26 違い過ぎる
現在これまでの話を全体的に修正し、1話を2つに分けた部分がいくつかあります。そうすると、章だけでなく後書きで参照した各話のページアドレスまで、もしかしたらずれているかもしれません。その時はその参照先、前後の話をご確認ください。お手数おかけします。
「こわっ!マジこわ!」
先まで全体MCをしていたシグマが、今回集まったゲストにビビっていた。
大学及び団体企業人オリエンテーションは、早く済ませたいというアーツの希望で、1時間早い6時半に容赦なく始まり8時に終わった。9時までの残りの1時間はアフターケアだ。
内部ならともかくこういう自由形式の会議は、個々で話したい人が多く、だいたいアフターの時間が長引く。さっさと終わらせて、早く自由になりたいアーツなのである。
少人数なら自由に談話感覚で聞くが、今回はそうもいかない。人を問わない場合は、質問などあれば答えられるメンバーに任せ、指名で話を聞きたい場合はリーダー数名が振り分け係になり、だいたいリーダーに質問が来るので主にゼオナスやサルガス、ミューティアなどが話をした。自由形式なので聞きたい話があれば質問者、組織関係なく横で聞いていてもいい。
そして、9時で一線を引いて、完全撤収する。話を聞いていたらきりがないからだ。
報告事項の共有や明日の警備編成変更の再確認もあるので、リーダーと残りたいアーツメンバーでミーティングをした。
そして、その確認のさらに後の時間……
「彼ら、『なんで大房なんですか?』とか聞くんだぜ?」
「大房とか意味が分からんだろ。俺らも分からん。」
今日オリエンテーションに来ていた彼らは、広報だけでは分からない大房とベガスの繋がりを知りたいらしい。有名大学でも地道な大学でも、倉敷でも天暈でも南斗でもなく、なぜ大房。大房は大学すらない。
だからファクトが就活していて、サルガスとヴァーゴが付き添いしたからだっつーの!…とは言えない皆さん。でも、言ってしまいたいたかった。
今回のゲストたちは、エンタメ都市デイスターズから来た者以外『大房』を検索したに違いない。デイスターズは時々乗り込んでくる、『地元にいたら出世できない大房民』をそれなりに知っている。ユンシーリのように、才能のある者は大房を出て行ってしまうのだ。
大房は左傾地域、底辺学校、元移民多し、アルバイト率高し、ストリート文化のみ発展、口が悪く柄も悪い、ナンパ注意と意味が分からない。ここまでベガス構築から遠いキャラなので、隠し技でも持っているのかという感じだ。
暇だったし捨てるに悩む社会的地位もないからベガス構築、頑張ったんだろうな~と、きっと思ったことだろう。自分たちでもそう思う。
ただ、今回のリストにデイスターズはいない。さすがエンタメ都市、こういうことに関心がないのか。
「だってあいつらさ、メモしてんだぞ、メモ!ペンで!」
シグマが苦しそうだ。自分の話を聞いてメモしている輩がいたという。
「メモ?必要なことがあればすればいいじゃん。」
「ふつうするだろ。必要なら。」
大房民はしないが。
会議の基本である。昔は会議や講義と言えば、全録音などしてAIに必要な部分だけピックアップしてもらえばよかった。けれど仕事や作業をすると、自分で要点を書き出した物の方が、記憶や整理能力も付きサッと必要項目を見付けられるので、何かと便利だと最近普通のメモが流行っている。必要ならメモ自体をデバイスに残せばよいのだ。
そもそも、その場で聴かなければ惰性の大房民、よっぽどのやる気がなければ講義の再読、再聴講などしない。残したメモや音声など見もしないのである。
「バカか!俺の言葉などメモしてどうする!!」
「……そうだな。俺ならお前の言葉など、わざわざ残さん。」
そう、ものすごく真面目そうな集団が、シグマの言葉まで必死にメモしていたのだ。
シグマが話したことの一節はこうだ。
