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ZEROミッシングリンクⅧ【8】ZERO MISSING LINK 8  作者: タイニ
第六十四章 今開く、世界に掛けられた鍵

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30 夜明けのムスク




さあ、始まる。



世界の夜明けが。




まだ機械しか動いていないように思える、南海の朝。


昼間は暑い季節だが、明け方は冷える。

大陸を感じる、乾いた、でも少し葉が湿る、このキリっとした寒さが好きだ。



ムギは夜明け前に瞑想と孝子八徳目の音読を済ませ、軽く体のフォーミングアップをし、自分の持っている武器の確認をする。全てを終える頃にここにも人が集まって来るため、人が一番使わない出入り口からサッと出た。



一方ファクトも、別の道場で全てを済ませ、藤湾のいつもの屋上からベガスを眺めていた。今日はカーフはおらず一人だが、目下に映るまだ人もまだらな風景の全てが騒めいているのが分かった。


霊の騒めき。アンタレスだけではない、たくさんの何か。

顔に当たる風が少し冷える。



今のところベガスは何事もなくこの全イベント期間を通過している。ファクトはもう一度河漢までの地図を確認し、アンタレス近郊から全セイガの情報を確認した。目に留まるような事件は何もないが、ユラス東のSR社研究室を思い出した。


バナスキーは……、ロワイラルはどんな夜明けを迎えているのだろうか。


まだ向こうは深夜だが、朝日を感じることはできるのだろうか。あの研究上は半地下でも自然光がキレイに入る。


ギュグニーにニューロスアンドロイドを開発する力があったのなら、もしかしてシャプレーも今ギュグニーなのかもしれない。今まで接した、ベージンや違法アンドロイドには『北斗』が入っている。しかも、十数年前に枝分かれした『北斗』だ。そこからは、その後の連合国企業の正規品『北斗』を受け継いでいる他の機体とは、違う『匂い』がする。


チコの願いは、全てが円満、円滑に進むことだ。

最も力を尽くした一人、カストル総師長はベガスの完成を共に祝うこともなく、高齢の体で延々と大陸巡りをしている。自分たちがその代わりにここにいるのだから、心を引き締める。



たくさんの聖堂が並ぶミラ藤湾のメイン通りには、既にいくつかの宗教の早朝礼拝が始まろうとし、人々が出入りしていた。学生たちも朝のフォーミングアップに入るため、ジムや道場周りも騒がしい。


ファクトは全ての遂行を静かに願い、立ち上がってバイクに乗った。





そして、インターン()くめだった響もマンションで瞑想をしていた。

しばらくの朝の日課だ。


最初にシャワー室の冷たい水を桶に溜め軽く身を清め、心理層に入って自分のビルドをきれいに整える。


響は誰かに聞くわけでもなく、霊世界が変わり、世界の栓が抜けたことに気が付いていた。まだ心理層は大きく動いていないが、時間の問題だろう。現実の変化を嗅ぎ付けてギュグニーの霊が動き出すとき、人々の心理層も大きく動いていく。



生きている者も、死んでしまった者も。



響が窓を見ると、すっかり都会になったベガスの朝が、静かで、そしてまだ少し赤く、眩しい。

目を閉じて祈る。


全ての無事を。




***




夜明け前のギュグニーでも、チコが義体の整備を済ましていた。


先起きたまま、チコは全てのプロテクターを装着する。

「チコ様、テニア様は南下されました。」

「分かった。ガイシャスも睡眠をとるように。」

「はっ。」


もうギュグニーに、バベッジ家直系の血統は残されていなかった。

チコの祖父にもその息子シーにも、ギュグニーで子供は数人産まれていたが、みな早死し、成人を迎えた者も殺されたらしい。ただ愛人も多かったらしく、逃れた者たちもいるのかもしれない。が、多くの女性たちが子供と共に殺されたのも確かだ。


祖父とシーが死んだのちには、関係があったとみられる女性は全員探り出され、みなそれぞれ極刑になった。権威を狙って床に入った者もいるだろうが、こんな世界、一時期の欲の捌け口にされた者もいるだろう。妊婦もいたと聞いてただただ苦しい。


そして彼らは子供にも容赦しなかった。



祖父はともかく、シーも幼少期にそんな世界に引っ張られたのだ。


祖父もバベッジ族長であった当時、ユラス内戦に関したくさんの裏切りや世間の批判にさらされ生きてきた。人が純粋すぎた故に、世の中の汚さにぶち当たり、ぐずれる時もひどかった。最初の妻が部下と不貞を犯しひどい不信を経験したが、今思えばそれも誰かが仕組んだことなのかもしれない。


完全な文書も記録もないが、シーの母の前に祖父は一度結婚をしている。その時の妻の幼い頃の写真が、チートンで管理されていたメモリーの中の名簿から出てきたのだ。名前が違うがどちらが偽名なのか。どちらも偽名なのか。

顔も少し違うが、霊性が同じだ。子供の時から準備された、バベッジへのスパイだったのだろう。


祖父はその部下が北に武器を流していたことも知った。北方がユラスの族長一家に入っていたのだ。裏切ったのか初めから敵だったのか。バベッジはナオスほど血縁や純血統にもこだわらない前衛だったため、内部に入りやすかったのだ。


