1 命の中の命
ご訪問ありがとうございます。
もう少し書き溜めてからの出発にしようかと思いましたが、第8弾出発しますのでお願いいたします!
不定期更新になります。
ここから最終に持っていく予定です。
キャラクターのイメージスケッチは、イラストデイズの『#ZEROミッシングリンク』に数人あげています。
○イラストデイズ『#ZEROミッシングリンク』
https://illust.daysneo.com/tags/ZERO%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%AF
「母さん、大丈夫?ゆっくり起きて。」
ファクトはスイカみたいなお腹を抱えた母ミザルをそっと支える。
母の命の中に、もう1つの命が囲われている。
今日のアンタレスも晴天だ。倉鍵のマンションから見える風景は、アンタレスを越えてその先の先まで見えた。
「は~。ラボの子は2人目がすごく楽だったって言ってたけど…。ファクトの時は確かここまでお腹大きくならなかったのに…昔過ぎて曖昧だわ。」
「そんなに大変?」
「歳もあるとは思うけどね…。よっと。」
よっこいしょっと座って、少しだけ水を飲む。
「本当にスイカみたいだね…。」
こんなのが人のお腹とは…と引いてしまう。
「病院にいると、妊婦さんじゃなくてもお腹が膨らんだ人が来たりするんだよ。救急でもよく来るし。」
「え?そうなの?」
「腹水や、便秘やガスでしょ。腸だけが原因でもないし…。便秘で来て初めて難病だったって分かったり。妊婦さんでも疾病で開腹になることがあるし。私、対応したことがあるけど、SR社で自分がなったら自分しか経験ないし。婦人系と消化器系の両方できるのサダルしかいないけど、もうラボの人間じゃないしね、彼。」
一人で暇なのか、ホルモンのせいなのか普段こんな話をしないミザルがファクトが来るといつもうんちくを垂れていた。おかげでサダルが男女生殖器系の手術もできると知ってしまった。普通に学会でいろいろ発表しているので隠している話ではないらしいが、大房男子はもう誰も逆らわないであろう。
サダルメリクは、ユラスサダル派が正道教に改宗し連合国に完全に加盟する直前までに、あらゆる『目には目を』の刑を執行したそうな。昔のユラス戦時下では現行犯の場合、特殊環境下の刑法が施行できる。また、サダルは軍とは別の権威を有しているため、直接ではないが司法にも関われた。
なので哀れみもなく様々な処分をしたらしい。とくに性犯罪とそれに伴う監禁軟禁、暴力は死刑や医学的去勢、もしくはホルモン調整後の重労働を伴う終身刑。重犯罪者に関しては死刑が一番多かったとの噂で、怖すぎる。
ここまできたら、南海広場に磔にされた方がまだ救いがあると、みんな言っていた。
「ふーん。」
と、母の言葉を聞いているが、他人がそうなってもパニックになりそうだ。カイフクって何?魔法?回復?と思うが、怖いので聞かないことにする。
「多分、何かあったらもう産めばいいと思うけれど、体ってタイミング一つでどうなるかも分からないし。」
大きすぎるお腹を擦るミザルを見て疑問しか湧かない。この胸下まで膨れた腹の中が、どうやったら下から出て来るのか。なぜパンダやカンガルーのように小さく生まれないのか。
「母さん、あんま怖いこと言わないでくれる?」
近くに総合病院がいくつかあるため科を跨いで対処できるので大丈夫ではあろうが、ミザルのよちよちした歩き方に心配が尽きない。
「双子じゃないよね…。」
「双子だったらどうする?」
「うーん。子育て手伝うよ。」
それはそれで楽しそうだが、とにかく今は母体の方が重要だ。ファクトの霊視でもお医者さんの見解でも1人で間違いない。
