10 今、繋げられるピースを
「チコ様、カーフも連れて行きましょう。」
「………マイラ、下がるように。」
「いい。」
ガイシャスが止めたがチコが許すと、マイラはチコの前まで出て膝をついて敬礼をした。マイラも奥の人間に気が付いて、なんとなく敬礼をした。
また驚いて、頭を下げるテニア。ここでは他所から来た仕事仲間に敬礼をするのか。
武装して現われたマイラをカーフは無言で見る。
マイラがなぜここに?彼は職業軍人でもないし、VEGAの派遣職員としてサウスリューシアを任されているはずだ。
「今回私もギュグニーに入ります。カーフも行かせてあげて下さい。」
「?!」
驚くカーフと、ため息をついてしまうチコの周囲。軍人でもVEGAでもないカーフに今回の出動を知らせていなかったからだ。
二人はチコが職業軍人にさせず、疎開させ、自国以外の開拓仕事を任せた大きな家門の人間だった。まだ若いカーフとチコの歳に近いマイラでは違うことも多いが二人は似ていた。
「マイラさんも?」
「私の次の任地はギュグニーです。」
「?!」
マイラは戦争に行くわけではない。ギュグニーが正式に開けた時、ここでベガスと同じような地均しの活動をするためだ。サウスリューシアの青年指導に入ることも、同じくシロイが軍の後輩育成に務めることも一時的な話で、本当は二人ともギュグニーに入る。その他にも、今回ベガスに集まったメンバーの中には、ギュグニーやその周辺入りすることを目的に来た者も多かったのだ。
カーフも大枠は知ってはいたが、ベガス構築のトップに関わって、幹部クラスのことが知らされていないことがショックであった。
チコたちとしては、一旦ギュグニーのことが世間のニュースにも公表され、全体の安全が確認されてから知らせようと思っていた。ギュグニーの政権や情勢があまりにも入り組んでいるため、一般市民の生活も立場も分からない。一部言語も違い、マイラはその後の人道支援の地域分け、振り分け作業の統括もせねばならず、現状確認も兼ねて先に現地に入るVEGA側総括であった。
「…」
はあ、とチコは考えてしまう。
「…マイラ、どうするつもりだ?何しに来たんだ。」
「チコ様、カーフは子供の時から親から離れ、ずっとこの地で連合国の仕事に従事して来ました。最後の最後くらい、自分の国で何が起こるのか見せてあげてもいいじゃないですか。」
「そうしたい人間は他にもいくらでもいる。他が耐えている中で、家長がそんなことを言うのか?」
小学生で親元から離され、アンタレスに疎開や亡命をした子供はカーフだけではない。
安全なアンタレスに来てほっとした子もいれば、国土愛の強いユラス人なら自分の地のために、天のために現地に尽くして死んでもいいという者もいただろう。いろんな子供がいる。中には家族がいなくて眠れず、泣きながら年上の子に手を繋いでもらったり抱かれて眠る子もいたのだ。母子や家族ぐるみで来た他民族が親代わりになったりもした。
しかし、当時チコは「国土愛だけに人生を注がなくてもいい。どちらにしても、ユラスは今住めない場所も多い。その分を他国のために尽力しろ」と言った。
とくに1陣から5陣までは疎開の意味だけでなく、初めから『ベガス構築』、神に基づく高度な社会再生の地盤作りのために連れてきたのだ。半社会主義半経済自由主義の社会を作るために。
聖典の最終目的は、社会主義形態の自由社会である。
これまでの社会主義が失敗したのは、人間思想中心であったからだ。人類堕落以降の人間思想は姦淫、寂しさ、嫉妬、怒り、攻撃で、どこにも答えがない。平等ではなく必ず独裁や自爆に向かう。それは人間自身が一番分かっているだろう。
不義や徳目も教えず、人間を放置すればどこに向かうか見ていれば直ぐに分かる。
神の下に全てを分かち合う、最初の旧教社会のままの発展が神の理想であったが、旧暦最後の失敗により科学や万物、家系を手放さざる負えず、一旦立てた塔が崩れるように全てが白紙になる。その為彼らの再スタートは清貧となり、旧約で積んだ輝く宝庫が崩れ、地にそびえる権威と力を失ったのだ。それは、霊において取り戻していかなければならなかった。
