ消すのも癪なので、そのままの動画にコメントを加え改変しているものもある。ただ、未成年や未成年組織に対して語った動画は「消しましたー」と理由と共に報告して消した。他にも個人的に申し訳ないものは消したが、チコやエリスなど精神的に強そうな面々の出てくる物は再編集しただけである。





そして、南海競技場メインスタジアムのシリウスは、答えなくまた質問をした。


「皆様、わたしを知っていますか?」



――『分水嶺(ぶんすいれい)』と誰かが言う――



底のない瞳の奥、どこかで聴こえる音のない声に、シリウスは答えを見る。


「そう、私は人間とアンドロイドとの『分水嶺』。」



コンピューターという存在がある限り、これからのAIとの共存のために、ヒューマノイドが生まれてくる限り、その位置付けをはっきりとさせなければならなかったのだ。


人本国家が作るよりはるかに優れた、それこそ人間と見間違うアンドロイドによって。




その瞳の奥の、遠い遠い、遥か彼方のエデンの園。

今は昔。


けれど巡り巡って今、目の前に広がる人類の起点。


なぜ最初の女エバは、蛇に唆されたのだろうか。

賢さがなかったわけでもあるまい。


蛇はどんな形をしていたのか。



善悪を知る知恵の木。


アダムとエバが生まれた時代の世界模様。

彼らの生きた世界で、最初であり、最後まで分かりあえたはずの起点の存在はたった一点の二人。命の息は、土と塵で作られた最初の二人に注がれたのだから。


男性の性質を強く持つアダムと、女性の性質の全てであったエバ。

まだそう、人として未熟な。


男は合理性で物事を埋めようとするが、女は情を埋めようとする。その時のアダムとエバには埋められない差があったのか。彼らはまだ若かったはず、大人になる前。まだ大きく変わることができた時期。


子をなす前に。最初の精神性の確立をすべき時に――



蛇のせい?そうかもしれない。そう言ってしまえば簡単だ。


だがそれを言ってしまえば、人間は蛇より下になる。

会社で働けば分かる。蛇君のせいだと言う人間が、会社を健全に回せるであろうか。


けれど言ってしまった。


会社が機能しないのは蛇君のせいだと。横領を唆したのは蛇君のせいだと。社長に知られマスコミにまで晒されたのは、蛇君が原因じゃないかと。そして男女はお互いを指して「彼のせいだ」と。



でも、

でも全ての(もとい)になるべき存在は………


善悪を知る知恵の木を担うのは、本体、神の言葉を直接受け継いだ『人』自身であったのだ。




世界はシリウスが現れたことを、ただの新しい世代のアンドロイドの完成だと思っているようだが、分かる人には分かる。


目的は『分水嶺』。



この『境』が分からない人間には、今後世界の維持はできない。これまでSFとして空想で終わっていた全てが、小さなアプリに収まっていた全てが、形を持って進んでいく時代なのだ。


シリウスは「霊と神性」性に沿って、人間とメカニックの関与と境界を定め、人間の位置付けを失わせない知恵をAIに沁みこませた。ただ、他のメカニックと違うのは、彼女自身の判断で行動できるということだ。シリウスに対し、「願い」という以上の指示を人間側は出していない。


彼女は選ぶ。

自身の意志で、全てを解析して。


最も賢明だということを。




前時代、医療や医術界の『分水嶺』は彼らに持っていかれてしまった。歴史の中で、蛇に、最初に実を食べてしまった彼らに。科学の始めも持っていかれてしまった。同じように。


だから、最高性能ニューロス、人間以外の意志を持つ者、その起点は理性勢力が獲る。

第三次科学発展は自由側が初動を掴まなければならない。そうすれば少なくとも20年から40年をリードできる。20年は大きい。


シリウスをその起点にしたのだ。

ただ、人間がそれでも跪くのか、指針を天啓に持ち直せるのかは、人間自身の選択だ。



何度も何度も何度も言う。


世界の答えは人間の中にはない。それは神の性質の内にあるから。



でも、選ぶのは……


人間だ。






****




同じ時間のギュグニー。


「はっ、笑わせるな!お前らが理性勢力!!?」


ギュグニー中心国家の首都、チートンに拘束されている、元SR社社員のミクライ博士が東アジアを中心とする連合国の人員にそう言い放つ。


「お前らも、子供にメスを入れるようなクソどものくせに!!」

「……」

連合国側は誰も答えない。

「私がお前らの悪事を世界に暴露すれば、全員身の破滅だ。私だけで滅びはしない。貴様もな、サダル!」

「……」

少し後ろで聞いていたサダルも何も答えない。

「私も表では生きられなくなるが、お前らみたいな外面(そとづら)のいいクソどもと違って、埃を被ってでも生きていける…。」

「…………」


資料に目を通して目も上げないサダルにイラつく。

「クソっ!サダルメリク!!お前!顔をあげろ!!」

そこで初めて眼鏡を掛けたサダルが嫌そうに顔を向けた。

「私も一応軍役はしたからな。埃くらい平気だが?なんならウジが湧いている死体の横でも寝られるし飯も食える。そうするしかなかったし。」

「っ!!頭は良くても、知性はゼロなのか?!!」

比喩で貶めたのに、バカのように返されて許せない。


他の博士たちはミクライの勢いに押され、何も言わない。初めはミクライだけ尋問しようと思ったが、もともとSR社から逃亡した者は同じくらいの内情を知っているので、一緒にすることにしたのだ。



