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ZEROミッシングリンクⅧ【8】ZERO MISSING LINK 8  作者: タイニ
第六十二章 あなたの中の命 
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9 そこに何もない



窓際でセッティングしているテニアにチコは丁寧に、でも簡潔に挨拶をした。


「テニア氏、よろしくお願いいたします。」

「ああ。」


テニアは東アジア派遣の外部兵という事になっている。ユラス軍だと思われると新しい仲間だと関心を持たれそうなので、所属は東アジアで動員はユラスからという客員扱いになっていた。


チコが話しかけるのでやはり注目されていたが、皆準備に忙しそうであった。


テニアがチコの父と知るのはチコの近辺やユラス中核だけ。この前挨拶に行ったバベッジ族の中でも、一部の族長親族や首脳クラスだけである。首脳関係も連合国家群や正道教を受け入れている中道派しか知らない。



「………」

たくさんの兵士たちがいるからか、テニアもまた作業に目を落とした。様々なホログラムが横で走り、戸惑っているとチコが隣に来て説明してくれる。

「霊性の強い人間に合わせているので、慣れれば普通の人よりうまく使えると思います。『インナーシェア』でホログラムが外に見えなくなります。」

「あー、それは習った。言わなくてもできるのやりたいんだけど。」

「もう少し親和性が強くなったらできると思います。」

「それまで指か……。」

指のサインで様々な機能を動かせ、離れているメンバーと連絡が取れたり必要資料のやり取りができる。脳操作は俊敏さが必要な場所では誤作動が多いため、完全に安全な状況でしか使えない。



今まで傭兵で使っていた機器より機能は断然いいが、生体や声など登録することがいろいろあり、対応の仕方も少し複雑だ。それに幹部クラスと同じでテニアも東アジアとユラス軍の共用部分のある特殊機能も着いているため、生体情報も一般機器では機密にされる機種である。今回、通信機器系は全部支給品でなければならない。

「プロテクターやパワードスーツは大丈夫でしたか?もし分からなくなったら、一旦全部『リセット』や『解除』してください。」

ニューロスプロテクターだ。

「歳だと覚えられん。」

機能解除だけで40種類くらいある。練習はしたのだ。

「分からなくなったら普通に話しかけて説明すれば大丈夫です。」

チコは少しだけ笑った。AIも気のいい性格のものを付けている。

「まあ、分からなくなったら『全マニュアル』で。通信だけオートに。」

と言うと、近くにいたレオニスが苦笑いをした。この場合は、操作しなければただのセラミックやカーボンでいいという事であろう。手動で必要分だけ使えばよい。が、ニューロスの機能性も何もない。



東アジアに入る時に、テニアの持ち物は全て預かり没収された。ユラスは電子機器のないプロテクターなら持ち込み自由だが、アジアでは毎度のことだが素っ裸にされる。服タイプ以外は医療器具系の固定型バンドしか持ち込めない。体内に医療機器がある場合、製造元シリアル管理会社全て申請時に報告がいる。自分のものは何も使えないが、一部のものはユラス現地で返してもらえる。

「…性能は滑らかだな。慣れている自分の物の方がいいと言えばいいが…これも慣れだろ。一応訓練はさせてもらったから。」

戦地ではないがギュグニーもニューロスを扱っているし、瓦礫のあるところにも行くので体は強化していくのだ。



少しチコを見つめて、テニアは質問した。

「彼は?」

「彼?」

「ほら、鳩と一緒にいた人。ワズン君?彼は?」

「……。」

テニアは、話しやすく言うことを聞いてくれるワズンとファクトがお気に入りのようである。

「ワズンは西アジアで待機です。」

チコが答えると、小さな声で周りに聴こえないようにテニアは言う。

「えー。さみしい…。君と話せないなら、彼が一緒だとよかったのに。」


「…あの、聴こえる人間もいるので控えて下さい。」

「はー、それがさみしいから、ワズン君がいたらいいのに。」

チコがあまり一介の兵士に構っている訳にはいかない。霊性やテレパスなどで聴こえる者もいるし、系図が視える者もいる。注目されないのが一番いいのだ。


「………」

チコは呆れて少し距離を置くと、そこにズカズカと人が入ってきた。



「チコ様!」

「……いい加減にしろ、戻るぞ!」


男は人が止めるのも聞かずに、そのままチコの前まで来て片膝をついて礼をした。長い黒髪が一瞬サダルに見えるので、みんな身を引く。

「チコ様、同行させてください!」

カーフだった。


「………。」

「チコ様!」

「カーフ、ここは関係者以外立ち入り禁止だ。軍部内だぞ。場合によっては拘束する。モリブ、どういうつもりだ。連れて行け。」

モリブはカーフを止めていた兵だ。


ふとカーフはその先にいたテニアにも気が付いて、膝をついて敬礼をした。

「あ、どうも。」

と、意表を突かれたテニアもペコっと礼をする。



カーフは、ここにいる一陣が向かうカプルコルニー領の家長だ。

カプルコルニーは領といっても一つの国で、ナオス族の六大家門の一つ。領土で言えば族長に次ぐ規模を誇る。歴史的なナオス族家系で、モリブもこれ以上止められなかったのだろう。カプルコルニーは現在は母カイファーと親族で、家長役を務めている。