そして内部から根をもぎ取っていく。根の根まで。



知っていたのだ。


裏切りを準備した彼らは。


ある意味彼らは世の中にいる者より天啓に詳しく賢い。人間が落ちやすい怨みのループも知っている。無神論者は、神を知り、神を怨んだ者たちから発生したのだから。


祈るユラスは、落ちたリューシアやアジアより厄介であった。


一つでも根があれば、また産まれてくると知っていたのだ。

チコのように、サダルのように、どこかの代で世界の均衡のために生きようとする誰かが産まれてくることを。


人間が根っこまで腐っても、根の根まで腐っても、核には神の創造の最初の種子があるのだから。

だから根こそぎつまもうとしたのだ。



けれど、その核にいた彼らは、裏切った者たちよりももっと強靭であったのだ。


裏切りと人本主義の十数年を、既に乗り越えて来た者たちであったから。







まだ、調査をしなければ分からないことも多いし、降伏の前に処分した記録も多いであろう。もっとたくさんの資料が出てきている。


チコは言葉少なく、静かに祈る。



テニア兄の直系がいなくなると、家系的には祖父とその叔父の仕業(しぎょう)は、チコが負うことになる。ただ、意外なことに今、家系の責任を負ってチコに議長夫人の座を下がれという者はいない。



でも、もう誰もが分かっていた。


大戦に向かっていたセイガ大陸を止めた一因もバベッジ家だ。

これはユラスだけの問題にしてしまうと、バベッジ長男家の横行に見える。けれど、そこにはいつも北方国がいて、ギュグニーがいた。彼らはうまく引導したのだ。何百年、何十年もかけて憎しみを煽り、権威欲を煽り、欲情を煽り、欺瞞を煽り、怠惰を染み付かせて。その裏にはさらに前時代のファシズムを抱えたまま。


アジアは怠惰の惰性に沈んだが、修道のユラスは沈まなかった。ただ、それ以外の全てをエネルギーに転嫁して。



その中で、目が覚める時期を待って、時には敵陣の中で何事もないように、身を潜める。


潜伏するように息を止めて、天意の血統が全て埋もれ潰されないように、鳴りを潜めて。




チコは、父ポラリスから貰ったオパールのネックレスが収まる胸の上を抑えた。





***




アンタレスの朝の光の中。


その部屋に窓はなかったが、同じ気を抱えた男もプロテクターを完全装備し動作確認をする。



自分に支給された武器も見て、つまんねー武器だなと思う。

質は良くともこんなものでは、タンクリー1台潰せない。粗悪品でもギュグニーは車一台くらい潰せた。



「あのクソが。」


シリウスは確かに言った。

()()にいれば、戦わなくてもいいんだよと。


なのに武装した上に、こんなつまらない物しか持たせてもらえない。ハーネスも伸縮性があり、普通に使っては物を断絶できないタイプだ。しかも東アジアは待機だという。待機で終わればいいなとか、訳の分からないことまでほざいている。

こんな中途半端なことをさせるぐらいなら、お前らでどうにかしろと。



シェダルは、この期間は自分も四支誠(よんしせい)で何か見られるのだと思っていた。ウヌクやあのダンサーたちが、見に来てほしいと言っていた世界。


それから子供の………子供の見ている色の世界。


自由に動ければ、生きた猪なんてどこかで捕まえてこれるのにと、アンタレスでの監視生活もつまらなく思った。


あの漫画も思い出す。響が好きだというおもしろくも何もない、ラムダの持っていた帰還兵の漫画だ。そういえばあそこにも花札が出ていたなと。なぜアジア人は花札が好きなのだ。


世の中にあるものは、見る世界、見る角度、見る立場で全て違う世界を見せる。誰の思いもすれ違い、一致せずに起こった紛争のように。



なのに、舞台ではそれが一体になるという。

客席と、舞台裏と、ステージでは全て違う。それなのに、同じ空間の同じ空気を感じるのだ。あのダンサーはそう言っていた。


映像で見る舞台と、生で見るものはやはり違うのだろうか。


部屋から持って来たまだ完成していない猪の花札一枚を眺めて、それを胸のポケットにしまった。




「……」


今のシェダルには少しだけ分かる。



自分はここに疎開したり異動してきたユラスや西アジアの人々の家族を、同士を多分たくさん殺してきたのだ。間接的にも。前線に出ていたわけではないので、自分よりたくさん殺傷した者は山ほどいる。


でも、それはいつか、きっとここに繋がる。


今、自分には、本当だったらアンタレスを歩く足もなかったのだろう。

市民の公道を歩ける人間ではないのだ。隠れ生き、それを壊してきた一人なのだから。



やたら親和性がいいプロテクターを不満に思いながらため息を付いた。


それでもシェダルは最後の確認をし、気を引き締める。



カシャンと、銃のエネルギー部を装着する音が響いた。




●もう戦わなくてもいいから。

『ZEROミッシングリンク』

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