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ZEROミッシングリンクⅧ【8】ZERO MISSING LINK 8  作者: タイニ
第六十五章 シリウスは臨む、空と地に

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31 浄土の桃はもっと甘い



最終日朝。


今日は既に締結した、ベガスがアンタレス市の一区に組み込まれた事への祝典だ。市民への公表の意味が含まれ、これで一連のアンタレス市に向けたスタートアップイベントが終わる。



南海の事務局建物前で手を振るのはリーブラ。

「イータ!」

「お!リーブラ、今日仕事は?」

「お休みするよ~。」

もともと日曜午前は礼拝でほとんどのお店が閉じていたり、無人になっている。宗教によって金曜土曜の午後や月曜午前の場合もあるが、今は日曜に合わせることが多くなった。


イータは日曜日なので子供の保育園はお休み。ターボ君も弟と一緒に出勤だ。ハーネスに繋がれているターボ君をリーブラが引き受ける。




ベガスが移民通過の特別区であることには変わりないが、これまで援助を受けてきた体制から、様々な免税が終わり、難民や一般移民も住所確定者は納税の義務が発生していく。これまでは企業人や特殊公務員、ユラス軍人以外はベガス区域単位で市に税を払ってきたが、生活の基盤が整ってきたので、一部の税とこれまでも収めて来たものだがプラス資産に関しては個々の納税となる。


ベガスは半社会主義体制なので、もともと納税も塾などの月謝程度で、その代わり義務労働が発生する。住民全てが、一定の水準に街や生活を保てるだけの管理をすることを条件に区民になれる。


一定の基準さえ保てれば、後の労役は必要ない。


その分を余暇や趣味関心に回せるということだ。生活が保障されるので、資本主義のような自転車操業も不要で物の過剰生産の必要もない。ここに関しては、他の地域や企業も関心が高い。もう数十年も前からだが、生産継続と対価労働に土地も一般企業も耐えられなくなっている。



本来AIが担う世界は、AI支配や失業の恐怖でも何でもない。

前時代の人間がAIをおそれていたのは、人間の社会体制と思考が聖典に追い付いていないからである。



答えは聖典にあったのに、多くの者が気が付かなかったのだ。


前時代。もう科学という言葉があった時代でさえ、聖典が提示する神様の理想の社会は、キラキラした天使の飛び交う宗教画のような天国であった。光り輝くエデンや夢の国、雲に乗り雲に揺られる如来たちが行き来し、桃の木が生る極楽浄土であった。まあ、死ねばそういう世界も見ることができるであろう。


けれど聖典は、本来科学も包括するし、数千年前からこの時代に向けた暗号も持っていた。聖典は現世界に向かっても、指針を描いているのだ。


人は「旧約で示された科学性」が分からなかったため、新約で「実質の世界維持のために必要とする、人間の役目と思考構成が示されていた」ことにも気が付かなかった。エデンを、死後に出会う極楽浄土に飛躍し過ぎたからだ。

明日を生きれるのかも、日々一食食べられるのかも分からない時代から、解釈が変わらないままということになる。


一人一台スマホを持つ時代になっても、夜に灯す蝋もない時代と同じ天しか見ていなかったのだ。




ただ、その現実の遂行には、ベガスが東アジアアンタレスにある限り、既存市民を納得させられるだけの貢献が必要である。今は完全なシステムを作る途上だ。


その貢献の一つが、誰も手を付けなかった河漢改革。

そして、大規模な経済流動だ。




まだ飲み込めないメンバーが、サラサに今日の意味を聞く。


「ふーん。ベガスは今までのベガスなのに、アンタレスに組み込まれる意味が分からない。」


いつもの如く、ベガス構築の講義を聞いていてもリーブラにはよく分からない。もともとベガスはアンタレス市内だ。なんとなく分かるが、気を抜いてハッとすると、もう思考が行方不明。特別区域と普通の区の違いは何なのだ。なんのゲシュタルト崩壊か。


