12 カーフの告白
慌ただしいその夜。
リーブラと上越のアパート付近まで戻ってきたジェイは、ヘリの音に気が付き止まって空を眺めた。
「…ジェイ、どうしたの?」
「……」
リーブラが不思議そうに聞いてくる。
曇っているのに月夜のように明るく見える、ベガスの、アンタレスの空。
ジェイは連合国の現在の動きを知らないが、軍用機スペイシアは飛行状態によっては無音に近い状態にまで音を落とせる。ヘリ以外にもいろいろ飛んでいたし、地上西アジア経由の専用機も様々な場所に動いていた。
「何だろう。霊が騒めいてる。」
空を眺めたままジェイは言った。
「霊?またなんか見える?」
「ずっと思ってたんだけどさ、このイベントの準備期間から、すっごくザワザワしてない?」
「そう?まあ、いろんな人や業者や行政が行ったり来たりしてるからね。」
そういう話ではなく、天の騒めき。でも、そんなリーブラにジェイは思わず笑ってしまう。
「あ、ジェイが笑うの珍しい!」
ジェイは恥ずかしくて、答える代わりに手を握る。まだ動いていれば汗が滲む季節。もうリーブラとなら気にならない。以前は触れも会話もしないのに「女は、ああだからめんどい。こうだから嫌いだ」と思っていたほとんどが、今は自分の一部みたいだ。
でも、確かにベガスは賑やかになった。
騒めく夜。
こんな夜が好きだ。
今はイベント期間なので全体がお祭りのように浮き立っている。でも、きっと普段からこの時間も仕事で働いている人たちが多いのだろう。たくさんの騒めきが聞こえる。
ジェイはベガスに来てから好きになった物の一つに、そんな『夜』がある。
人が嫌いだったのに、コンビニバイト以外は家に籠っていた夜だったのに、スポーツや散歩のために夜間明るく照らされる南海広場や、投光器の光の粒子が散る競技場。
誰かのために明るく灯る施設、そんな夜の騒めきが好きになった。
知らない他人の幸せが自分の幸せになる日が来るなんて、思ってもいなかった。
最近リーブラに誘われて知ったのだが、カーティンおじさんの『フォーチュンファイブ』系のショッピングモールが作られる五多紀には、その端にも大きな競技場がある。過去に国際競技場となった南海第一競技場に次ぐ大きさのため、その規模は2つも要らないと判断し、こちらは簡易サーキットとモトクロスの練習用コースになった。あまり複雑な地形ではないので、慣れた大人が満足するコースではないが、乗物の感覚を教えるために子に習わせる親も多い。
親の仕事が終わった子供たちが、親子で夜間に練習に来るのだ。子供は夜9時まで使える。
こちらも投光器に照らされた広場で、そんな光の下、親子が楽しそうに過ごしている。
ジェイは子供の頃いつも家の自分の部屋にいて、物心ついた頃にはリビングにもほとんど顔を出さなかった。こんな小さな子供たちが、親と夜に遊びに出掛ける世界があるなんて全く知らなかったのだ。
体格のいいユラス人も多く、いかにも良き父、良き夫といった感じで、女性ですら子供にバイクの妙技を見せてあげる強者もいる。
そんな風景、時々どこかで歓声も沸く。
自分がそんな親になれる気もしないが、この雰囲気は嫌いではなかった。
***
「カーフ!」
その翌の早朝。まだ日も上がらない4時前。
藤湾大学の一校舎。大学関係者以外は入れない一角を、急いで駆けるカーフをファクトが引き留めた。
「あ、おはよ。」
「どこ行くの?」
「少しユラスに。」
「イベント期間じゃん。学生総長がそんなところ行ってていいの?」
「夜の間にザニアとラサラスに引き継いでおいたから。ごめん、もう行く。」
カーフに次ぐ、ユラス人とアンタレス市民の藤湾代表メンバーだ。
「え?!なんで??」
引継ぎ?今回のイベントの?それとも…
俺との勝負は?…と言いかけたところでカーフに先に話される。
「あ、ファクト。これまでいろいろありがとう。」
「?」
何も始まっていないのに、なぜ改めてお礼を言われるのだ。しかもいきなり。
