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ZEROミッシングリンクⅧ【8】ZERO MISSING LINK 8  作者: タイニ
第六十四章 今開く、世界に掛けられた鍵

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29/88

28 昨日とは違う国

再投稿です。




目下に水面が広がり、しっとりと濡れた少しくすんだ水色の世界。


澄んでいるはずの水の奥の奥は、どこからか分からないが全てがグレーで底は見えない。



その水面の50センチほど上を、ストンとしたワンピースを着た青いグレーのボブの少女が、てんってんっ…っと駆け抜ける。12、3歳ほどの………顔の見えない少女。


きっとその髪の毛のように、水面をのぞき込んだ時に見えるような、不明瞭な色をしているのだろう。

少女の瞳は。



時々下をのぞき込みながら、何かを見付けようとしているのか。


「………」

目を凝らしても目を凝らしても、グレーの水底しか見えないので、また少女はたんったんっと駆けて、少し先の水面を見る。


水の下に誰かの息が聴こえるようで………



「ねーたん。なに?」


するとそこに、舌っ足らずな子供が現われ声を掛けてきた。


灰色の頭で、顔は見えない。

でも、その子が緑の目ということだけは分かる。見えないけれど緑だと分かる。

少女は緑の目が好きだったので、しゃがんだままじっとその子の顔を眺めた。


「彼がどこにいるか知りたくて……。ナシュラって言うの。」

「なしゅ?」

その子も近くに来てじ~と水面を眺める。


小っちゃくてかわいいなと、少女はその子の頭を撫でてあげたくなった。


「ねえね。なしゅ、ちなう。にいに。にーた。」

「にいに?」


その子供が水面をじーーと指すので、その奥を少女もジーと見るのだが、全く分からない。

「……」

「いなそう?」


広がるのは自分たちの動きに少しだけ合わせて浮かぶ、静かな水輪だけ。


少女が動くと水面に、小さな小さなミルククラウンが爆ぜる。


「にいに、ここ、いない。」

「いないの?でも、私、あの人に謝らないと。最初に声を掛けられた時ね。全然関心がなかったんだ、その人に。」

「……そうなの?にいにすき。にーた。にいに。かーたも。」


「…………でも……きっと私がその人を沈めてしまったんだなって。」

「……?」

その子は分からないという顔で指で水面を触る。触れない水がいくつもの輪を描いて揺らいだ。


「私と一緒になる人だったなら、今思えば……もっと気にしてあげたらよかったのかなって…。でも、あの時は分からなくて……」


「にーた、ない。ここいない……」

「…………」

「にーたん、きち、いる。」

「きち?」


少女には分からないが、それはかつてテレビや子供絵本で見た、ロボットのかっこいい基地だ。その子は赤や青や緑やピンクのかっこいいロボットや基地が好きだった。だから基地に行ったのだ。そこにいた兄はかっこよかったから。


「……」

今度は少女が表情の抜けた顔で、子供を眺めた。ステキな基地なんてないのにと思うけれど、こんな小さな子供に問うのも愚問だろう。


「ねえね、も、ここちなう。きちいる。」


……私も?という顔で子供を見ると………



その見えない顔から、突然黒いたくさんの塊が流れ出した。


「!?」

少女は驚くが、この子を怖がらせてはいけないと息を飲む。

流れだした黒いヘデロのような塊は、ものすごい勢いで何キロも何トンも水面に流れていく。


「?!!」

溶岩のように、セメントのように勢いよく雪崩る黒い全て。

その黒いものに触ろうとすると、その先に戦火が見えた。

燃える森、崩れるコンクリート。

真っ暗な中、ものすごい轟音にあちこちで燃え上がる炎や光、人々の叫び声、憂い、死ぬ直前の恐怖の瞬間。振られる鈍器。


少女は知っている。どこかで見た風景だから。


濁流に引かれていきそうになる、少女の手。




でも、


パチン!と、音もなく手が止まる。


「っ?!」

瞬間、そこに触れてはいけないと、思わず手を引っ込めた。誰かが止めたのだ。


正面からそこに向かってはいけないと。



でも思う。


おチビちゃん、あなたは苦しくないの?君が一人で負えるものではないから。

その血の責任は……私が負わないといけないのに………



少女が呼吸をしたいと息を吸おうとすると……

水に沈んでいるのは探している人ではなく………、自分だと気が付いた。


「?!」

自分の息以外、もう水泡も立たない水面数メートル下。


深い深い、横にも底にも延々に広がる、青空のような、グレーの水面。それが上にある。

水上は見えないのに……緑の目の子がじっと沈んでいく自分を眺めているのが分かる。


誰かっ誰か!

誰か……と、心で叫んで思う。


ああ、そうだ。自分一人分だけれど……自分がここで…あの子の分だけでも…

と、力を抜き水に身を任せ、沈んでいく……



という時だ。



胸に、心臓に、温度のない、でも溢れるような熱さを感じた。

火の星の熱。地球より寒いのに、その星は火と名乗る。


プレシャスオパールの欠片が、自分の瞳の奥で光った。

瞳に、髪に、虹色のオパールの光が煌めく。



森だ。多分それは、緑の森。



『チコっ……』


…?


先の子の目とは違う………でも同じ緑の瞳。


『チコ!君の髪はイエローブロンドだ!』



カフラー?