『ベガス構築で重要なのは、まず自分の立場を一旦無くすことです。常識が通じないこともあるし、自分も常識とは限りません。同じアンタレス内でもそうです。先に相手を理解する気持ちで、どんな相手にもいち人間として対して行ってください。自分たちは主役ではありません。
そして基本公開です。活動の要所は互いに公開していきます。』
現地で常識を一旦ゼロにする。これは、ビジネスマンでも既存団体でも海外に関わる場合はまず心得ることだ。逆に同じ地域だからこそ、大学違いや教会宗派違いで通じ合わないことにショックを受ける場合もある。もちろん常識を捨てるといっても取り込まれたり飲み込まれてはならず、『傾国防止マニュアル』は絶対である。これだけは捨てていけない。過度にそこにこだわる大房民。時間があればお勧めしたかったが、今回はタイムアウトであった。
そんなこと、今日来たゲストたちはとうに知っているだろうに、シグマの近くにいた何人かが真剣にメモっている。輝いた学びたい精神満載の目で。
その上、『シグマ先生!それが著しかった地域はどこですか?』とか、キラキラ目線で質問してきた。
先生ってなんやー!!と言いたくなる。ただのシグマだ。高校まで先生を『先公』扱いしていたシグマなのに。ただ、大房は先生も先生でヤクザみたいな顔をしていたが。
なお、シグマに答えられることは、『直ぐにケンカするな。ぶちのめしたくても耐えろ!』『愚痴なら事務局で言え』『あいつらの後ろに大金が転がっていると想像するんだ!耐えたらボーナスがある!』くらいである。
「………」
シグマはこんな感じで、本当に数秒間、自分が何空間にいるのか戸惑い確認してしまった。
その周りでは、何事も漏らさないと、他人の質問したことへの返答までメモしている。しかも、話をうんうん聞いてくれる。どうでもいい事までメモしていそうだ。こんな真面目でいい子たち見たことがない。すぐ屁理屈を言う既存メンバーとはわけが違う。
ちなみに質問者への回答は、一番めんどくさかったのは、昨今では河漢の商店街でもスラムでもなく、大学の一部の層といくつかの聖典系教会である。とくに新教系。全然人の話を聞かないか、全くもって他者を見下している。スラム河漢は全然思い通りに動いてくれない場所もあるが、時々ケンカになっても、話は聞いてくれるし討論はしてくれるからだ。自分たちを追い出しに来たと分かっても、その日機嫌がいいと裏話もしてくれるのが河漢である。気に入らないといって、次、門を閉め切ってしまうこともない。利があればすぐにまた門を開いてくれる。
「シグマの近くにいたのは……」
席は指定ではないが、なんとなく覚えている顔でミューティアがリストを調べている。
「繕乗大学と…NGOチャイルドワークス本部。どちらも仏教系ですね。」
チャイルドワークスは、前時代からある子供の学校支援団体だ。この時代、連合国家群は高校までの義務教育は基本無料である。けれどどうしても漏れる地域や家庭があるし、未だ態勢が整っていない途上地域でも教育が受けられる支援をしてきた老舗団体だ。
「はあ……、何だあいつら、普通の意見交換で『はい!』とかいうんだぞ?俺の話で。おかしいだろ?」
『はい』と言って何が悪いのかと思うが、軍人教官に対する時以外『はーい』『はいはい』『はいはいはいはい、すればいいんでしょ?』『ほ~い』とテキトウに生きているので、今日のゲストたちが異性人にしか見えなかった。
「おかしいのはシグマさんたちです。返事は誰にでもキッチリはっきりして下さい。」
第2弾常識を弁えている系女子が、正論を言っておく。
「でもさ、大房民のために、毎回『はい!』って、がんばれる?」
「できませんね。」
できないらしい。そんなもんである。
そこでサラサが補足した。
「皆さん、あまり知らないと思いますが、きちんとよい環境で育ったり、宗教心がある子たちは実際すごいですよ。ユラス人や響さんを見れば分かるでしょ。アンタレスも海外も有名な組織や企業のトップや幹部はそういう子も多いです。利他心が高い子は霊性も高くてすぐ伸びるし。生きてきた最初の軸が違うんです。まあ、問題は周りの指導者や大人ですね…。」