「で、今日から何か違うの?」

男子は答える。

「そんなものは分からなくていい。俺も分からん!」

「今までもこれからも社会体制が他の区とは違うのにな。」

「利益献上すればなんでもいいんじゃね。」

「ユラス議長婦人のチコさんからエリスさんに総長が移った報告?」

大房民には分からないらしい。もともとアンタレス市内の特別区域だったのに、何が違うのか。ベガスの体制はこれまでのままだ。



多くの人には、これが侵略や失敗しやすい無意味な理想社会への実験に見えるであろう。


けれどこれは、アダムとイブの最初の園で神が立てようとした高度社会の第一歩だ。


小さな小さな第一歩。

最終的には、この体制を世界標準にしていくのだ。


これは、初期新約信徒の少数のみでしか成したことがなく、まだこの地に確立もされていなかった。メシアが死に新たな選民が喪の時代を受け継いだため、「地の富と科学」と「確立された倫理と道徳性」が、あの時代に天が避けるように分離したからだ。



聖典の基本思想は、神に基づいた社会主義である。



彼らは、人に人なりの価値も付けず、世俗に左右されない。


この社会の真の意味を理解すれば、人は争いなど起こさず、一気に宇宙時代に飛ぶことができたのだ。



物語のような理想ばかりを神に見て、聖典の科学性と高度社会性と、変わるべき自身に気が付かなければ、人類は永遠に土を耕し続けて労苦の果てに短い人生を終えるのである。





Aチームフイシンは何も考えず、率直に述べる。自分のただの所見を。

「実験都市だから、今後、他にも広げていくんだろ?家賃の心配せんでいいのは助かるわ…。」

ベガスにいる率直な感想だ。

「50、60、70、80…まで貯まらない給料稼ぎながら、毎月毎月毎月毎月家賃光熱費の心配する人生なんて詰んでる……。このストレスがなくなるだけでも、人生半分勝利した気分になる。」


本当に嫌そうに、最後にホッとしている。まだ若さだけで頑張れる20代なのに、これまで何があったのか。

フイシンとしては、大房にいた時代の「家賃光熱費今月も頑張った、やっとこさ感」をあと何百か月続けるのか、足腰弱っても家賃を収めるのかと見えない未来に絶望状態であった。相当安月給だったのか、底辺高卒でも生活力はありそうなフイシンまでそんなことを言う。ダンス裏方をしながらの大房でのバイト生活、きっと辛かったのであろう。


「90以降は?」

リーブラ、一応他の区で暮らした場合の人生を聞いてみる。

「落ちぶれて、市で保護してもらう。」

「………空しすぎる。」

大房で暮らしていた未来、切なすぎる。

「結婚できなさそうだし、結婚しても別れられそうだしな!」

キファが楽しそうに言い、年上フイシンに蹴られる。キファの方がよっぽど結婚できそうにないし、しても逃げられそうだ。


実はアンタレスでは、まっとうに施設に入るより、道端で拾ってもらって老人の保護養護施設に入る方が圧倒的に安上がりなのだ。親族が見付かれば、ホーム代を親族に請求できるが、あまりに疎遠だったり仲が悪いとだいたい無視される。実質、踏み倒し、持ち逃げ状態だ。そういう被対象者は逃げずに死ぬまで市の委託するホームに居座っているので、もっと憎々しいが。


そんな待遇を知らずに、文句ばかり言っているじいさんばあさんの施設もベガスには数か所ある。本当に人が良くて助かる優しいおばあちゃんもいるが、なぜか身内とは仲が悪かったりもするのだ。





「いろいろ違うんです。今までのベガスとは。」

事務局で赤ちゃんを抱変えたサラサが説明もなく答えた。


「合衆国州違いみたいな感じ?」

「州?州って結局なんなの?県の事?」

「まあ、皆さん今回たくさん貢献しているので、一つアーツの成果を誇って下さい。今、ベガスで動いているお金は10兆どころじゃないですからね。」

「兆!?憶じゃなくて兆???」

驚きのリーブラ。憶もよく分からないが、兆がすごいことは分かる。身近で聴いた事がない。宇宙直前か。


河漢や今後メカニック、ニューロス分野が軌道に乗りだしたら100兆を超えると言われる。もしかしたら、一部廃墟を更地にした後、工学関係の施設ができるかもしれなかった。


しかし、経済に関わったつもりのない下町ズには分からない。関わっても大房商店街レベル、加えてここでは行事だけのご利益信仰者なのに、仕方なく聖典や徳目を読まされて、筋トレしていただけだ。今でも、筋トレ以外何をしたらいいか分からない者もいる。指示を聞いて仕事をすればいいだけだが。