そう気が付くと、先とは違う、長い自分の手が見える。足も感じる。力強い筋肉。

髪が明るく変わり、目の中に青緑と紫が輝く。


でも、水の重さに勝てない。



カフラー!



必死で水面に手を伸ばす。もう届かないずっと上。

どうしても、浮き上がれない。


ずっとずっと沈んでいく。果てしないグレーの底に。


過去の傷が疼く。

壁や床に叩きつけられたり、殴られて失った歯。地面を擦った頬。


新しい順に傷が現われ、体でうずく機械の音、抉れた腕。

髪が全て抜け………頭に手術の痕が見える。爆発や……被験。

失われていく四肢、削げた鼻、


………そして腹部。



やめて!それ以上は。

やめてと思う。自分の痛みじゃない。それも涙が出るけれど………


自分のことで心に負債を負って……メスを捨てようとしたサダルを知っている。


もういい、分かっている。彼のせいじゃない。危篤だったのだ。死んでもおかしくなかった命。

自分だけでなく、彼の心も。




瞬間、オレンジかマンダリンか。ほのかに香る目の覚める匂い。


「チコ!大丈夫だ!!」

ポラリス!………ポラリスの声?



『大丈夫?』

誰?…?もっと幼い?子供?



また光る、タニアの……オパールのようなあの滝の中――





―――





「はがっ!」

被っていた毛布と共に、ガバっと上半身を起こす。


「チコ様!」

ガイシャスが駆け寄って、体心計のチコの様子を確認した。

「……ここは?」

「ギュグニー、チートンの仮設本部の奥です。」


チコたちは既にギュグニーの中核に入っていた。ギュグニー内での抗争はあったようだが、一部反抗勢力を覗いて、連合国軍は思ったよりもすんなり内部に行くことができた。



強い霊が動いていたのか。


そう、たくさん人が死んだのだ。何十年もかけて。

軽い場所のわけがない。それが開けたのだ。


チコはこれまでに話を付けていなかった、ギュグニー国内の権力者と様々な交渉の後、沈み込むように倒れてしまった。大きな仕事は連合軍中枢が受け持って、チコは補助の形で入っていたが、霊性の強い人間に霊の気溜まりが反応したのだろう。



その後に分かることだが、チコが対していた男こそ、変装した初老の男、かつてSR社を、東アジアを裏切ったミクライ博士であった。


ポラリスより一回り年上なだけだが、髪も髭も真っ白で、眉間にしわが寄り、目にも頬にもしわが深く刻まれていた。どれほど切羽詰まった生き方をしてきたのかと驚かざる負えない。その他の研究員も数人拘束され、そこまででなくとも誰もが疲れひどく老けて見えた。


でも彼は他の為政者のように、死に怯えていたのではない。

自分の研究が荒らされるのを随分嫌がっていた。


ギュグニー研究室を厚いシェルターで覆い隠して、一時脱走を試みていたのだ。


けれどそれも無理だと分かった時、彼らは連合軍の位の確立した人や部署であるほど、自分たちを殺さないことも知っていたので素直に投降したのだ。




様々な仕事を処理していくうちに、チコたちはどうしようもないものを見付ける。


国が荒れて処理しきれなかった、被験者たちの遺体の山であった。

いや、何かしら利用するために捨てなかったのか。もう、隠蔽すらする気がない。腐らせてあるものもあれば、保冷室で凍ったままのものもある。ナンバリングも個体登録すらしないないものもあり、検体としても管理されておらず胸が痛んだ。


彼らが隠したのは、第二のモーゼスを作ろうとした中心部だけ。

よくできた実験以外はてきとうに扱われていた。人の身より、成功したニューロス部分の方がミクライには価値があった。



その全てを見た時………臨時で張っていた結界を越えて、たくさんのものがチコになだれ込んできたのだ。






「すまない。」

チコが立ち上がろうとするので、ガイシャスは止める。

「大丈夫です。議長がギュグニー入りしたので、チコ様は回復に集中して下さい。研究室への対応はそちらに任せます。」

「…でも…」


チコのニューロスや霊性に反応したのかもしれない。



人も万物も、心地よい方に流れていく。


自分たちがこれまでいたこの場所と違う、高度な義体に、それを司る精神性に、押し込められた霊が、万象が、反応したかもしれなかった。



「思った以上に静かだな。」

「主要政権が降伏しましたからね。計5拠点。全て連合軍が入りました。」

現在ギュグニーは4か国があり、内1国は数年前に首脳部を亡くしてからほぼチートンに取り込まれた状態であった。実質不安定な3か国となり、その中の大きな都市には全て連合軍が入った。


「……」

チコは栄養剤を水代わりにして飲みながら、周りを見渡した。


静かに、でも慌ただしくみんな動き回っている。

ユラスは基本、既婚者や子持ちを戦場に優先し送る。子孫を残すことが非常に大きな価値であるからだ。ユラスにはどんな子であろうと、全ての子の養育を担うという文化もある。結婚を控えているパイラルとグリフォも同行を願ったが、今回は受け入れられなかった。ギュグニー入りしている間は、既婚のガイシャス、そしてカウスかアセンブルスのどちらかは必ずチコの身辺に付く。



チコは今いる世界を憧憬する。


今この場所は持ち込んだ照明だけでひどく暗く悲しいけれど、ここに未来を見出すんだと。もう昨日とは違う国なのだ。


すべき仕事を思い起こし、もう一度心を真っ直ぐ立てた。




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