15 血統の意味
「サダルメリク議長にも人格があるとは言えません!!」
「……」
一人がバシッというので、カストルも一旦言葉を切る。
「…そうだな。あまりいい性格はしていない…。」
そこはカストルも認める。宗教の頂点の場所で、自分の国やその重鎮を「クソ」という男だ。「滅べばいい」とまで言っている。
「まあ、人格とは別だが。良さそうという性格だけではやっていけないだろ。
性格は悪いが、彼は骨子がしっかりとしているからな。」
「それに、君たちは他国の中道も右派も君たちと同じ思いだと分からないのか?」
「……?」
「自分たちが正しく、自分たちこそが時代で、自分たちこそが真理だと思っている。そして、他者を排斥する。」
「排斥だなんて!」
「そういうことだろ。他国で同じ問題を見た時に、それは悪くて、自分たちだけは特別で自分たちこそ真理だと思うんだ。でも、同じだ。みんな同じ思いなんだよ。みんなそう言いたいんだ。
それが諍いの根本だ。」
「………」
「そこから、まだ他人を凝視するのか、自分を凝視するのかの違いだな。」
「…………」
男はグッと拳を握る。
「でも彼は正道教の骨子である、愛がないでしょう。」
「そうか?でも彼は他民族を受け入れている。新教が排他主義になった時に、彼は他教や他民族を受け入れたんだ。」
それがどれほど大きなことか。知る者は天を見るであろう。
「たとえメシア主義でも、一国主義や排他主義者は絶対に天の選ぶ人にはなれないんだよ。
旧約が一国主義で許されたのは、西洋で一党支配が面目を失い、民主主義が発生するまでだ。支配者が最終的に利他の意味に気が付かなかったから、民衆に鍬が渡されたんだ。でもその民衆も昔の為政者も同じ失敗をするから、民衆主義も結局は形骸化しているんだがな。
けれど神の目的は最初から一貫している。
等しく、全ての氏族が、人間が、他者を愛し、メシアのようになることだ。」
メシアは天の知恵と全き愛を受け継ぎ、神と垂直のつなぎ役になる最初の一点だ。
「選民はただの勝者ではない。全ての人の親になって、涙を流し、腰を折っても人類の罪を償おうとした者が、これからの歴史を導くんだよ。」
カストルは、現代の牧師なら誰でも知っていることを繰り返す。
「サダルは友好国ではない多くの国を受け入れた。タイナオスに至ってはメンカルよりはマシというような切迫状態だったのにな。」
タイナオスとユラスは虐殺の歴史も多く、サダルの部下もタイナオスで殺されている。
普通、近隣の国家は相争う。
彼らはアダムとエバの後に、兄弟が争った同じ流れを辿いやすいからだ。聖典を見れば分かる。どこかの代で乗り越えるまで、彼らは同じ歴史を繰り返しているのだ。親と、兄弟が誤ったものを。
親と兄弟との愛憎を乗り越えなければ、近隣国家同士は怨み続け、一つになれない。彼らは実際に、王族や統治者が過去、血縁の兄弟である場合が多い。
「それは分かるだろ。」
「その代わり、サダルはユラスを憎んでいます。」
「………。」
キョトンとするカストル。
「ははは!そうだな。」
そして笑った。その通りでもあるからだ。
「サダルも相手もな。憎んでいる上に、部下も民衆も問題を持ち込み、言うことを聞かない人間。それを引っ張っていくんだ。遥か遠くの国を恋い慕い、全世界の平和を祈るより大変だろうな。まあ、今もそれで苦労しているし。
でも、サダルは責任を捨てないよ。今はそれが重要だ。」
可哀そうなことに、サダルは頭の回転が速く聖典の真意が分かるので、怨んでいても捨てられないのだ。天意が心より知識で分かってしまう分、葛藤も多いだろう。新旧教も、正道教の多くの牧師たちもできなかったことだ。
「オミクロンを敵に回して?」
アルマーズにいた時に、サダルはオミクロンと張り合い彼らの敵意を買った。
「サダルは、自由主義に見える無神論全体主義の国で、小学生の時から朝夜の祈祷を一度も欠かしていない。」
「…?」
「ハッサーレの若者がデートを楽しんでいるような日曜も、30分は必ず礼拝に捧げだそうだ。駆り出されている時は、ベッドの中でもな。子供の時に連れ去られて、啓蒙教育をされ、まさに10代をそこで過ごした。君にそんなことができるのか?親も親類もいない世界で。気持ちの乗らない日もあっただろう。
でもその積み重ねを…、覚えていたのは私ではない。天だ。」
「…………」
「彼は、私以外の面談相手も全部納得させた。他の祭司や牧師にも聞いてみるといい。」
そう、同じように憤慨していても、サダルは周りを取り込める。これは、血統云々だけでなく、家系的な向き不向きでもあろう。ナオス家は常に人と対し、人をまとめる仕事をしてきた家系だ。系図がほぼ一直線で綺麗なので、徳目が前に出やすい。」
「………」
「納得というか、まあ、気に入られたという……のかな。」
本部牧師のシリも他の面接官もみんなサダルを気に入っていた。東アジア正道教幹部がただ変人なだけかもしれないが、それ以外の為政者や宗教者もサダルを嫌ってはいなかった。少なくともサダルはあのメンバーに囲まれて、動揺一つしない男である。もっと話がしたいと、いろんな教会の者が彼の元を訪れ、本人は非常に面倒そうに全てに対応した。
「働きながらだが、四十日四十夜の断食も済ませたしな。」
「それなら、ユラス教も、正道教信徒も多くの者がそれを果たしています!」