「ファクトたちがいたから今、ベガスにいるユラス人たちが、こういう形でいられるのかも…。」
「何の話?」
「もちろんカストル様やたくさんの人たちにお世話になったけれど、アーツが来てからが一番面白かったからさ。」
「…?おもしろい?」
「チコ様ともこんなふうに会話ができる日が来るなんて思ってもいなかったし。」
「チコと?」
詳しくは知らないが、カーフがユラス管轄内でチコを何度か怒らせて、吊し上げを食らっているという話は聞いたことがあるが、それのことか。カウスがこっそりみんなに教えてくれているが、一度は本当に襟首をつかまれたらしい。
さすがカーフ。惚れている女性に何を食って掛かったのか。
一部男子の間で「カーフはヤバい。一番ヤバい」とさえ言われていてる男である。チコはニューロスと対峙するほどなので、しょっちゅうチコを怒らせていたら、それこそ襟首をつかまれてそのまま首を持っていかれる日もあるだろう。なのにまだ煽るのか、カーフはされたい側なのか。そっち側のヤバい奴だったのか。それが叶ったのか。
と、頭がグルグルする。
「楽しかったよ。」
そう言って、以前藤湾の屋上でチコの話をしていた時のように笑う。けれど、今はあの頃の憂いがない。
スッキリした顔だ。
が、こっちはスッキリしない。
それに思い出す。これはもしかして、ラムダの大好きなフラグか。いきなりいい笑顔をしたり一言セリフを残すキャラは、漫画的には死亡フラグらしい。
「え?もしかして死にに行くの?」
やめてほしい。
「死ぬ?……世の中何があるか分からないから、そういうことはあるかもしれないけれど、領地の様子を見に行くだけだけど?」
「領地?ユラスのこと?なんかあるの?自分も知り合いから、もう最期みたいなメールが来てさ。最期に一言言いたいって。」
そのメールをくれる知り合い、鬱とかじゃないのかと、カーフが心配そうな顔で見る。
「その人、大丈夫?死んだりしない?見に行ってあげたら?」
「あ、ユラス軍が攻撃しても死ななそうな人だから大丈夫だと思うけど…。」
加えてチコの親と知っては誰も殺せまい。
そう、そんなおじさんからメールが来ていたのだ。テニアである。
『鳩~、暇だよ。うちの娘を連れて来て。』
『ムギちゃん今何してるの?ムギちゃんと三人で遊びに行こう。鳩が奢って。』
『鳩。この期間にベガスでおいしい物いろいろ食べられるって聞いたから楽しみにしてたのに、仕事行かされるんだよ?』
『僕を連れ出して。そんで奢って』
『ユラスってひどいよね。俺を殺す気?』
『僕、死んじゃうよ。』
『僕が奢るから遊びに行こ┌(¯ー¯)┘』
『明日で最後かも。』
『最後の晩餐は和牛がいい……。持って来てくれる人いないな……』
と、壮大な匂わせメールを送ってくるのだ。
本当にこの人、様々な仕事を任される傭兵?と聞きたいが、しばらくこんなメールがずっと来ていた。しかもテニア側は東アジア支給のデバイスだ。そんなもので個人に連絡してもいいのか。サラサに確認したら、お仕事中だから無視するように言われたので『耐えてね。ファイト\(^o^)/』とだけ返しておいた。
「カーフ、もしかしてどこかでまた内戦とか起こってるの?なんか覚悟してる?」
「………。」
カーフは少しポカーンとするが、考えて手で否定した。
「私は死なないよ。死ぬ気もないし。そういう話もないし。」
「そう?」
この人も自分の命を粗末にしそうな顔をしている。
「ただ本当に、ファクトたちには感謝だから。」
「……?」
「正直…、ここ最近までは………するべき仕事をしたらすぐにベガスから離れたいと思っていたんだ。自分には寛容な心はないからさ、ユラス中核もアジアも好きじゃないし。」
「……っは!」
ボーと聴いていたが、考えて見ればすごいことを言っている。みんな嫌いだったという事だ。
「こっちは自由圏を守るために、血を流してきたのにアジアに来てみればネットで、ユラスクソだってボロクソだろ?」
