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ZEROミッシングリンクⅧ【8】ZERO MISSING LINK 8  作者: タイニ
第六十五章 シリウスは臨む、空と地に

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33/88

32 式典のコパー



午前10時。

仮設住宅からコマちゃんに破壊されて3年ほどだろうか。周辺も整い完全にグラウンドに戻された南海競技場はイベント会場となり、一面に客席が準備されていた。


感謝なことにこの2週間は継続して晴れ。

今日も青空が広がる。



昨日までエキスポのように大ブースを中心に各小ブースに分かれ、様々な組織が説明などに臨んでいたが、今日は内外貴賓も呼び一つの式典会場になっている。


既に客席は満員。


街のあちこちに東アジア軍と特警が巡回。ユラス軍は主に河漢となり、両者の監視はアンタレス全地区や郊外にも及んでいる。


そしてアーツの警備。

南海はライブラ、シャウラが率いるチーム。

タウはナシュパーとミラ藤湾、四支誠はタチアナと(あぶき)、他関連イベント地区にはリーツゥオとベイド、アギス中心に分散。イオニアは河漢全体、イユーニは河漢の商業住居地区。ゼオナスとサルガスは本部。南海やミラ、四支誠など比較的安全な場所に、第4弾の警備希望者が経験者と2人以上で組んで入る。女性はミューティアを中心にAチームを振り分けた。


初期パワー系女子の数人が産休。女子最強ハウメアは自分が河漢を見ると意気込んでいたが、産後なので休んでくれとみんなに説得され、もうだいぶ経ったのにと悔しそうにキッズルームに向かって行った。

残念ながら、アジアでもユラスでも働きたくても産後半年以上はハードワークをさせてくれない。妊娠中も両手各々2キロのダンベルを持ってウォーキングしていた女である。放っておいたら何をするか分からない。




競技場のメインスタジアム。


最初に藤湾高校と大学のブラスバンドが、オープニングを飾った。


現在はタラゼド妹たちの所属する、大房正道教教会のゴスペルチームが歌を捧げている。大房のゴスペルチームはけっこうすごい。久しぶりにファイも加わり、聖歌の後にもう一曲讃美歌を披露。大歓声と共に舞台を降りた。


次いで東アジア軍の音楽隊が演奏。ノリがよく勢いのある曲から、厳粛な曲に変わり最後に場を整えた。



「本式典に始めまして、しばし静寂の時間をお願いします。」

青い正装に身を包んだコパーの一言と共に、皆が短い黙想をする。式典に際しアジアでの慣例だ。


「皆様、お待たせいたしました。今日はここにお集まりいただいた全ての方々、サテライト、中継にて繋がる全ての皆様に感謝申し上げます。

これよりアンタレス市ベガス特別区域、区編入式、及び祝典を始めさせていただきます。」

外の会場のため、静寂とざわめきが混合する。


「全員御起立願います。」

全員起立。


天とアジア国旗に敬礼の後、国歌と共に胸に手を当て、そのまま戦争犠牲者や傷付いた土地に向けて1分の黙祷。場外の者たちも厳粛にこの時間を捧げた。



次に連合国国歌斉唱。



なんとここに、大房観客があんぐりしそうな人物が現れる。養護学校の学童で中継を見ていたロディアは、まさに固まってしまう。



華やかながらも落ち着いた暗めの赤いマーメイドドレスに、ゴージャスなハーフアップの髪。それが派手過ぎず崇高に見えるのは、黒い肌と暗めの髪の重さと、凛とした表情だからだろう。


ジャズシンガー、ファーデン・パイである。


いつもの感想、あの事務局前で胸とヒップを強調してサルガスの腕にしがみついていた女性とは思えない。


進行表やプログラムを見ている者は出番を皆知っていたし、ロディアも知っていたが、再度思ってしまう。自分がサルガスなら、あの少し産毛も感じる弾力のある肌質、まっさらな濃い肌に触れてしまいたいと思ってしまうであろう。男性と感情は違うだろうが、ファッション誌を飾るような目を引く肢体。やはりサルガス、気が変わってしまうのではとドキドキしてしまう。


「先生どうしたの?」

「……」

「先生!」

「……あ…。あ、きれいな人だなって思って…」

「ドレスきれいだね!」

「お姫様だね!」

子供は顔や人物より、雰囲気や格好を見ているようだ。


あの細い喉から生まれると思えない低音。



パイは祖母ゆえにジャズをメインにしているが、音域も広くポップス感も持ち合わせ、全ての幅が広く大きい。


そんなパイが、古典聖歌を元にした楽曲、清教徒(ピューリタン)精神から成るの連合国国歌を雄大に歌い上げた。前進的な讃美歌と東洋軍歌が合わさったような曲である。


終わると同時に大歓声と拍手が起きた。



大歓声と共に下手に下がるパイに、ロディアは何度も目をパチパチさせてしまう。もともと、クラシックからジャズまで様々聞いていたので、ちょっとポップスに寄っても個性を出して歌いきれるパイが気になってしまう。