しかし、その後の新歴起源の旧教も全てを清算しきれず、傲慢と強欲、情欲には勝てなかった。旧教も、そしてそれを乗り越えようとした新教も結局は人本主義よりはまだいい、自由民主主義しか手に入れられなかったのである。
けれど、そんな旧時代から既に前時代を置いて、今、全く進んだ新しい時代と世界がここにある。
前時代の大戦の終わりにすらなかった、高度なインフラ、土地や言語を越えた混合社会、文明の末端の地ですら自由に情報を得られ、選べる社会。過去のどこにもなかった世界が。
選択肢がたくさん自分の前にあり、そしてそれを自分の手で選べる時代が。
神は選べない。
選ぶのは自分自身だ。
人間には一人一人に自由が与えられたのだから。
ベガスに連れてきた子供たちには、もちろん保護者や子供たちの意思確認はしている。しかし、一時の決意と長い地道な異文化での生活は違う。でも孤児の子たちは帰る場所もなかったし、その子たちを安心して守れるのもVEGAの元しかなかった。とくにベガスには強い結界が張ってある。
初陣は半分以上が、プレイシアやソーライズと認定された高度な頭脳や技能を有する子供たちで、彼らは危険地域にいない代わりに黙々と東アジア主導の勉学に励んだ。たくさんのブレイクタイムも入れたが、寝る暇もなく動いている大人たちを見て筆を休める者は少なかった。
しかし、移民や乗っ取りと言われ、当初の目的だった東アジア上層社会を巻き込めず、狭いベガスでまず小さな理想を完成させるしかなかったのだ。それがベガスの半社会主義生活や藤湾学校群であり、義務もあるが余暇もある社会システムだ。
協力してくれた東アジアなどの一部有識者と共に、カーフは主に学校群の方に尽力した。
「お前がそんなんでどうするんだ。」
「…。」
答えないカーフの代わりに、またマイラがチコに進言する。
「カーフは10年近く、この狭いベガスで全てを尽くしてきました。正直、ユラスに行ったところで何ができるかも分からないし、思った以上に何もない結果かもしれないですが、直で見れば本人も納得すると思います。」
ベガスが狭いと言っても大都市の一区だ。でも、広大なカプルコルニー領に比べれば狭い土地を生きてきたとも言える。
「むしろ、家長として自分の領土の歴史を見ておくことは意味があることです。これから戦後のユラスの新時代が始まるならなおさら。」
「…カプルコルニーは今回の作戦に関して、ただの一拠点だ。」
「それでもです。藤湾は現在2万人以上の学生がいて、既に指導者も多々います。東アジアからも事業を受け持てる人材が育っています。一つの仕事は果たしているし、一定の期間も越えました。」
「…。」
みなが沈黙する中、黙っていたテニアが思わず口出ししてしまった。
「いいんじゃない?連れて行ってあげたら。」
「?!」
誰が何?と、思わず東アジア客員に振り向いてしまう。半分顔を隠して壮年に差し掛かる男。
「…あ、その議長ジュニアみたいな子ね。」
「…。」
ユラス人も勘違いしてしまいそうになるほど、サダルとカーフの一瞬の見た感じが似ている。
「あー!すまん。でも一言だけ言わせて!」
「あ、はい!」
今ここにいるのは、サダルやチコの側近の者ばかりとはいえ、この部屋はユラス外部人もいる場所。そんなところで思わず身内の話をしてしまった。カーフの立場は一般にも公表しているので隠し事でも何でもないが、今しているのは完全に身内話だ。
「あ!私、東アジアからの派遣員なんだけどね、何と言うか、昔仕事で出入りしてたからギュグニー参考人みたいな。」
「え?」
そういえば、この男性を誰とは考えなかったが、ユラス人でチコの身内だと無意識で判断していたカーフが困ってしまう。身内って誰だ。
マイラとカーフは、チコに父親がいたことは知っているが、面識はなかった。
「まあ、外部人として言わせて。第三者目線ね。」
あまり意味がないが、三本指を立てる。
「どうせさ、自分の中で埋められなかったことは、また探しに行くだろ?」
「?」
何のことだとみんな思う。