ミクライはサダルメリクが嫌いであった。

人本主義国家から来たユラス教と自由主義の覆いを被ったファシスト。しかも、自分がSクラスニューロスみたいな面をして、ナンシーズよりも人間味がない。


こんな男にユラスでのニューロス技術の規制を敷かされたのだ。突然アジアに来た男が技術面だけでなく、まだオミクロン以外は法整備の基盤もなく真っ新な技術新天地、ユラスでのニューロス法の起案にまで関わってくる。アジアでできないことは、ボロボロのユラスですればいいと思っていたミクライは本当にこの男が邪魔であった。


「ミザルは?ミザルはどうした!あの女、私のすることにいちいち茶地を入れやがって…」

「こんな地域に連れてくれるわけがないだろ。指揮官でも軍人でもない。」

東アジアの指揮官が当たり前のことを言う。


「………」

みな、ほぼ無反応でミクライの話を聞く。

なぜミクライは、こんな典型的な悪役のようなセリフを吐いているのだ。まだ連合側が正義も悪も語っていないのに、これでは世界が出来上がってしまうではないか。


ミクライはもともと気が強かったが、ここまで狂ったように喚くほどでもなかった。むしろ、弁の立つ者の横で静かにブツブツ言っているタイプであった。その頃何か鬱憤があったのか。


時に連合側は人員を取られないために、人格や霊性において未熟でマイナスがあっても人を引っ張ってくる場合がある。彼は人格的に立派とは言えなかったが、こちら側に留めておきたかった者であったし、女性や人に配慮もでき、社会的倫理感が分からないほどのバカでもなかった。



それにしてもミクライはなぜこうなったのか。ギュグニーに亡命した元東アジア組織所属の研究員たちのうち、2人は既に死亡している。よほどストレスだったのか。


ギュグニーでは強くなる以外、研究を進めることも生きることもできなかったのであろう。

ここにはSR社から抜けた博士たちだけでなく、もともとギュグニーにいた者、他の地域から来た者、拉致されて関わらせられた者、様々いる上にみな国的性質も研究所の性質も違う。


これまでの聞き取りでは、これ以上に連合側を見下している博士もいたし、自分のしてきたことがいかにすごいかと主張している者もいた。それを外の世界で披露したら身の破滅になると諭しても聞かない者もいた。分からない世界の方が馬鹿だと。

例え独裁主義を施行してきたとはいえ、政治的為政者の方がまだ話ができる。



それにギュグニー連邦国は連合国家群と違って、各者の特色を一つにまとめる精神性がない。

なにせ、首脳機関がどこかすら明確に分からなかったのだ。


現在の連合国国家群の指針は、『聖典における神の愛を基盤とした、神性の育みと全ての分野の統一的世界』である。つまり、多少個々が身勝手でも、そこに追従する精神性がどこかにある限り道は一つになる。


連合国の統一は、統一されて全てが物理的に一色になるということではない。あらゆることが、利他の精神でバランスと融和を作り上げていくということでもある。

アジアとユラス、西アジアと東アジア、アンタレスとデイスターズとフォーマルハウトは、基本それぞれ違う文化を持ち合わせているが、均衡と和平を保ち得ているのは、根本の目的と精神性に基本指針となる共通の部分があるからだ。



「クソっ、絶対お前らに『北斗』は渡さないっ!シリウスより、私の『北斗』の方が完璧だ!」

ミクライたちが持ち出したのは、完成した北斗。モーゼスはその派生だ。


「……」

サダルたちはまだ黙っているが、こんな男に母の名と献身が使われて、シャプレーもかわいそうだなと思った。ここにいなくてよかったであろう。あの男なら平気かもしれないが。



しかし、ギュグニーはシリウスが手に入らなくてもいいのだ。


どうせ今の時点でシリウスを越えられないのは分かっている。だからギュグニーは少々安物をばら撒き、先にモーゼス・ライトの市場を広げようとしたのだ。高級なものに対抗できるのは廉価なやや質のいい模造品しかない。それでも世界中に広がれば、モーゼスはいつか世に定着する。質より量で集めたお金と地位で、さらにSR社以上の高みを目指すのがおそらくベージン社の目的。


でも、ミクライは実際の現社会を知らない。

ミクライは完璧主義で、自分の大切なものに対して非常に潔癖だ。

そしてやたら処女性を求める。


廉価で売られたモーゼス・ライトが世の中の家庭よりも、男の懐でペンキまみれになって回収されている現実を知ったら、ベージンにキレ散らかすであろう。ある意味世の中は、とんでもなく頭が良い代わりに、身勝手な崇高さを持つミクライよりも、遥かに悪質であった。そう、普通の人たちが。



手塩にかけた崇高で愛しいモーゼスが、世界市場でそんな安い扱いを受けていると説明したら気絶してしまいそうである。


しょうがないので、連合側は気が済むまで言いたいことを言わせた。



●市場で餌食になるモーゼス・ライト

『ZEROミッシングリンク』

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