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ZEROミッシングリンクⅧ【8】ZERO MISSING LINK 8  作者: タイニ
第六十四章 今開く、世界に掛けられた鍵

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21 ギュグニーと過去の開放

今まで間違えていましたが、ギュグニーは共和国ではなく連邦国です。

ただし名目上で、都合のいい時だけ同盟関係になる揺らいだ国です。



アンタレスが昼の中、西の地域はまだ朝寄りだ。



ユラス大陸のSR社研究所。

温度湿度共に非常に快適なその空間は、外の光をうまく屈折させて室内まで届けた自然光が美しく室内を照らしていた。


床ずれにならないようにベッドが動き、角ばった体がキレイに位置を変える。介護の女性が机の上にあるすてきなパッケージを見ながら、傍らで様子を見守るシャプレーに声を掛けた。

「この香、珍しいですね。オレンジなのにユラス産なんですか?私、元は北の人間なのでユラスでオレンジを育ててるって知らなくて。」

アロマを焚きながら興味深そうに聞いてくる。普段はSR社の香油を使っていたし、柑橘系はあまり焚いたことがなかったので興味深そうに説明を読んでいた。



その風景を見ながら、シャプレーは介護の女性に静かに言った。


「マギマス、ありがとう。

一つ、区切りが付きそうだ。カストル総師長と連合軍がチートンに入った。」


「…っ!」

チートンはギュグニー最大勢力の首都だ。マギマスと呼ばれた介護士は言葉なく驚き、しばらくして肩を震わせた。

「この長い期間、バナスキーを見てくれたこと、感謝している。」

「……っ…」

マギマスはそっと箱を机に置いた。


「……チートンという事は……、全降服したという事ですね…」

「…ああ。」

連合軍に協力を誓ったのは、その周辺の主権や部下たちだ。首都での交渉が成功したのだろう。


「北斗様………」

バナスキーの硬く張った頬を擦りながら、マギマスはシリウスのモデルであり、シャプレーの母『北斗』の名を口にした。シャプレーはその光景をただ見守る。



彼女はもともとは北斗の結婚に付いて来た世話係であった。


北斗が亡くなった時点で、馴染めなかったアンタレスではなく故郷に帰ってもいいとシャプレーは言ったが、子育ては終わっているし先祖の代から仕えてきた主人を離れるなどできないとアンタレスに残った。

北斗がいなくとも、そこには北斗の息子がいて、そしてバナスキーがいた。


「私を追い出さないで下さいませ。」

「……バナスキーが………」

死ぬ時まで、とは言いにくい。

「…落ち着くまではこの仕事をお願いするつもりだ。」

もちろん、マギマスの生涯の仕事も生活も保証するつもりではあるが。



彼女は献身的に北斗に仕えるために子供を一人しか持たず、後にユラス人の夫も死んでしまう。夫の親類がアンタレスに留まることを許さずひどく揉めて、小さな息子はかわいい盛りにユラスのその親戚に預けることになってしまった。怨まれているだろうか。


「……子供はもう家族として迎えてはくれないだろうし…。」

マギマスは遠くを見て自分に呆れるように言った。



昔、仕事にひと段落が付いた時にやっと会いに行ったのだ。もうすっかり大きな見知らぬ青年になっていて、ひどく睨まれた覚えがある。息子の妻にも会わせてもらえず、生まれた孫も抱かせてはもらえなかった。


全くの無視でもなく、別宅でお茶を出され、絹織物の土産とお金を突き付けるように持たされ、それが「一応最後に良くしてやっただろ」というけじめの手切れ金のようで、ただ追い出されるより立場を失くした。


マギマスの手土産はカノープス家が用意した物も受け取ってもらえず、こちらが準備した養父母家族と息子夫婦へのお金、子供へのお小遣いは執事に渡しておいたが、アジアに帰ってくるとカノープス家宛に「マギマスへ」と返金されていた。無理に置いてきた手土産ももしかして捨てられてしまったか。


