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ZEROミッシングリンクⅧ【8】ZERO MISSING LINK 8  作者: タイニ
第六十三章 あなたの夜明け

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19 チコが泣いたから



「もしかしてギュグニーが国交を再開したとか?!」


並木道の隅で、ファクトはムギに問う。


「あ、ギュグニーはもともと公には国交をしてないか……。一部主権が投降とか!」

「私も全部は聞いてないよ。」

「……そうなの?」

「私も行きたいって言ったけど、チコが絶対にだめだって言うから。せめて特別警戒期間に入ってからだって…。この期間はベガス構築に関わる場所以外に行くなって言われてるし、アクィラェにも入れない。東アジア出国制限された……。」

アクィラェはムギの故郷だ。『(あか)』として深く関わってきたのに、自分の故郷にも入れないとは。そして、こんな小さな子を国掛かりで出国止めするとは。


「ファクト、口堅い?」

「え?」

全くもって堅そうでない顔をしているが、軽くはない。多分。

「堅いよ。」

少し疑わしい顔をするも、ムギは話し出す。


「…多分……、ギュグニーの壁が壊れるのはすぐだよ。もしかしてもう終わってるかもしれない。」

「え?!…ホントに?」

頭が追い付かない。

陽烏(ようう)さんは兵役経験があるし医者でもあるでしょ?ニッカは保健師の仕事もできるし、避難所の運営や生活に慣れているし東北ユラスの地形も分かる。故郷の一部地域に仮設設備が準備されるんじゃないかな。備蓄はこことここと……多分この辺にも入れると思う。」

「………」

「いろんな国でワクチンや医療設備が大量生産されてるし。水や食料も。兵站部隊が待機してるから、これから物流のルートを作っていくと思う。でも、ギュグニーも人口的にはどうなのかな…。」


もう数日後に世間に広まる話だからいいとでも思ったのか、サイコスで一部の事情を隠せないファクトだから言ってしまっていいとでも思ったのか。少なくともイベントが終わる週明けまで、我慢はしないといけないことだろう。



ムギはギュグニーの大まかな国土をノートに書いていく。

政権は流動的ではっきり分からないが、おおよその図と共に、「この辺に本部を置くんじゃないかな…」といくつかの拠点に丸を打ったり、どこの国が動き、何軍がどこに入れるか、国境外の配置はどうなるのか、軍の後は誰が入るのか、どの辺にどんな施設が必要かなど説明しながらスラスラ描き出す。実際の本部は連合国家中央になるが、役割ごとやギュグニーの国の状況で国内外にいくつか大きな司令塔ができる。ユラス側だけでなく、西アジア側も準備しているだろう。


大きくは東アジアとユラスという世界最強軍のトップと世界動向の中心に挟まれているため、この二陣を中心に今回は動いていく。



「……すごいね…。全部把握してるの?」

「全部って程じゃないよ。半分は予想。多分連合軍ですら現場で判断していくことも多いだろうし。」

「………」

かなり書きなぐった感じだが、様々な地形の大枠を把握しているだけでもすごい。正直ファクトは、ギュグニーは山里にあるので反乱軍がいて、一国大きなボスがいて、あとは山賊同士の争いの場みたいな感じだと思っていたが、共和国最大国家の首都以外にも似た規模の都市はあるらしいし、思った以上に面積も大きい。知らなかったとちょっと恥ずかしくなる。

だいたいこんなことを知っている女子高校生がどこにいるのだろうか。周辺国の軍事規模だけでなく、得意な地勢や他軍との関係性、それにその周辺で起こっている物流まで把握している。


経済の動きもマネーも数字で全く理解していないのになぜ分かるのだ。この前、お小遣いを投資すると意気込んでモアに協力を頼んだのに「ムギちゃん向いてないね」と言われたばかりである。



