25 遠慮しないで
サラサは語る。
「どうせ、春には彼らの本陣が研修に来るんです!遊びに来た者たちに、その準備をしてもらいましょう!!それで春当日は研修員ではなく、彼らに出迎えスタッフになってもらいます!!」
「は?!」
仕事をぶん投げるのである。
「その気になれば学生はいくらでも休めるし、こっちで単位も取れます!!」
「………。」
直ぐに飲み込めず「へ?」という顔のままの者もいるが、手を叩く一部の者もいる。ナイス案過ぎて拍手である。
その時、あ、という顔でサラサが目の前に現われたデバイスを見る。
「今、東アジア側からも許可がでました。カストル総師長からもそのまま確定でと。」
「おおお!!!」
「そして、私たちをバカにしまくったアンタレスの組織をあっと言わせてやりましょう!!…歯ぎしりするくらい…。そう、他地域の優秀な組織と仲良くなって!」
「……」
それが本音か。サラサ、よっぽど嫌な目にあってきたに違いない。
「…そうか…。」
何で拍手してんだ?取り込むって今そんな余裕ないし、と思っていた者も、よく考えて、サラサの言う意図をやっと理解する。
自分で営業に行くのと、向こうから見たいと言ってくるのはどちらが楽ですごいことで、どれほどチャンスか。何度も何度も何年も、顔をしかめられたり冷や水を浴びせられたり、門前で追い出されるような営業をしたことがある者なら分かるであろう。しかも相手は自分たちより遥かに大きな組織だ。大企業がこちらに頭を下げに来たのだ。
敵も内に取り込んで来たカストルやサダル、チコがそうしてきたように。
彼らは自分の懐に飛び込んで来たものは、洗いはするが拒まない。少なくとも、意図を話して通じなくとも拒絶はしてこなかった。
ベガスの基盤を立てた上部が許可したことの意味を考える。全ての責任者が揃っておらず、この緊迫時に警備体制を変えてまでリスクを伴う変更を認めたのはなぜか。
これは、奇跡の波だ。
偶然ではない。積み重ねの上に現われた奇跡。
自分たちだけでなく、血を流して先陣を切ってきた人々の、集大成の一つ。
世界最大経済都市アンタレスが動き、その首都フォーマルハウトが動けば世界に波及する。
アーツの目的は、今やただ将来の安定職業のためではない。
いずれにしろそれは、半社会主義体制のベガスではクリアしている。これから河漢のような地を作るためさらに地均ししていくのだ。そしてVEGAやアーツは営利組織ではない。するべき目的のために与えられた仕事をこなすだけでは意味がないのだ。マネーによる相応の純利益を出さなくてもよい代わりに、人を育てシステムを作ることで還元していく。間接的な利益造成でいいのだ。
自分に利益がでなくても、連合国からお金が出る以上、組織が、国が目的とする大きな森を見る必要がある。
「今、動いていることの意味が分かる者は、迅速に動くように。」
ゼオナスやウヌク、遠隔で聞いていたイオニアたちは思う。
今、アジアラインが動いている。現地に入った人間たちが想像以上に人手がいると判断したのかもしれない。もしくは、アーツの有効性を認識する状況があったのか。
アーツの強みは柔軟性と多様性だ。
大学生や社会人、家庭を持っている者などあらゆる層の人がいるという多様性があり、専門性と組織性が強くて繊細な仕事を任されるVEGAにはないアクティブな柔軟性がある。そして、バラバラに見えて一貫性があった。彼らは自分たちが未熟なことを知っていたので、他人の話を聞ける柔軟さと、世の中を広く精査したい見分を持っていたからだ。
そして今、皆カウス状態なのである。
このイベントの後、少しずつ海外派遣が決まっていくし、既に確定の者もいる。
現在アーツは河漢も含めば400人近い人員を抱えた上、逆らう者はいらぬとブラックに仕事を詰めに詰めたため、すごい勢いでレベルアップしていた。ただご存じのように、彼らは身勝手なのでパワハラ上司の言うことも聞かない面子である。