息子の顔を見ても「ああ、大きくなっても我が子ね」と思えず、うちの子はこんな顔だったんだと…初めて知ったように思ってしまったので仕方ない。当然の仕打ちだ。



落ち着いたら呼び寄せようと思っていたのに、その頃北斗が倒れ、周辺は完全に機密状態になってしまった。呼び寄せるのは危険だと止められたのだ。


今も、バナスキーだけでなくラボにいる被験者たちの介護をしているが、当時はこの比ではないほど人がいて、警備も軍隊並みだった。


主人と同じように、身を挺して自分の身体を提供した人々を置いて、ラボを去るなんてできなかった。数人の子供たちが、マギマスを自分の親代わりと思っていたし、あの頃はSR社内ですら不穏な空気が漂っていて、実際にミクライ博士たちはその後連合国を裏切ったのだ。

その場を離れたら誰かが連れ去られそうで、子供たちを霊印によって紐付けたマギマスは、ラボを離れず見守った。


思春期の時すら、親戚の中に預けた我が子。これまで何度か掛け合ったが、親戚側も今さら何をと子供を渡してくれない。東アジアのアンタレスに肩入れした人間の元で働く母を、親戚は子供から遠ざけた。自身が悪かったのか、夫の親族の中は居心地がよくなかったのか、会った時はひどく冷たい目をしていた。




そうしてもう何年経ったのか。マギマスはまだまだ若く元気だが、いつの間にか少し出てきた白髪。


でも、ベッドに眠る若いバナスキーの方がすっかり白髪が多くなっていることが申し訳ない。眉にも少し白髪が入っている。それでも手入れをし、柔らかに艶めく髪を優しくなでた。





ニューロスも、ギュグニーも、たくさんの人たちの家族を、人生を変えてしまった。



けれど、ここにいる三人には一つだけ確信している『今』がある。


それほどまでして主権を勝ち取らなければ、もっと多くの人の命がなくなり、もっと多くの人々の自由がセイガの地から消えていただろうという事だ。



そう、マギマスの主人『北斗』は、病気の治療を盾にして、自身の身を提供したのだ。


自分の息子さえも。



北斗にとってもたった一人の息子。彼も2、3歳で既に多言語を理解するような子で将来を嘱望されて、子供の時から経営に関わっていた。


北斗は中学を卒業する歳のそんな息子に選択を迫った。

経営者として生きるか、ニューロス開発に全てを託すか。



先に市場を制した者が、後、数十年のシステムの地盤を制する。


つまり一時代を築く。



絶対にギュグニーに先行されるわけにはいかない。ギュグニーは、旧時代の人本主義国家の研究者たちの多くが、為政者たちと逃げた先だ。



北斗とその息子の瞳は何を映していたのか。

無機質で静かな、何にも揺れ動かない、何も語らない瞳。


母と息子の行く先は一致した。




***




給水センターのテントで午前中はサダルの礼拝を見ながら、今はベガスの紹介映像や各所イベントの中継を見ながら、ため息を付くのは帽子にさらにフードを被ったローの弟リギルである。


