23 それでも
※残酷な表現、性犯罪などの記述があります。苦手な方はお避け下さい。
「いつかこんなこともあるかとは思っていたけれど……」
ランスアが倒れたというメレナの報告を聞いて、サラサはふーと息を吐き、報告書を読んだまましばらくデバイスから顔を上げない。
「メレナさん、忙しいのにありがとうございます。」
「………いえ。」
メレナたちと病院から戻ってきたシャウラも共に報告の場にいた。
ランスアが倒れた理由。
それはかつての加害者の家族がベガスに来ていたためであった。
加害者には息子娘が一人ずつ。息子は父が逮捕された時、その母から事情を聴いた。しかし娘はそれを子供への性加害とはまだ知らない。高校生の娘に知らせるかみんな判断しかねていた。
息子は知っているため、もちろん被害者がいるベガスには来ない。
ベガスにある被害者保護組織が間に入っている事と、ベガスでは親に極めて悪質な犯罪があった場合、その子供にも一定の処置がとられる。親と似た傾向があるかの霊性の診断と、両者の距離を取るためだ。息子は普通の人だったが、息子自身が大房の友人たちと距離を置いてしまった。
犯罪の種類によっては、女性は圧倒的に加害件数が少ないため、行動まで制限されない場合が多い。
加害者の妻に、娘が成人を迎え、家族も状況を受け入れられるまで娘には言わないでほしいと懇願され、一旦逮捕理由は別のものを用意した。ランスアの願いで本人の母にもまだ話していない。
「本当は家族も知っておいた方がいいんだけどね…」
「………」
「生きているうちに、誰かが何かしらの形で精算をしていかないと、後に響くことになるから。」
ランスアの母は、子供の心と向き合うことに放置な部分はあったが、とにかく仕事仕事。生活面は母一人で面倒をよく見ていたし精いっぱい生きていた。
しかも加害者は、かつての父の友人たちの一人で家族ぐるみの仲。皆、ローやランスアのことを知っている。周囲も皆知人で、どこかに繋がりがあるのだ。そのままにするのも怖いが、仲が良い関係を壊すのも、周りに不用意に話が広がるのも怖かった。
その娘が、今回大房の友人たちに誘われて一緒に見学に来ていたのだ。
「ランスア兄ちゃんじゃない?」
黒髪の高校生に声を掛けられて、一瞬反応ができないランスア。
「**だよ!覚えてる?」
「…?」
「かわいくなって分からない?」
「えー!**こんなかっこいい知り合いいるのー?」「誰ー?」と、はやされて、嬉しそうに笑う精一杯大人びた女子高生。
あの歪むような過去、ランスアはある時、一気にキレた。
まだ身長は伸び切っていなかったが、自分はあの男より強い、世の中の仕組みを知っていると気が付き、股を蹴り上げて顎を潰すと言って脅し、断絶を決めて以来だ。多分。
記憶があいまいな部分もある。
その後は親にも向こうの母にも、食事などなぜ一緒に来ないのかと何度も言われた。女遊びが激しくなって、思春期か?とか、俺たちをバカにしてるんだろと、みんなが自分に言った。
高校生の彼女とは、それから何を話したのか覚えていない。向こうは始終笑顔だったと思う。
彼女たちとはその場の会話だけで別れたが、ランスアが、今見ている世界は真っ白でもなく真っ黒でもなく、その中間だ。
グレーとも違う。
中間だ。
白にも…黒にも傾いてはいけないと心が警告する。
あの当時と一緒。壊してはいけないと思っていた日常。
壊してはいけないと思う、目の前にいたあどけない女子高生の………高校生活。
化粧せずとも大人な女性に囲まれているランスアから見れば、どんなにメイクをしても背伸びした子供だ。
頭がぐらんぐらんと大きく揺れるのに、真っ直ぐ歩ける自分。
一時間くらい普通に過ごしていたが、何かがヤバいと感じる。何がヤバいのかランスアの中でも分からない。ただ、少し体調が悪い気がしたので薬を貰いに行こうと思ったのだ。家にたくさんある薬でも足りない気がして。
大丈夫。
自分は見ると決めたのだ。千年王国のその先を………
かつてのメレナの言葉が響く。
『…いつか聖典も消えるよ。
聖典には親の心にはあまりにも痛く…悲しいことが多すぎるから…』
いつか、聖典すら消える。
自分の中のむしってもむしっても消えない感覚と記憶も消えるのか。
『人間自身が聖典の『核』になった時に…』
自分は千年王国の最後までは生き残れないから………せめてその……踏み台ぐらいにはなりたい。