これからアンタレス全体に活動を広げていくとはいえ、この狭いベガスに人が多過ぎではないか?密度あり過ぎではないか?と一瞬思うが、いい人材はこれからどんどん出張に行ってしまうのである。
あの頃、『休暇下さい!』『私が後輩を育てても育ててももどこかに送ってしまうのは誰ですか?!!』と叫んだカウス状態になろうとしているのだ。
そう、人材はいくらでもほしい。いつか需要が満たされ人が飽和しても、これだけ教育を受けていればみな各所で何かしらの仕事にもありつけるであろう。
そこでライブラが前に出た。
「必要なら自分も立ちますが、私も基本アーツ第1弾に総括をお願いしたいです。」
「え?なんで?」
それは疑問の第1弾。
「確かに俺らは……そこそこの大学や企業を経過してはいます。でも、第1弾がいなかったらここまで人も集まらなかっただろうし、これほど仕事も進まなかったと思うので。」
「……?」
底辺大房たち、そう?としか思わないが、他のメンバーは頷いている。
「それはなぜ?」
と、第1弾に聞かれて、じっと考えるライブラ。
「……スピード感?」
「……」
その一言しか答えがない。上司の言うことを聞かないメンバーが揃っているためであろう。賢そうなライブラから下町ズみたいな返答が来るのでみんな困る。
「俺らはパイオニア後の、地均し要員ですので……」
ライブラが申し訳なさそうに言う。
「いやいやいやいや、そんな謙虚な。」
「謙遜しないで下さい。第2弾以降の兄さんたちがいなければただのアルバイト要員でした。」
「パイオニアはVEGAや藤湾学生ですよ。」
「皆さんまでパイオニアに含めて下さい。」
「いやいや皆様も。」
「俺ら、地均し時代にはウザがられる昔のおじさん系です…。」
変な遠慮が始まるが、少なくとも河漢の開拓者はアーツ第1弾であることに間違いはない。そして進むだけ進ませた全てを整理し、第4弾やべガス外に組織を繋げた2、3弾も非常に優秀なことに間違いなかった。
「全員聞け、時間がない。
オリエンテーションは午後7時半に大会議室で始まる。正確に何人来るかは今リアルタイムで集計しているが………増えてるな………」
「マジか。」
「ぜってー、関係ない部署も混ざってるな。」
「遊ばれてる。」
「月曜の午前は完全休暇にするから、大変とは思うが明日まではよろしく頼む。普段の最初の講義で行くので特別なことはしなくていい。今回は急ぎでこっちで役割を決めたからデバイス確認してくれ。
すぐに動くように。解散!」
講義はいつでもどこでもできるレベルの者がたくさんいるので心配はないが、名前が挙がっている者は急いで準備に向かった。
全体が終わって、ファクトの元にウヌクが来た。
ウヌクは四支誠を動かない代わりに、文化会館に来た者たちの案内をすることになった。
「ファクト、ちょっといいか?」
リゲルたちにリギルを任せて少し端に行く。
「太郎と連絡取れてる?」
「…取れてない。俺も人を通さないと会えないし。」
「……そうか…。テミンが作った動画やオブジェがさ、太郎と一緒に作ったらしくて。公開はしてるんだけど本人不在で完成しないからって落ち込んでる。」
「………」
そう、テミンは言い合いをしてから太郎と連絡が取れていないのだ。河漢にも四支誠にも顔を出さないので仕方がない。
ギュグニーが動けば、自由圏側で一通りの自由を手にしているモーゼスはどうするのか。連合国が実質占領という形になるのか、協定という形になるのかでも結果はだいぶ違うであろう。連合国側に引導が渡されれば、自分の本拠地が暴かれる可能性も高い。
シェダルも厳重管理下にいるかもしれなかった。
●カウスのあの頃案件
『ZEROミッシングリンクⅠ』38 マリアスVSムギ
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