「何度も果たした者も!!彼だけではありません。」
「それぞれ使命がある。彼は一度で十分だ。そもそもやるにしても一週間でいいと言ったんだ。」
サダルはこれまで身体的修道生活をしてきた訳でもなく、子供を残せなくなったり死んだら困るので、カストルたちはやめてほしいと言った。でもサダルは族長就任前に身を清め整えたいと、数度の短い断食の後に、過去、修道者の多くが果たしてきた四十日四十夜の断食を済ませた。
他の宗教を包括するために、各聖典敬読や毎日4回の7礼敬拝、10万敬拝なども済ませている。
「それに彼は謙虚だろ?」
「謙虚?!」
そうは見えない。そこは認めたくない。
「あれだけ頭が回って堂々としているんだ。自分で新生ユラス教でもユラス王国でも何でも作ればいいのに、いちいち東アジアや正道教の我々に話を伺いに来るんだ。
彼についてくる新世代だけでも連れて、好きに新しい国でも建てればいいのにな。」
それもおもしろそうだという者もいたくらいだ。でも彼は、今は正道教が聖典歴史の主軸だと、神の一本線の根からは決して離れないと身を引き、頭を垂れた。神の一本線とは、神からアダムイブに繋がる霊と歴史の直下だ。
「断食もきちんと我々の管理の下で果たしたし。よく天からの使命だと言って、勝手に継続して死んでしまう者もいるから、言うことを聞いただけでも十分謙虚だ。神は断食そのものを望んでいるわけではない。」
「……」
謙虚の度合いが違った。
「彼が勝手に物事を起こさないのは、彼に力がないからだとでも思っているか?我々への反発心がないとでも?
違う。彼は自分の意志を越えるもの、天の歴史の願う方向性が本質で分かっているからだよ。」
正直、正道教の幹部が面談をした時、みんなサダルに感じたことだ。この男は時代の波にさえ乗れば、自分で国なり何かの巨大な組織なり作っていける人間だと。お金にも困らないだろうし、この時代ならユラスを圧していたヴェネレを越えるかもしれない。アジアに組み込んだ文化と歴史が、やっとユラスの味方になり始めている。
でも、サダルはそれをしなかった。正しくはその力を持って、自身やその国を一番の栄光には立てなかった。
「どんな時も、尋ね求める。
神の前に全てを捨てて。
自分のしたいことや方法で、国やユラス教を動かさない。いくらでもそうできるし、したいと思う時もあるだろうな。我々が愚鈍だから彼、イライラしてそうだし。」
アジアでは重犯罪者を短期裁判で極刑にできないと知り、非常に苛立っていたこともある。
「…まあ、彼についてくるユラス新世代も、そういうサダルを分かって従っているし、サダルが道を外れれば、新世代も付いてはいかないよ。君たちも様子を見てみたらいい。」
カストルは用意されたお茶に口を付け、お茶どころではない面会者にも勧める。
「彼は10年間、ただハッサーレで自由主義に甘えて生きてきたわけではない。本人は自分の過去がお気に召さないようだがな。」
そのまま自由主義にまみれて、そこで恋人を作っても家庭を持ってもよかったのだ。若いのだから。周りのそういう生き方も見ているし、欲だってエネルギーだって人並み以上にあるだろう。
「…総師長…。」
「それに時がある。
今、ユラス教が旧約の時代を抜け出せなければ、また地位と血統争いの旧約の時代が始まる。
他の首都系の家門がナオスを受け継げば、同じことの繰り返しだ。そして、アジアとの境もなくならないだろう。」
今、力があって議長席への権威欲があるのは、『我、至上主義』のユラス教保守しかない。彼らが覇権を取れば、ユラスはまた封建的社会に戻る。
ギュグニーを間に置くアジアとユラスが一致できなければ、地球自体が悲鳴を上げている時代に、セイガは意思疎通ができない分裂した大陸のままだ。前時代からの産廃やごみ処理問題、空気や土、水の汚染、全てが今の時代に重くのしかかっている。人間同士で争っている愚行はできない。
カストルは一人に聞いてみる。
「君はずっとアジアにいた新教からの牧師だね。」
「はい…」
「おもしろいぞ。サダルと話してみたらいい。真面目に向かって来る分には、君だって邪険にされたりはしない。いつもの牧師と話すより楽しいだろう。まあ、口は悪いだろうが。」
「……」
「旧教新教は、家族も血統も先祖も財産も捨てて新しい時代を切り開いてきたので分かりにくいかもしれないがな、ユラス教やヴェネレで動くときは、権威と経済力、それ以上に血統はものすごく力を持つんだ。そこに全ての意味はなくともね。
何せ、神の言葉があっても、それを聞かずに何千年も捨てなかった執着だ。家系、家系、家系…血筋、血筋、血筋と、まあ本当になんと言うか…………。」
その事で苦労したのかカストルは頭を抱えたが、また彼を見た。
「聖典でマイナス以外で名を記録された氏族は、歴史に意味を持つ。
今は、それを………
利用する時だ。」
そんな面会をカストルたちは何度も繰り返し、そして今につないだ。
今、ベガスミラの藤湾に。
廊下に出たサダルが窓の外を見ると、外は既にユラス教の礼拝を見ようと人が集まり始めていた。
●性格が悪いサダル
『ZEROミッシングリンクⅤ』58 ムカつく奴ら
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