サラサは自分を落ち着かせた。
「エリス総長には……」
「報告しました。チコ様への報告はこの期間が終わってからにします。ランスアにもそれは言っておきます。熱と頭痛でずっと寝込んでいるので。」
「……はぁ………」
「リシアが明日一日一緒にいられるそうです。熱が下がって退院できそうだったら今夜は自宅でなく、パイシースに泊まるように言っておきました。ジモーニと後で送ります。」
リシアはランスアの同居人、パイシースはVEGA関係の被害者保護施設だ。
まさか、ここで加害者の家族に会うとは。
「なんだかんだいって、狭い世界だね……」
ここまで拡大すると、南海だけでも街規模。なのに、ベガスと大房の様々な人間が絡み合う。
人々の関心が向いた分、こちらに関わりたい者も多くなる。しかも、大房民にすれば知り合いたちがその中核にいるからなおさらだ。
人が増えれば今までのように全てを管理できなくなる。
加害者の娘にはお互い両親の揉め事と話しているが、それだけでは理由が弱かったのだろう。娘は、兄がなぜランスアたちとの付き合いまでやめてしまったのか理解ができない。学校は違うが同級生で共通の友人もたくさんいのた。
子供同士だけでも関係を大切にしたいと思う子だったのか。
ただ一つ、メレナは様々な加害者に言って聞かせることがある。
治安の悪い地域、貧困地域や戦地では、他人をただ物のように欲のはけ口にする場合が多い。でも、先進地域では、精神的な纏い付きまでしよとする加害者も多いのだ。
自分の欲と心を埋めるために。
相手を自分の物にするために。
でもはっきり言える。
そんな事をしても、相手を支配などできない。
心を壊されたからと言って、犯人に渡したわけでもない。犯行には怯えても、犯人そのものへの一個人としての人格性はどこかの時点で消去される。
多くの場合被害者は「人格的な」加害者を排除してしまうからだ。
人格的な部分を排除してしまうとも言える。
犯人そのものと戦っているわけではないのだ。
本人にできなくとも、施設ではそういう訓練も確立している。
人を束縛したり攻撃することでは、人を支配などできない。
ランスアは貞操と心だけでなく、身体にも後遺症を負った。
これらの犯罪は、生殖器官や腸などに取り返しのつかない傷が残る場合もある。
誰かが気が付いてくれるか、大人になるまで孤独に疾病を抱えていくことにもなる。誰にも言えなくて、時に一生。
ベガス内では必須医療の範囲なら、無料で義体を付けたり筋肉、細胞再生医療ができるため、今下半身にその医療を受けている。
***
「ねえリギル。本当に大丈夫?」
「うん。」
「帰って寝た方がよくない?」
「大丈夫。点滴打ったら元気出た。さすがにそこまで病弱じゃない。」
病弱というより体力がなかったのである。でも今はグラウンド周りを3周強歩しても息切れしなくなった。
リギルはまた給水所のテントに戻ってきたのだ。
心配なのでファクトも一緒にいる。
「ファクト君、チーズドック食べる?いろんなチーズがあるよ。」
ファクトがいると会話がしやすいので他のスタッフがよく声を掛けてくれる。というか、おしゃべりが凄い。
「この甘い生地に敢えてハードチーズとか強そうなのを付け合せるのがいい。」
「そうだよねー!分かる!」
「絶対クリームチーズがいいよ。リギル君はどう?」
「クリームチーズ。」
「ほらー!」
「フェイさんはまだ世の中を分かっていない。舌が子供過ぎる。むしろ餡子にはプロセスのチェダーチーズがいい。」
「えっ!ひどい!どっちが子供?」
リギルはお客さんが来る合間のそんなやり取りを横で見ていた。
今はまだ、ランスアの話はしない。
間にファクトたちを挟んでいるからではあるが、以前は人との会話が、イラついて鬱陶しくて世界が真っ暗になりそうで仕方なかった。今は誰かが横で話しているのを静かに見ているのも、その空間にいるのも少しいいなと思うようになった。みんなでワイワイ仲良しな人たちなんて、絶対になりたくないと思っていた人間だったのに、自分はただ羨ましかったのか。
帽子やフードは絶対に外せないけれど、ああなれたらなと、リギルも素直に思った。
●聖典の結末
『ZEROミッシングリンクⅥ』116 千年王国の最後はデータが消える
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