14 誰こそが
※この物語に出てくるユラス教は物語上の宗教です。
正統血統を離れたまま、聖典旧約に重きを置いた、歴史の脇役のような宗教です。
正道教神学校には短期修道、1年課程から4年まであり。
いつもご訪問ありがとうございます。
一話が長すぎるのはよくないという記事を読んで、長すぎる一話を二個に分ける作業もしていたのですが、部分の間に小説を割り込ませると、部分番号に章が連結されているため、章もズレてしまうという事が分かりました(゜Д゜;)
もう、章も最後の最後に直します。なので章の話数全体がズレていることもあります。なんでこんな所で章を区切ってあるんだ?という事も多々ありそうですが、完結まで無視でお願いします(´;ω;`)ウゥゥ
今回も地味な話でつまらないかもしれません。後数話地味な話です。ごめんなさい~。
その同じ土曜の朝。
ベガスミラのユラス教の聖堂。
「サダル議長、準備が整いました。」
洗面器に半分もない水が入れられ、その間にも数人の神官が聖堂を整える。
朝3時前から5時の祈祷を終えたサダルはその桶の水で身を清め、中央ユラスの服を着て、腰に帯を締めた。
昔、乾燥地帯で水源が限られていた中央ユラス人は、祭司のために少ない水を確保準備し、神の前に出る身を清めてもらっていた。現在は水に困ることもないが、当時の至誠やそれほどまでに天を崇敬した先祖の心を忘れないように、その習慣はずっと続いている。
その後、ベガスやアンタレス付近から来たユラス教の神官たちと主に朝拝を捧げ、イベントのために多くの人が行き来した講堂とその周辺を水で聖別した。ユラス教に女性の祭司はいないが、神職に就く女性たちはいる。その代わり基本みな結婚をするので、聖職者夫人が霊を預かり女性たちの相談役や世話をするのが慣例である。
聖堂の中の聖所でもう一度祈り、サダルは最高位の大祭司夫妻とその付人の高位祭司夫婦しか入れない至聖所で香を焚く。
これまでの歴史で、サダルが来る前までは至聖所に女性が入ることはできなかった。
至聖所は『神の血統』と『貞操の中心』とされる。
歴史の中で、最初に至聖所に入った女性は三組の夫婦。
サダルが族長、次いで全ユラス議長となって間もない頃だった。
ナオス族のナオス家に次ぐメルッセイ家の夫婦。族長ジル・オミクロンと妻イルーア、同じくバベッジの現族長夫婦が入り、ユラス兄弟の序列順に共に香を焚く。
そしてその後…、当時出生不明とされていた議長夫人チコ・ミルク・ディーパがサダルと共に、全ユラスの象徴として香を焚く儀式を行った。
たったこれだけのことだが、ユラスの歴史を変える非常に大きな岐路であった。
ユラス世界の中心に女性の権威が並んだのだ。
当時国内外の反発が非常に多く、ダーオの首都シュアトは緊迫状態に入り、ユラス大陸中の聖堂付近に緊急態勢がとられた。サダル派に協力した家門も軍事警備がされ、国中が緊張していた。
初めは不安そうに議長邸の外を眺めていたチコだったが、祭壇を前にすると一気に空気を自分の物にした。
チコにとって、目の前に対するはユラス教でも、本質は宗教関係なく神の御前のみであったからだ。天を思えば安心もし、身も引き締まる。
この時はなんの気運が働いたのか。
一部の保守以外、みなサダルに味方をしたため、ユラス中が武装状態であっても、大きな問題は起きずに儀式は終わった。
それから一気にユラスの革新が始まる。
『愛と赦し、慈悲』の正道教への改宗である。
改宗の前面に立ったのは清教徒世代と言われる、サダルとカフラーたち新世代であった。
当初、サダル自身も全てに反対されていた。
突然現れたナオス家直系の生き残り。
ただし、母系で見た目が黒い『バイラ』。
北方の影響を受けた人本系国家で過ごした少年期。
スパイの可能性。
人倫に触れるニューロス研究者。
1年もない帰国生活とまだ数か月の修道期間。
そして、たった3ヶ月での神学校卒業。他教との二足の草鞋。
世界の正道教からも大きな反発を食らった。
正道教は宗教寛容なので、サダルのユラス教出身と在籍続行に反対は少なかったが、あまりにも修道期間が少ないと正規の道を渡ってきた者たちから反感が起こったのだ。神学校に1年から4年通い、各地の教会で見習いを経て正式な教会運営に関わるのに、サダルは一気にユラスでの教会運営資格まで得たのだ。
正式には進学校を出ていなくとも、人徳や能力を持っていたり、他教でも献身した期間があって上部などの許可を受ければ牧師の仕事はできる。ただし、一般的には一定の基準があるのだ。
正道教からもユラス教徒からも、東アジアからも宗教総師長のカストルに抗議が来た。
「彼はユラス教のイロハも知りません!」
「せめて10年は様子を見るべきです!」