してもしなくてもいい仕事だが、休憩所で水分補給の水や、ビタミンや塩分のタブレットを渡す係をしている。

「はーーー」

帰りたい。


この期間、自分のサイトを確認すると、主人不在でも数千件もコメントが来ている。ホント、やめてほしい。


中には、

『ベガスのイベント来てまーす!リッターさんいますかー!』

『友が来たよ!』

『ユラス人背が高い』

『マジ、エルフがいる』

『ベガスって広いんですね。うちの地元の市町村ぐらいの面積あるんですが、どの辺にいます?』

『地図調べ過ぎてめっちゃ詳しくなってる。ヤバ俺』

『イケ顔お兄さん紹介して下さい』

『中華皇帝wwwwww、リッターには縁がない』

『めし上手い。明日も食いに来る』

『本当は自分、かっこいいんでしょ?』

『ハードル上げるなwww』

『実はどっかの街でまだひっそり生きているくせに』

と、会うつもりでいる者もいるのだ。


絶対にイヤである。

フォロワーは、リギルが背が低く髪が少なく顔が垂れ気味という事まで知っているので、なるべくテントの暗がりにいることにした。どこも暗くはないが。



「リギルさん、休憩して下さいね。」

「あ、はい…。」

そこに、数日同じ場所を担当した女性のスタッフたちが昼食から戻ってきた。スタッフはあれこれ変わっているが、リギルは南海より客が少ない南海端の総合病院横にある給水所に落ち着くことにしたのだ。ここなら他に案内係もいて、スタッフと気まずく二人きりになることもない。


情けないことに、ペットボトルの24本パッキングを運ぶ時も、リギルより女性たちの方が手際がいい。重い物を運ぶメカニックなどあるが、皆サッと自分で持ち上げてカウンターやパレットに出してしまう。さすがにリギルも持てなくはないが、同じように反応できない。リギル的には情けなくて逃げたくなったが、数日後に周りは全然気にしていないことが分かった。


最初にファクトたちが、「人が苦手なので、不愛想でもそっとしておいて下さい」と説明したら、スタッフたちは平気ですよと笑にもなどは変な人がいっぱいいるし、学生たち何人かは看護介護学校の子らしく、痴呆や鬱の人も相手にしているので少し不愛想なくらいなんでもないという。



昼食のことは考えたくないし、トイレだけ行って今日はここに座っていようかと思ったけれど、そこになぜか()()()が来てしまった。


背が高く運動もしていないのに程よく太い首。締まった形のいい顎、筋の通った鼻。

「あれ?ウチのリギル君?」

「?!」

次男ランスアである。リギルはすぐに目を伏せる。


3人いるスタッフの女子が騒めいている。同じようにフードを被っているのにフォルムが全然違うこの男。もうシルエットからかっこいい。男の目から見ても。

「お水ちょーだい。」

「持ってけ。」

と、渡さずに小声で言って水の方を指をさす。構ってもらえないのでランスアがリギルの座るテーブルの前にしゃがんだ。

「リギル君が僕に頂戴!」

「………」

顔も見ず、無言で渡す。

「ねえ、あのタブレットも。」

「行けよ。」

ダッと握ってレモン塩味を袋ごと渡してしまう。


「はー。もうリギル君、もっと愛想よくしたらいいのに。昼食まだなら一緒に食べる?」

かわいく聞かれるが、もう食べたと突っぱねた。

「お兄ちゃんにひどいね~。今日はお小遣いはいらないよ。そんな気分じゃないし。奢る?」

「え、いい。」

この兄に奢られるぐらいなら、自分が奢る。

「通院に来ただけだから、もっと優しくしてよ。僕死んじゃうよ?」

「?!行けよ!」

関係者…兄弟だとバレたくない。

「…分かった。じゃあ行くわ。見かけたから寄っただけ。今日はミツファ先生いるかな~。」

「っ……」

と、他のスタッフに手を振って去って行くので、女性たちも笑顔で返した。


「ねえ、リギル君。知り合い?」

と、好奇心で聞かれてしまうので「最近ベガスで会った人です!ご飯行ってきます!」と、急いで駆けて出た。




そして、無人コンビニで何か買って、この期間の自分の定位置にした病院の庭の入り組んだ端っこで少し休もうと歩いていた時だった。


誰かが遊歩道の隅で、倒れ込む形で道にうずくまっていた。

「…!」

大きな背中がゼイゼイと動いている。

大丈夫ですか?と声を掛けたいのに声が出ない。若い男性だ。怖い…でも……と、固まってしまった時に気が付いた。



先、来た兄、ランスアだった。




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