今までのファクトだったら、身内が妊娠しても「なんかご飯でも買ってきとく?」くらいしか言わずにサッサと学校に行って好き勝手生活していただろうが、南海にみんなで住んでいると、蛍が妊娠期入院で大変だったり突然で吐いてしまう妊婦さんもいたりといろんな話を聞くので、こんなに気を使う性格になってしまった。
確かに子供がいたのにいつの間にか母親一人しか霊性が見えなくなることもあって、今のファクトはもう霊視の話をしない事にしている。
それに、心理層で見た宇宙の人たちの全てが、あまりにも酷に思えた。
彼女たちはいつも誰かの妊娠、出産の心配ばかりしていた。
いつも誰かの体を心配して祈っている人々。
簡単に妊娠させられて………簡単に死んでしまう。
アンタレスではありえないギュグニーの死亡率。流産や死産も母体の命や後遺症に関わる。堕胎も命がけなのにあまりにも簡単に薬を飲んだり施術していた。もちろん、精神面での医学的治療もないだろう。あの国でそんなことをされたらかえって絶望的だ。
そして、自分の命の片割れを一時でも胎に培った女性を、簡単に捨ててしまう男も多かった。仲の良い自分の両親やタウ夫婦を見ているファクトには信じられない話だった。
妊娠出産も命がけで、もし流産死産や難産で子供ができなくても、後遺症が残っても、這いつくばってでもうまく立場や地位を掴まなければすぐに身の置き所を失う。
屈強な兵に囲まれていた彼女たちはまだ恵まれていたと言えるのか。
彼女たちに自由に生きる術はなかったが、その代わり診療所はあったし医者はいた。助産婦もいただろう。要塞のあったソソシアの街には先進医療もあった。ギュグニーには医者がいない場所も多い。文化や既存コミュニティーが崩壊しているので、産婆すらいない場所で妊娠する者だっている。
なまじ先進医療を知り、医療知識のある彼女たちは、きっと気が休まることもなかっただろう。
サダルが婦人科に通じていたというのも分かる気がする。ニューロス研究のためでもあろうが、後進国のタイナオスに6年もいたのだ。ギュグニーと違うのはタイナオスは南国という事だ。少なくとも凍える場所での出産や養生という事はない。
寒さが妊産婦の天敵だという事も、誰かの記憶の中で初めて知った。
「…はあ…」
ゴロゴロゴロ…とファクトの膝で撫でられながら喉を鳴らす、白に縞が混ざった猫のジロウ。
最近飼い始めたこいつだって先進医療を受けているのにと不甲斐ない。
「でも落ち着いたかな。お腹の膨張の吐き気以外はなくなったし。」
普段無表情ミザルがニコッと笑うとジロウもニ~と鳴いた。意外にも妊娠中期以降に軽いつわりが来たのだ。現在は妊娠鬱やつわりにも様々な治療があるが、それにお世話になるほどではなかった。
「食べられなくても何かは口にしてね。子供に全部吸われるよ。骨弱くならないようにさ。カロリーだけでも取ってよ。」
ファクトは言いながら、袋からいろんな補助食品を出して並べる。お腹が圧迫されてよく吐いてしまうのだ。
「カルシウムとビタミンDは必須ね。産後でもいいけど母さん細すぎるからさ。医者の不養生だよ。」
もういつ生まれてもいいらしく、陣痛が来たらSR社の病院棟に入るらしい。
経産婦と言ってもほぼ20年ぶりの高齢出産なので、小さく育てる予定だったのにそれなりになってしまった。3200グラムは超えないが、東アジアの標準身長でスレンダー気味なミザルが痩せてしまったのでやたらお腹が大きく見える。ファクトは出産時2950グラムだったらしいが、言われたところで想像がつかないため猫を測ってみたら3673グラムであった。
「お前が今のところナンバーワンだな!太郎はお前よりは小さい!」
そう言って猫を抱きしめる。犬や猫、名もなき存在は全部「太郎」なってしまうファクトである。まだ命名していないお腹の子も太郎と呼んでいた。猫のジロウは、タニアの犬もタロウのためタロウが多過ぎるとポラリスが付けた名前だ。
久々に温かいコーヒーを入れて寛ぎながらアンタレスの街を見ると、高い位置から見える目下の風景になんだか不思議な気がした。