「私は7年も尽くしているのに?」
「彼は10代の時代を無神論者として生きてきたような者です!」
「ただの子供を?」
「あなたも時期を間違えた。世間を納得させてから動くべきでした。」
カストルはよどみなく答える。
「君も宗教者であり、霊性師なら分かるであろう。彼は最初から『血』が違う。持っている背景そのものが違うんだ。」
カストルには見える。その全てが。
サダルメリクは聖典歴史を背負い、担っている。はっきりと。
その全てを負える力も背景も持っていた。
未来を憂い死んだ何千もの霊が、たった一点でも世界を天につなげようと、現在に残した鍬。
世論が言いたい放題の自由圏に置くよりは、むしろ歴史が隠したのだろうとも言える。中途半端で注目もされない地に。
サダルの背景に、ユラスの荒野が見える。
今はもう平和もあるはずなのに、胸が締め付けられるような哀愁。
サダルはそんなユラスの荒野を包括していた。
聖典正統家系から分離した数千年前の荒野から、銃声が飛び交った今の世代も。未来も。
ユラスを愛した女性たちの全てを抱えて。
ユラスだけでない、彼女たちが遠くに見た…世界が繋がる未来さえも。
ただ与えられたのではない。持っていた性質を生きる中で甘受してきたのだ。
そして青い狼と青龍が見える。
銀世界を狼が駆ける。
体はその荒野を越えてはいけないけれど、霊はどこまでも走る。
西から東へ。
冷たい雪の中を、森と人里を隔てて人と暮らし、狼は駆ける東から西へ。
青龍に出会い。さらに西に、その地まで。
抗議した者たちは言った。
「血?『血統』が戦争を起こし、天を裏切り、未だ憎み合っているではありませんか?!それでも?」
「バベッジは血の頂点である族長一家が裏切った!!ナオスも同じになる。」
「私は子供の時から全てを捧げて神に尽くしてきました!なのに族長血統というだけで…」
抗議に来た彼らにうらみの気がにじんでいる。
「ただ血統ではない。ナオス家が生き残った彼に数千年の全てを託したと考えてはどうだ?ただ血統で人を選ぶなら、亡命して生き残った他のナオスでもいいだろう。でも彼だ。」
「けっきょく『血』ですか?」
吐き捨てるように言うが、カストルはゆっくり答えた。
「『負債も負う』という事だよ。
血は死んでいった者たちも、死んで何千年も怨みを重ねた者たちの魂さえも背負うんだ。」
「……」
別の者も言う。
「ならばそれこそ、過去と家系の栄光でいきなり地位を持つべきではありません。まず負債を払い、彼がユラスにも連合国家にもいなかった期間の穴を埋めるべきです。順序があります。」
「順序?」
「はい。」
「ほう。…なら、もう十分待っただろ。それを知るのが宗教者ではないのか?それに、世界はこれだけ人がいるからな。順序はあっても、物事は同時に多数動いていく。古参が反発しても時代は待ってくれない。左を押さえていても右から溢れて来るだろ。物事は。」
カストルがしているのは、
人、一人の人生の話ではない。
既にオミクロンは100年以上を掛けて新しい時代を待ち焦がれ準備していた。そして追随するナオス族長は死んだ。
やっとまとまったナオスも分裂しようとしている。
これまで他の聖典血統も、世の行く末を理解できなかった。西洋も失敗し、東洋も崩れかけている。
この時をもう逃すことはできない。
天は数千年待ったのだ。
ユラスが旧約から一気に新約すら越える時を。
時代の中心国、ヴェネレもその周辺国家も越えられなかった宗教と歴史を。
「君は自分が神の責務を全て負えるとでも思っているのか。
なぜ今回、ユラスの新しい儀式が成功裏に終わったのか考えないのだ。ただ運がよかったとでも思っているのか?君は宗教人だろう。歴史の流れが分からないのか?聖典をもう一度読破するように。」
「っ?!」
男が顔を赤くする。
カストルは彼に問う。
「君にユラス人を説得できると?」
男はひるんだ。
「戦争をやめさせろとヴェネレや他国家を説得できるのか?
ヴェネレの西にはまだ紛争を起こしている国があるぞ。ユラスよりも長く。
東アジアの重鎮と対で話せる技量があるのか?
彼らに声を掛けてもらえる人格を持っているのか?」
「…っ」
カストルはまだ問う。
「身内や人間そのものを蔑まられて、相手を貶めない冷静さは?
国を滅ぼされても、宗教者として報復しない信心はあるか?
神を恨まない自信は?
敵国の中で、天においては神の子の、地においてはいち国民の立場を保ったまま本意から敵に尽くす寛大さは?
神託が直ぐに聞けるほどの能力があっても、自分を奢らずに地味な職場で人に仕えて延々と働けるか?
甘い言葉を掛けられて、物の本質を失わない強さはあるか?
望まれた時に、これまで着込んで来た全ての衣を脱ぐ心はあるのか?」
「………っ」