「私の土地です。責任があります。」

「子供が何を言っている。」

「もう成人しています!」

「そうだったな、すまん。でも、正式に家督を継いだわけでもないし、今の責任があるだろ。」

位置は既に家長だが、領内にいる者が政務的家督を預かっている状態だ。

「ミラにはもう他に後継者になれる人間もいるし、終結を見たいのです!」


チコは藤湾に初期に連れてきた子供たちを、絶対に戦地送りたくなかった。


正式にはユラス内部は終戦しているが、ギュグニーが開いた時、まだ対抗勢力があるかもしれない。カプルコルニーの都市やその上の地は、ナオス族長一家虐殺があった地であり、たくさんの紛争やテロの拠点となり、人々が犠牲になった場所だ。上には分離したとはいえ、まだ人本主義傾向の北方国家がある。



そして、カーフの父と兄が亡くなった場所でもあった。


しかも、カーフは兄を目の前で失くしている。



正確には致命傷になる傷を負った場は見て、最期の死に目には会えなかったが。

あまりにも遺体の損傷がひどく、幼いカーフは最後の見送りができなかったのだ。母カイファーもカーフには花と衣装、髪だけが入った空の棺しか見せなかった。



目を逸らさないカーフにも、チコは表情を変えない。

「そんな人を殺しそうな目で何を言っている。あらゆることが終結に向かうのに、また戦争でも始める気か?」

「違います。私もちゃんと……終わりが見たいのです。この目で!」


「祖父がカプルコルニーの決戦の始めを見たように……

今見ることができるなら………その終わりもきちんと自分の目で見たいです………」

本当は兵役前から参戦したかったのに、させてもらえなかったのだ。


「経過も見ることができなかったから………」

復興の記憶もすっぽりと抜けている。



ユラス族長が一旦収めた紛争が、カーフ祖父の世代の自分の知る荒野で再熱した。

もし自分たちがもっとうまく動いていたら、内部分裂などしなければ、寝返った者などいなければ、故郷の地で族長虐殺など起きなかったのだろうか。


その10年近く後に起こるダーオの内紛で、虐殺の唯一の生き残りであった「サーライ・ナオス」は死ななかったのだろうか。その後の激戦もなかったのだろうか。



カーフの育った地はもっと南ではあったが、自分の領地として、叔父が子供たちを連れて全土を見回ったことがある。南や西は発展しいくつかの都市があるが、北は半分以上が低い山や森、そして荒野だ。

そんな場所でも叔父は車を走らせ、時に飛行機にも乗せ嬉しそうに全領を紹介した。


族長が亡くなった付近は霊園で、その一帯は散歩をしたり植物や動物を見れる公園になっており、普通に散策をした。


慰霊塔に着いた時、みんなで黙祷を捧げた。

始めはただ祈っていたのに、その頃を知る叔父がその場で泣き崩れた。まだ幼かったカーフはよく分からないけれど、従兄の一人に抱かれギュッとその胸を掴んだ。


自分がどこにも行かないように、ここでもう、誰も亡くならないように。



そして思った。

こんなにきれいな公園が広がるのに、叔父は何が悲しいのだろう。


そんなに泣いて、この地はまた、もっとたくさんの花が咲く春を迎えることができるのだろうかと。





「だめだ。」

チコの声が響く。テニアは客員として見ていることしかできない。


「…何も見えないんです。」

「………」


「何が起こったのかも、何をしているのかも。

アンタレスでは多くのことを果たせましたが、それはユラスの荒野ではありません。自分の地で死んでいく故郷の人たちもいたのに………」

「……。」

チコはため息をつく。

「お前の世代では、もうほとんどナオス族領内で紛争はなかった。少なくとも民間を巻き込む様なことはなかった。」

ただ小競り合いや暗殺や誘拐の危険はあった。

「それに戦争から避けるために大人たちが命がけでお前らを送ったんだ。それで正しいんだよ。」

アジアに送る時にユラス保守だけでなく、絶対ギュグニーに噛んでいるだろう東アジア外相アルケニブにも、移民反対のアンタレスにも頭を下げたのだ。



「……でも…。でも、その部分が自分の中で空なんです。」

カーフが初めて下を向いた。


「カーフ、もういい。ここではやめろ。」

レオニスが思わず叫ぶ。

その後、チコの指揮下で死んだカプルコルニー軍人もいたのだ。カーフの叔父や従兄たちがそうだった。


「……………」

チコは何も言わない。


入口で聞いていたガイシャスが遂に口を出した。

「いずれにせよ、感情のままに任せる人間は連れていけない。」

「でも…」

「今回の任務や内容を知らないだろ。出発前に本陣を荒らすことをしてなんとも思わないのか?」

言いながらも、ガイシャスも本当はどうしていいか分からなかった。カーフがこんなふうに人前で感情をあらわにしたのは初めてだったからだ。

父や兄たちの最初の慰霊式の日ですら、幼いカーフは聖典を抱いて黙って立っていたし、叔父たちが亡くなった時は既にベガスで葬儀すら出られなかったのだ。けれど、その時のベガスでの慰霊式もカーフは泣かなかった。



なのに今………

「……連れて行ってください!」

泣きそうなほど必死だった。

「…………」

「お願いです!事務員でも構いません!!」

チコ以外の周りが戸惑う中、カーフが叫んだ時だった。


「チコ様、私からもお願いします。」

廊下で聞いていて、今回職業軍人でない1人が現われた。


「!?」

「マイラ?」

サウスリューシア組のマイラだった。




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