中指を立てられたような相手のファンになってどうするんだ!と思いながらも、膝に乗ってライブを見ている子供の頭をポンポン撫でた。指を立てられたわけではないと思うが、そのイメージ画なぜか強い。ファンになるには、何かと近過ぎるパイであった。


一方、サルガスは音声だけ聞きながら、競技場外ブースで普通に仕事をしていた。サルガスの中のパイは、妹分リーブラやアストロアーツにご飯を食べにくるダンサー女子と同じである。何ならフォクト枠だ。パイの容姿はセクシー系が多い大房の中でも一段階格上だが、所詮大房にそれなりにいるタイプ。いちいち反応していたら仕事にならない。



その後、代表者の祈り。

「ベガス副総長であり、宗教総師会師長補佐、倍(バイジー)クレス牧師より親なる天に祈祷が捧げられます。」

いつも呑気なクリス牧師が、厳粛にまず最初の祈りを捧げた。



そして、音楽隊がオープニングの導入曲を捧げ式典内容が始まった。


「皆さま、今回司会を務めさせていただくのは私、中央区出身、大房でダンスも学ばせていただいたコパー・カルデンでございます。初めての大舞台に上がらせていただき……」

と、緊張しているのか詰まってしまったのか、コパーは次の言葉がでない。

アンタレス市長や他地域の市町村長、大学学長など各界代表もいる中、一瞬しんとする。



「……」

実は投光器の上……には今登れないので、いつも上がっている投光器下から見ていたファクトは少し息を飲んでしまう。コパー、大丈夫なのか。


けれど、コパーは少し上を向き、

「感謝の限りです。」

と言って、今度は深く礼をした。



「アンタレス以外の場所でも活動して来ましたが、山あり谷ありでまたアンタレスに戻ってきました!ゼロからの自分を受け入れて下さり、ありがとうございます。たくさん経験を積み、これからも新しいアンタレスに出会いたいと思います。

このひと時、素晴らしいお時間をご一緒お願いいたします!」


また、ワーー!!と拍手が起こり、ファクトはホッとする。

会場の雰囲気は、お堅い中央アンタレスのおじさんたちより、三分戦で盛り上がるユラスや大房気質が勝っていた。感無量。口笛や様々な歓声が鳴り響く。



コパーは派遣会社からのプロの司会者。

本来なら一歩引いて進行に徹し、スマートに進めていいところだが、今回は厳粛であるべきな場所は締め、基本盛り上がりを演出してもらっていいということになっている。


現在南海広場は、有名局から全世界に中継されている。

この仕事は、ゆえに競争率が凄かったのだ。大仕事であり出世株の仕事なので、業界人から見ればなぜ無名で経験の少ない彼女がメイン司会に?ということになる。もっとスマートに進められる人も多くいたであろうし、経験が少なくていいなら藤湾学生だってできたはずだ。学生はベガスの中心的存在で、文化事業クラスもある。


その中でコパーが選んでもらえたのは、大房民であることが一つだ。


大房出身で他市に行ってしまうのは、たいていストリートカルチャーやダンスで出世狙い。戻ってきたということは失敗したのだと、地元に詳しい者はだいたい悟る。だからこそ、これからアンタレスにも多くのチャンスが生まれるということを知らせられるのだ。


コパーは自分のためでなく、もう一度スタートしたい思いで、純粋にアンタレスに貢献したいという意味で、アンタレス民であることを会場に名乗った。このイベントはベガスがアンタレスに受け入れてもらう場だからだ。

コパーはアーツではないが、知り合いたちの働きを受け入れてもらい、自身もアンタレス民としてこの環境を受け入れ、これから共に地域を作っていく。




投光器の下、先の国歌の最中。

ファクトは後で見られるように、コパーにメッセージだけ送ってそこを去った。四支誠(よんしせい)に寄って、そのまま河漢に入るつもりだ。



けれど、インサイドホログラムでコパーはそのメッセージをリアルタイムで確認する。


『見てたよ!最高!ガンバ\(^o^)/』



これまでの期間コパーは初めて、心や金銭が辛い時にも男性に縋りつかず、きついことを言う同業者にも仕事後に自らアドバイスを貰いに行き、突っ掛かってくる女性ライバルにも必要なら頭を下げ、小さな仕事を必死でこなしてきた。

突出したダンスの華を持っているユンシーリと違って、コパーはこの世界では平凡だ。平均以上の身長とメイクで変わる幅広い表情、儚さを武器にモデルもした。でもそれで長く食べていくには、さらに勝ち抜いていくには、性格が弱くて背も低すぎた。声は通っても、リズム感も平均よりはできる程度。ユンシーリでも、エンタメ業界やダンスを知らない人にはそこまで知名度があるわけでもない。

自分は早々に業界を、せめて職種を変えるべきだと分かってはいた。



もう出世したいわけではない。自分()、という思いもない。

でも、この広い世界でたくさんの可能性をコパーの目は見渡せる。


今、このステージで。



数年前まで見ていた、ステージ上の世界とは全く違う見晴らし。


それは自分だけでなく、たくさんの人々の中に見える、可能性の大河だ。



まだまだ序盤だが、肩の力が抜けたコパーは会場を見渡して、それからにっこり笑った。




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