第35話 閑話 ~魔女と風妖精~
カクヨムからの転載です。よろしくお願いいたします。
「まったく何なんですか、あの化け物は!」
天空城の一室で、『記録の魔女』は出された紅茶を啜りつつ、怒り狂うシルフィードをニマニマしながら眺めていた。
「ちょっと、聞いているんですか魔女様。 あいつは単なる物理攻撃で私の精神体を傷付けたんですよ!」
「順調に成長している様だな、結構な話だ」
「質問の答えになっていないんですけどぉ!」
魔女は紅茶をソーサーに戻しながら質問に答える。
「黒竜王が言うには、連中の姫らしいぞ」
「はぁ? あのウォージャンキーどもの?」
「厳密には女神謹製の異世界人だ。 黒竜の因子を組み込まれたな」
「なんて余計な事を…」
シルフィードも椅子に座りながら、カップとティーポットに手を伸ばす。
「お前の精神体を傷付けたのは、恐らく黒竜の爪だろうな」
「あぁ、あの魔力障壁すらも切り裂くとか言う」
「尤も本人は無自覚にやっていそうだがな」
「なっ…」
シルフィードはその言葉に絶句した。 風の上位精霊である彼女の魔力障壁は魔術師などのソレとは違い、高性能だ。 常時纏っている段階では、大抵の物理攻撃はおろか、魔術の大半すら無力化する事が可能なのだ。
「ベイナはつい数か月前まで、お前と同程度かそれ以下の魔術師だった。 それが死を経験させただけで異世界の技術を魔術に昇華させ、しかも敵の魔術すらも己れの魔術にしている。 規格外…いや、異常な速度で強くなっているんだ。 しかも黒竜王に勝ほどだぞ」
「はぁ!? 生まれつきとかではなくて、現在進行形で強くなっているとでも言うんですか?」
「そうだ」
シルフィードは落ち着くために、紅茶を口に含む。 その香りに少しだけ落ち着きを取り戻しながら、口を開いた。
「でもその進歩も、そろそろ打ち止めですかね。 ここより上の階層は、徐々に弱くなっていくワケですから」
「そうとも限らんぞ。 異世界には費用対比効果と呼ばれるモノがある。 要は如何に敵を安く効率的に殺すかを考える戦い方だ」
「それがどう関係してくるんですか?」
「主に敵を一度に多く殺したり、如何に難敵を簡単な方法で殺すかを突き詰める方法でな、場合によっては流行病や有毒ガスなどを用いたりするんだ」
「どこの悪魔ですかっ!」
シルフィードはその考え方に絶句した。 確かにゴブリンやコボルと、場合によってはスライムなどにも有効だろう。 いや、それどころか人間に対して使用すれば、国すらも容易に殲滅出来るかも知れない。
まあ、魔術で再現できるかどうかはさておいて、とても正気の沙汰とは思えない。
「はぁ、あの悪魔が解き放たれたならば、この世界はどうなってしまうのでしょうね」
「阿鼻叫喚の大地獄、まあなるべくそうなる様に仕向けるんだけどな」
狂気はあの化け物だけではなかった。 それを推し進める悪夢が存在する事に、この世の未来を憂う。
「貴方の望みは何ですか? 化け物を暴れさせても、貴方の得にはなりませんよ」
「何、眠っている強者どもを焙り出すのさ」
「焙り出すって…」
「簡単だろ? 眠っている暇など無いのだと、恐怖感を煽れば良いのだから」
常軌を逸した発言に言葉を失う。
「引き篭もっている他の魔女や賢者、それとも奥地に潜む魔獣や神獣をですか?」
「世界に引き篭もっている自称英雄なども含め全てだ。 そもそも英雄の活躍の場など、戦場にしかあるまい?」
「この世界を戦いで…いや、戦争で満たそうとでも言うのですか!」
「楽しそうだろう? さらに封印されたとかいう邪神などでも復活すれば、言う事無しなんだがな」
狂っているとしか、シルフィードには思えなかった。
「そんなに上手くいくものですか!」
「異世界の技術なんだがな、人は欲を刺激してやると、面白いように動くらしいぞ」
「欲を刺激するなんて、簡単にいくはず無いじゃないですか」
「そうか? 例えばこのダンジョンや森の中に、金鉱脈があると言う情報を流せば、動く周辺国は少なくないと思うぞ。 我先に争う様にな」
「こんなところに金鉱脈なんてあるなわけいじゃないですか」
「真実かどうかは大した問題じゃない。 ベイナが見つけ出した金があるから、アレを利用すれば充分だろう」
「でも彼女が戦争に協力しない可能性だってあるんでしょ?」
「そうでもない。 奴の防衛に関する意識は中々のものだ。 しかも殺すことに関する躊躇すらも存在しない。 賭けても良いぞ。 必ず殺し合いに発展する」
「そう思惑通りにいきますかね」
「そう仕向けるんだよ。 例えばベイナを殺さない限り、金が入手出来ないと思わせるのも良いな」
「貴方が悪魔だったんですね」
そんなシルフィードの言葉に、嬉しそうな顔をしながら、魔女は芝居がかった様子で口を開いた。
「私は『記録の魔女』。 全ての技と戦術を記録し、再現し、そして最強へと至る存在だ」
ちょっとドヤ顔がウザい。
ダメだ、こんなのに任せていたら、本当に世界が戦禍に包まれてしまう。
何とかこの状態を打開すべく、取り敢えず話題を逸らしてみる。
「ほら、ベイナ様もこれからですし、育てるにしてもユックリと時間を掛けた方が良いと思いますよ」
「ふむ、ジックリと育てるか。 確かにベイナには、大量の敵を効率的に狩る方法を覚えさせた方が良いかも知れないな」
「でしょう? 急いては事をし損じるって言いますし」
「そうだな、少し様子を見てみるか」
よっしゃぁ! 時間を少し稼げた。 この間に何とか打開策を用意しなくては。
「上の階層では、どんな敵が待ち受けているのですか?」
「隠密系や死霊系、増殖して数で攻めてくるモノなど様々だな」
そんなのをクリアしてしまえば、闇討ちや物量で攻める方法も使えなくなるじゃない。
「あの~、もう少し課題を与えてから、ジックリと育てた方が確実ではありませんか?」
「いや、必要ない。 寧ろベイナは、追い込まれた方が、成長するタイプだ」
「スパルタですねぇ」
「もう少し難易度を上げておくか。 その方が面白い事になりそうだからな」
「鬼ですかっ!」
だめだ、妨害しようにも良い手が思いつかない。 どこかに安全に暮らせそうな場所って無かったかしら。
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カクヨム版(先行)
魔女転生 ~えっ? 敵は殺しますけど?~
https://kakuyomu.jp/works/16816927862939210704
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