「蛍惑ですか……、あの酒豪の人たちですか……。」
蛍惑も町全体が、霊性や精神性の高い地域だ。
ただ、確かに響はそうはそうかもしれないし、昇星ミューティアたちを見ればそう思うが、同じミッション系スクールの蛍惑シンシーたちまでそうだと認めたくない。なにせ、大房への対抗意識が凄いし、小姑まっしぐらである。
「シンシーさんもすごい額の寄付をしているし、セラミックリーバス系列の福利の責任を持っていますから。その雛型を他企業にも指導したりしているんです。下請けまで儲けに見合う利益が回っているかもシンシーさんが見てるんですよ。仕事ではありますが、立派な社会貢献です。」
「え?シンシー姉さんが?それは知らんかった。」
「マジか。」
いつも響に余分な世話している姿しか知らない。
「金持ちの寄付は税金対策っしょ。」
サラサが呆れた顔で見る。
「…あなたたち、生まれた時から聖典や徳目を聞いてきた人間が、そんなことだけで巨額寄付をすると思うの?自分たちが儲けたお金がムダ金になるのを許せると思う?人間そんな単純じゃないから。」
「実際そういう人もいるでしょ。」
同じ人間でも大房民は単純なのでそう思うのである。大房民は極悪でもないが、崇高過ぎる精神にもピントが合わないのであった。
「リギルの動画にもそう載ってたし。」
「っ?!!」
今日は頑張ってファクトの近くで縮こまっていたのに、ビビるリギル。
「寄付も悪の組織に流れるとか、ただのマネーウォッシュとか、結局自分たちの関連団体で得をするのは自分とか。」
「まあ、実際どこに寄付されてるか分からんし。」
「そのまま政府にすっぽりとかもあるだろう。」
「普通そうな政府でもそうなのに、独裁国家とか絶対そうじゃん。」
「中抜き中抜き中抜き………」
「この時代は1円違わず追えますからね。そんなことできません。少なくとも、自分たちに関わる人々には、そういう洗い出しもきっちりします。」
機密、武器やパソコン関連、プライバシーに関わる医療関連以外は、購入店やメーカー名などは伏せて領収書も全て一般閲覧できる時代である。
「ギュグニーだと物資に変えてから、裏ありな物流にしそう。」
「そのために、ユラス軍が監査役になるんだろうな……。」
「ギュグニーは入口までしか行けんけど。」
「……あなたたち。黙りなさい。」
サラサが怒っている。
どこまでも下げたいのにサラサがいい感じの話に持って行こうとするので、またどこまでも下げたい大房民なのであった。
「……リギル大丈夫?」
ファクトの心配する横で、リギルが屍になっていた。
「『心星君は誰ですか?』って、堂々と聞く奴もいたぞ。」
「はは、やっぱりいた。そういう奴!」
と盛り上がっている。
「アホだな、そいつ。」
「顔、覚えておけばよかった。」
何かの採用際には絶対に落とすと心に留める。なんだかんだ言っても、真面目ないい子がほしいアーツであった。これ以上バカは要らない。
「『訓練は東アジア軍ですか?ユラス軍ですか?』と聞く奴もいた。」
「おお!!どこにでもアホはいる!」
「え?気が合いそう。」
ファクトが楽しそうだ。しかし、もう以前ほど軍人教官は出てこないのである。しかも、そんなアンタレス民や身内だけで留めておけばいい初期の情報がどこで漏れたのだ。
「春の研修で内部公開三分戦しましょう!」
「するわけがない。」
カウスやワズンに指導してもらっていたことが、どれほど特別かまだ理解しきれていない彼らであった。
●大房に対抗する、お嬢様出身のシンシー
『ZEROミッシングリンクⅡ』20 お酒は禁止の理由
https://ncode.syosetu.com/n8525hg/22/
●ワズンが指導していた時
『ZEROミッシングリンクⅡ』14 命の居場所
https://ncode.syosetu.com/n8525hg/16/