「……え、そうですね。」
セイガ大陸の抗争は、アジアに向かうべき攻勢をユラス大陸に集中させてきたとも言えるのだ。ユラスの歴史を利用され、乗せられたのはユラスだが、その間東アジアは一度も戦火に巻き込まれなかった。全セイガ大陸の中央に怒りを集中させてきたからだ。
東洋国家群や経済都市のアンタレスが飲まれたら世界が赤化するのを、上層世界は分かっていた。しかも、グローバル化した時代の最後の砦だ。過去のような一部の範囲ではなく、東アジアは今や全世界を象徴していた。
千年王国を白で迎えるか、赤で迎えるか。その差は、千年時代の生きる命の数を示していた。
「チコ様なんて未だにひどい言われようだからな。本人に見せられない。」
チコについて書かれた暴言や侮辱は、暴力的なもの陰謀的なものから卑猥なものまでめちゃくちゃであった。カーフはいつか情報開示をしてやりたいと思っていた。
チコは初期、一般人だけでなく東アジアやアンタレスの為政者に本当にコケにされていた。
ユラス人にあまりない容姿のチコは格好の標的であったし、加えて黒髪東洋人に見えるカーフもその的になったのだ。
アンタレスと蛍惑に掛けたアジア大陸北は、元々は見た目がモンゴロイド系だ。北方系も混ざるがモンゴロイドの方が強く出る部分が多い。そのためカーフは、アジアに来てからユラス人として侮蔑の対象にもなり、東アジアの味方にもさせられたのだ。ユラス人の中にも、バイラではなく混血で東洋人の見た目を持つ者はそれなりにいたが、将来の一部統治を望まれていたカーフはユラス人の中でも位置が違った。
そして戦火からは守られたが、カーフはアンタレス内でも、ユラスからもアジアからも政略の駒として引っ張られていた。自由のために命を捨てた家族たちの存在も考えず、サッサとユラス籍を捨ててアジア籍に変えたらいいと平気で言う者もいた。
小学生の頃からそんな一方的な世界と対峙するしかなったカーフは、アンタレスなど嫌いであったのだ。
「私はチコ様のように寛容でもないし、サダル議長のように割り切れるタイプでもないし……。頭や知識では分かっていても、どうにもならない感情ってあるだろ。」
「分かります。」
なぜか敬語。
「思い出すと、今でもはらわたが煮えくり返ることもある。」
「すみません。」
こんなに軽くに謝っていいことなのか分からないが、取り敢えず謝っておく。
「別にファクトのせいじゃないよ。」
「……とんでもないです。」
「そういう意味ではレサトの方が賢いよ。レサトは感情の代わりにやる気も捨てたんだ。するべきことはするけどね。……どうにかだけど。」
「……あ…」
ファクトは、レサトのあのいい加減な性格を思い出す。自分の中で何かがストーンと腑に落ち気がした。
まだ子供のカーフたちがアンタレスに来た頃、ファクトはアジアランの向こう側も知らず、おそらくアニメやゲームに夢中であった。
小さなムギが、人を死なせたと罪悪感と失意の中、9歳でここに来た頃だって、ファクトは戦火のことなんて考えたこともなかった。学校でも教会でもいろいろ学ぶし世のために生きなさいというので、世の中の全てに関心がなかったわけでもない。父と母が必死になって仕事に打ち込むのは、ただSR社の仕事のためでなく世界の動向に関わっていることも、なんとなくは知っていた。
でも、自分とは別世界のことだった。そもそも自分にはどうにもならないことだ。
なのにカーフはこんなことまで言ってしまう。
「アンタレスに来て一番よかったことは、ファクトたちに会えたことだから。」
マジか。
いい笑顔で笑うカーフに、こっちは笑いどころが遂になくなる。
●チコの話をした時
『ZEROミッシングリンクⅢ』98 カーフよ。お前もか。
https://ncode.syosetu.com/n4761hk/99/
●よく怒られるカーフ
『ZEROミッシングリンク』
一か所も探せないので、見付かったら更新します。