「でも、製薬会社が儲かったとか聞かないけど…」

「今動くわけないだろ。」

「あ、そっか。」


緩慢に動き、緩慢に準備してきたのだ。

敵対関係にある国や世間を必要以上に動かさないように。

ギュグニー自体も100%の降服ではないのだから。


時が来た時に一気に入って行くのだ。


ベガス構築が世界で大きく動き出したおかげで、医薬品やその原料、建材など大量の物流が動いても、世間はギュグニーの話だとは思わないだろう。



「こっちは中央オミクロン軍の駐屯があるでしょ。…オミクロン、いくつに分けるんだろ。もともとオミクロンは大きく5つに分かれてる。」

ムギはノートをじっと見たまま、ファクトが以前ワズンと宿泊したアルマーズの辺境を鉛筆で指した。


オミクロンの子供たちは元気かな…と少し懐かしい。彼らはどうするのだろうか。子供たちはまだ事の起こりを知らないまま、自分たちと同じように日常を過ごすのだろうか。



「山の東側から入ってく人もいるの?国境に待機とか?」

東側の西アジアはほぼ完全な山脈だ。

「もちろん。それは西アジア軍かな。長く左傾が強かった地域が多いから任されないことも多いけど、彼らは山脈や…森林地帯に強いからね。」

連合国と一部の北方国家はあまり関係がよくないが、ギュグニーをこれ以上放置しておけないという部分は一致しているので、北も協力してくれている。


南はタイイーが動けるようになったので、ギュグニーと親密な北メンカルは以前より抑圧できるであろう。タイナオスも、かつて捕虜としてサダルがいたことで親亜、親ユラス派が増えている。


ムギが静かにもしゃもしゃと数本の木を描きながら、少し考えていた。



アジアラインの山脈。裾は荒地や森。



森だ。


切なそうに木を描く手を止め、その一枚だけを破って手に持って見つめた。アジアラインのあの森の中………。




「チコは外にいるのかな……ギュグニーに入るのかな…。」

ムギの声が少しだけ震えていた。

「行きたかった?」

「行きたいよ。」



「だって……シュルタンさんの婚約者がまだそこで働いてた………」

「…?」


一瞬戸惑うファクト。カウスは結婚をしている。もしかして昔は別の婚約者がいたとか?改宗して別れたとか?


でも、少し考えて誰のことか分かった。

「…あっ…。」



「…もしかして…カウスさんの弟?」

コクンとムギが頷く。


「…まさか……」

もうムギが小学生の頃の話だ。

言葉がない。


先の地図を描いたページをノートから破り、もう一度眺める。

「彼女はもともとセイガ大陸で働いてた人ではないけど、今回の件で数年前からアジアに留まってたみたい。」

「……」

「たまたま北メンカルの件で動いてた時に会って、少し親しくなるうちに偶然知って……」

少し息を止める。近しい女性同士で恋人や結婚話に花が咲いた時に、偶然知ったのだ。


「そのまま結婚の祝福を貰ったって…」

「!…」


つまり……カウスの弟が死んでしまっても、婚姻関係を結んだという事だ。


「お互い辺境の地で働いていたから……そんなに会えなかったとは思うんだけど、…大切な人だったから今更他の結婚はできないって……」

ムギが座ったベンチに足をあげて丸まり、自分の膝を寄せる。


「…私、シュルタンさんの最後の声を聴いて、最後に一緒にいた人ですって言えなくて…。

あの…兵士以外で……」

「…っ」


あの兵士。タビト・シュルタンを死なせた者だ。


「私がシュルタンさんを置いていかなければ……」

ムギが紙を握りしめる。



正道教の結婚は永遠だ。


そのため、相手が亡くなっても再婚しない者も多い。

けれどタビト・シュルタンはまだ若く、おそらく相手も若かったであろう。ユラスで地位があったため、自分たちで出会ってした婚約でもあるまい。親族や祭司が結び付ける場合も多いのだ。