「ふーん。」

リーブラはなんとなくしか分からない。でも、こんなリーブラでも外国人向けに輸入品を増やし、いろんな店に品卸をしている。





結局は人なのだろう。


実は外からの評価で、街を動かせる人員が育っているということがベガスで最も注目されていた。普通だったら数十年後に過疎化する可能性があるので、怖くて旧市街などみな触れない。現都ですら危うい地域が多いのだ。



でも、戦争で停滞していたが、ユラス人はエネルギーもあり、基本多産。この時代に都市部でも四人五人兄弟も多い。


その周りに集まってくる人間たちも基本アグネッシブであり、お互い感化も受ける。性質は真逆だが、もともと異国の血が多い大房とやけに気が合うのは、その部分かもしれなかった。それに東洋アジア、西アジアも本質的には子供が好きな民族だ。


そこに、世界を牛耳りたい性質のヴェネレが入ってくる。和も重んじる東方思想を持ち合わせた西アジアの血も入ったカーティン家率いるヴェネレ人たち。


そんな彼らを呼び寄せ引っ張ってきたのもある意味アーツだ。

アーツがカーティン家を引き止めなければ、あと数年は進出が遅れていたかもしれない。その頃まだらに街が構成されていたら、ただ雑多な街になっていたかもしれなかった。


今構想されている都市は少し定型すぎる街並みだが、セイガ西や西アジアの市場も知り、ドデカいマートを引っ張ってきたフォーチュンズには、市民が行き来しやすい街並びのノウハウがあり、アンタレスの大学や、首都再建を果たしたユラスリームと共同で仕事をしている。

ただ人を寄せて雑多な街にするのもおもしろいが、そうすると監視が行き届きにくくなり、犯罪が増えやすく、政治的に移民が同族で固まりやすい場所が生まれやすくなる。信頼のためにも、それは避けたいベガスであった。


まあ、とにかくそんなカーティン家を筆頭とするヴェネレ人が入ってきた。



東西統一後のアジアの混ざったカーティン家が初動ということも、非常に意味があったのだ。


シリウスによって初動のニューロスアンドロイドの完成が公表されたように。





とにかく本人たちに実感がなくとも、これは下町ズの功労でもある。


なにせ、一代目で婚姻関係にまでなってしまった。

世界のフォーチュンズ元CEOが、週数回強引にお茶まで飲みに来る。ロディアがイータやシアたちと仲良くなれなかったら、このいくらカーティンさんとはいえ、この近さはなかったであろう。アーツより先にベガスに入っていても、それまでカーティンさんはユラス人と距離を取っていて、まだベガス参入に足踏みしていたのだ。



下町ズも下町ズで、鬱陶しいほどあれこれ言いたい気質なので成せた業とも言える。今時クール系に見えて、根はうるさい下町ズなのだである。


婚活おじさんと、大房のオバちゃん精神。

弾き合うか、はたまた和するかと思いきや、弾きながらもお互いグイグイ切り込んでくる。ケンカしながらくっ付いてまた喧嘩するので離れてろ!と言ってもまた遊びたくてくっ付いてケンカしている、ザルニアス家メレナの三兄弟と変わらない。


そしてこれまでの歴史の失敗の前例から、街の規模をどうするか、未来に過疎や停滞しても街を回していける造りなどを構想していくことができたのだ。ベガス全体に手を付けたわけではないから、街の規模も調整していける。



事務局に人も増えてきた。


「サラサさんはここで見てるんですか?」

「そうだね。でもキッズルームに行こうかな。抱いてるのきついし。」

「私もみんなに挨拶だけしてこう。あ、ファクト来た!手伝って!」

「はーい。」


なぜか子守要員になっているファクトは、取り敢えずターボ君のハーネスを掴んでキッズルームまでいく。そして、中央キッズルームは小学生まで入れるので、ジョア長男シーバイズを泣かせるメレナ家三兄弟に、もみくちゃにされてから出勤するのであった。




ストーリーを進めようとしたのに、また説明回ですみません!


なお、今回の話は、過去の小説にも分散して載っている内容が多くあります。

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