「誰もが小さなピースを担っているけれど、彼、ナオス族のいち家長なんだろ?欠けたピースを取り戻すために今後翻弄されるよりも、今ここで掴めるものがあるなら埋めておいた方がいいと思うけど。」
「…?」
チコは思う。
テニアにとっては、いなくなったテニアの父や兄の事、そして妻レグルス、その周辺のことか。
そしてそれはきっと個人的事情だけでなく、大きく国や多数の命に関わるからでもある。全てが命の綱だ。
チコ自身はもう全て諦めている。過去は全てが曖昧だ。だから、どちらかといえば未来に生きて返していきたい。それ以外に生きる術が分からない。
でも、そうでない者もいる。サダルは全て覚えていて、幼少期からハッサーレに長くいたために、ユラス統治に身を置きながらも過去を埋められずにもがいていた。
ハッサーレにいなかったらしなかったであろう、チコの手術のことで苦しみ、未だチコとの結婚を贖罪だと思っている。違うと言ったところでずっと引きずっていくのだ。それにチコが許しても、そうばかりとはいかないという周辺の事情はチコも分かっている。
二人のことはお互い知っている過去だが、それでも煮詰まっている。
当時のこと、死んだ人たちの詳細も意志も分からないならもっと迷うだろう。
思えばチコだって、数年前のことは忘れない。そこに置いてきた人たちのことも。
戦火の中に向かい、戻ってこなかったカフラーを思い出す。
でも、でもチコは前を見る。
これまでのことがあったから、この今があるのだと。
これ以上に、もっとたくさんの命が救われた未来もあっただろう。もっと別の幸せもあっただろう。でも、何か一つが違えばもっと誰かが犠牲になっていた未来もあったかもしれないのだ。
少なくとも、この今、紛争をユラスとアジアライン内に収めることができ、閉鎖保守だったユラス中央の原理派が他者のために手綱を緩める未来が来た。
ユラスは傷付いたが、東アジアや他の諸国に新しい新天地の地盤を用意できるまでになったのだ。
何が最善なのか、全て分かるわけでもない。でも…
「…。」
みんなまだ沈黙するが、チコは決めた。
「カーフ。戦争のために戦争に行く奴は、どんなに強くても指揮はさせない。名目上戦争ではないが、何が起こるかは分からないからな。それに、頭に血が上っている奴や、復讐したい奴は連合軍傘下にはいらない。頭を冷やしてからにしろ。」
「…はい。」
カーフが少し顔を上げた。
「ガイシャス、一旦サダルに知らせろ。」
「はい。」
「許可が下りれば、カーフ、自分でサダルに話しに行け。」
「チコ様?!ありがとうございます!」
「いいね!そう来なくっちゃ!」
一人楽しそうなおじさんだが、また注目されて顔を隠した。
「…っていや、よく知らんのだけどね。内情は。」
そして知らないふりをしておいた。
チコたちは一時間後には出発する。
●サダルの贖罪
『ZEROミッシングリンクⅤ』39 紫のサイニック
https://ncode.syosetu.com/n1436hs/40/
※中間の話しにある、「旧約」と「旧教」は別です。
旧約(旧暦)が終わり、旧教(当時の目線では新興宗教になる)が始まります。
●聖典の話。
旧約(古い約束の書)→新約(新しい約束の書)
古い暦(旧約時代)→新しい暦(キリストからの新約時代)
聖典の旧、新で区分、分離される。
●宗教の話。
旧教(新約からの教会)→新教(さらに新しい教会)
両方、ヴェネレ教の次の新約時代からの宗教。
新教からみたら古いので、旧教と言います。
漢字が似ていてややこしくてすみません。別の名前を付ければよかったですが、ここまで書いてしまったのでこのままで…(´;ω;`)
その後の新しい歴時代。旧教の腐敗や権力争いにより、旧教から分離して各王家や民衆が動いて「新教」が始まります。新教は世界で初めて、民衆が自由に聖典に触れ学び、教会を作ることのできる宗教になります。それまで教会は古典など字の読める上級層の物でした。
ファクトの時代には既に、旧教新教正道教などは、どこかの国の国教になるような生活宗教、定着宗教になっています。