子供たちが童話の王子様お姫様を夢見るように、当時のムギには『永遠の結婚』は本当に永遠であったから、一度結んでしまった繋がりを、心を、解くことなんて考えられなかったから……たくさん泣いた。

取り返しのつかないことをしたと。



けれど、大人たちはムギをこう慰めた。


そもそも婚約だ。信心がある場合、正道教もユラス教も純潔なことが殆どだ。


まだ婚約で、お互い体の関係もなく、若い。

さすがにこの場合、婚約を結び直すことの方が多い。いや、ほぼそうである。もし心の通った仲であっても、牧師の方が止めるであろう。



これからの長い月日を、人生を、彼女は一人で過ごすことを決意したことになるのだ。



普通だったら耐えられるだろうか。

とくに正道教は、家族を築き上げることを重きとする。


まだ学生のムギに大人の感覚は分からないが、きっと10年20年後に癒える傷もあるだろう。新しい相手と新しい幸せを築けることだってある。婚姻さえ結んでいなければ、新しいスタートがいくらでもできるのに。時間が掛かれば掛かるほど、後々心を切り替えるにも時間が掛かってしまう。


たくさんの未来があっただろう。

たくさんの思い描く夫婦像や家庭もあっただろう。周りをうらやむこともあるだろう。



それでも……


それでもなぜ…………




「…ムギ…。」

顔を見せないムギが、泣いているのが分かった。


背中を擦ってあげたくなるが……

リーブラが昔、親と大喧嘩をして泣いてバイトに来た時、背中をポンポンしてあげたことがあるけれど……それはしていけない気がした。


こんなにたくさん人がいるベガスで、ムギより一緒にいる時間が長く、もっと近い人間もいっぱいいるのに、ファクトの中でたくさんの距離が他の人と違ってきてしまった目の前の小さな女の子。



ファクトは今はこのくらいしか言えない。

「前みたいに強行しないの?」

仮死状態になって相当怒られた時だ。カーフとムギは勝手に動くといつも怒られていた。

「………」

何でそんな話をするのかと、ムギが怒ったように組んだ腕の間から少しだけ目を向ける。



チコに言われたのだ。

時期が来たら仕事も任せられるから、今はとにかくベガスから出るなと。


いつもだったら自分でルートを探して行ってしまうかもしれない。アジアライン共同体や商人などに頼んで、何かしら入れてもらうことだってできるだろう。



けれど、行きたいと頼む自分にチコが泣いてしまった。

絶対に行かないでほしいと。身と、その手を守ってと。


手を守る。おそらく自身の身の安全という事だけでなく、「人を手に掛けないで」という事であろう。この緊迫態勢の間は何が起こってもおかしくない。



「チコが泣いてしまったから…」

「………」

「ちょっと言い合いになりそうだったんだけど、チコを泣かせてしまった……」

「…そっか……」


ファクトはなんだか想像ができてしまう。その光景がありありと思い浮かぶ。


「…チコがあんな風に必死になって…それで泣いたの……初めて見たから………」

切ない声で言うムギに余計なことを言ってしまう。

「え、そう?チコって、よく泣いてる感じがするけど……」

「…?」

無理やり涙を拭いた目で、ムギは「え?」と顔を上げる。


「チコが?泣くの?」

「え?そんなことない?」

「ないよ。」


「………」

またもやファクトはどう反応していいのか分からない。

自分の前で泣いたチコ…。そうでなくてもよく泣いているのかなと思うようになって…、チコが世間的には鉄壁で強い人だという事を忘れていた。


「なんでチコは、会ったばっかりのファクトのことがそんなに好きなの?」

急に今までと違う話で怒ってくる。

「え?そんなことないよ。」

チコが自分に甘いのは、きっと父込みであろう。あの楽しいポラリス込みである。



「なんでチコはファクトばっか!」

「は?そんなことないって!」

と、言い合いになった時に……



「心星く~ん!」

と、ファクトの苦手系な声が南海の街路樹に響いた。



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